それからしばらくして。
凛が風邪をこじらせて、たまたま学校を休んだ日の放課後だった。
「――あ、糸。ちょっと待って」
靴箱でローファーに履き替えていると、背後から聞き慣れた低い声に呼び止められた。
振り返ると、カバンを肩にかけた恭弥が立っていた。
「凛も休みだしさ。久しぶりに二人で帰ろうぜ」
恭弥が照れくさそうに笑う。
その一言が、諦めようとしていた私の心に小さな灯をともす。嬉しくて、胸の奥がキュンと跳ね上がるのを隠しながら、「うん、いいよ」と頷いた。
久しぶりに、凛のいない、恭弥と二人きりの帰り道。
西日に照らされたオレンジ色の通学路を、並んで歩く。
他愛もない話で笑い合えると思っていた。だけど、恭弥の横顔はどこか真剣な面持ちのままで、やがてぽつりと、静かに口を開いた。
「なぁ、糸。お前さ、最近なんか元気ないだろ。……凛が、すごく心配してたぞ」
「っ……」
ドキン、と心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。
「そう? 気のせいじゃないかなぁ。私、いつも通り元気だよ?」
私は慌てて、顔に張り付いたような笑顔を浮かべて誤魔化した。
だけど、恭弥は足を止め、私の顔をじっと覗き込んできた。
「いや、凛が言ってんだから気のせいじゃない。俺も……なんとなく、最近のお前、よそよそしい気がしてたし。糸、もしかして何か一人で悩んでるんじゃないのか?」
真っ直ぐに向けてくる、恭弥の瞳。
その変わらないお兄ちゃんのような優しさの言葉が、私の胸に、次から次へと鋭い刃物のように突き刺さっていく。
(じゃあ……私が恭弥のことが好きで、毎日毎日、死にそうになりながら我慢してますっていったら、恭弥はどんな顔をするの?)
喉の奥まで出かかったその言葉を、血が出るほど唇を噛んで押し殺す。
(『凛が心配してたから』、私を心配したの? 恭弥は……恭弥自身は、私のこと、ちゃんと見てくれないの?)
抑えようとしても、醜くて嫌な感情が、泥水のように次から次へと溢れ出してくる。
こんな、大好きな親友を妬むようなドロドロした感情なんて、知りたくなかった。
恭弥のたった一言で、私はこんなにも、知りたくもなかった最悪な嫉妬の言葉に支配されていく。
何も知らない恭弥。私の気持ちなんて、微塵も気づいていない恭弥。
ねぇ、今、私はどんな顔をしてあなたを見つめている……?
「うーん……実はさ、これからのこと考えてたの。進路とか、いろいろね! 本当に、それだけだよ」
私は精一杯の作り笑いを浮かべて、恭弥の視線から逃げるように歩き出した。
恭弥は一瞬、驚いたように目を見開いたけれど、すぐに納得したようにポンと手を叩いた。
「あー……進路のことか。そうだよな、俺たちもう受験生だし。糸がそんな真面目なこと考えてるなんて、なんか新鮮だな」
「ひどいなぁ、私だっていろいろ考えてるんだからね」
話題が綺麗に変わったことに、心底ホッとする。
それからは、どこの高校に行くかという、当たり障りのない会話がさらさらと流れて過ぎていった。
並んで歩く二人の影が、夕日に引き伸ばされていく。
これからは、どんなに近くにいても、恭弥の視線の先にはいつも凛がいる。
それが当たり前になる。
このまま一緒にいて、日常として慣れて、それを受け入れられる私になれるのかな…?
凛が風邪をこじらせて、たまたま学校を休んだ日の放課後だった。
「――あ、糸。ちょっと待って」
靴箱でローファーに履き替えていると、背後から聞き慣れた低い声に呼び止められた。
振り返ると、カバンを肩にかけた恭弥が立っていた。
「凛も休みだしさ。久しぶりに二人で帰ろうぜ」
恭弥が照れくさそうに笑う。
その一言が、諦めようとしていた私の心に小さな灯をともす。嬉しくて、胸の奥がキュンと跳ね上がるのを隠しながら、「うん、いいよ」と頷いた。
久しぶりに、凛のいない、恭弥と二人きりの帰り道。
西日に照らされたオレンジ色の通学路を、並んで歩く。
他愛もない話で笑い合えると思っていた。だけど、恭弥の横顔はどこか真剣な面持ちのままで、やがてぽつりと、静かに口を開いた。
「なぁ、糸。お前さ、最近なんか元気ないだろ。……凛が、すごく心配してたぞ」
「っ……」
ドキン、と心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。
「そう? 気のせいじゃないかなぁ。私、いつも通り元気だよ?」
私は慌てて、顔に張り付いたような笑顔を浮かべて誤魔化した。
だけど、恭弥は足を止め、私の顔をじっと覗き込んできた。
「いや、凛が言ってんだから気のせいじゃない。俺も……なんとなく、最近のお前、よそよそしい気がしてたし。糸、もしかして何か一人で悩んでるんじゃないのか?」
真っ直ぐに向けてくる、恭弥の瞳。
その変わらないお兄ちゃんのような優しさの言葉が、私の胸に、次から次へと鋭い刃物のように突き刺さっていく。
(じゃあ……私が恭弥のことが好きで、毎日毎日、死にそうになりながら我慢してますっていったら、恭弥はどんな顔をするの?)
喉の奥まで出かかったその言葉を、血が出るほど唇を噛んで押し殺す。
(『凛が心配してたから』、私を心配したの? 恭弥は……恭弥自身は、私のこと、ちゃんと見てくれないの?)
抑えようとしても、醜くて嫌な感情が、泥水のように次から次へと溢れ出してくる。
こんな、大好きな親友を妬むようなドロドロした感情なんて、知りたくなかった。
恭弥のたった一言で、私はこんなにも、知りたくもなかった最悪な嫉妬の言葉に支配されていく。
何も知らない恭弥。私の気持ちなんて、微塵も気づいていない恭弥。
ねぇ、今、私はどんな顔をしてあなたを見つめている……?
「うーん……実はさ、これからのこと考えてたの。進路とか、いろいろね! 本当に、それだけだよ」
私は精一杯の作り笑いを浮かべて、恭弥の視線から逃げるように歩き出した。
恭弥は一瞬、驚いたように目を見開いたけれど、すぐに納得したようにポンと手を叩いた。
「あー……進路のことか。そうだよな、俺たちもう受験生だし。糸がそんな真面目なこと考えてるなんて、なんか新鮮だな」
「ひどいなぁ、私だっていろいろ考えてるんだからね」
話題が綺麗に変わったことに、心底ホッとする。
それからは、どこの高校に行くかという、当たり障りのない会話がさらさらと流れて過ぎていった。
並んで歩く二人の影が、夕日に引き伸ばされていく。
これからは、どんなに近くにいても、恭弥の視線の先にはいつも凛がいる。
それが当たり前になる。
このまま一緒にいて、日常として慣れて、それを受け入れられる私になれるのかな…?



