「好きやで」って言って!

 浅野春という男は、とにかくなんでも目立つ。
 その理由は、彼が190センチを超える躯体をもつのもその一つだけれど、一番は彼の顔がイケメンだからだと思う。だってわたくしでもかっこいいなあと思う。
 とにかく目がきれいだ。まるく開かれた目は嘘をつかない。
 まつ毛も黒々として長くて、茶髪の細い毛先が目元にかかるたびに、その色の差を見てがっかりする。コイツは本当は黒髪なんだろうなと思う。黒髪も見てみたかったなあと思う。
 つまり、わたくしでさえそう思うということは、ほかの人はもっとそう思っていると――現在それを痛感しているのだ。

「ねえ、昼休みは誰もいないところ探しておくとか言ってませんでしたっけ!?」
 わたくしの腕を引っ張って、歩幅を合わせようともせずに階段を駆け下っていく浅野の背中を必死で追いかける。腕を掴まれているせいで何度かつんのめりそうになって、そのたびに、浅野が腕の筋肉だけで支えてくれた。
 鍛えているというのは本当だったらしい。
「言った! 言ったね!」
 踊り場を大股二歩で通り過ぎる背中が叫ぶ。
「じゃあ、なんでこんなことになってるんですか!?」
「本当にごめんねェマスミちゃん!?」
 体力には自信がある方だが、声がうわずるわたくしとは対照的に浅野の声は乱れていない。そういえば、浅野はバスケ部だったんだっけ、と一瞬余計な思考がよぎって、足がもつれた。

「アッ」

 腕が強張り、床が見えた瞬間に――浅野に抱き留められた。
 引っ張られた腕ごと胸に抱えられて、きれいな顔が至近距離で顔を覗き込んでくる。
「……ッぶねえ!」
「あわわわわ」
 ぶわっ、と体が熱くなる。
 浅野がぎゅっとわたくしを抱きしめたまま、怪我がないかと足を見下ろした。
 ――つか、近い! 顔が近い! わたくしにパーソナルスペースをくれ!
「怪我ない? 痛いとかない?」
「ないですよぅ……」
「なんで照れてんの?」
「照れてないんですがァ!?」
「マスミちゃんちょっと、声大きいって!」
 おたがいに息が上がっている。
 いまだにわたくしの身体をぺたぺた触っている浅野に小さく「……ありがとう」と言った。
 浅野がにこ、と笑う。
「顔赤いね、運動すると赤くなるタイプ?」
「チガイマスケド」
「あっは、カタコトだ」
「おまえがかっこいいのが悪いんだよぉ……」
「……え、それ、あのどういう――」
 華奢な足音が複数人こちらに向かってくるのが聞こえて二人揃って血相を変えた。
「こっちおいで」
 くい、と手を引かれてまた小走りになる。
 左手に持ったままのお弁当の中身がどうなっているのかは、あんまり、想像したくない。
 わたくしを振り返った浅野が「マスミちゃあん、大丈夫?」と聞くから、「崩れてなければいいんですけど……」と答えたら絶妙な顔をされた。なんだよ。
 軽くガンを飛ばすと、避けるように上にある顔がきょろきょろ周りを見渡した。
「こっちに空き教室とかなかったっけ」
「あっても鍵閉められます?」
「締め出すのはアカンとちゃいます?」
「ほんまにアカンのはおまえやで?」
 浅野のエセ関西弁に動揺してうっかり出てしまい「ア」と思ったら、振り返った浅野が「ノッてくれるんだっ!」とにこにこした。
 ……まあ、幸せそうなのでいっか。
 たまに意図しないところで誘導してくるのはどうかとは思うけれども。
「浅野センパ~イ?」
「やっべ」
 声が聞こえたと思ったら、浅野に引っ張られて奥の教室に入れられていた。いちいち動作が早いんだよ。
 ガチャ、と鍵を閉める音が聞こえて振り返る。
「マジで閉めた?」
「マジで閉めたよ。追ってこられても困るもんね」
 浅野が教室の前後の鍵を閉め、中途半端に閉まっていたカーテンを閉めた。一気に暗くなる。あからさまに人気がなさそうに見えて、おお、と声が漏れた。
「これでいいんじゃない?」
 浅野がひとつの机をもうひとつの机とくっつける。わたくしもそれを手伝いながら、
「さすがに鍵閉めてたら中までは来ないでしょうね」
「だろうね。……来たらどうする?」
 浅野がにや、と口元を歪める。
 わたくしは椅子に座って、いそいそと弁当の風呂敷を解いた。
「まあ、もちろんあなたを生贄に差し出しますよ」
「あー! 裏切り者ー!」
「先に裏切ったんはそっちでしょ」
 浅野はにこにこと笑いながら、わたくしのとなりに腰を下ろした。
「でも、マスミちゃんと食べれるなんて嬉しいな」
「別に、いつでも空いてますよ?」
 浅野がちょっと黙る。
 む、と睨まれて、なんだよ、と顎をしゃくった。
「いっつも細山クンと食べてるじゃん!」
「いや、それは、アイツが惚気を聞かせる相手がわたくししかいないだけで……」
 ぽろ、とこぼすと、浅野があからさまに固まった。
 卵焼きを食べて、今日は甘めでいいな、と思っていると、浅野がわたくしの肩を掴んで揺さぶってくる。やめろ。食事中だ。
「えっ、えっ、細山ってフリーじゃないの!?」
「いや、彼女サンいますよ」
「どこの誰。どこの馬の骨かって聞いてんだよ」
「おまえは細山のなんなんだよ」
 ケラ、と浅野が高く笑う。
 細山は一年生の冬から付き合っている彼女サンがいて、倦怠期を乗り越えて絶賛ラブラブだ。正直大学のことを考えているわたくしにはそんな余裕はなくて、部活、勉強、学校、の繰り返しばかりである。
 しばらく小さく浅野を呼ぶ声が聞こえたが、気にしないでいると諦めたのか聞こえなくなった。
「モテる人は大変ですねえ?」
 からかってやろうと顔を見ると、心底うざったそうに顔を顰める。
「やめてよ。騒がれんの好きじゃないし」
「その顔で生まれたのが悪いですね」
「つまり、マスミちゃんは、モテるのはおれの中身じゃないって言いたいんだ?」
 やわらかい微笑みの中に謎の圧を感じる。
 美丈夫ってこわい。
「チガイマス……」
「んなはは」
 浅野は高らかに笑って、
「とりあえず、ここよくない?」
「まあ、元々誰もいないところで食べようって話でしたもんね」
「そうそう。だから、ハイ、マスミちゃん」
「はい?」
「分かってるでしょ、おれはマスミちゃんの関西弁に惚れ込んでるの」
 浅野がやわらかく微笑んで、わたくしの顔を見る。
 どうぞ、とでも言わんばかりに差し出された手。
 わたくしは、はあ、とため息をついて、頬杖をついて浅野に向いた。きれいな目と目が合う。じわ、と浅野の顔が赤くなった。

「言われんでも分かってるよ。いい子にしぃや」

 浅野が大きい手で口元を覆う。
 ぱちり、と目が瞬いて、わたくしだけをじっと見つめていて、なんか変な気分になりそうだった。
 うなじのあたりから熱がじわじわとやってくる。
 ――ほんとうに、カッコいいんだよな、浅野って……。
「いい子にします……!」
「マジでなんなん」
 顔を覆ってうんうん唸っている浅野の脛を、早く食えよ、とかるく蹴った。