ぜぇぜぇと冷たい空気を吸い込みながら、夕闇に染まる校舎の階段を駆け上がる。
自分の教室がある三階の廊下に辿り着いたとき、私はぴたりと足を止めた。
しんと静まり返った廊下の奥。
私のクラスの教室から、うっすらとオレンジ色の光が漏れ、誰かの話し声が聞こえてきたからだ。
(誰か、残ってるのかな……?)
走ってきたせいで、心臓がうるさいほどドクドクと鳴っている。
私は自分の胸を片手で押さえながら、足音を忍ばせてゆっくりと教室のドアへ近づき、開いた隙間から中を覗き込んだ。
「……え?」
視界に飛び込んできた光景に、息が止まる。
そこにいたのは、恭弥。
そして――何故か、部活のミーティングに行っているはずの、凛だった。
どうして、凛がここにいるの?
頭の中が真っ白になり、私は咄嗟に引き戸の陰へと身を隠した。心臓の音がさらに跳ね上がる。
「はい、これ。恭弥の分」
凛の、少し緊張したような声。
隙間からもう一度覗くと、凛は綺麗にラッピングされた小さな箱を、恭弥へと差し出していた。
それを受け取った恭弥は、今朝、私に見せてくれたのと同じ、あの大好きな太陽みたいな笑顔を凛に向けた。
「お、凛も作ってくれたんだな! いつもありがとな!」
いつもと変わらない、屈屈のない明るい声。
それを見て、私は胸の奥を通り過ぎる鋭い痛みに耐えていた。やっぱり、恭弥にとって私は特別じゃない。凛と同じ、ただの『幼馴染』なんだ、と。
いつもの凛なら、ここで「お姉さんが作ったんだから、残さず食べなさいよ?」と、明るく冗談めかして返すはずだった。
けれど、今日の凛は違っていた。
差し出した手を自分の胸の前でぎゅっと握りしめ、俯いたまま、妙にそわそわと身体を強張らせている。
「……凛?」
様子がおかしいことに気づいた恭弥が、笑みを収めて小首を傾げた。
夕暮れの教室。窓の外から差し込む赤黒い光が、二人の影を長く伸ばしている。
凛は意を決したようにゆっくりと顔を上げ、恭弥の目を真っ直ぐに見つめた。
「恭弥、あのね……ちょっと、聞きたいんだけど」
ごくり、と自分の喉が鳴る音が聞こえた気がした。
「恭弥って……好きな人、いるの?」
静かな教室に、凛の声が、はっきりと、重く響き渡る。
「っ……!」
ドアの陰で、私は思わず自分の口を両手で塞いだ。
あまりの動揺に、立っていられなくなりそうだった。
凛は、恭弥のことをただの幼馴染だと言っていた。バレンタインの前の日、私の質問に「好きだよ? それは糸も同じでしょ?」って、何食わぬ顔で笑っていたのに。
あの言葉は、やっぱり嘘だったんだ。
凛は、男の子として、恭弥のことが――。
胸の奥が、ぎゅうぎゅうと絞られるみたいに苦しい。
逃げ出さなきゃいけないのに、足が床に張り付いたように一歩も動かなかった。私はただ、これ以上聞きたくないはずの、恭弥の「答え」を待つことしかできなかった。



