「マスミちゃーん」
「はあい」
「お昼食べようよ」
「あなたもう大丈夫なんです?」
尋ねると、浅野は目元の前髪を指先で払って、
「まあね。もうちょっとしつこかったら怒ってたかも。おれキレると怖いからさぁ」
「えー、イメージないかも」
浅野が黒髪にしてから二日。初日と、その反動で昨日は浅野が追いかけまわされ、カメラを向けられで散々だったらしい。そのせいでわたくしは細山とお昼を食べ、浅野は生徒指導部に呼び出されていた。校則に従って黒髪にしただけで生徒指導されるのってさすがは王子サマといいますか。
この頃になると、わたくしも段々と分かり始めていた。
浅野は本当に住む世界が違う。きらきら輝いていて、だれもかれもが手を伸ばしたくなるような憧れの存在なんだって。
――彼は、なんで、わたくしに。
「そう、先生からいっそもう人がいない屋上で食べろって鍵もらったの!」
「エッ!?」
この学校では、数年前までは漫画のように屋上が立ち入り禁止というわけではなかったらしいが、後者の老朽化にともなって設備の見直しが行われて、一般立ち入りが制限されている。
つまり先生は入れるけど生徒は入れないってことだ。
浅野は屋上のドアを開錠するものと思しき鍵を指先に引っ掛けてくるくると回してみせた。
「それって、本当に大丈夫なやつですか」
「うん。学年主任からもらったし」
「先生も、手焼きますねぇ……」
遠い目をすると、高らかに笑った浅野がわたくしの手を引いて立ち上がった。こっちだよ、と階段のほうへ連れて行かれる。
する、と指が動いた。
心当たりのない感触に目線を移すと、浅野の指がほどけて、手のひらと手のひらとがくっつく。そのまま指を絡めてぎゅ、と握りこまれた。
――え、え、え?
「マスミちゃん?」
階段の途中で止まったわたくしに気付いて、浅野が顔を覗き込んでくる。
じわ、と顔が熱くなって、目が潤んできたのが分かって、必死に顔を背けた。ふ、とやわらかい笑みが聞こえて、わざとらしく明るい声色の浅野がぐいぐいと顔を見ようと肩を引いてくる。
「えー、なにー、どうしたのー?」
「あなた、が、急に手つなぐから……!!」
「えー、嫌?」
ナニ、意識してくれてんの、と浅野がわたくしを見つめる。
びっくり、した。学校内だし。てか視線結構感じるし。なにしてんだよ。こんな公衆の面前で。言いたいことはいっぱいあるし、なんでって気持ちがいっぱいある。おまえってそういうこと誰にでもするタイプだっけとか、そんなに付き合い長くないのに思ったりしてる。
でも。
「嫌、では、ないですよ……」
田原さんが言っていた。
――浅野って、軽そうに見えて人の気持ち考えてるし、臆病なんだよね。だからなびかないし中途半端に期待持たせるようなことしない。
人づてに聞いた話がどれほど信用できるのかとか、そういう面倒なことは一切考えてなくて、ただ。
「あなたの好きなように、して、いいですよ? わたくしには」
ぎゅ、と握り返してやる。
浅野がぽかんと口を開いた間抜け面をさらしている。イケメンって間抜け面でもイケメンなんだなっていうのが今日の発見だ。
わたくしは自分からなにかを選んだり、どうこうしようと動くタイプじゃない。なにか自分に不利益があっても、対処するのが面倒だし、勝手にやらせておけばいいやって思う。怠惰というよりも諦念。
だから、浅野が何をしても受け止めてやることはできる。
「髪、似合ってますよ」
呆気にとられて動かない浅野の頭をちょん、と撫でてみる。さすがにわたくしよりも十センチ近く高い彼の頭は背伸びしないと届かなかった。悔しい。
「言ってませんでしたよね。わたくし、あなたの黒髪すごく好きです」
ほら、早く行きましょう、と手をぐいぐい引っ張った。
浅野は数テンポ遅れて足を動かし始めて、よろよろと屋上の鍵を開けた。
「はあい」
「お昼食べようよ」
「あなたもう大丈夫なんです?」
尋ねると、浅野は目元の前髪を指先で払って、
「まあね。もうちょっとしつこかったら怒ってたかも。おれキレると怖いからさぁ」
「えー、イメージないかも」
浅野が黒髪にしてから二日。初日と、その反動で昨日は浅野が追いかけまわされ、カメラを向けられで散々だったらしい。そのせいでわたくしは細山とお昼を食べ、浅野は生徒指導部に呼び出されていた。校則に従って黒髪にしただけで生徒指導されるのってさすがは王子サマといいますか。
この頃になると、わたくしも段々と分かり始めていた。
浅野は本当に住む世界が違う。きらきら輝いていて、だれもかれもが手を伸ばしたくなるような憧れの存在なんだって。
――彼は、なんで、わたくしに。
「そう、先生からいっそもう人がいない屋上で食べろって鍵もらったの!」
「エッ!?」
この学校では、数年前までは漫画のように屋上が立ち入り禁止というわけではなかったらしいが、後者の老朽化にともなって設備の見直しが行われて、一般立ち入りが制限されている。
つまり先生は入れるけど生徒は入れないってことだ。
浅野は屋上のドアを開錠するものと思しき鍵を指先に引っ掛けてくるくると回してみせた。
「それって、本当に大丈夫なやつですか」
「うん。学年主任からもらったし」
「先生も、手焼きますねぇ……」
遠い目をすると、高らかに笑った浅野がわたくしの手を引いて立ち上がった。こっちだよ、と階段のほうへ連れて行かれる。
する、と指が動いた。
心当たりのない感触に目線を移すと、浅野の指がほどけて、手のひらと手のひらとがくっつく。そのまま指を絡めてぎゅ、と握りこまれた。
――え、え、え?
「マスミちゃん?」
階段の途中で止まったわたくしに気付いて、浅野が顔を覗き込んでくる。
じわ、と顔が熱くなって、目が潤んできたのが分かって、必死に顔を背けた。ふ、とやわらかい笑みが聞こえて、わざとらしく明るい声色の浅野がぐいぐいと顔を見ようと肩を引いてくる。
「えー、なにー、どうしたのー?」
「あなた、が、急に手つなぐから……!!」
「えー、嫌?」
ナニ、意識してくれてんの、と浅野がわたくしを見つめる。
びっくり、した。学校内だし。てか視線結構感じるし。なにしてんだよ。こんな公衆の面前で。言いたいことはいっぱいあるし、なんでって気持ちがいっぱいある。おまえってそういうこと誰にでもするタイプだっけとか、そんなに付き合い長くないのに思ったりしてる。
でも。
「嫌、では、ないですよ……」
田原さんが言っていた。
――浅野って、軽そうに見えて人の気持ち考えてるし、臆病なんだよね。だからなびかないし中途半端に期待持たせるようなことしない。
人づてに聞いた話がどれほど信用できるのかとか、そういう面倒なことは一切考えてなくて、ただ。
「あなたの好きなように、して、いいですよ? わたくしには」
ぎゅ、と握り返してやる。
浅野がぽかんと口を開いた間抜け面をさらしている。イケメンって間抜け面でもイケメンなんだなっていうのが今日の発見だ。
わたくしは自分からなにかを選んだり、どうこうしようと動くタイプじゃない。なにか自分に不利益があっても、対処するのが面倒だし、勝手にやらせておけばいいやって思う。怠惰というよりも諦念。
だから、浅野が何をしても受け止めてやることはできる。
「髪、似合ってますよ」
呆気にとられて動かない浅野の頭をちょん、と撫でてみる。さすがにわたくしよりも十センチ近く高い彼の頭は背伸びしないと届かなかった。悔しい。
「言ってませんでしたよね。わたくし、あなたの黒髪すごく好きです」
ほら、早く行きましょう、と手をぐいぐい引っ張った。
浅野は数テンポ遅れて足を動かし始めて、よろよろと屋上の鍵を開けた。


