君を忘れるための春。



元気いっぱいの結月は、「こっちこっち!」と手際よく糸の席を探し出し、案内してくれた。

「ほんまびっくりしたわぁ、ここエスカレーター式の学校やから! ずっと同じメンバーやろ? だから一目見たら外部生ってすぐわかんねん。ほしたら、こんな可愛い子が教室の真ん中でソワソワして居てるやん? 思わず声かけてもうたわ~!」

ガハハと楽しそうに笑う結月。怒涛の関西弁のオンパレードに、東京育ちの糸は圧倒されそうになる。けれど、結月が下心を一切持たず、ストレートに好意をぶつけてくれているのが分かって、糸の胸には温かい安心感が広がっていった。

「ありがとう、結月ちゃん。私、他府県から来たから、誰も友達ができなかったらどうしようって、ちょっと不安だったの」

糸がホッとしたように微笑むと、結月は丸い目をさらに大きく見開いて驚いた。

「もう、糸ちゃん! 『ちゃん』はいらん、結月でええよ! ……っていうか、ちょい待って! ほんまに関東弁やん! 糸ちゃんって、ほんまどっから来たん!?」

まるでテレビのナレーションを特等席で聴いているかのように、糸の綺麗な標準語のイントネーションに大興奮している。糸は少し気恥ずかしそうに頬を掻きながら、小さく声を潜めた。

「実はね……東京から来たの。ちょっと、親の転勤で京都に引っ越すことになって。だから本当に右も左も分からなくて」

東京の、あの痛くて切ない理由を、いつもの『親の転勤』という嘘のオブラートに包んで誤魔化す。
すると結月は、驚きのあまり椅子の背もたれからひっくり返りそうになった。

「えええ! 東京!? めっちゃ都会やん! 道理でオシャレで洗練されてて、レベル高いわけやわ! ……っていうか、ちょっとそこ! そこの男子達ー! さっきから糸のことジロジロ見すぎやからな! 」

結月は腰に手を当て、教室のあちこちから視線を送っていた男子生徒たちに向かって「キィィ!」と威嚇するように声を張り上げた。
あまりにも漫画のキャラクターのようなリアクションに、糸は堪えきれなくなって、お腹を押さえて小さく吹き出した。

「ふふっ、ちょっと、大げさだよ結月……ちゃん。恥ずかしいよっ」

「だから結月でええって!」と突っ込まれながらも、糸が恐る恐る周囲を見回すと、確かに何人かの男子生徒が、顔を赤くして慌てて視線を逸らすのが見えた。
(ええっ……本当に見られてた……!?)と、糸は内心で激しくドギマギしてしまう。

東京にいた頃の糸は、いつも恭弥と凛という完璧な二人の影に隠れて、自分の容姿に自信を持てずにいた。周りからこんな風に『一人の女の子』として注目されることなんて一度もなかったから、新鮮な驚きと恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。

けれど、そんな戸惑いさえも、結月のカラッとした明るい笑顔が優しく溶かしていってくれた。

「うん、ありがと! 今日からよろしくね、結月!」

オシャレをして「新しい私」に生まれ変わった糸の顔に、今日一番の、心からの満面の笑みが咲く。
過去を乗り越え、この地で新しい幸せを掴むんだという希望が、糸の胸を満たしていった。