僕は忘れ物を取りに教室に来たはずが、今では席に座り、星川さんと向かい合っている。もうスマホでの撮影を彼女はしておらず、少し安心だ。
「ゲームをすれば、録画と写真を消してくれるんですよね?」
「もちろん! ゲームが終了した瞬間に消すよ」
そう言って、彼女は腕を組む。星川に二言はないらしい。
「分かりました。なんのゲームかは知りたい所ですが、教えてもらっても?」
「いいの?! やった」
僕に拒否権はないのに、星川は両手をぎゅっと握り、にししっと笑う。
「説明の前に、私達、クラスメイトでしょ。敬語やめない? 古典の借りも返してほしいんだけどなー」
「えっああ……忘れてた。流石にカメラを向けられたら焦りますって。あの時は助かったけど」
「あー敬語混じってる、変なのー」
星川は僕をおちょくってきたが、こっちにとっては一大事。学校生活が終わる可能性もある。
「敬語で借りを返せるのは有難いけど、流石にすぐには直せそうにないので、今は許してください」
「仕方がないなー。じゃあ、説明するね。私達がやるのは【裏読みトランプ】だよ」
「裏読みトランプ、初めて聞き……聞いたけど」
「そりゃそうだよ、私が作ったんだもん」
胸を張ってうんうんと頷く。余程の自信作なのかもしれない。
「それで、どんなゲームなの?」
「ルールは三つあるんだ! まずはね……一つ目!」
ルール① 十三枚の白紙のトランプの裏に一つずつ【高校生のうちにやりたいこと】を書く。表にはヒントになる絵文字を描き、やりたい順に番号を記すこと。表に描かれた絵文字と番号は常に相手に見える状態にして、裏はスリーブ等で相手に見えないようにすること。
「絵文字か……絵はあまり得意ではないんですが」
「そこは大丈夫! ネットから参考にできるものはいくらでもあるし、結構簡単なんだよ」
星川は、スマホで絵文字の一覧サイトを見せ、その場で余ったカードに、にこやかな笑顔を描いていく。手順も一つ一つ丁寧に説明してくれていて、気配りのできる彼女らしい。
「どう、やれそうじゃない?」
「それは良いにしても、やりたいことが浮かびません。他に適任がいるのでは?」
「ふ~ん、君はそんなこといっちゃうんだ。いいの?」
星川はスマホをとんとんと指先で叩く。くっ……
「別に……星川がいいのならそれで。絵文字の順番がヒントとしてあるなら、幾分か答えやすいでしょう」
「うんうん、絵文字って発想が天才的だよね」
自画自賛してる……まさか星川がこんなキャラだったとは。思っていたより砕けている人のようだ。
「それで、次は何?」
「二つ目は、これ!」
ルール② 一日一回別れ際に、お互いのカードを当て合う。当たったかどうかは本人が判定し、当たれば二人で必ず実行する。結果に関係なく、当て合いは一回のみで持ち越しはできない。
「本人が判定って、かなり緩くないです? それに、これってカードに書く内容によっては何でも命令できてしまうことになりますが?」
「ルールは公正に。君がもう悪いことをしないって信じているから」
星川は無言の笑顔でこちらに圧をかけてくる。どちらかと言えば、彼女が何をしてくるかが分からないのが怖い。というか、悪いことはしていないんだけど。有罪判定してるじゃないか。
無罪だよな……多分?
「分かった、君の良心に任せるよ。それで、別れ際っていうのは?」
「おっ、今タメ口出たね。その調子だよ」
「いちいち指摘しなくていいから」
「はーい。そうだなー例えば、帰り際の昇降口とかかな。このゲームは二人だけの秘密にしたいから、バレないようにしないとね」
「秘密にする必要ある?」
「大ありだよ。このカードは普段関わっている人からしたら変なことしか書いてない。気配り上手なキャラが崩れちゃうから誰にも見せるつもりはないの。それに……」
「それに?」
彼女は僕の耳元で囁く。
「二人だけの秘密ってワクワクしない?」
ふふっと笑い、彼女は席に戻る。くすぐったいのもあるが、どうも顔が赤くなってしまう。
「な、なるほどね。それで、最後のルールは?」
「最後のルールは、これ!」
ルール③ 先に十三枚すべて当て切った方の勝ち。勝者は敗者に何でも一つお願いできる。
「何でもって……いいのか? 本当に。逆に僕が負けた場合でもできることは限られてくるんだけど」
「大丈夫だよ、君ができることしかお願いしないから。私には……そうだな。勝ったら何でもいいよ。本当に、勝てたら……ね」
星川はしたり顔でこちらを挑発してくる。何でも、と言われると色んな想像が膨らむが、今すぐに考える必要はない。その時に考えればいいと思う。
「分かった。あとは、なんでわざわざお互いのやりたいことを当て合うっていうゲームにしたんだよ。かなり回りくどいし、当たらない可能性もあるのに」
これは率直な疑問だった。やりたいことなら、すぐにお互い相手へ話して一緒にやればいい。その方が効率もいいはずだ。
彼女はそうだなーと言いながら、肘を机に載せ、両手に顎を添えた。
「その方が楽しいじゃん。お互いのことを本気で知ろうとしないとできないし」
顔を揺らし、ルンルン気分で続ける。
「それに……さ。言わなくても伝わる関係って素敵だと思わない?」
星川の語尾が少し上ずり、彼女の顔が赤く染まる。
どうして、そんなことを考えているのか、わからなかった。
星川は既に特別なはずなのに、クラスで人気者なはずなのに。
「こういうのも、悪くないんだけどね」
彼女はそう言って、机にあるトランプの束にちらりと目をやった。
「まぁ、そうかもしれないな。言わんとすることはちょっとだけ分かるような気がする」
「君なら分かってくれると思ったよ。だから、水谷はじめ君、君を選んだの」
――お願い。やって、くれるよね?
さっきまでの強制的な圧を全く感じさせなかった。僕ではなく、違う何かを見ているようだった。彼女には何が見えているのだろうか。そう思ってならなかった。
「やるよ、拒否権もないしね」
「うん、ありがとう。これからよろしくね、水谷君」
僕らは裏読みトランプを明日から始めることにした。既に星川は十三枚を描き終えているが、僕は今から作るため、一先ず三枚を描くことが宿題となる。
彼女からは予備も含め、白紙のカードを数枚多く受け取り、とりあえず1から13まで番号を書いて学校を後にした。帰り際にあっ忘れてたと当然のように星川に連絡先をせがまれたのは記憶に新しい。
自宅で寝る準備まで済ませた後、机の上でもらったトランプと向き合う。
何を作れば良いのだろうか……全く思いつく気がしない。
とりあえず、ちょっとした願いと一般的に高校生が考えるものを書くことにした。
「ゲームをすれば、録画と写真を消してくれるんですよね?」
「もちろん! ゲームが終了した瞬間に消すよ」
そう言って、彼女は腕を組む。星川に二言はないらしい。
「分かりました。なんのゲームかは知りたい所ですが、教えてもらっても?」
「いいの?! やった」
僕に拒否権はないのに、星川は両手をぎゅっと握り、にししっと笑う。
「説明の前に、私達、クラスメイトでしょ。敬語やめない? 古典の借りも返してほしいんだけどなー」
「えっああ……忘れてた。流石にカメラを向けられたら焦りますって。あの時は助かったけど」
「あー敬語混じってる、変なのー」
星川は僕をおちょくってきたが、こっちにとっては一大事。学校生活が終わる可能性もある。
「敬語で借りを返せるのは有難いけど、流石にすぐには直せそうにないので、今は許してください」
「仕方がないなー。じゃあ、説明するね。私達がやるのは【裏読みトランプ】だよ」
「裏読みトランプ、初めて聞き……聞いたけど」
「そりゃそうだよ、私が作ったんだもん」
胸を張ってうんうんと頷く。余程の自信作なのかもしれない。
「それで、どんなゲームなの?」
「ルールは三つあるんだ! まずはね……一つ目!」
ルール① 十三枚の白紙のトランプの裏に一つずつ【高校生のうちにやりたいこと】を書く。表にはヒントになる絵文字を描き、やりたい順に番号を記すこと。表に描かれた絵文字と番号は常に相手に見える状態にして、裏はスリーブ等で相手に見えないようにすること。
「絵文字か……絵はあまり得意ではないんですが」
「そこは大丈夫! ネットから参考にできるものはいくらでもあるし、結構簡単なんだよ」
星川は、スマホで絵文字の一覧サイトを見せ、その場で余ったカードに、にこやかな笑顔を描いていく。手順も一つ一つ丁寧に説明してくれていて、気配りのできる彼女らしい。
「どう、やれそうじゃない?」
「それは良いにしても、やりたいことが浮かびません。他に適任がいるのでは?」
「ふ~ん、君はそんなこといっちゃうんだ。いいの?」
星川はスマホをとんとんと指先で叩く。くっ……
「別に……星川がいいのならそれで。絵文字の順番がヒントとしてあるなら、幾分か答えやすいでしょう」
「うんうん、絵文字って発想が天才的だよね」
自画自賛してる……まさか星川がこんなキャラだったとは。思っていたより砕けている人のようだ。
「それで、次は何?」
「二つ目は、これ!」
ルール② 一日一回別れ際に、お互いのカードを当て合う。当たったかどうかは本人が判定し、当たれば二人で必ず実行する。結果に関係なく、当て合いは一回のみで持ち越しはできない。
「本人が判定って、かなり緩くないです? それに、これってカードに書く内容によっては何でも命令できてしまうことになりますが?」
「ルールは公正に。君がもう悪いことをしないって信じているから」
星川は無言の笑顔でこちらに圧をかけてくる。どちらかと言えば、彼女が何をしてくるかが分からないのが怖い。というか、悪いことはしていないんだけど。有罪判定してるじゃないか。
無罪だよな……多分?
「分かった、君の良心に任せるよ。それで、別れ際っていうのは?」
「おっ、今タメ口出たね。その調子だよ」
「いちいち指摘しなくていいから」
「はーい。そうだなー例えば、帰り際の昇降口とかかな。このゲームは二人だけの秘密にしたいから、バレないようにしないとね」
「秘密にする必要ある?」
「大ありだよ。このカードは普段関わっている人からしたら変なことしか書いてない。気配り上手なキャラが崩れちゃうから誰にも見せるつもりはないの。それに……」
「それに?」
彼女は僕の耳元で囁く。
「二人だけの秘密ってワクワクしない?」
ふふっと笑い、彼女は席に戻る。くすぐったいのもあるが、どうも顔が赤くなってしまう。
「な、なるほどね。それで、最後のルールは?」
「最後のルールは、これ!」
ルール③ 先に十三枚すべて当て切った方の勝ち。勝者は敗者に何でも一つお願いできる。
「何でもって……いいのか? 本当に。逆に僕が負けた場合でもできることは限られてくるんだけど」
「大丈夫だよ、君ができることしかお願いしないから。私には……そうだな。勝ったら何でもいいよ。本当に、勝てたら……ね」
星川はしたり顔でこちらを挑発してくる。何でも、と言われると色んな想像が膨らむが、今すぐに考える必要はない。その時に考えればいいと思う。
「分かった。あとは、なんでわざわざお互いのやりたいことを当て合うっていうゲームにしたんだよ。かなり回りくどいし、当たらない可能性もあるのに」
これは率直な疑問だった。やりたいことなら、すぐにお互い相手へ話して一緒にやればいい。その方が効率もいいはずだ。
彼女はそうだなーと言いながら、肘を机に載せ、両手に顎を添えた。
「その方が楽しいじゃん。お互いのことを本気で知ろうとしないとできないし」
顔を揺らし、ルンルン気分で続ける。
「それに……さ。言わなくても伝わる関係って素敵だと思わない?」
星川の語尾が少し上ずり、彼女の顔が赤く染まる。
どうして、そんなことを考えているのか、わからなかった。
星川は既に特別なはずなのに、クラスで人気者なはずなのに。
「こういうのも、悪くないんだけどね」
彼女はそう言って、机にあるトランプの束にちらりと目をやった。
「まぁ、そうかもしれないな。言わんとすることはちょっとだけ分かるような気がする」
「君なら分かってくれると思ったよ。だから、水谷はじめ君、君を選んだの」
――お願い。やって、くれるよね?
さっきまでの強制的な圧を全く感じさせなかった。僕ではなく、違う何かを見ているようだった。彼女には何が見えているのだろうか。そう思ってならなかった。
「やるよ、拒否権もないしね」
「うん、ありがとう。これからよろしくね、水谷君」
僕らは裏読みトランプを明日から始めることにした。既に星川は十三枚を描き終えているが、僕は今から作るため、一先ず三枚を描くことが宿題となる。
彼女からは予備も含め、白紙のカードを数枚多く受け取り、とりあえず1から13まで番号を書いて学校を後にした。帰り際にあっ忘れてたと当然のように星川に連絡先をせがまれたのは記憶に新しい。
自宅で寝る準備まで済ませた後、机の上でもらったトランプと向き合う。
何を作れば良いのだろうか……全く思いつく気がしない。
とりあえず、ちょっとした願いと一般的に高校生が考えるものを書くことにした。

