君を忘れるための春。

きっと、分かっていた。
分かっていて、ずっとこの瞬間から目を背けて避けていたんだ。

凛がいつから恭弥のことを好きだったのか、正確な時期は私には分からない。
けれど、凛がわざわざこの話を私に振ってきたということは――その理由は、もう絶対にひとつしかない。

ここで私が、「恭弥のことは男の子として好きじゃないよ」って言えば、きっと凛は心から安心する。
彼女がどんな顔をして、どんな風に胸をなでおろすかなんて、手に取るように分かってしまう。

(だけど、ここで嘘をついて……私はずっと、この胸の痛みを一人で抱えていく勇気があるの?)

答えを求めて、私の頭の中でいろんな感情が目まぐるしく駆け巡る。

でもね、凛。
これだけは、これだけは絶対に譲れないんだよ。
私はね、きっと凛よりもずっと先に、恭弥のことを好きになった。
誰よりも先に、あの太陽みたいな笑顔に恋をした。
それだけは、世界中の誰になんと言われようと、絶対に譲れない私の誇りなんだ。

『私が先に、恭弥のことが好きだったんだよ』って。
そうやって言葉にして叫べたら、どんなに楽だっただろう。

いろんな思いが脳裏を支配して、私は言葉を失ったまま、ただ立ち尽くしていた。
私の長い沈黙を、どう受け取ったのだろう。凛ははっとしたように目を見開くと、私に一歩近づいてきた。

「急にごめんね、糸……! あの、もしかして糸って――」

凛の言葉が、核心に触れようとする。
その先を聞いてしまったら、もう戻れない。私たちの関係が、音を立てて壊れてしまう。

「凛」

私は凛の言葉を遮るように、声を張り上げた。
ぎゅっと拳を握りしめ、顔の筋肉を必死に動かして、いつもの「幼馴染の糸」の笑顔を作る。

「私ね、凛と恭弥のことが、ずっと、ずっと大好きだよ。それはこれからも変わらない。私、三人の幼馴染として、これからもずっと一緒にいたいと思うよ」

涙が溢れてきそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に堪える。
涙を堪えるのって、こんなに息が詰まって、こんなに身体の奥が痛くて、こんなに辛いことなんだって、生まれて初めて知った。

「……あ、うん! そっか、そうだよね! 変なこと聞いてごめんね!」

私の言葉を聞いた瞬間、凛の表情がパッと明るくなった。
ほら。やっぱり、思った通りだ。
だって、もう凛は、心から安心した顔をして笑っているんだもん。

私が正直に自分の想いを伝えたところで、今まで三人で必死に守ってきた『幼馴染』という大切な居場所がバラバラに崩れてしまう。
私はそれが嫌だった。自分のエゴのせいで、大好きな二人の居場所を壊してしまうことの方が、何百倍も、何千倍も嫌だった。だから、これでいい。これでいいんだ。

「じゃあ私、部活に戻るね! 糸、トーナメント戦頑張って!」
「うん。凛も部活、頑張ってね」

手を振って、軽やかな足取りで道場の裏から去っていく凛の後ろ姿を見つめる。
その背中に向けて、私は届くはずのない言葉を、心の底から叫んだ。

(でも、忘れないで、凛)

視界が、今度こそ涙で激しく滲んでいく。

(私、私はね……本当は、恭弥のことが大好きなんだよ。誰よりも、大好きなんだよ……)

夕暮れの冷たい風が、私の静かな涙をさらうように吹き抜けていった。