「あっ、マスミ先輩だ!」
「あれでしょ、浅野先輩と仲良しの」
「イケメンって集まるよね〜」
「てか付き合ってんのかな?」
通りすがりの女子がキャアキャアと騒ぎ立てていく。ぐっとまぶたを閉じて、下駄箱を開ける。その間にも数多の視線がわたくしを撫でていって、ぎこちなく四肢を動かしながら靴を履き替えた。
浅野が髪を黒く染めてきた日、学校は騒然としていた。
他学年にまで人気のある浅野の一挙手一投足はすぐにうわさになって学校を駆け巡るわけだが、昇降口で指導部の先生に呼び止められたときの動画が各クラスラインで拡散されたらしい。どうにかしている。ちなみにわたくしは田原さんから「これガチやばくね」と見せられた。「マスミちゃんが黒髪のが似合うって言うから~」と顔を緩めてでれでれする浅野と、「彼女に言われたらやめるのか……」と微笑みを浮かべる先生。
「マスミって浅野の彼女じゃないよね?」
「あー……死にたい」
質問に答える余裕もなくて、机に突っ伏すと田原さんがとんとん、といたわるように肩を撫でた。
「でもさ、こいつ、彼女って言われて否定してないんだよね……」
「……死にたい……」
「本当に彼女じゃないんだよね?」
「……好きとも言われてませんよ、わたくしはそういうのじゃありません」
顔を横に向けて田原さんをちらりと見上げると、彼女はグロスを塗ってぷるぷるしている唇をひしゃげて、ええ~? とわざとらしくとぼけた。
「でも好きとは言ってるくない?」
「そういう好きじゃないだろ……」
「分かんないよ~? 本気かも」
田原さんが冗談っぽく言うけれど、だとしたら。じわじわ、と頬が熱くなっていく。はあ、とため息をついて顔を覆った。――だとしたら、なんだ?
「本気なら目立つようなことしないでしょ……」
言葉を絞り出す。
田原さんはループ再生される動画を興味なさげに眺めながら、わたくしの返答を特に気にしていない様子で言った。
「さあ、どうだろう?」
「あなたさっきからそればっかりだな……」
「あ、今話題の麻住だ!」
「ほそやまぁ……」
リュックを背負った細山が外から走ってきて、わたくしはしおしおとその場にしゃがみこんだ。ぎょっ、と目を見開いた細山がとなりにしゃがみこんで背中をさすってくる。
「どうした!? 腹痛い!?」
「べつに……」
「じゃあなんだ! 腹減ったのか!」
「この世の全員がお前だと思うなよ」
興味をなくしたらしく、すっくと立ちあがってガタガタとけたたましい音を立てながら下駄箱から靴を取り出している細山の肩を掴んで、こころなしではあるが、視線から逃れる。
まったく頓着しない細山はバラバラに散らばった上靴を爪先で追ってまぬけにバタバタしている。
「っふふ……」
「どうした?」
「いや……細山が友だちでよかったなって」
細山はとたんに困惑した顔になって、「やっぱり保健室行く?」と言った。
「行きませんよ」
「麻住、へんなもの食ったんじゃないの?」
「だからお前じゃないんだよわたくしは」
「マスミちゃーん!」
上機嫌なテノールが聞こえた。すぐに振り返ると、明らかに朝のテンションではないくらい明るい浅野が手を振っている。朝からよう声出るなおまえ。
マスミちゃん、の声に数人の女子がばっと一斉にこっちを見る。
うわあ、すごくいたたまれないな。
「朝から元気ですねえ。おはよう浅野」
「おはよう!」
細山はなにかを察したのか察していないのか「あーね」と無表情に言ってから、「じゃあ! 先クラス行くね! バイバイ!」と快活に笑って行ってしまった。
しかたがないので浅野とともにクラスへ向かう。
黒髪にしてからずいぶんと凛としたイケメンになった浅野を横目に、
「黒髪うんぬんの話、動画でばらまかれてるみたいですけど」
と切り出してみる。
浅野はふだんと変わらないトーンで言った。
「あー、まあ、牽制だったしね。ちょうどいいかも」
「牽制?」
誰を、何のために?
というか、あなたがわたくしを使ってできる牽制ってなんだよ。
「いやあ、ちょっとムカついちゃってさあ」と浅野は呑気に言う。
「あなたもムカつくんですね」
「そりゃあね。こっちは野良猫の前で猫じゃらしだのチュールだの振って、ほらおいで、って一生懸命やって、ようやく足元に来てくれたのに、ビビらせて車体の下に舞い戻りなんて悔しいじゃん?」
「猫でも飼うんか?」
浅野が高らかに笑いながら、わたくしの背中をバンバン叩く。何が面白いんだよ。
「まあ、振り向かせたい猫ちゃんがいてねぇ……どっちかっていうと狼なんだけど」
「狼って家で飼えるんです?」
「え、知らない」
飼いたいって言うくせに無責任だなあなた、と言ってやると、別にペットの話ししてるわけじゃないのよ、とあきれ顔で返された。わたくしがその顔したいわ。
「あれでしょ、浅野先輩と仲良しの」
「イケメンって集まるよね〜」
「てか付き合ってんのかな?」
通りすがりの女子がキャアキャアと騒ぎ立てていく。ぐっとまぶたを閉じて、下駄箱を開ける。その間にも数多の視線がわたくしを撫でていって、ぎこちなく四肢を動かしながら靴を履き替えた。
浅野が髪を黒く染めてきた日、学校は騒然としていた。
他学年にまで人気のある浅野の一挙手一投足はすぐにうわさになって学校を駆け巡るわけだが、昇降口で指導部の先生に呼び止められたときの動画が各クラスラインで拡散されたらしい。どうにかしている。ちなみにわたくしは田原さんから「これガチやばくね」と見せられた。「マスミちゃんが黒髪のが似合うって言うから~」と顔を緩めてでれでれする浅野と、「彼女に言われたらやめるのか……」と微笑みを浮かべる先生。
「マスミって浅野の彼女じゃないよね?」
「あー……死にたい」
質問に答える余裕もなくて、机に突っ伏すと田原さんがとんとん、といたわるように肩を撫でた。
「でもさ、こいつ、彼女って言われて否定してないんだよね……」
「……死にたい……」
「本当に彼女じゃないんだよね?」
「……好きとも言われてませんよ、わたくしはそういうのじゃありません」
顔を横に向けて田原さんをちらりと見上げると、彼女はグロスを塗ってぷるぷるしている唇をひしゃげて、ええ~? とわざとらしくとぼけた。
「でも好きとは言ってるくない?」
「そういう好きじゃないだろ……」
「分かんないよ~? 本気かも」
田原さんが冗談っぽく言うけれど、だとしたら。じわじわ、と頬が熱くなっていく。はあ、とため息をついて顔を覆った。――だとしたら、なんだ?
「本気なら目立つようなことしないでしょ……」
言葉を絞り出す。
田原さんはループ再生される動画を興味なさげに眺めながら、わたくしの返答を特に気にしていない様子で言った。
「さあ、どうだろう?」
「あなたさっきからそればっかりだな……」
「あ、今話題の麻住だ!」
「ほそやまぁ……」
リュックを背負った細山が外から走ってきて、わたくしはしおしおとその場にしゃがみこんだ。ぎょっ、と目を見開いた細山がとなりにしゃがみこんで背中をさすってくる。
「どうした!? 腹痛い!?」
「べつに……」
「じゃあなんだ! 腹減ったのか!」
「この世の全員がお前だと思うなよ」
興味をなくしたらしく、すっくと立ちあがってガタガタとけたたましい音を立てながら下駄箱から靴を取り出している細山の肩を掴んで、こころなしではあるが、視線から逃れる。
まったく頓着しない細山はバラバラに散らばった上靴を爪先で追ってまぬけにバタバタしている。
「っふふ……」
「どうした?」
「いや……細山が友だちでよかったなって」
細山はとたんに困惑した顔になって、「やっぱり保健室行く?」と言った。
「行きませんよ」
「麻住、へんなもの食ったんじゃないの?」
「だからお前じゃないんだよわたくしは」
「マスミちゃーん!」
上機嫌なテノールが聞こえた。すぐに振り返ると、明らかに朝のテンションではないくらい明るい浅野が手を振っている。朝からよう声出るなおまえ。
マスミちゃん、の声に数人の女子がばっと一斉にこっちを見る。
うわあ、すごくいたたまれないな。
「朝から元気ですねえ。おはよう浅野」
「おはよう!」
細山はなにかを察したのか察していないのか「あーね」と無表情に言ってから、「じゃあ! 先クラス行くね! バイバイ!」と快活に笑って行ってしまった。
しかたがないので浅野とともにクラスへ向かう。
黒髪にしてからずいぶんと凛としたイケメンになった浅野を横目に、
「黒髪うんぬんの話、動画でばらまかれてるみたいですけど」
と切り出してみる。
浅野はふだんと変わらないトーンで言った。
「あー、まあ、牽制だったしね。ちょうどいいかも」
「牽制?」
誰を、何のために?
というか、あなたがわたくしを使ってできる牽制ってなんだよ。
「いやあ、ちょっとムカついちゃってさあ」と浅野は呑気に言う。
「あなたもムカつくんですね」
「そりゃあね。こっちは野良猫の前で猫じゃらしだのチュールだの振って、ほらおいで、って一生懸命やって、ようやく足元に来てくれたのに、ビビらせて車体の下に舞い戻りなんて悔しいじゃん?」
「猫でも飼うんか?」
浅野が高らかに笑いながら、わたくしの背中をバンバン叩く。何が面白いんだよ。
「まあ、振り向かせたい猫ちゃんがいてねぇ……どっちかっていうと狼なんだけど」
「狼って家で飼えるんです?」
「え、知らない」
飼いたいって言うくせに無責任だなあなた、と言ってやると、別にペットの話ししてるわけじゃないのよ、とあきれ顔で返された。わたくしがその顔したいわ。


