あの日を境に、私たちの間には、目に見えない薄い壁が一枚挟まったような違和感が生まれ始めていた。
いつも通りに三人で並んで歩き、いつも通りに笑い合っているはずなのに、何故か途方もなく遠い距離を感じてしまう。
ただ、そんななかでも、恭弥と凛の距離だけはいつもより縮まっているように見えた。
私の気のせいかもしれない。けれど、今の私の濁った瞳には、どうしてもそうやって映ってしまって、胸の底をかきむしりたくなる。
「……はぁっ、たあぁッ!」
放課後の剣道場。
私は、心の奥底で渦巻くもやもやとした感情をすべて、竹刀を振るう力に変えてぶつけていた。
そうでもしていないと、自分がどうにかなってしまいそうだったから。
「最近、糸ちゃん、技のキレがめちゃくちゃいいね!」
「うん。動きに迷いがないっていうか、格好いいよ」
休憩中、部活の友達がそうやって褒めてくれたけれど、私は愛想笑いを返すことしかできない。
迷いがないんじゃない。ただ、恭弥への想いや、凛への醜い嫉妬といった感情を全部、頭の中から捨て去るために必死になっているだけなんて、誰も知らなかった。
「――あ、糸、見っけ」
面を外して道場の裏口で座り込み、冷たいお茶を飲んでいると、聞き慣れた声がした。
見上げると、そこには陸上部のユニフォーム姿の凛が、ひょっこりと顔を出して笑っていた。
「やっぱ糸の剣道は凄いね! 格好いい。また今度、大会に出るんでしょ?」
「うん。今度のトーナメント戦に選ばれたみたい」
「凄いじゃん! 私と恭弥で、絶対に試合見に行くからね!」
凛はいつものように明るく、嬉しそうに拳を握った。
けれど、今の私は、二人が並んで私の応援席に座っている姿を想像するだけで、胸が苦しくなってしまう。
「ううん。今回は県外の会場だし、かなり遠いから、二人とも来なくていーよ」
「えー、そうなの? もしかして……私たちに来てほしくなかった?」
少し眉を下げて、残念そうに小首を傾げる凛。
その真っ直ぐな瞳に見つめられると、胸の奥がキリキリと音を立てて痛んだ。
「ううん、そんなんじゃないよ! 応援してくれるのは嬉しい。でも、凛も恭弥も自分の部活とかで忙しい時期だし……今はそっちに専念してほしいっていうか……」
自分の口から、思ってもいない綺麗事がすらすらと並んでいく。
来てほしい。一番に恭弥に見てほしい。格好いいって言ってほしい。
そんな本音は、もう喉の奥に蓋をして閉じ込めるしかなかった。
「……そっか」
凛は少し寂しそうな顔をして、ローファーの先で地面の砂をツンツンとつついた。
気まずい沈黙が、私たちの間に重くのしかかる。
すると、凛は地面を見つめたまま、ぽつりと、どこか探るような低い声で呟いた。
「あのね、糸。私たち、ずっと三人の幼馴染としてやってきたけどさ……もう、これからはだんだん大人に近づいていくじゃん?」
「大人」という言葉の響きに、私の背筋がぞく、と冷たく凍りつく。
「どう言っていいか分からないんだけど……糸ってさ、今、好きな人とか、いるの……?」
凛がゆっくりと顔を上げ、私の目をじっと見つめてくる。
その瞳は、あの日、夕暮れの教室で恭弥に向けていたものと、まったく同じ目だった。
ドクン、と心臓が大きな音を立てる。
胸の奥を鋭い刃物で突き刺されたような痛みが走り、私は次の言葉を失ったまま、ただその場に固まってしまった。
いつも通りに三人で並んで歩き、いつも通りに笑い合っているはずなのに、何故か途方もなく遠い距離を感じてしまう。
ただ、そんななかでも、恭弥と凛の距離だけはいつもより縮まっているように見えた。
私の気のせいかもしれない。けれど、今の私の濁った瞳には、どうしてもそうやって映ってしまって、胸の底をかきむしりたくなる。
「……はぁっ、たあぁッ!」
放課後の剣道場。
私は、心の奥底で渦巻くもやもやとした感情をすべて、竹刀を振るう力に変えてぶつけていた。
そうでもしていないと、自分がどうにかなってしまいそうだったから。
「最近、糸ちゃん、技のキレがめちゃくちゃいいね!」
「うん。動きに迷いがないっていうか、格好いいよ」
休憩中、部活の友達がそうやって褒めてくれたけれど、私は愛想笑いを返すことしかできない。
迷いがないんじゃない。ただ、恭弥への想いや、凛への醜い嫉妬といった感情を全部、頭の中から捨て去るために必死になっているだけなんて、誰も知らなかった。
「――あ、糸、見っけ」
面を外して道場の裏口で座り込み、冷たいお茶を飲んでいると、聞き慣れた声がした。
見上げると、そこには陸上部のユニフォーム姿の凛が、ひょっこりと顔を出して笑っていた。
「やっぱ糸の剣道は凄いね! 格好いい。また今度、大会に出るんでしょ?」
「うん。今度のトーナメント戦に選ばれたみたい」
「凄いじゃん! 私と恭弥で、絶対に試合見に行くからね!」
凛はいつものように明るく、嬉しそうに拳を握った。
けれど、今の私は、二人が並んで私の応援席に座っている姿を想像するだけで、胸が苦しくなってしまう。
「ううん。今回は県外の会場だし、かなり遠いから、二人とも来なくていーよ」
「えー、そうなの? もしかして……私たちに来てほしくなかった?」
少し眉を下げて、残念そうに小首を傾げる凛。
その真っ直ぐな瞳に見つめられると、胸の奥がキリキリと音を立てて痛んだ。
「ううん、そんなんじゃないよ! 応援してくれるのは嬉しい。でも、凛も恭弥も自分の部活とかで忙しい時期だし……今はそっちに専念してほしいっていうか……」
自分の口から、思ってもいない綺麗事がすらすらと並んでいく。
来てほしい。一番に恭弥に見てほしい。格好いいって言ってほしい。
そんな本音は、もう喉の奥に蓋をして閉じ込めるしかなかった。
「……そっか」
凛は少し寂しそうな顔をして、ローファーの先で地面の砂をツンツンとつついた。
気まずい沈黙が、私たちの間に重くのしかかる。
すると、凛は地面を見つめたまま、ぽつりと、どこか探るような低い声で呟いた。
「あのね、糸。私たち、ずっと三人の幼馴染としてやってきたけどさ……もう、これからはだんだん大人に近づいていくじゃん?」
「大人」という言葉の響きに、私の背筋がぞく、と冷たく凍りつく。
「どう言っていいか分からないんだけど……糸ってさ、今、好きな人とか、いるの……?」
凛がゆっくりと顔を上げ、私の目をじっと見つめてくる。
その瞳は、あの日、夕暮れの教室で恭弥に向けていたものと、まったく同じ目だった。
ドクン、と心臓が大きな音を立てる。
胸の奥を鋭い刃物で突き刺されたような痛みが走り、私は次の言葉を失ったまま、ただその場に固まってしまった。



