君を忘れるための春。


これ以上、自分の醜い感情に気付いて、自分を嫌いになりたなかった。
大好きな二人の邪魔になるくらいなら、自分が消えてしまえばいい。
自分自身を嫌いになって、二度と許せなくなる前に、私は二人から完全に離れることを決意した。

三者面談の直前、進路希望調査票を書き換えた。
本来なら、凛や恭弥と同じ地元の進学校を書くはずだった第一希望の欄。
そこに私は、遠く離れた関西の『京都花園高等学校』という、剣道の全国的な有名校の名前を滑り込ませた。

「ねぇ、糸も高校、私達と同じところ書いたんでしょ? 一緒に受験頑張ろうね!」

ある学校の帰り道、凛がいつものように無邪気に腕を絡めて笑いかけてきた。
私は喉の奥がキュッと締まるのを感じながら、曖昧な笑みを浮かべて視線を逸らす。

「あはは……私、勉強苦手だからなぁ。受かるかなー」

そんな嘘を吐く自分が情けなくて、ローファーの先で冷たい地面を蹴った。



そして、三月。卒業式の日。

私の進学先が、地元の高校ではなく、東京から遥か遠い京都の学校だと知らされた瞬間、凛の目から大粒の涙が溢れ落ちた。

「糸! 私達、ずっと高校も一緒だって信じてたのに……! なんで? なんで何も相談してくれなかったの!?」

卒業証書を握りしめたまま、私の肩を掴んで泣きじゃくる凛。
その少し後ろで、恭弥も動揺を隠せないような顔をして立ち尽くしていた。けれど、激しく取り乱す凛の肩を優しく抱き寄せ、私との間にそっと割って入る。

「凛、あんまり糸を責めるなよ。何か、どうしても言えない理由があったんだろ? なぁ、糸」

どこまでも優しくて、お兄ちゃんぶって、私を守ろうとしてくれる恭弥。
付き合ってからも変わらない、その無自覚な優しさが、私の胸を容赦なく抉ってくる。
私は激しい罪悪感に押し潰されそうになりながら、爪が手のひらに食い込むほど拳を強く握りしめた。

「ごめんね、凛……。私も、本当は一緒に行きたかった。でもね、どうしても剣道を諦めたくなかったの」

一度溢れ出た嘘の言い訳は、もう止まらなかった。

「それに……ちょうど親の関西への転勤も重なっちゃって。ギリギリまで決まらなくて、みんなに心配かけたくなくて、黙ってたの。本当にごめん」

「やだよ、糸……っ! 離れたくない、離れたくないよ……!」

凛は溢れる涙を拭いもせず、私の身体にしがみつくように、ぎゅっと激しく抱きしめてきた。
制服の肩口が、凛の熱い涙でみるみる濡れていく。

(ごめんね、凛。……でもね、私も苦しかったんだよ)

凛の背中に回した私の指先が、微かに震える。

(ずっと、ずっと、三人の中で誰よりも苦しかったのは、私なんだよ……? だから、もう分かってよ、解放してよ……)

もし、そんな本音をこの場で叫んでしまったら。
凛はきっと、今よりもっと傷ついて、もっと泣いてしまうだろう。
私のせいで、二人の幸せな未来に、一生消えない泥を塗ることになってしまう。

「……京都に行っても、絶対連絡するから。二人のこと、ずっと応援してるからね」

恭弥の視線から逃げるように、私は凛の背中を優しく、何度もあやすように叩いた。

これが、私の初恋の、本当の終わり。
胸を掻きむしりたくなるような痛みを抱えたまま、私は大好きな二人へ、最後の優しい嘘を遺して東京を去った。