人がいない。
暗い空き教室で食べるのもなかなか面白かったけれど、開放感ある屋上もなかなかいい。浅野とつるむようになってから色々新しい体験をしてるなあ、と考えながらベンチに腰を下ろした。浅野も無言でその隣に座る。
と思ったら、頭を抱えてうずくまってしまった。
「さっきからどうしたんです?」
「ううー……」
うなる浅野の背中をさすってみる。気分が悪いなら逆効果か、と思って手を離すと同時に浅野が顔を上げた。
「マスミちゃんってさあ、ずるくない!? おれ動揺させようと思ってやったのに!!」
「悪趣味だなあ、おまえ」
「なんとでも言ってくださいよ!」
喃語みたいにあうあう言いながら弁当を開いている。わたくしもならって弁当を開けた。今日はゆかりご飯らしい。わたくしの大好物である。
「でも、動揺はしましたよ」
「ぜんぜんしてなさそうだった!」
「やだな。真っ赤になってたでしょう。やり返せて嬉しいだけですよ」
「それも顔見せてくれなかった」
「なんで見せなあかんねん」
「見せてくれたっていいじゃんか!」
おれはぜんぶマスミちゃんに見せてるのに、とぶつぶつ呟いている。それは、そうか? と思いつつ栗きんとんを口に運んだ。浅野のお弁当は半々で食堂のパンになっているが、いつ見てもきれいだ。旬の魚と野菜がバランスよくつめられている。冷凍食品とか使ってないんだろうな。
「あ。ゆかりご飯だ。いいね」浅野がわたくしの弁当を見て言う。
「いいやろ。これ大好きで」
「うん。おれの末の妹がゆかりって言うんだけどさ、今幼稚園通いだして。今ごろ泣いてないかなって思うね」
浅野はとたんに優しい顔になった。口角がふわりと上がり、まなじりが緩んでいる。
今浅野が高三で、末の妹が幼稚園と言うことはだいたい十五歳差か。
「幼稚園児ってかわいいんじゃないですか。それも妹さんなら」
「うん。かわいいよ。でもマスミちゃん敬語戻っちゃってるね」
「あ。やば。ごめんやん」
「それ関西弁なの?」
浅野が笑う。
妹の話になったとたんに浅野は優しい顔になったけれど、声はどこか本調子ではなかった。なにかがつっかえて、取れなくて、違和感を抱えているような、ちょっとした暗さ。
「運動会、見に来たりせえへんの?」
「うーん、どうだろうねえ……」
はぐらかされた。
明白に線を引かれたのが分かって、ちょっと黙る。浅野は一口、二口、と続けてお弁当を食べ進めてからおもむろに空を見上げた。
「うちさ、兄弟多くて。おれが一番上なんだけど、下の弟がソラって名前で、次にリン、アキラ、で、ゆかりね」
うん、と頷いて続きを待つ。
浅野はわたくしとまったく目を合わせないまま、
「重くとらえないで欲しいんだけど、うち今母親と住んでないんだ。末の妹を産むときに、高齢だったのもあってあんまり予後っていうか、調子が悪いみたいで、今は実家の方で療養してんの」
「それは……」
大変だね、も、思いつく言葉のなにもかもが同情にしかならなくて押し黙る。わたくしが浅野なら、欲しいのは同情とかじゃないから。
「ちなみに母親は大阪にいます。でも勘違いしないでね、恋しいからマスミちゃんの関西弁が聞きたかったとかじゃないから」
「……ちょっとはありそうやけど?」
「いや、まあ……それは、そうなんだけど」
ちょっと意地悪して見るとすぐにぺしょぺしょになるのがかわいい。はは、と笑って肩を叩いた。
「それでもいいよ。仲良くなれたっていうんが一番大事やろ」
うん、と頷く。
態度がしおらしいのがなんだか新鮮だ。
「下の子たちがさあ……中学生から幼稚園児までいるんだけど、来たいって言ってさ。いいよって言いたいんだけど、たぶんチビたちの面倒見るすぐ下の弟は受験生だし、父親は下の子にかかりっきりになるしで、来ても大変だろうからビデオ通話にしよって言ってんだけど」
はあ、とため息を吐く。
言われたときにピンとこなかったけれど、たしかに包容力と言うか、でっかい背中というかを考えると、お兄ちゃんって感じがするなあと思った。
「よければわたくし、一緒にいましょうか?」
「……え?」
ゆかりご飯を食べ終わって、麦茶を一口飲む。
「広報の仕事のときだけ抜けなきゃいけませんけど、それも開会式とかだけなのでそれ以外は基本的に暇でしょうし。あー、でも、お兄ちゃんの友だちって絶妙かな……」
「え、まってまって。マスミちゃんはそれでいいの? 家族来るんじゃない?」
「あ。それなら兄たちも巻き込んで一緒にいますよ。どうせ暇ですから彼ら」
「言い方すごいな」
じゃあ連絡しておきますね、と笑ってみせる。
浅野は、ううん、と小さく唸ってから、お願いします、と頭を下げた。
うん、友だちの役に立つっていうのも悪くないな。
暗い空き教室で食べるのもなかなか面白かったけれど、開放感ある屋上もなかなかいい。浅野とつるむようになってから色々新しい体験をしてるなあ、と考えながらベンチに腰を下ろした。浅野も無言でその隣に座る。
と思ったら、頭を抱えてうずくまってしまった。
「さっきからどうしたんです?」
「ううー……」
うなる浅野の背中をさすってみる。気分が悪いなら逆効果か、と思って手を離すと同時に浅野が顔を上げた。
「マスミちゃんってさあ、ずるくない!? おれ動揺させようと思ってやったのに!!」
「悪趣味だなあ、おまえ」
「なんとでも言ってくださいよ!」
喃語みたいにあうあう言いながら弁当を開いている。わたくしもならって弁当を開けた。今日はゆかりご飯らしい。わたくしの大好物である。
「でも、動揺はしましたよ」
「ぜんぜんしてなさそうだった!」
「やだな。真っ赤になってたでしょう。やり返せて嬉しいだけですよ」
「それも顔見せてくれなかった」
「なんで見せなあかんねん」
「見せてくれたっていいじゃんか!」
おれはぜんぶマスミちゃんに見せてるのに、とぶつぶつ呟いている。それは、そうか? と思いつつ栗きんとんを口に運んだ。浅野のお弁当は半々で食堂のパンになっているが、いつ見てもきれいだ。旬の魚と野菜がバランスよくつめられている。冷凍食品とか使ってないんだろうな。
「あ。ゆかりご飯だ。いいね」浅野がわたくしの弁当を見て言う。
「いいやろ。これ大好きで」
「うん。おれの末の妹がゆかりって言うんだけどさ、今幼稚園通いだして。今ごろ泣いてないかなって思うね」
浅野はとたんに優しい顔になった。口角がふわりと上がり、まなじりが緩んでいる。
今浅野が高三で、末の妹が幼稚園と言うことはだいたい十五歳差か。
「幼稚園児ってかわいいんじゃないですか。それも妹さんなら」
「うん。かわいいよ。でもマスミちゃん敬語戻っちゃってるね」
「あ。やば。ごめんやん」
「それ関西弁なの?」
浅野が笑う。
妹の話になったとたんに浅野は優しい顔になったけれど、声はどこか本調子ではなかった。なにかがつっかえて、取れなくて、違和感を抱えているような、ちょっとした暗さ。
「運動会、見に来たりせえへんの?」
「うーん、どうだろうねえ……」
はぐらかされた。
明白に線を引かれたのが分かって、ちょっと黙る。浅野は一口、二口、と続けてお弁当を食べ進めてからおもむろに空を見上げた。
「うちさ、兄弟多くて。おれが一番上なんだけど、下の弟がソラって名前で、次にリン、アキラ、で、ゆかりね」
うん、と頷いて続きを待つ。
浅野はわたくしとまったく目を合わせないまま、
「重くとらえないで欲しいんだけど、うち今母親と住んでないんだ。末の妹を産むときに、高齢だったのもあってあんまり予後っていうか、調子が悪いみたいで、今は実家の方で療養してんの」
「それは……」
大変だね、も、思いつく言葉のなにもかもが同情にしかならなくて押し黙る。わたくしが浅野なら、欲しいのは同情とかじゃないから。
「ちなみに母親は大阪にいます。でも勘違いしないでね、恋しいからマスミちゃんの関西弁が聞きたかったとかじゃないから」
「……ちょっとはありそうやけど?」
「いや、まあ……それは、そうなんだけど」
ちょっと意地悪して見るとすぐにぺしょぺしょになるのがかわいい。はは、と笑って肩を叩いた。
「それでもいいよ。仲良くなれたっていうんが一番大事やろ」
うん、と頷く。
態度がしおらしいのがなんだか新鮮だ。
「下の子たちがさあ……中学生から幼稚園児までいるんだけど、来たいって言ってさ。いいよって言いたいんだけど、たぶんチビたちの面倒見るすぐ下の弟は受験生だし、父親は下の子にかかりっきりになるしで、来ても大変だろうからビデオ通話にしよって言ってんだけど」
はあ、とため息を吐く。
言われたときにピンとこなかったけれど、たしかに包容力と言うか、でっかい背中というかを考えると、お兄ちゃんって感じがするなあと思った。
「よければわたくし、一緒にいましょうか?」
「……え?」
ゆかりご飯を食べ終わって、麦茶を一口飲む。
「広報の仕事のときだけ抜けなきゃいけませんけど、それも開会式とかだけなのでそれ以外は基本的に暇でしょうし。あー、でも、お兄ちゃんの友だちって絶妙かな……」
「え、まってまって。マスミちゃんはそれでいいの? 家族来るんじゃない?」
「あ。それなら兄たちも巻き込んで一緒にいますよ。どうせ暇ですから彼ら」
「言い方すごいな」
じゃあ連絡しておきますね、と笑ってみせる。
浅野は、ううん、と小さく唸ってから、お願いします、と頭を下げた。
うん、友だちの役に立つっていうのも悪くないな。


