真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

 いつの間にかチャイムが鳴り、四限の授業も終わりを告げる。帰りの会を終え、クラスメイトは散り散りになっていく。僕も支度をしていると、いつものあいつが、声を掛けてきた。
「よっ水谷。お昼行こうぜ~」
「僕達、帰宅部だろ。平日ならまだしも、土曜日にお昼休みはないはずだけど?」
「えーたまにはいいじゃんか、ぐすっ」
 檜山は涙を拭う素振りを見せるが、決して騙されてはいけない。口元が笑っている。
「今日の演技は五十七点だ」
「えっどこかダメだったんですか、先輩」
 檜山はすぐに溌溂とした表情に戻る。
「そういう所だ。バレバレじゃないか」
「あっいっけね」
 檜山は良くも悪くも素直で関わっていて楽だ。
「僕はこの後用事があるからどっちにせよ無理だ。また気が向いたらな」
「うわっ珍し。また来週~」
 挨拶を交わし、教室を出た。檜山は面倒な時もままあるが、あまり踏み込まないでくれるから一緒にいて気楽だなと思う。

 ――今日は屋上集合! お昼ご飯を忘れずに🍙

 階段を上がり、扉を開けると、照り付ける太陽と広々とした屋上が姿を見せる。周囲はフェンスで囲まれており、学校としては珍しく誰でも使うことができた。
 土曜日なのもあり、平日は大賑わいな屋上も今は人気がない。この時間だけは、屋上でも僕らが関わっている秘密が守られるという寸法だ。
 パッと見渡す限り、星川の姿はない。
「おーい、星川。どこにいる?」
 声を掛けるが返事はなく、周囲はやけに静かだった。もしかしてまだ来てないのか?
 僕は周囲を隅から歩き回る。その結果、彼女はすぐに見つかった。貯水タンクの裏にいて、日陰に隠れていたらしい。バッグを両手に抱えて立っていた。
「あっ見つかっちゃった」
「おい、僕の声聞こえてただろ」
「聞こえなーい聞こえなーい」
「いや、反応してるじゃん」
「へへ~さっまずはお昼ご飯食べよ!」
 星川はスクールバッグから、青のレジャーシートを取り出す。それも僕が座っても余裕がある位に大きいものだった。
「地べたで食べるものだと思ってたよ」
「制服が汚れたら面倒だし、この方が雰囲気出るでしょ? ピクニックみたいで」
「雰囲気って……まぁ、ありがとう」
 彼女に甘えて、僕もレジャーシートに腰を下ろす。星川が靴を脱ぐので、僕も合わせて靴を脱ぐ。確かに、ちょっとピクニック感が出てるかもしれない。
 僕はバッグから菓子パンを幾つか出す。星川はお弁当箱を取り出すが、その中にはビニールに包まれた手作りのおにぎりが三つだけ入っていた。おかずはない。
「星川、意外とシンプルなんだな」
「まぁね~うちは家のことがあるから、あんまり凝ってられなくてさ」
「そっか」
 僕らは黙々とご飯を食べた。お互い色合いがないメニューで、サクッと食べられるものだったのも大きかった。
 暫くすると、ラッパの音が聞こえてくる。吹奏楽部の練習が始まったのだろう。
「星川は、部活とかはやってないんだっけ?」
「やってないよ~基本家事は私がやってるから、部活も無理なんだ~」
「だから、直帰してたのか。納得」
 普段の星川の様子を見ていると、部活をやっていても不思議ではなかった。体育でも活躍している場面は多かったように思う。
「そういう君はやろうと思わなかったわけ?」
「僕は……そう。家の方が楽だしね」
「家では普段何して過ごしてるの?」
「宿題して夜ご飯食べて、風呂入って、適当にオススメの動画を見て、寝る」
「何もしてないじゃん?!」
 星川は、おにぎりを落としかけてギリギリでキャッチした。あぶなかった~とおにぎりを優しくなで、最後の一口を食べる。
「君のこと、ある程度分かった気がする。よしっ始めよっか!」
「三枚目のカードはこれだったね」
 昼食で使ったものを片付け、レジャーシートにはトランプを置く。

【星川3 👔】

【水谷3 🪟】

「窓か……ようやく歯応えのあるものが出てきたって感じ」
 星川は窓のトランプを手に取り、感想を呟きながら見つめている。
「これは……すぐには分からないと思う。それに、当てられてしまうと、色々とまずい」
「ふふ、もう予備のトランプもないもんね、君は。窓か……高校生で関係のあること。やれるのは学校の中ってことでいいのかな?」
「そうだね、学校でやれることではある」
 ここまでは言ってもいいはずだ。そこから具体的になってしまうと、答えにぐっと近づいてしまう。
「学校で窓? あっまさか、ヤンキーになってガラス割りとかそういうの?」
 星川は、バットを持つように両手をくっつけ、あどけない表情で腕を振った。
「いやいや、なんであらぬ方向に行くんだよ」
「だよね~冗談冗談。とするなら……」
 彼女は握った両手の拳をそのまま頭の側頭部に持っていき、ぐりぐりと回しながら考えている。相当詰まっているようだ。
「今日は星川でも無理じゃないか」
「……窓と言えば、教室。教室と言えば、窓は左側にしかない。これと関係してるとか?」
「あっ言われてみれば確かに。そんなことより、窓との関係についてはノーコメントで」
「否定しないのが答えだよ。私だったら窓の近くで景色を楽しみたいな……あっ席替えだ」
 星川は手を打った。そして、口角を上げて僕を指差す。
「はは~ん。星川探偵は真相に辿り着きました。犯人はもうわかってるんですよ」
「……流石名探偵。物語を作るのがお好きなようで」
 そう努めて冷静に言ってはみるが危機的状況だ。しかし、やりようはある。僕の判断としては、席まで当てないとダメだ。そこまでは、今日中には無理だろう……多分。
「ふふ、来週席替えをすることは決まっているから、そこまでに当てないと可哀想だよ」
 星川はわざわざ立ち上がり、僕を憐れむような目で上から見下ろしてくる。
「無理無理、諦めよ」
「考えろ~考えろ~」
 彼女には僕の声が一切届かず、再度しゃがみ、スクールバッグからノートとペンを取り出した。すぐさま教室の見取り図を描き、上部には席替え! と堂々と書いている。
「君の席は今、廊下側の真ん中あたりにある。窓際からは遠いな……とするなら次狙っているのは窓際。場所は……」
「……」
 もう、止まらなかった。
「君は目立つのは避ける方だし、一番後ろにしたいはず。なんなら、教室の後ろにあるロッカーも五十音順で窓よりだから行きやすい。これ、完璧じゃない?!」
 星川は、窓際後ろの席にあたる位置に二重丸をつけ、僕にノートを見せつけてきた。
「これで、推理ショーは終わり。何か反論はあるかな?」
 自信ありげに言ってくる星川。僕はもう、何も言えなかった。
「降参だ」
「イエーイ! 当たった当たった~」
星川は両手を上げ、体をレジャーシートに全て預ける。
「まさか、今日中に当ててしまうとは思わなかった」
「私も、はーめっちゃ楽しい」
 星川は足をバタバタさせた後、起き上がって僕のトランプを見返していた。
「このトランプだけ、よく見ると色合いが濃くて、絵文字が丁寧に描かれてるんだよね。君の本音が少し見えた気がする」
「そうかも、唯一直近でしたかったことだし」
「当てられて良かったよ、本当に。でも一つ、確信できたことが……あるんだ」
 目を左右に揺らし、何かに迷いながらも、最後には僕を一心に見つめてくる。
「確信、というと?」
「三つのリストを書いてきてくれたけどさ、本当に高校生のうちにやりたいこと、なのかな?」
 星川の真っ直ぐな視線が痛い。何と答えたらいいのか思いつかず、沈黙してしまう。
 だがこのまま何も言わないわけにもいかず、素直に口を開く。
「……違うかもしれない、ごめん」
「いや、いいの。一日で書いてくるなんて難しいし、すぐに出てこないのは当たり前だよ。むしろ、出てきてたら天才だし!」
 まさにそうだと思う。多分、今の時点で埋められる人は、やりたいことが決まっていて、迷わずに取り組んでいることだろう。星川のような人なら、きっと。

 ――それなら、さ。 要検討。傍線があるものの意味を考えよ

「君のやりたいこと、一緒に見つけようよ。私のやりたいことを当てながら、ね!」
 星川は、照れ臭そうにニカッと笑い、僕に右手を差し出す。
 彼女の申し出はありがたいが、どうしてそこまでしてくれるんだろう?
 そんな疑問が脳裏をよぎり、謎として興味が湧いた。
 それに、勝たなければあの日の画像を消してもらえないだろう。
「分かった、よろしく頼む」
 そう言って、彼女の手を握った。
「ねぇ、片付けている時に思ったんだけどさ……」
 星川は、僕が片付けているトランプを目にする。仕舞う時には確認のために、一度すべて出してから入れるようにしているため、白紙のトランプも全て手元にあった。なお、僕は今日も当てられず惨敗だ。だが、制服でお出掛けをしたい、は高評価だった。あとちょっとらしい。
「これ、番号だけ振ってあるけど、このままだと順番に意味ないよね?」
「確かに。上位三つは既に当てられているけど、やりたい順ではないな。でもなんでこの順番にしたんだろう……」
 自分でもよく分かっていなかった。ただ、思いついたものを羅列しただけかもしれない。
「まぁいっか、順番も込みでこれから見つけていけばいいんだから!」
 彼女は片付けもそこそこに、バッグを背負う。僕もトランプをバッグに入れ、二人で歩き出した。
「結局、席替えの件はどうするんだ?」
「ふっふっふー、これは実行します」
「どうやって?」
 彼女は少し前を走ってから、こちらを振り向く。
「私に考えがあるの。まぁ見ててよ」

 ◆

 翌週の総合の時間に予定通り席替えが行われた。星川は事前に先生から頼まれていたそうで、席替えのくじ引きを作っていた。彼女はくじの箱を持って教壇に立つ。黒板にはクラス委員の女子、桐野が席の番号を書いていく。
「さぁ、皆ドンドン引いて~」
 クラスメイトが学籍番号順に引いていく中、僕の番が来た。くじの前に立つと、星川が一か所を数回ぐるっと撫でる。何かと思い、手を入れると、そこには貼り付けられた紙があった。
「これ、お願いします」
「はーい。水谷君は三十番ね」
 黒板を見ると、僕の望み通りの場所に番号が書かれていた。
 本当に叶えてくれるとは……。
 他の人も一通り引き終わり、最後は星川の番になった。
「よし、じゃあ私が最後だね……あった、これだ」

 ――星川さんは何番だった?
 ――おっ気になる気になる!
 ――お願いします、どうか隣に……

 クラスメイトは星川がどこに行くのか気になっているようだった。
「私はね……じゃーん二十九番です」
「ほらほら、もう総合の時間終わるぞ。さっさと移動しろー」
 担任の号令によって、各々机を動かしていくが、彼女は迷いなく笑顔で僕に近付いてきた。
 なんで……いや。ゲームのルール上は、僕達は必ず二人で実行しなければならない、とするならばこれは偶然ではなく、彼女が仕組んだことなのだろう。
「これからよろしく、水谷はじめ君。窓際で一番後ろの席を当てるなんて、運が良いね!」
 星川は白々しく僕に握手を求めてくる。僕はため息を吐きながらも渋々手を差し伸べた。