高嶺の花くんは隣のあいつが気になる。

『可愛い』は花村麗(はなむられい)の代名詞。

それはこの世に生を受けたときから。
僕を『天使』と呼ぶのは、両親や祖父母だけじゃなかった。
新生児室には人だかりができたし、ベビーカーに乗っていれば、次から次へと知らない顔が映った。
幼稚園のときはとにかく大変だった。
誰が僕とブランコに乗るかで毎日けんか。
先生は困りながらも、「しかたないよねぇ、だって可愛いんだもん」と僕をひざに乗せたがった。
小学校に入ると少し落ち着いた。
というのも、『花くん親衛隊』なるものができて、僕が快適に学校生活を送れるよう、いくつかのルールができたから。
僕の通り道を邪魔しないとか、余計な話で煩わせないとか、困っていたらそっと助けるとか。
おかげで僕は怒ることも泣くこともなく、ましてや大笑いすることもなく、穏やかな毎日を送った。
それは高校生になっても変わらない。
僕は守られるべき存在で、愛されることには慣れている。
僕=可愛い。
可愛い=僕。
これは別に自惚れじゃない。
事実だ。

そんな僕にも理解できないものが一つだけある。
この世の中に、僕の可愛さに興味を示さない人間がいるということだ。
正確には一人、だけど。

「花村、おはよ」

「……おはよう」

僕が挨拶を返しただけで、教室のざわめきが一層大きくなった。
遠巻きに見ているクラスメイトが腕を組んで、鋭い視線を向ける。
もちろん、僕にじゃない。
ドサッと座った隣の席の男。
福留涼太(ふくとめりょうた)にだ。
僕に挨拶をしておきながら笑顔を見せるでもなく、眠そうにあくびを噛み殺している。

一、二、三、四、五、六、七……

「……なに?」

じーっと見つめると、ようやく僕に気がついた。
今日はいつもより少し早かったか。
昨日は、二十秒もかかった。

「また寝癖」

「あぁ」

面倒くさそうに髪をなでつける。
そっちじゃなくて、後ろ側なんだけど。

「直った?」

「全然」

「まぁいいや」

「なんで?」

「だって寝癖だから」

よく分からない理屈。
ぴょこんと跳ねた髪が気になりすぎて目が離せない。
その時、「ふぁ〜」とでっかいあくび。
今度は殺せなかったらしい。

「眠い?」

「眠い」

「昨日何時に寝たの?」

「二時」

「なんで?」

「写真の整理してた」

「なんの?」

待ってました、とばかりに目がキラッキラになる。
眠そうな表情がくるっと回転した。
リュックから出したスマホの画面を僕に向ける。

「こいつ」

「……猫?」

「三毛なんだけど、なかなか撮らせてくれねーの」

茶のような、黒のような、不思議な模様。
塀の上でくつろぐ猫の写真がいくつも並んでいた。
スクロールする長い指に、ちょっとだけ目移りする。

「全部同じじゃん」

「は?違うだろ。これとこれとか、顔の角度が微妙に」

よくよく見ても分からない。
うーんと唸る僕に、涼太は呆れたようにスマホを引っ込めた。
あぁ、まだ見てたのに。

「花村には分かんねーんだな」

「可愛い?」

「可愛い」

「僕とどっちが可愛い?」

「猫」

あまりにも即答すぎて、口をあんぐり開ける。
僕としたことが。
右手で押さえると、どこからか「ほぅ」というため息が聞こえた。

「涼太。僕の顔、ちゃんと見たことある?」

「毎日見てるだろ」

「嘘だ。ちゃんと見て」

「はいはい」

しばし、無言で見つめ合う。
涼太の視線が、僕の顔の上を彷徨う。
なぜかチリチリした。
見られるのなんて慣れてるはずなのに。

「もういい」

「なんだそれ。なんか花村、今日変じゃね?」

「変じゃない」

前を向くと、隣から笑う声。
遠慮のない「ガハハ」が、僕の繊細な耳に貼りつく。

「花村って面白いよな」

「なんで?」

「すぐ『なんで?』って聞くし、よく分かんないところで拗ねるし」

「拗ねてない」

「あ、そう?」

そう言って、涼太はまたスマホを眺め始めた。

なんかムカつく……
そりゃ猫は可愛い。
でも、滅多に写真を撮らせてくれないそいつより、毎日隣にいる僕のほうがいいに決まってる。