花村麗には友達と呼べる存在がいない。
今や過去の遺物となった『花くん親衛隊』
小学生が考えた矛盾だらけのルールが、いまだに尾を引いていた。
『困っていたらそっと助ける』
これは優しいルールだと思う。
でも、その下には小さな文字で続きがあった。
『ただし、抜けがけは重罪』
だから、誰も僕を助けられないし、僕も助けを求めない。
『通り道を邪魔しない』
『余計な話で煩わせない』
これも同じだ。
僕に友達ができない原因の一つだろう。
今まではそれでよかった。
それが楽だった。
それなのに、僕は今さらになって新たな問題に直面していた。
それが、福留涼太だ。
涼太は堂々とルールを破って、僕の隣にいてくれる。
これは、もう友達と言ってもいいんじゃないか?
どうやって確認し合えばいいんだろう。
「僕たち友達?」って聞いてもいいの?
「違う」って言われたら?
考えれば考えるほど、胸の奥が酸っぱくなる。
そんなわけで放課後。
涼太を誘って、一緒に帰ることにした。
「涼太」
「うん?」
「あのね……」
靴の先を見つめる。
『友達』って、そんなに言いづらいワードだった?
国語や道徳の授業で、何百回と読まされたはずなのに、僕の口にはちっとも馴染んでない。
「えっと……僕たちって」
「うん」
「どういう関係なのかなって……」
涼太に言わせる作戦。
さすがにこれはずるいかな。
涼太はなにも言わない。
額に手を当てて、考えてるみたい。
……やっぱり僕から言わなきゃ?
「それ、どういう意味で言ってる?」
初めて聞く声のトーン。
涼太は瞬きを忘れたまま、僕の目を見据えた。
「意味?」
「花村のことだから、なぞなぞ?」
「違うよ!」
「じゃあ、なに?」
「その……僕たちって、と、と、と……」
言葉は無情にも喉の奥に引っかかる。
そのとき、視界の端を影が横切った。
とっさに指差す。
「あ!猫!」
涼太の髪がぴょんっと弾んだ。
茶のような、黒のような、鍵のようなしっぽ。
今確かに、あそこの角を曲がった。
僕は可愛いだけじゃないんだ。
勉強もできるし、走るのも得意だし、視力もいい。
それに、僕は涼太と違って空気も読める。
……決して逃げるわけじゃない。
今はタイミングを伺ってるだけ。
涼太より先に駆け出して、細い通りに入る。
「猫〜。……君、涼太のお気に入りの猫?」
僕の人間語が分かったらしい。
鍵しっぽを翻して、ビー玉みたいな目で見てくる。
あいつだ。
僕に猫を見分ける能力はないけど、あの勝ち誇った顔は、絶対そう。
おい、道の真ん中にいたら危ないぞ。
バタバタと足音を鳴らす涼太。
もうスマホを構えていた。
じりじり、にじり寄る。
「涼太」
「何?」
「そんな怖い顔してたら、誰だって逃げる」
「顔、関係ある?」
「ある。見てて」
ふっと力を抜くと、足音を立てずに近づく。
君と僕は、はじめましてじゃないだろ?
君はそんなつもりないかもしれないけど、僕はライバルとして認めてやってもいい。
猫は一瞬おじぎのような動きをして、僕に小さな頭を差し出した。
耳の間をかいてやる。
「パシャパシャパシャ」
涼太の撮影の手は止まらない。
スマホを見つめながら、ゆっくり歩み寄る。
「花村、すげーな」
「ふふん」
「だっこできる?」
「どうかな……」
ひとなでして、前足の後ろに手を差し込む。
グイッと持ち上げた。
白い猫より重くて、でっかいスライムみたい。
するりと逃げるかと思ったけど、大人しく僕の腕に収まった。
「撮って。猫だけじゃなくて、僕も入れてよ」
僕が言うまでもなく、シャッター音が通りに響く。
今日の写りは今までよりもマシなはずだ。
それなのに、なぜか頬がピクピクしてきた。
急に心配になる。
「涼太。僕、可愛い?猫の次でもいいけど」
スマホを下げた涼太は、小さく息を吐いて、こめかみを掻いた。
「なんでいつも俺に聞くの?」
「涼太が言わないから」
「みんなが言ってくれるでしょ?」
「だって、涼太じゃなきゃ意味がない」
涼太は何も言わない。
切れ長の二重を猫みたいにまんまるくしてる。
それを見ていると、鼻の奥がツンと痛くなった。
――教科書を見せてくれた。
――カーディガンを貸してくれた。
――袖を折ってくれた。
――購買に連れて行ってくれた。
でも、僕の一番のわがままは聞いてくれない。
「ねえ、涼太。僕たちって友達?」
頑なに出てこなかった言葉。
自分でもびっくりするほど、するりと出てくる。
それなのに、涼太は僕を見つめるだけ。
「もういいよ」
猫を涼太に押しつけると、僕は振り返らずに走った。
肺の中が熱くなる。
後ろへ流れていく景色の中に、小さな水滴が混ざっていった。
今や過去の遺物となった『花くん親衛隊』
小学生が考えた矛盾だらけのルールが、いまだに尾を引いていた。
『困っていたらそっと助ける』
これは優しいルールだと思う。
でも、その下には小さな文字で続きがあった。
『ただし、抜けがけは重罪』
だから、誰も僕を助けられないし、僕も助けを求めない。
『通り道を邪魔しない』
『余計な話で煩わせない』
これも同じだ。
僕に友達ができない原因の一つだろう。
今まではそれでよかった。
それが楽だった。
それなのに、僕は今さらになって新たな問題に直面していた。
それが、福留涼太だ。
涼太は堂々とルールを破って、僕の隣にいてくれる。
これは、もう友達と言ってもいいんじゃないか?
どうやって確認し合えばいいんだろう。
「僕たち友達?」って聞いてもいいの?
「違う」って言われたら?
考えれば考えるほど、胸の奥が酸っぱくなる。
そんなわけで放課後。
涼太を誘って、一緒に帰ることにした。
「涼太」
「うん?」
「あのね……」
靴の先を見つめる。
『友達』って、そんなに言いづらいワードだった?
国語や道徳の授業で、何百回と読まされたはずなのに、僕の口にはちっとも馴染んでない。
「えっと……僕たちって」
「うん」
「どういう関係なのかなって……」
涼太に言わせる作戦。
さすがにこれはずるいかな。
涼太はなにも言わない。
額に手を当てて、考えてるみたい。
……やっぱり僕から言わなきゃ?
「それ、どういう意味で言ってる?」
初めて聞く声のトーン。
涼太は瞬きを忘れたまま、僕の目を見据えた。
「意味?」
「花村のことだから、なぞなぞ?」
「違うよ!」
「じゃあ、なに?」
「その……僕たちって、と、と、と……」
言葉は無情にも喉の奥に引っかかる。
そのとき、視界の端を影が横切った。
とっさに指差す。
「あ!猫!」
涼太の髪がぴょんっと弾んだ。
茶のような、黒のような、鍵のようなしっぽ。
今確かに、あそこの角を曲がった。
僕は可愛いだけじゃないんだ。
勉強もできるし、走るのも得意だし、視力もいい。
それに、僕は涼太と違って空気も読める。
……決して逃げるわけじゃない。
今はタイミングを伺ってるだけ。
涼太より先に駆け出して、細い通りに入る。
「猫〜。……君、涼太のお気に入りの猫?」
僕の人間語が分かったらしい。
鍵しっぽを翻して、ビー玉みたいな目で見てくる。
あいつだ。
僕に猫を見分ける能力はないけど、あの勝ち誇った顔は、絶対そう。
おい、道の真ん中にいたら危ないぞ。
バタバタと足音を鳴らす涼太。
もうスマホを構えていた。
じりじり、にじり寄る。
「涼太」
「何?」
「そんな怖い顔してたら、誰だって逃げる」
「顔、関係ある?」
「ある。見てて」
ふっと力を抜くと、足音を立てずに近づく。
君と僕は、はじめましてじゃないだろ?
君はそんなつもりないかもしれないけど、僕はライバルとして認めてやってもいい。
猫は一瞬おじぎのような動きをして、僕に小さな頭を差し出した。
耳の間をかいてやる。
「パシャパシャパシャ」
涼太の撮影の手は止まらない。
スマホを見つめながら、ゆっくり歩み寄る。
「花村、すげーな」
「ふふん」
「だっこできる?」
「どうかな……」
ひとなでして、前足の後ろに手を差し込む。
グイッと持ち上げた。
白い猫より重くて、でっかいスライムみたい。
するりと逃げるかと思ったけど、大人しく僕の腕に収まった。
「撮って。猫だけじゃなくて、僕も入れてよ」
僕が言うまでもなく、シャッター音が通りに響く。
今日の写りは今までよりもマシなはずだ。
それなのに、なぜか頬がピクピクしてきた。
急に心配になる。
「涼太。僕、可愛い?猫の次でもいいけど」
スマホを下げた涼太は、小さく息を吐いて、こめかみを掻いた。
「なんでいつも俺に聞くの?」
「涼太が言わないから」
「みんなが言ってくれるでしょ?」
「だって、涼太じゃなきゃ意味がない」
涼太は何も言わない。
切れ長の二重を猫みたいにまんまるくしてる。
それを見ていると、鼻の奥がツンと痛くなった。
――教科書を見せてくれた。
――カーディガンを貸してくれた。
――袖を折ってくれた。
――購買に連れて行ってくれた。
でも、僕の一番のわがままは聞いてくれない。
「ねえ、涼太。僕たちって友達?」
頑なに出てこなかった言葉。
自分でもびっくりするほど、するりと出てくる。
それなのに、涼太は僕を見つめるだけ。
「もういいよ」
猫を涼太に押しつけると、僕は振り返らずに走った。
肺の中が熱くなる。
後ろへ流れていく景色の中に、小さな水滴が混ざっていった。



