歓声と熱気が道場を包み込み、女子部員たちが最高潮の盛り上がりを見せているまさにその最中、低く弾んだ声が場内に響き渡った。
「なんや、えらい盛り上がってるなぁ?」
「俺も混ぜてぇや」
周囲の男子生徒たちが自然と道をあけるなか、竹刀を右肩に無造作に担ぎ、ニカッと悪戯っぽく笑っている一人の男子生徒が糸たちの前に現れた。
汗に濡れた前髪の隙間から覗く、鋭くもどこか人懐っこい瞳。
糸はその男子生徒の顔を正面から捉えた瞬間、全身の血が引いていくような感覚に襲われ、完全にその場に凍りついた。
「(……えっ!? ……恭弥!?!? なんで、なんで恭弥がここにいるの……?!)」
目の前に立つ少年は、東京に残してきたはずの、先日携帯の向こうで声を聴いたばかりの恭弥と、顔が全くの瓜二つだった。
骨格も、背の高さも、笑ったときに細くなる目の形までもが、あまりにも残酷なほどに恭弥そのものだった。
あまりの衝撃と混乱に指先の力が抜け、糸は握りしめていた竹刀を床へパタリと落としてしまった。
そして、夢でも見ているかのように、震える唇から小さく、掠れた声がこぼれ落ちる。
「……恭弥」
しかし、そんな糸の尋常ではない動揺を他所に、隣にいた結月がいつも通りの快活な声で少年の前に一歩踏み出した。
「もう!! 何してたん、響矢!? あんた、ほんまに来んの遅すぎやで!!」
結月の容赦ないツッコミが道場に響く。
その瞬間、糸の脳裏にさらなる衝撃が走った。
(きょうや……? 名前まで同じ…どういうこと…恭弥じゃないけど名前が同じってこと…?)
顔が瓜二つなだけでなく、名前の響きまでも同じ。あまりにも重なりすぎる偶然に、糸は頭の中が真っ白になり、混乱が止まらなくなっていた。
どういうことなのか、わけが分からない。恭弥にこれ以上ないほどそっくりなのに、彼は恭弥ではない。
結月の知る、京都のこの学校の生徒らしい。
必死に散らばる思考をまとめようとするが、糸の瞳は、目の前で飄々と佇む『響矢』からどうしても離れなかった。
釘付けになった視線の先で、響矢が自分の前髪を面倒そうにかき上げる。
その何気ない仕草すらも、恭弥の癖と完全に一致していた。
完全に箱に閉じ込めて、この京都の街で忘れたはずだったあの時の気持ち。
二人の前から逃げ出す原因となった、恭弥への狂おしいほどの恋心と、そこから生まれた醜い嫉妬の記憶が、濁流のように一気に脳裏へと押し寄せてくる。
ドクン、ドクンと、道着の胸の奥で、心臓が痛いほど激しく脈打ち始める。
離れてようやく癒えかけていたはずの胸の傷が、目の前の『響矢』という存在によって、再びズキズキと激しく痛み出していた。



