真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

 それから数日が経過した。星川の後ろで過ごしていく中で、幾つか分かったことがある。

 ――分かったこと① 彼女は意外とサボり魔だ。

 ある日の授業中、確か数学だったと思う。先生の説明や板書に基づいて同級生は思い思いに、ノートに授業での学びを書きこんでいく。だが彼女は違った。
途中から色ペンを持ち、ある時はペンギンやひよこ、カエルの絵文字を描いていた。
なぜ僕が知っているかと言われると、彼女が見せつけてきたからにほかならない。

 ――くりっとした目が君に似てるよね byカエル🐸

 そういうメモを引き出し側の机の端に器用に貼り付け、僕に見せてきた。角度的に僕以外には誰も見ることはできない。
その背徳感や彼女のカエルの絶妙な表情につい笑ってしまう自分がいて、我慢しようとして逆に咳き込んでしまったことがあった。気付いた先生が心配する中、星川だけは密かに笑っていたことは鮮明に覚えている。

 ――分かったことその② 彼女は困っている人を見つけると、手を挙げて助ける

 授業中に誰かが回答に困っている時や先生が悩んでいる時に、星川が登場することが多い。
 最近見かけたのは英語の授業で長文読解の問題を解いている時だった。
「次は、二行目の日本語訳ですね。ここの部分を……花坂さん~答えられますか?」
「うーんと……近年、人工知能は飛躍的に進化し、今や私達の生活を支える重要なテクノロジーです。しかしながら……えっ関係代名詞が三つ……」
 花坂さんは言葉に詰まってしまう。ここの部分は同じ名詞にかかる部分だ。それを知っていればスムーズに答えられるはずだが、焦りもあるのか、頭を動かして教科書を見返している。隣席のクラスメイトが指差ししてサポートしてくれてはいるが、文章量が多い手前、飲み込めきれないようだった。
 そんな時、目の前の彼女が手を挙げた。先生が「どうしました?」と星川に話すよう促す。
「美咲先生、今回のWhoって、一段落目でやったものと似たような感じですか?」
 彼女は、先生を名前呼びしながらも率直に質問をする。若手の女性の先生で、ゆったりとした口調とほんわかした雰囲気で親しみやすく、生徒からは名前で呼ばれることが多かった。
「星川さん、質問は大歓迎ですし、一段落目と似ている所に気が付いているのは良い着眼点です。でも名前呼びはダメですよ~」
「先生の新しい苗字を忘れちゃって、すみません」
 周囲に笑いが起き、美咲先生は顔を赤らめる。その間、花坂さんは何か閃いたようで、教科書にペンを走らせていた。
「まぁ……それなら仕方ないですね。篠崎ですよ、今度忘れたらテストに出しますからね~」
 ――うわー職権乱用だー
 ――いっそのこと出してよ先生、絶対点数取るから

 そんな声が教室を埋め尽くした。その後、花坂さんは「分かりました!」と言って、日本語訳の続きを意気揚々と回答する。
「正解です。ここは結構躓きやすいので、皆さんもよく復習しておいてくださいね~」
 場が和やかになりながら、授業は続いていった。星川を見ると、よしっと拳を握り、頭を左右に揺らす。後ろ姿からも嬉しそうな様子が伝わってきた。

 ――分かったことその③ 彼女は生成AIを使うことに思う所があるらしい
 ある日の放課後の空き教室で、僕と星川はいつものように裏読みトランプをしていた。
 僕は連日【星川3 👔】を狙い撃ちしていたが、中々当たらずにいた。
 これまでの結果として、高校の制服に関することであり、制服をアレンジしたいわけではないこと、私服登校や違う制服を着たいわけでもないことが分かっている。直近では「制服でお出掛けをしたい」と伝えた所、好感触で流石にそろそろ当てたいと思っていた。
だが、自分で考えていては埒が明かない……と思い、授業でも話題の生成AIに匿名で相談してみると、的確な答えが返ってきた。

 ――以上を踏まえて、最も合致する可能性が高いのは『休日に制服で夢の国へ行く』です。SNS上でも、学校の制服で夢の国へ行く写真や動画が多数見受けられ、定番の過ごし方としても知られています。非日常のテーマパークに日常の制服を組み合わせることで、特別感が生まれ、素敵な思い出を作ることができるでしょう。

 僕はこれだ、と脳に電流が走るような感覚があった。改めてネットで調べてみたが、同様の情報が沢山あることがわかる。彼女が好きそうなコンテンツであり、星川が裏に書いていそうなイメージが容易に膨らむ。正解に違いない。
 そして、今日。満を持してこの時を迎える。僕は荷物を置き、すぐさまトランプを机に置く。
「今日は僕から先にやってもいいかな」
「おっ珍しい~何かあったの?」
「今日、星川のネクタイのカードを当てようと思う」
「自信満々だね~私のこと考えてくれたんだ」
 感心感心~と言いながら、彼女は【星川3 👔】を机の中央に置いた。
「じゃあ、早速当てようか」
「はやっ?! 質問とかしなくていいの?」
「ここ何日間で色んな質問をした中で、既に制服で出掛けたい所まではわかってる。あとはそこにちょっと要素を添えるだけでいいはずで、もう考えてきた」
「確かに、七割位は当たってる。そろそろ私のやりたいことも叶えてほしいな~」
 頬杖をつき、ニヤニヤしながら言ってくる星川。そう、一週間以上やっているのに、まだ一枚も当てられていないのはまずい。彼女はもう三枚も当てているというのに。
「分かったよ」
 僕は彼女のネクタイのトランプに手を置き、すっと彼女へ向ける。
「休日に制服で夢の国へ行きたい、これでどう?」
「おーっ! 君からまさか夢の国なんてワードが出てくるなんて、びっくりだよ」
「それで、どうなの?」
「結果は……」
 ごくり、の唾をのむ。普段使わないAIにわざわざ聞いて出した答えなんだ。
 当たってほしい、そう願うばかりだった。
「惜しいけど残念、あと一要素が足りませーん」
「嘘でしょ」
 目の前が真っ暗になる。何が足りないのか、想像もつかない。
「ニュアンスはほぼ正解なんだけどね~」
「なら正解にしても良かったんじゃない?」
 僕は思わず眉を顰める。今回の当ては自信があっただけに意義を唱えたい所だ。
「大事なのは、休日に制服を着る意味、だよ。実は行きたい場所は書いてないんだ」
「それは意外だった」
 トランプに書いているとばかり思っていた。それじゃあ一体……
「君の回答は別解としてありだな~ちなみにどうしてそこまで辿り着けたの?」
「あぁ、それは……」
 ちょっと言いづらいものがあり、思わず目を逸らす。何かに頼って答えを出すのは褒められたものではなかった。
「きかせてもらおうか、容疑者M君?」
 星川の目はいつも以上にキラキラと輝いていた。

「なるほどね……AIを使ったんだ。夢がないね~」
 僕は履歴も含めて見せる羽目になった。まぁ僕が悪いんだが。
「ハイ履歴削除~これからAIに頼るのは禁止! 君は私のことをもっとよく考えなさい!」
 星川はぷくっと頬を膨らませる。もっと色々言われる可能性も危惧していたが、あまり怒っている感じでは見えなかった。AIを使って当てるのではなく、直接自分を見て考えた上で当ててほしかったのだろう。僕は謝意を込めて頭を下げる。
「反省しています」
「なら許してあげる。君が段々と裏読みトランプに本気になってきた証拠でもあるからね」
 思い返してみれば、休み時間も授業中も、夜も何かしら考えているかもしれない。
「いつの間にか考える時間は増えた気がする。後ろから星川を見て知れたことも多いし」
「へ~私のことよく見てるね~」
「ちょっかいをかけてくるのはそっちだろ」
 いいじゃん~と笑って彼女は自身の筆箱を手に取る。筆箱と言っても、動物を模したぬいぐるみの中にペン入れがあるようなものだ。同級生の女子はよく使っていて、彼女はライオンだ。
 ちょっと休憩したいときに星川はペンケースで手遊びしていることが多い。触り心地が良いのだとか。
僕も最近触れる機会がなかったトランプを手に取る。相変わらず、表紙は真っ白なままだ。
「君ってトランプ弄るの好きだよね」
「好きでもあるけど、癖みたいなものだよ」
 僕はトランプを横一面に広げ、枚数が揃っているのを確認してからルーティーンを始める。
一般的に行われる縦での混ぜ方とは異なり、横向きで混ぜるやり方だ。右手で全てのトランプを持ち、左手の親指で数枚ずつ取っていく。
 このやり方のいい所は音があまり出ないことにある。動かす範囲が狭く、周囲の邪魔になりにくいのも良い。
「いつからトランプを触るようになったの? 手先がキレイだよね」
 彼女に声を掛けられ、手元に向けていた視線を移すと、星川はライオンと視線を合わせ、僕の手をじっくりと見ていた。
「いつからだろう……小学一年生から姉の影響で始めたから、十年くらいじゃない?」
「そんなにやってるの?! どうりで上手いわけだ。お姉さんと仲いいんだね」
「まぁ……そうでもないよ」
 僕が小学校に入ってから両親がフルタイムで働くようになり、それ以降ずっと遊んでもらっていた。色んな遊びをした後に辿り着いたのがトランプだったっけ。
 ただ、やれるゲームにも限界があって、そうして生まれたのがマジックだった。
「ふ~ん。お姉さんとは今は喧嘩中なの?」
「喧嘩というか……」
 これは言ってもいいのだろうか。いや、わざわざ話すことでもないような気がする。
「まぁそんな感じ。僕が悪いんだけどね」
「うわ、大切にしなよ。人生あっという間なんだから、いつか後悔するよ」
 彼女は何気なく言ったのだと思うが、僕には重く突き刺さる一言だった。
心が揺れ動き、ある光景が脳裏をよぎりかける。だが、すぐさまトランプを切るスピードを変え、音を立てるやり方に変えることでそれを打ち消した。
「分かってるよ」
「うわーすごい! マジシャンがよくやるやつだよね」
「そう、これは姉が教えてくれたんだ。他にも、沢山。小さい頃の僕は、種明かしをしようと必死に当てるのが楽しかったのを思い出すよ」
「へー君のお姉さんは天才だ! なんで沢山教えてくれたんだろうね?」
「……どうしてそんなこと訊くの?」
「だって約束したじゃん。君がやりたいことを一緒に見つけようって。それに、君が見つけてくれないと私が当てられないしさ」
 ぶーぶーと星川は言いながらも、口元や目は緩み、穏やかな印象を受けた。
「なんでだろうな……考えたこともなかったよ」
「時間がある時に考えてみてよ。やりたいことにもつながる気がするな~」
「そう?」
「うん! 君の表情がコロコロ変わるんだもん。間違いないよ」
 星川は、曖昧な表現を一つせずに言い切る。彼女がそう言うのなら一考の価値は十分にあるだろう、自然と腑に落ちた。
「分かった。考えてみるよ」
「楽しみにしてる! さ、今日はもう帰ろう~」
 帰り支度を済ませ、空き教室の電気を消す。僕らは誰かに見られたらまずいからと昇降口で別れ、少し時間を置いた後に帰路につく。
 姉の写真を見た後、静まり返った夜の自室で、僕は四番目と書いたトランプの空欄に絵文字を書き足すことに決めた。
【水谷4 🎩】