閉会式の広報の仕事が終わって、軽いミーティングを終えてクラスに戻るとなんだか騒がしかった。数人の男子と女子が消えていて、どうしたのだろうかと首を傾げながら席に座る。
すぐに田原さんが近づいてきて、「麻住遅かったね」と言った。
「仕事結構長引いちゃって」
「そうなんだ。おかげで浅野は連れて行かれちゃったよ」
「え? なににですか」
訳も分からず聞き返すと、田原さんは一気に呆れた顔になって「そりゃ浅野も苦労するわけだ」と独り言を言った。
「運動会終わりに告白とかよくあることでしょ? アイツ、麻住が帰ってくるのを待ってたから無理って言ってたんだけど、泣き落とされて、体育館裏に行ったよ。ほら」
「ええ……女子怖い……」
田原さんが指さした窓から覗いてみると、たしかに体育館裏には浅野が立っていた。見えないけれど、女子生徒と向かい合っているのだろうと思う。
「いいの? 麻住はそれで」
「え? なにがですか」
とぼけてみせると、それもお見通しだと言わんばかりにため息を吐かれた。
さっきから心臓が変になり続けているのも分かられているらしい。
「後悔しないようにしなよ。アイツ、あれでもずっと昔からアンタのこと気になってたんだってよ」
「え? そ、え、どういう……」
「幼稚園までは母方の実家に住んでたから、幼稚園は大阪だったらしいよ」
幼なじみって言うんじゃないの、それ。と。
いてもたってもいられなくなって、教室を飛び出した。階段を駆け下りて体育館裏に向かう。
わたくしは、お気に入りのものだけれど、彼にとっての特別ななにかではないのだ。――なにを、甚だ勘違いしていたのだろう。
自分が彼にとってかけがえのないなにかだなんて。
胸がすうっと冷えていく。わたくしは、彼にとって仲のいい友人にはなれたと思う。普通なら、それでいいはずだったのに。どうしてこんなにやるせない気持ちになるのだろうか。
だんだんと足取りが重くなって、止まる。よろ、と壁に凭れた。ずるずるとその場にしゃがみこんだ。心臓がバクバクと波打ってうるさい。田原さんが挑発しながらわたくしに気付かせたかったことは、なにか。
――なんだ、そういうことか。
わたくしは、浅野のことが好きなんだ。
ありのままでいていいよと微笑んで、強引にわたくしのことを引き上げて、そのままのきみが一番大事だって包み込んでくれた。やさしさとあたたかさを持ち合わせた彼に救われていた。
気づいてしまったら、もう戻れない。わたくしは一体これからどんな顔で彼と付き合えばいいのかと考えて、果てしない絶望と片思いの辛さに涙が出そうになった。ああ、おかしい。
恋って、こんなに苦しいものだっけ。
「あほらし……」
よろよろと起き上がって、渡り廊下を進んで体育館裏に向かう。
物陰からちらりと様子を伺ってみると、女子生徒が向こう側から立ち去っていくところだった。浅野がゆっくりとその場にしゃがみこむ。告白を受けたとは思えない。
一気に安心して脱力しそうになる四肢を動かして、物陰から出ていった。
「浅野!」
びくん、と肩が跳ねて黒髪が振り返った。その顔は焦燥していて、じくり、と胸が痛む。
何を言えば良い?
一気に分からなくなって、浅野の顔を見て、彼が誰かのものではないことに安心してそれ以上頭が働かない。これまでのように友人でいたいとか、でもそれじゃ自分の心が耐えられないとか、そういったことばっかりが浮かんでは消えていく。
隣にいたい。堂々とあなたの横で笑っていたい。胸を痛めて、苦しむことがないままで。
――だから、つまり。
「好きやで」
繕わないで真っ向からぶつかろうとすると、慣れ親しんだ方言が出てきてしまう。
浅野はぽかんと口を開いたまま、え、と言って立ち上がった。
じわ、と目に涙がにじんだ。情けない。こんなところで、と思ってバレないように下を向いて目元を擦った。
「好きや、浅野。おまえが好き」
最後の、き、は言葉にならなかった。
浅野が大きく腕を広げてわたくしを抱きしめたから。甘いシャボンの香りがする。恐る恐る背中に手を回してみると、すぐに耳元でぐるぐると浅野の喉が鳴った。
「おれも、おれも、ずっと好きだった……」
そのずっと、がいつからなのかは気になるけれど、その言葉を聞いた途端に腰が抜けてしまった。
ずるずるとしゃがみこんでいくわたくしの身体を抱きかかえながら、浅野が一緒にしゃがむ。
「え……本当に?」
「嘘つくわけないじゃん。ずっと好きだったんだもん」
怒涛の展開に頭が追いつかなくて、黒く染まった毛先が夕陽に透けてオレンジに染まっているのを見ていた。
「ね、付き合ってくれる?」
「え。いいですけど……」
「ねえ、もっと嬉しそうにしてよ」
ぐいぐい抱きついてくる浅野を受け止めながら、おかしくなって笑ってしまった。しゃあないなあ、と笑って手を引いて立ち上がらせてやる。
惚れたモンの負けって、よう言うからな。
もう一度、浅野の顔を覗き込んで、珍しく真っ赤になっていることを同じような色をした顔で笑って、言ってやった。
「恋人になってくれへん?」
浅野はぐうう、と唸って「だからさあ……それはずるいってえ、かわいいじゃあん……」と情けない声色で言った。
「好きやで」って言って!
おわり
すぐに田原さんが近づいてきて、「麻住遅かったね」と言った。
「仕事結構長引いちゃって」
「そうなんだ。おかげで浅野は連れて行かれちゃったよ」
「え? なににですか」
訳も分からず聞き返すと、田原さんは一気に呆れた顔になって「そりゃ浅野も苦労するわけだ」と独り言を言った。
「運動会終わりに告白とかよくあることでしょ? アイツ、麻住が帰ってくるのを待ってたから無理って言ってたんだけど、泣き落とされて、体育館裏に行ったよ。ほら」
「ええ……女子怖い……」
田原さんが指さした窓から覗いてみると、たしかに体育館裏には浅野が立っていた。見えないけれど、女子生徒と向かい合っているのだろうと思う。
「いいの? 麻住はそれで」
「え? なにがですか」
とぼけてみせると、それもお見通しだと言わんばかりにため息を吐かれた。
さっきから心臓が変になり続けているのも分かられているらしい。
「後悔しないようにしなよ。アイツ、あれでもずっと昔からアンタのこと気になってたんだってよ」
「え? そ、え、どういう……」
「幼稚園までは母方の実家に住んでたから、幼稚園は大阪だったらしいよ」
幼なじみって言うんじゃないの、それ。と。
いてもたってもいられなくなって、教室を飛び出した。階段を駆け下りて体育館裏に向かう。
わたくしは、お気に入りのものだけれど、彼にとっての特別ななにかではないのだ。――なにを、甚だ勘違いしていたのだろう。
自分が彼にとってかけがえのないなにかだなんて。
胸がすうっと冷えていく。わたくしは、彼にとって仲のいい友人にはなれたと思う。普通なら、それでいいはずだったのに。どうしてこんなにやるせない気持ちになるのだろうか。
だんだんと足取りが重くなって、止まる。よろ、と壁に凭れた。ずるずるとその場にしゃがみこんだ。心臓がバクバクと波打ってうるさい。田原さんが挑発しながらわたくしに気付かせたかったことは、なにか。
――なんだ、そういうことか。
わたくしは、浅野のことが好きなんだ。
ありのままでいていいよと微笑んで、強引にわたくしのことを引き上げて、そのままのきみが一番大事だって包み込んでくれた。やさしさとあたたかさを持ち合わせた彼に救われていた。
気づいてしまったら、もう戻れない。わたくしは一体これからどんな顔で彼と付き合えばいいのかと考えて、果てしない絶望と片思いの辛さに涙が出そうになった。ああ、おかしい。
恋って、こんなに苦しいものだっけ。
「あほらし……」
よろよろと起き上がって、渡り廊下を進んで体育館裏に向かう。
物陰からちらりと様子を伺ってみると、女子生徒が向こう側から立ち去っていくところだった。浅野がゆっくりとその場にしゃがみこむ。告白を受けたとは思えない。
一気に安心して脱力しそうになる四肢を動かして、物陰から出ていった。
「浅野!」
びくん、と肩が跳ねて黒髪が振り返った。その顔は焦燥していて、じくり、と胸が痛む。
何を言えば良い?
一気に分からなくなって、浅野の顔を見て、彼が誰かのものではないことに安心してそれ以上頭が働かない。これまでのように友人でいたいとか、でもそれじゃ自分の心が耐えられないとか、そういったことばっかりが浮かんでは消えていく。
隣にいたい。堂々とあなたの横で笑っていたい。胸を痛めて、苦しむことがないままで。
――だから、つまり。
「好きやで」
繕わないで真っ向からぶつかろうとすると、慣れ親しんだ方言が出てきてしまう。
浅野はぽかんと口を開いたまま、え、と言って立ち上がった。
じわ、と目に涙がにじんだ。情けない。こんなところで、と思ってバレないように下を向いて目元を擦った。
「好きや、浅野。おまえが好き」
最後の、き、は言葉にならなかった。
浅野が大きく腕を広げてわたくしを抱きしめたから。甘いシャボンの香りがする。恐る恐る背中に手を回してみると、すぐに耳元でぐるぐると浅野の喉が鳴った。
「おれも、おれも、ずっと好きだった……」
そのずっと、がいつからなのかは気になるけれど、その言葉を聞いた途端に腰が抜けてしまった。
ずるずるとしゃがみこんでいくわたくしの身体を抱きかかえながら、浅野が一緒にしゃがむ。
「え……本当に?」
「嘘つくわけないじゃん。ずっと好きだったんだもん」
怒涛の展開に頭が追いつかなくて、黒く染まった毛先が夕陽に透けてオレンジに染まっているのを見ていた。
「ね、付き合ってくれる?」
「え。いいですけど……」
「ねえ、もっと嬉しそうにしてよ」
ぐいぐい抱きついてくる浅野を受け止めながら、おかしくなって笑ってしまった。しゃあないなあ、と笑って手を引いて立ち上がらせてやる。
惚れたモンの負けって、よう言うからな。
もう一度、浅野の顔を覗き込んで、珍しく真っ赤になっていることを同じような色をした顔で笑って、言ってやった。
「恋人になってくれへん?」
浅野はぐうう、と唸って「だからさあ……それはずるいってえ、かわいいじゃあん……」と情けない声色で言った。
「好きやで」って言って!
おわり


