糸の目に映る景色は、何もかもが新鮮で、きらきらと輝いていた。
東京にいた頃の、あの息の詰まるような空気はどこにもない。この街には、自分の過去を知る人は誰もいないのだ。親友の恋を応援しながら、陰で一人むせび泣いていた惨めな逢沢糸のことなんて、ここには知っている人物は誰一人として存在しない。
そんな当たり前の事実に改めて気づいた瞬間、ブレザーの胸の奥がすうっと涼しくなり、何だか凄く心が軽くなるようだった。
新しい学校の敷地を踏みしめ、糸は緊張で少し強張る足を動かして、指定された二組の教室へと足を踏み入れた。
流石はエスカレーター式の私立学校なだけあって、新学期初日だというのに、教室内にはすでにいくつかのグループが出来上がっている。楽しそうに談笑する声が飛び交うなか、新顔である糸の姿を見つけると、クラスの生徒たちが時折チラリと視線を向け、ひそひそと楽しげに囁き合っていた。
「(わぁ、本当に知らない人ばかりだ……。っていうか、ここ二組であってるよね? 私の席、どこかなぁ……?)」
完全にアウェイな空間に放り込まれ、糸は通学カバンの持ち手をぎゅっと握りしめたまま、教壇の横に張り出された座席表を見つめてソワソワと身を縮めていた。
その時だった。
「なぁ! そこの可愛いお嬢さーん! 名前何ていうの?」
後方から、パーンと弾けたような元気な声が教室に響いた。
驚いて糸が振り返ると、そこには頭の高い位置できゅっとポニーテールを結った、ひまわりのように明るい笑顔の女の子が立っていた。小気味のいい関西弁で真っ直ぐに話しかけてこられ、糸は一瞬、びっくりして置物のように固まってしまう。
(そうか……ここは京都だから、みんな関西弁なんだ。テレビの中みたいで、なんか凄く不思議……!)
イントネーションの新鮮さにどこか感動していると、ポニーテールの女の子は、固まったままの糸の顔を不思議そうに覗き込んできた。
「なぁ、聞いてんのー? 大丈夫?」
「あ! ご、ごめんね! ぼーっとしちゃって……。私、逢沢糸っていうの。よろしくね!」
慌ててペコリと頭を下げて答えると、女の子は丸い瞳をぱあっと輝かせ、嬉しそうに両手を合わせた。
「えー! 下の名前『糸』っていうん? なんやそれ、名前までめっちゃ可愛いやん! 私、乙葉 結月っていうねん♪ 糸ちゃん、よろしゅうな!」
ニカッと屈託なく笑う結月のフランクさに、糸の緊張はみるみるうちに解けていく。
東京での痛い失恋を乗り越えるため、必死にあらがってきた糸が手繰り寄せたもの。
それが、この京都の地で最初の素敵な出会いを引き寄せたのだ。新しい友人の温かい歓迎に、糸の胸はこれからの生活への期待でいっぱいに膨らんでいった。
東京にいた頃の、あの息の詰まるような空気はどこにもない。この街には、自分の過去を知る人は誰もいないのだ。親友の恋を応援しながら、陰で一人むせび泣いていた惨めな逢沢糸のことなんて、ここには知っている人物は誰一人として存在しない。
そんな当たり前の事実に改めて気づいた瞬間、ブレザーの胸の奥がすうっと涼しくなり、何だか凄く心が軽くなるようだった。
新しい学校の敷地を踏みしめ、糸は緊張で少し強張る足を動かして、指定された二組の教室へと足を踏み入れた。
流石はエスカレーター式の私立学校なだけあって、新学期初日だというのに、教室内にはすでにいくつかのグループが出来上がっている。楽しそうに談笑する声が飛び交うなか、新顔である糸の姿を見つけると、クラスの生徒たちが時折チラリと視線を向け、ひそひそと楽しげに囁き合っていた。
「(わぁ、本当に知らない人ばかりだ……。っていうか、ここ二組であってるよね? 私の席、どこかなぁ……?)」
完全にアウェイな空間に放り込まれ、糸は通学カバンの持ち手をぎゅっと握りしめたまま、教壇の横に張り出された座席表を見つめてソワソワと身を縮めていた。
その時だった。
「なぁ! そこの可愛いお嬢さーん! 名前何ていうの?」
後方から、パーンと弾けたような元気な声が教室に響いた。
驚いて糸が振り返ると、そこには頭の高い位置できゅっとポニーテールを結った、ひまわりのように明るい笑顔の女の子が立っていた。小気味のいい関西弁で真っ直ぐに話しかけてこられ、糸は一瞬、びっくりして置物のように固まってしまう。
(そうか……ここは京都だから、みんな関西弁なんだ。テレビの中みたいで、なんか凄く不思議……!)
イントネーションの新鮮さにどこか感動していると、ポニーテールの女の子は、固まったままの糸の顔を不思議そうに覗き込んできた。
「なぁ、聞いてんのー? 大丈夫?」
「あ! ご、ごめんね! ぼーっとしちゃって……。私、逢沢糸っていうの。よろしくね!」
慌ててペコリと頭を下げて答えると、女の子は丸い瞳をぱあっと輝かせ、嬉しそうに両手を合わせた。
「えー! 下の名前『糸』っていうん? なんやそれ、名前までめっちゃ可愛いやん! 私、乙葉 結月っていうねん♪ 糸ちゃん、よろしゅうな!」
ニカッと屈託なく笑う結月のフランクさに、糸の緊張はみるみるうちに解けていく。
東京での痛い失恋を乗り越えるため、必死にあらがってきた糸が手繰り寄せたもの。
それが、この京都の地で最初の素敵な出会いを引き寄せたのだ。新しい友人の温かい歓迎に、糸の胸はこれからの生活への期待でいっぱいに膨らんでいった。



