京都の街にやってきて、引っ越しの片付けや手続きに追われるうちに、あっという間に一ヶ月が過ぎていた。
最初は、碁盤の目のようにはりめぐらされた特有の通りがなかなか覚えられず、何度も道に迷った。
けれど、時間とともに、鴨川沿いの景色や歴史ある古い街並みにも少しずつ慣れてきている自分がいた。
何より、一番大きな変化は、自分の心の中にあった。
東京から遠く離れ、凛と恭弥から物理的な距離を置いたことで、からからに乾いていた心の奥に、少しずつ、穏やかな余裕が生まれていることに気が付いたのだ。
(明日から、いよいよ新しい高校生活が始まるんだ……)
その日の夜。私はベッドの上に腰掛け、クローゼットの扉に掛けてある、まだ袖を通していない新しい制服をじっと眺めていた。東京のセーラー服とは違う、洗練されたブレザーの制服。それを見つめていると、胸の奥が小さくドキドキと脈打った。
友達も、恋も、日常の全部が新しくスタートする。
京都についたばかりの数日間は、正直、張り裂けそうなほどの寂しさに襲われてたまらなかった。
スマホの画面には、凛や恭弥から「無事についた?」「寂しくなったらすぐ電話しろよ」と、何件もメッセージが届いていた。それを見るたびに、胸が締め付けられ、『やっぱり私の選択は間違っていたんじゃないか』と、激しい後悔に押し潰されそうになったこともある。
けれど。どうしても寂しさに耐えかねて、一度だけ通話ボタンを押してしまったあの夜。
『糸、京都はどうだ? ちゃんと飯食ってんのか?』
受話器の向こうから聞こえてきた恭弥の声は、驚くほどいつも通りで。その声を聴いた瞬間、せっかく落ち着きかけていた胸の奥に、あのドロドロとした黒いもやもやが、濁流のように再び流れ出てくるのが分かった。
凛と話しているときも、そうだった。
親友として私の体を気遣ってくれる優しい言葉の合間に、時折、
『恭弥もさ、糸がいなくなって、やっぱりどこか寂しそうなんだよね』
と、付き合っている彼女だからこそ知っている恭弥の様子が凛の口から溢れるたび、私の心はキリキリと血を流すように痛んだ。
(ああ、私はやっぱり、弱くて醜いままなんだ……)
二人の前に出ると、私はどうしても「幼馴染の糸」を完璧に演じきれず、ダメになってしまう。それを嫌というほど実感した。
だからこそ、いま制服を見つめながら、私は強く、自分に言い聞かせるように思う。
離れて、良かったんだ。
これで良かったのだ、と。
大切な二人をずっと大嫌いなままで終わらせないために。そして、私が私をこれ以上嫌いにならないために、この選択は絶対に正しかった。
そうやって、ようやく自分の心に納得をさせることができていた。
「よし……っ」
小さく声を出して、私は両手で自分の両頬をパンと叩いた。
東京に置いてきた、痛くて切ない初恋は、この一ヶ月で綺麗に箱に閉じ込めたはず。
明日は、新しい私の第一歩。
新しい学校で、新しい出会いを見つけて、今度こそ私は私の幸せを掴むんだ。
そんな前向きな決意を胸に、私はスマホの電源を切り、静かに目を閉じた。



