君を忘れるための春。



いよいよ女子のトーナメント戦が始まった。

一番手、つまり先鋒として試合に出場する結月は、防具という名の重厚な鎧を身に纏い、パチリと面紐を縛って気合いを入れた。

「結月、頑張ってね!」

袴姿の糸は、緊張をほぐすように結月にニコッと柔らかな笑みを向け、自分の掌を差し出した。結月が「うん、行ってくるわー!」とニカッと笑い、パチンと小気味いい音を立ててハイタッチを交わす。

他校の女子選手たちを見ると、誰もががっちりとした体型をしており、いかにも一筋縄ではいかなそうな強者ばかりだ。糸はブレザーを脱いだ身軽な袴姿のまま、胸の前でぎゅっと拳を握りしめ、結月が勝てるかどうかにハラハラと胸を焦がしていた。

『始め!』

審判の鋭い号令が道場に響き渡った瞬間、結月と相手校の選手が同時に鋭く床を蹴った。

さすがはエスカレーター式で剣道の強豪校に身を置いているだけあって、結月の実力は本物だった。小柄な身体からは想像もつかない俊敏なフットワークと、道場の天井を激しく震わせるような裂帛の気合い。糸はその圧倒的な迫力に思わず息を呑んだ。

激しい竹刀の乱闘。火花が散るような激突の末、結月が電光石火の速さで相手の懐に飛び込んだ。

「――メェェェンッ!」

パンッと小気味いい打突音が道場に木霊する。すかさず審判の紅白旗がパッと上がった。

一試合目は、見事に結月の一本勝ち。試合終了の礼を終えて戻ってきた結月に向かって、糸は自分のことのように喜び、弾んだ笑顔でそのままぎゅっと抱きついた。

「結月、凄い!! カッコよかったよ!」

「ふふ、ありがとうなぁ! 糸ちゃんが後ろに居てくれたから、緊張せんと全力で頑張れたんやわぁ!」

面の間から汗を流しながら、結月は嬉しそうに目を細めて笑った。

続いて二番手、次鋒の沙和が試合場へと進み出る。
沙和はメンバーの中でも特に小柄な体型だったため、対峙する相手選手が余計に大きく、威圧的に見えた。

『始め!』の合図とともに、相手選手が体格を生かした素早い動きで沙和を激しく攻め立てる。沙和はその圧力に少し気圧されたように、じりじりと後退して完全にたじろいでいた。

糸は息をするのも忘れるほどの緊張した面持ちで、その戦況を見守る。
隣にいた結月が、焦ったように眉をひそめて低く呟いた。

「あかん……沙和、完全に気負いさせられてもうてる。いつもの動きが出来てへんわ」

このままでは押し切られてしまう。糸は道場の端から、喉の奥から声を絞り出すようにして叫んだ。

「沙和ちゃん、頑張って……っ! あともう少し!!」

その必死の声援が届いたのだろうか。沙和の動きがほんの一瞬、ふっと鋭さを取り戻した。相手選手の手元がわずかに上がったその一瞬の隙を、沙和は見逃さなかった。床を強く踏み込み、竹刀を鋭く振り下ろす。

「コテェェッ!」

審判の旗が、再び鮮やかに舞った。

相手の猛攻をなんとか凌ぎきり、沙和も見事に一本をもぎ取って勝利を飾った。これで二連勝。不戦敗の危機からの奇跡的な好スタートに、女子剣道部の陣営は「やったぁぁぁ!」「沙和ナイス!」と、これ以上ないほどの大盛り上がりを見せていた。

仲間たちの輝かしい笑顔に囲まれながら、糸の胸は熱い高揚感で満たされていた。