君を忘れるための春。



「ねぇ、(いと)。本当に京都に行っちゃうの? 何も言わずに引っ越しちゃうなんて、寂しいよ」

東京駅の新幹線ホーム。
アナウンスの雑音を掻き消すように、幼馴染の立花 凛(たちばな りん)が私の片手を両手でぎゅっと握りしめてきた。
大きな瞳には、今にも零れ落ちそうな涙がたまっている。

「凛、本当にごめん。急に親が決めたことだから、私もどうしていいか分からなくって……」

私は残念そうに、困ったように、精一杯の作り笑いを浮かべた。

凛の後ろには、少し離れた場所から、朝日 恭弥(あさひ きょうや)が寂しそうな顔をして私を見つめている。
目が合うと、恭弥は長い足を動かしてこちらへ近づき、私の頭に大きな掌をぽんと置いた。

「そうだぞ。俺もびっくりしたんだからな!さすがに凛も泣いちまうだろ? なぁ?」

髪を優しく揺らす、聞き慣れた低い声。
恭弥はいつも、面倒見のいいお兄ちゃんぶって、こうやって私を子ども扱いする。
その変わらない、無自覚で残酷な優しさに、胸の奥がズキズキと悲鳴を上げた。

――嘘。
全部、嘘だよ。

急な転勤なんかじゃない。私はずっと、ずっと前から、二人から離れることだけを考えていた。

幼馴染のままでいられたら、それでよかった。
だけど、二人が付き合ってから。
私の心からは、からからに潤いが消え失せてしまった。

お似合いの二人を見るたび、私の内側に湧き上がるのは、醜くて、黒くて、ドロドロとした感情。
自分がそんな醜い怪物に変わっていくことに気づくのが、嫌で嫌でたまらなかった。

だから、中学3年の冬、必死で親を説得したんだ。
ここから遠く離れた、剣道の強豪である京都の高等学校に通いたいと、泣きながら必死に頼み込んだ。

(そんな事情があったなんて、二人に言えるわけがない)

お姉さんみたいに優しくて大好きな凛に。
ずっとずっと、恋をしていた恭弥に。

『毎日、二人に嫉妬して狂いそうだった』なんて、死んでも言えるわけがない。

「……じゃあ、もう行くね!」

私は恭弥の手をすり抜けるように一歩下がり、キャリーケースの取っ手を、白くなるほど強く握りしめた。

この醜い嫉妬も。
大好きだった二人の笑顔も。
何年も引きずり続けた、恭弥への想いも。
全部、この東京のホームに置いていく。

発車のベルが、私たちの境界線を引くように鳴り響いた。