愛奈の葬儀が終わり、気付けば数日が経過した。
周りを見渡せば、いつも通りの日常が流れている。学校に行き、授業を受け、休み時間にはトランプをいじり、放課後には部活動の掛け声が聞こえてくる。
だけど、何かが足りない。僕の見る世界はモノクロのように味気なかった。
「水谷、シャキッとしな。檜山も何か言ってやりなよ」
「まぁまぁ。星川さんの家ってあとどれくらいで着くの?」
「もう少しで着くよ。ほら、あそこ」
僕らの視線の先に、一軒家が見える。表札には星川と書かれており、玄関の扉には忌中札が掲げられていた。僕らはチャイムを鳴らし、愛奈の母に出迎えられ、祭壇の前に通される。
祭壇の側には、愛奈の入学式の写真が遺影として使われていた。当時は不慣れな制服に身を包みながらも、ぱっと花が咲いたような笑顔で堂々とピースする姿は彼女らしいなと思う。
僕らは線香をあげ、手を合わせた。愛奈は今、何をしているのだろうか。
「わざわざ娘のためにありがとうね。来てくれて嬉しいわ」
「勿論、可愛い愛奈のためですから」
「僕も星川さんにはお世話になりました」
「……いえ」
僕が言葉に詰まっていると、愛奈のお母さんは僕に体を向けて話を続けた。
「水谷君には、最後まで愛奈が迷惑かけたわね」
「迷惑なんて、言わないでください。僕が……一緒にいたいだけなので」
「ありがとう。あなたがいてくれたお陰で、愛奈は最後まで笑顔だった」
彼女のお母さんは祭壇の横からカードケースを取り出す。
「愛奈はね、外出から帰ってからずっと書き物をしていたの。その時にね、『はじめ君は今日もわがままを叶えてくれたんだ。今度は私の番なんだ』って嬉しそうに言ってたわ。中身は二人だけの秘密なんだと言って見せてくれなかったけど」
「そう……だったんですか」
「だから、これは私のわがまま。愛奈が書いたものを、受け取ってくれるかしら?」
愛奈のお母さんは微笑み、カードケースを僕に手渡す。
この中に、答えがあるかもしれない。
「ありがとうございます……」
僕は両手でしっかりと持ち、落とさないよう慎重に受け取る。
彼女に渡した時よりも、どこか重く感じた。
「ここだと開けにくいでしょうし、愛奈に怒られちゃうわね。水谷君さえよければ、愛奈の部屋で見てみる?」
「え、いいんですか? でも、二人もいるので」
「私らのことは気にしなくていいから、ね?」
「そうそう、むしろ桐野を先に行かせたら。一時間は入れてもらえないよ」
「当たり前でしょ。愛奈と二人きりの時間は誰にも邪魔させないし」
二人は半分冗談を言いながら、僕の背中を押してくれた。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
愛奈のお母さんに案内され、僕は一人彼女の部屋に行くことにした。
扉を開けた先は、白をベースとして所々にピンクで彩られた女の子らしい部屋だった。入ってすぐに花柄のベッドがあり、ぬいぐるみが枕元に並んでいる。彼女はきっと、帰宅後すぐにダイブしていたんじゃないだろうか。
ベッドの横には本棚がある。参考書と少女漫画が半分ずつ収められていた。
勉強机にはスケッチブックと色鉛筆が置いてある。彼女の得意なイラストはここで描かれていたのだろう。
僕は備え付けの椅子に座り、カードケースを開いた。一番上にはなぜか数字の1ではなく、【星川3 👔】だった。なんでだろう?
青柄のスリーブは殆ど全て取り除かれており、簡単に裏を見ることが出来た。
【星川3 帰宅部だけど、休日に制服で出掛けたい 👔】
次のカードは僕が愛奈に渡したカードだった。同じ3の番号であり、鼻息を荒くして怒る愛奈の顔を描いていた。その横には吹き出しで愛奈の丸っこい字が残っている。
――初めて君が当ててくれた大切なカード。すごく嬉しかったけど、君にとってはAIを使って怒られたことの方が記憶に残ってるみたいだね。バーカバーカ。
その後、愛奈に夢の国で丸一日連れ回されたからね、よく覚えてるよ。
次をめくると、数字は5。僕はニシシと悪巧みを企てる愛奈を描いていた。
なるほど……これは、当てた順に並べ直したのだろう。僕と同じように、これまでを振り返ってくれたのかもしれない。
【星川5 学校をサボってみたい 🤫】
――人生で一度きりのサボり。刺激的で楽しかったな~最後まで心臓バクバクだったんだよ。共犯者の君は意外にも冷静だったからびっくりしちゃった。もしかしてポーカーフェイス?
いや、僕の方が冷や汗止まらなかったよ。桐野に君の所在を聞かれた時にはヤバかった。
僕はこのあとも愛奈のことを思い出しながら、次々とカードをめくっていった。
【星川9 大人買いをしたい 🧰】
このトランプにはドヤ顔する愛奈を描いていた。
――小さい頃は手から零れ落ちる位お菓子を買うのが夢だったの。君のおかげで机から溢れるくらいのお菓子が買えたよ。でも、机がゴミまみれになっちゃった……責任とってね?
【星川10 夜更かしをしてみたい 🌙】
こっちは笑い転げる愛奈を描いた。
――普段はすぐに眠くなっちゃう分、栄養剤で無理やり起きたのは正直辛かった。ただそれ以上に君の深夜テンションが聞いてて可笑しかった(笑)。いつもその調子だったらいいのに。
無茶言わないでよ。君がやりたいと言ったんだから、自己責任だ。あと、僕がいつもテンション高かったら、誰が君のことを止めるの? 大変な未来しか見えないよ。
【星川4 普段絶対しないファッションをしたい 💅】
目の前で見たダブルピースのギャル愛奈を描いた。
――何気に君のことを名前で呼んだのはこの時が初めて。ギャルだと気分が上がってつい呼んじゃった。今でも恥ずかしい……けどいい思い出。実は檜山っちに君のことが気になってるって話したら、すぐに協力してくれたんだ。流石檜山っち、頼りにしてる。
檜山がデートとか言い始めた理由に合点がいった。そっか……名前呼びしている時は全然気にしてない様子だったから、君の気持ちには気付きもしなかったよ。
【星川8 カラオケで百点を取りたい 💯】
僕は熱唱するけど、音程がぎこちない愛奈を描いた。
――ちょっと、私は歌上手くなったんだけど! 何でガビガビの音符なのさ。めっちゃ練習して最後には百点取ったじゃん。君に抗議します!
夏休みに何回カラオケに行かされたと思ってるんだ。七回だぞ、七回。君にぞっこんな桐野でさえ、最後は顔が死んでたのを僕は見ている。抗議は却下だ。
【星川2 私を知らない人しかいない場所に行って、好き勝手に遊びたい ✈️】
列車ですやすや寝ている愛奈を描いた。
――このリストはもう一度やり直したい位楽しかった。君は……嫌がるかもね、特に移動は譲らなそう(笑) お詫びに秘密にしてた鉄道神社での願い事を教えてあげる。願ったのは『君に幸せのご縁がありますように』なんだ。私は生きているだけで十分幸せだから。余った幸せを少しでも君にあげたいなと思って。なーんて、君はどんな反応するかな。早く聞いてみたい。
僕は、存外もう一度旅行してもいいと思ってるよ。君のおかげで胆力を鍛えられたからね。気持ちが変わらないうちに考えておいて。
君は自分の幸せを願えばいいのに、もっと欲張っても良かったのに。僕だって、今なら君の幸せを願うよ。だって……。
僕は深呼吸をして目をこすり、次のトランプに移った。
【星川12 魔法をかけてほしい 🪄】
赤い眼鏡をくいっと上げる愛奈を描いた。
――魔法……か。私にとっては、裏読みトランプが魔法だったんだ。ゲームだから何を言っても許してもらえると思ったから。君は色んな意味で魔法使いだった。マジックもそうだけど、君が周りを気にせずに黙々とトランプを切っていた姿に勇気をもらってたんだ。実は後ろからずっと見てて羨ましくて……知らなかったでしょ。君は、私が迷惑をかけても大丈夫な唯一の人。いつもありがと、はじめ君。これからも迷惑をかけるけど、許してね。
僕にとっては君が魔法使いだった。君が僕の世界を変えたんだ。君がいなかったら一生しないことを経験した。感謝を言いたいのは僕の方だ。まさか、僕を見てたとは知らなかったよ。これからは視線を感じたら後ろを見ようかな。君が見てるかも。
【星川7 恋人ごっこをしてみたい 🩷】
舌を出してからかう愛奈を描いた。
――私の似顔絵に照れを感じる。もう、本音を言っちゃいな……よ。
君の読解力は凄まじいな。それより、急に分量が減ったのはどうして? 字も少し崩れてる。もしかして、手の震えのせい? 確か、病室で見たのが最初だったような……。
【星川1 花火を見たい 🎆】
花火に目を輝かせる愛奈の横顔を描いた。
――君、私のこと見すぎ……恥ずかしかったから仕返しした。忘れたら、だめだよ。
「忘れないから……たとえ君に忘れてって言われても、絶対に」
視界がぼやけながらも、僕は次のトランプに移る。
【星川6 お姫様みたいに甘やかされたい 👑】
鼻を高くする愛奈お嬢様を描いた。
――君に、さきに、ひやまっちに甘えちゃった。みんな大好き。
「この時の君はされるがままで、顔を赤くしてたね。作戦は大成功だった」
【星川11 神様に文句を言いたい ⚡】
夕日に向かって叫ぶ愛奈を描いた。
――君のことがはじめてきらいになった。でも、つきはなした私はもっといやなやつだ。ごめんね。
「ごめんって言ったらダメだ。罰ゲーム……だろ。でも、僕もごめん……ごめん」
【星川13➡1 ほんとうは強がりなだけだって、誰か気づいてよ 😊】
表面に笑顔の愛奈を、裏面に泣いている愛奈を描いた。
――君にあえてよかった
愛奈は僕が描いたトランプの表面に吹き出しを描いたようだ。それは、愛奈が描いた僕の絵のすぐ横にあった。まるで、隣の絵に語りかけるように見える。
「僕も、君に会えてよかった。愛奈……会いたいよ」
僕は息を吐き、次のトランプに移る。もう残り枚数は僅かだ。そこにあったのは愛奈に渡したカードで、それだけ青柄のスリーブがついている。
【水谷13 ♥】
「愛奈は、最後まで裏を見なかったんだ。まだトランプが残っている……え」
めくった先には予備の白紙のトランプがあり、そこには愛奈の字が残されていた。これまで以上に字は崩れているが、それでも読める。
――君がいちばん叶えたいねがいってなんだろう……もし私だったら、もういちど君と裏読みトランプがしたい。ごめん、うそ。一回じゃ足りない。だって、あんなに笑った時間はなかった。あんなに泣いた時間はなかった。あんなに私らしくいられた時間はなかった。私にとっての本当の幸せは、大好きな君と一緒にいることだから。また明日ね、はじめ君
「正解……正解だよ。僕も愛奈のことが大好きだ。それなのに……」
もう一緒に当て合いをすることはできない。
もう一緒にやりたいことリストを実行することはできない。
もう……愛奈の笑顔を見ることはできない。
息が詰まり、鼻の奥が刺激され、目頭がどんどん熱くなっていく。
さっきまで読めていた文字が歪んで見えない。
僕は愛奈が残してくれたトランプを胸に抱える。
葬儀では一粒も流れなかった涙が今になって溢れ出す。
見たいのに、愛奈が見えない。
愛奈は……もういないんだ。
「うわああああああああああああああ」
◆
気付けば外は真っ暗になっていた。下に降りて愛奈のお母さんと話をしてから、桐野や檜山と彼女の家を後にした。僕が泣き崩れていた所を見られたのもあってか、僕は二人に囲まれる形で歩いている。
「安心した。あんた、やっぱり愛奈のこと大好きじゃん」
「なんだよ、突然」
「葬式の時に全く泣いてなかっただろ? そんで、桐野がもしかして……こいつ心無いんじゃないかって疑っててさ。そんなわけないのに」
「檜山、私そこまで言ってないんだけど」
「いいや、言った」
「言ってない!」
何故か僕を挟んで桐野が目くじらを立て、檜山が両眉を挙げてニヤッと笑い、挑発する。二人が言い合いをする姿につい笑みがこぼれる。
そんな僕の様子を見て、二人はほっと胸を撫で下ろしたように見えた。僕のことを心配しての行動だったのかもしれないと思うと、少し心が温かくなる。
「僕は……愛奈が好きだったよ。だからこそ、振り回されてもずっと楽しかったし」
「ふ~ん。今思い出したけど、夏休みの夜に私が電話してた時ってどこ行ってたの?」
「あぁ、懐かしいな。実はね……」
僕は愛奈と過ごした思い出を横にいる二人に話すことにした。きっと、今なら愛奈も許してくれるだろう。一通り話し終えて空を見上げると、夜空に輝く星とふわふわと浮かぶ雲が、愛奈の好きなライオンのペンケースに見えた。
自宅につき、風呂や夕食を済ませて、自室の机に座る。僕はカードケースが気になり、改めて一枚一枚を確認していく。最後のトランプを見ると、どうも涙腺が緩くなる。
ふと裏をめくると、拙いが大きな文字が一行書いてあることに気付く。
――死ぬまでにやりたいことリスト二周目
そうか……愛奈は外出日の夜も明日が来ることを願っていたのだろう。
きっと、一周目を書き始めた時も。
僕は自然と予備の真っ白なトランプを取り出し、ペンを走らせていた。
愛奈がやろうとしていた二周目を、そのままにしておきたくない。
周りを見渡せば、いつも通りの日常が流れている。学校に行き、授業を受け、休み時間にはトランプをいじり、放課後には部活動の掛け声が聞こえてくる。
だけど、何かが足りない。僕の見る世界はモノクロのように味気なかった。
「水谷、シャキッとしな。檜山も何か言ってやりなよ」
「まぁまぁ。星川さんの家ってあとどれくらいで着くの?」
「もう少しで着くよ。ほら、あそこ」
僕らの視線の先に、一軒家が見える。表札には星川と書かれており、玄関の扉には忌中札が掲げられていた。僕らはチャイムを鳴らし、愛奈の母に出迎えられ、祭壇の前に通される。
祭壇の側には、愛奈の入学式の写真が遺影として使われていた。当時は不慣れな制服に身を包みながらも、ぱっと花が咲いたような笑顔で堂々とピースする姿は彼女らしいなと思う。
僕らは線香をあげ、手を合わせた。愛奈は今、何をしているのだろうか。
「わざわざ娘のためにありがとうね。来てくれて嬉しいわ」
「勿論、可愛い愛奈のためですから」
「僕も星川さんにはお世話になりました」
「……いえ」
僕が言葉に詰まっていると、愛奈のお母さんは僕に体を向けて話を続けた。
「水谷君には、最後まで愛奈が迷惑かけたわね」
「迷惑なんて、言わないでください。僕が……一緒にいたいだけなので」
「ありがとう。あなたがいてくれたお陰で、愛奈は最後まで笑顔だった」
彼女のお母さんは祭壇の横からカードケースを取り出す。
「愛奈はね、外出から帰ってからずっと書き物をしていたの。その時にね、『はじめ君は今日もわがままを叶えてくれたんだ。今度は私の番なんだ』って嬉しそうに言ってたわ。中身は二人だけの秘密なんだと言って見せてくれなかったけど」
「そう……だったんですか」
「だから、これは私のわがまま。愛奈が書いたものを、受け取ってくれるかしら?」
愛奈のお母さんは微笑み、カードケースを僕に手渡す。
この中に、答えがあるかもしれない。
「ありがとうございます……」
僕は両手でしっかりと持ち、落とさないよう慎重に受け取る。
彼女に渡した時よりも、どこか重く感じた。
「ここだと開けにくいでしょうし、愛奈に怒られちゃうわね。水谷君さえよければ、愛奈の部屋で見てみる?」
「え、いいんですか? でも、二人もいるので」
「私らのことは気にしなくていいから、ね?」
「そうそう、むしろ桐野を先に行かせたら。一時間は入れてもらえないよ」
「当たり前でしょ。愛奈と二人きりの時間は誰にも邪魔させないし」
二人は半分冗談を言いながら、僕の背中を押してくれた。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
愛奈のお母さんに案内され、僕は一人彼女の部屋に行くことにした。
扉を開けた先は、白をベースとして所々にピンクで彩られた女の子らしい部屋だった。入ってすぐに花柄のベッドがあり、ぬいぐるみが枕元に並んでいる。彼女はきっと、帰宅後すぐにダイブしていたんじゃないだろうか。
ベッドの横には本棚がある。参考書と少女漫画が半分ずつ収められていた。
勉強机にはスケッチブックと色鉛筆が置いてある。彼女の得意なイラストはここで描かれていたのだろう。
僕は備え付けの椅子に座り、カードケースを開いた。一番上にはなぜか数字の1ではなく、【星川3 👔】だった。なんでだろう?
青柄のスリーブは殆ど全て取り除かれており、簡単に裏を見ることが出来た。
【星川3 帰宅部だけど、休日に制服で出掛けたい 👔】
次のカードは僕が愛奈に渡したカードだった。同じ3の番号であり、鼻息を荒くして怒る愛奈の顔を描いていた。その横には吹き出しで愛奈の丸っこい字が残っている。
――初めて君が当ててくれた大切なカード。すごく嬉しかったけど、君にとってはAIを使って怒られたことの方が記憶に残ってるみたいだね。バーカバーカ。
その後、愛奈に夢の国で丸一日連れ回されたからね、よく覚えてるよ。
次をめくると、数字は5。僕はニシシと悪巧みを企てる愛奈を描いていた。
なるほど……これは、当てた順に並べ直したのだろう。僕と同じように、これまでを振り返ってくれたのかもしれない。
【星川5 学校をサボってみたい 🤫】
――人生で一度きりのサボり。刺激的で楽しかったな~最後まで心臓バクバクだったんだよ。共犯者の君は意外にも冷静だったからびっくりしちゃった。もしかしてポーカーフェイス?
いや、僕の方が冷や汗止まらなかったよ。桐野に君の所在を聞かれた時にはヤバかった。
僕はこのあとも愛奈のことを思い出しながら、次々とカードをめくっていった。
【星川9 大人買いをしたい 🧰】
このトランプにはドヤ顔する愛奈を描いていた。
――小さい頃は手から零れ落ちる位お菓子を買うのが夢だったの。君のおかげで机から溢れるくらいのお菓子が買えたよ。でも、机がゴミまみれになっちゃった……責任とってね?
【星川10 夜更かしをしてみたい 🌙】
こっちは笑い転げる愛奈を描いた。
――普段はすぐに眠くなっちゃう分、栄養剤で無理やり起きたのは正直辛かった。ただそれ以上に君の深夜テンションが聞いてて可笑しかった(笑)。いつもその調子だったらいいのに。
無茶言わないでよ。君がやりたいと言ったんだから、自己責任だ。あと、僕がいつもテンション高かったら、誰が君のことを止めるの? 大変な未来しか見えないよ。
【星川4 普段絶対しないファッションをしたい 💅】
目の前で見たダブルピースのギャル愛奈を描いた。
――何気に君のことを名前で呼んだのはこの時が初めて。ギャルだと気分が上がってつい呼んじゃった。今でも恥ずかしい……けどいい思い出。実は檜山っちに君のことが気になってるって話したら、すぐに協力してくれたんだ。流石檜山っち、頼りにしてる。
檜山がデートとか言い始めた理由に合点がいった。そっか……名前呼びしている時は全然気にしてない様子だったから、君の気持ちには気付きもしなかったよ。
【星川8 カラオケで百点を取りたい 💯】
僕は熱唱するけど、音程がぎこちない愛奈を描いた。
――ちょっと、私は歌上手くなったんだけど! 何でガビガビの音符なのさ。めっちゃ練習して最後には百点取ったじゃん。君に抗議します!
夏休みに何回カラオケに行かされたと思ってるんだ。七回だぞ、七回。君にぞっこんな桐野でさえ、最後は顔が死んでたのを僕は見ている。抗議は却下だ。
【星川2 私を知らない人しかいない場所に行って、好き勝手に遊びたい ✈️】
列車ですやすや寝ている愛奈を描いた。
――このリストはもう一度やり直したい位楽しかった。君は……嫌がるかもね、特に移動は譲らなそう(笑) お詫びに秘密にしてた鉄道神社での願い事を教えてあげる。願ったのは『君に幸せのご縁がありますように』なんだ。私は生きているだけで十分幸せだから。余った幸せを少しでも君にあげたいなと思って。なーんて、君はどんな反応するかな。早く聞いてみたい。
僕は、存外もう一度旅行してもいいと思ってるよ。君のおかげで胆力を鍛えられたからね。気持ちが変わらないうちに考えておいて。
君は自分の幸せを願えばいいのに、もっと欲張っても良かったのに。僕だって、今なら君の幸せを願うよ。だって……。
僕は深呼吸をして目をこすり、次のトランプに移った。
【星川12 魔法をかけてほしい 🪄】
赤い眼鏡をくいっと上げる愛奈を描いた。
――魔法……か。私にとっては、裏読みトランプが魔法だったんだ。ゲームだから何を言っても許してもらえると思ったから。君は色んな意味で魔法使いだった。マジックもそうだけど、君が周りを気にせずに黙々とトランプを切っていた姿に勇気をもらってたんだ。実は後ろからずっと見てて羨ましくて……知らなかったでしょ。君は、私が迷惑をかけても大丈夫な唯一の人。いつもありがと、はじめ君。これからも迷惑をかけるけど、許してね。
僕にとっては君が魔法使いだった。君が僕の世界を変えたんだ。君がいなかったら一生しないことを経験した。感謝を言いたいのは僕の方だ。まさか、僕を見てたとは知らなかったよ。これからは視線を感じたら後ろを見ようかな。君が見てるかも。
【星川7 恋人ごっこをしてみたい 🩷】
舌を出してからかう愛奈を描いた。
――私の似顔絵に照れを感じる。もう、本音を言っちゃいな……よ。
君の読解力は凄まじいな。それより、急に分量が減ったのはどうして? 字も少し崩れてる。もしかして、手の震えのせい? 確か、病室で見たのが最初だったような……。
【星川1 花火を見たい 🎆】
花火に目を輝かせる愛奈の横顔を描いた。
――君、私のこと見すぎ……恥ずかしかったから仕返しした。忘れたら、だめだよ。
「忘れないから……たとえ君に忘れてって言われても、絶対に」
視界がぼやけながらも、僕は次のトランプに移る。
【星川6 お姫様みたいに甘やかされたい 👑】
鼻を高くする愛奈お嬢様を描いた。
――君に、さきに、ひやまっちに甘えちゃった。みんな大好き。
「この時の君はされるがままで、顔を赤くしてたね。作戦は大成功だった」
【星川11 神様に文句を言いたい ⚡】
夕日に向かって叫ぶ愛奈を描いた。
――君のことがはじめてきらいになった。でも、つきはなした私はもっといやなやつだ。ごめんね。
「ごめんって言ったらダメだ。罰ゲーム……だろ。でも、僕もごめん……ごめん」
【星川13➡1 ほんとうは強がりなだけだって、誰か気づいてよ 😊】
表面に笑顔の愛奈を、裏面に泣いている愛奈を描いた。
――君にあえてよかった
愛奈は僕が描いたトランプの表面に吹き出しを描いたようだ。それは、愛奈が描いた僕の絵のすぐ横にあった。まるで、隣の絵に語りかけるように見える。
「僕も、君に会えてよかった。愛奈……会いたいよ」
僕は息を吐き、次のトランプに移る。もう残り枚数は僅かだ。そこにあったのは愛奈に渡したカードで、それだけ青柄のスリーブがついている。
【水谷13 ♥】
「愛奈は、最後まで裏を見なかったんだ。まだトランプが残っている……え」
めくった先には予備の白紙のトランプがあり、そこには愛奈の字が残されていた。これまで以上に字は崩れているが、それでも読める。
――君がいちばん叶えたいねがいってなんだろう……もし私だったら、もういちど君と裏読みトランプがしたい。ごめん、うそ。一回じゃ足りない。だって、あんなに笑った時間はなかった。あんなに泣いた時間はなかった。あんなに私らしくいられた時間はなかった。私にとっての本当の幸せは、大好きな君と一緒にいることだから。また明日ね、はじめ君
「正解……正解だよ。僕も愛奈のことが大好きだ。それなのに……」
もう一緒に当て合いをすることはできない。
もう一緒にやりたいことリストを実行することはできない。
もう……愛奈の笑顔を見ることはできない。
息が詰まり、鼻の奥が刺激され、目頭がどんどん熱くなっていく。
さっきまで読めていた文字が歪んで見えない。
僕は愛奈が残してくれたトランプを胸に抱える。
葬儀では一粒も流れなかった涙が今になって溢れ出す。
見たいのに、愛奈が見えない。
愛奈は……もういないんだ。
「うわああああああああああああああ」
◆
気付けば外は真っ暗になっていた。下に降りて愛奈のお母さんと話をしてから、桐野や檜山と彼女の家を後にした。僕が泣き崩れていた所を見られたのもあってか、僕は二人に囲まれる形で歩いている。
「安心した。あんた、やっぱり愛奈のこと大好きじゃん」
「なんだよ、突然」
「葬式の時に全く泣いてなかっただろ? そんで、桐野がもしかして……こいつ心無いんじゃないかって疑っててさ。そんなわけないのに」
「檜山、私そこまで言ってないんだけど」
「いいや、言った」
「言ってない!」
何故か僕を挟んで桐野が目くじらを立て、檜山が両眉を挙げてニヤッと笑い、挑発する。二人が言い合いをする姿につい笑みがこぼれる。
そんな僕の様子を見て、二人はほっと胸を撫で下ろしたように見えた。僕のことを心配しての行動だったのかもしれないと思うと、少し心が温かくなる。
「僕は……愛奈が好きだったよ。だからこそ、振り回されてもずっと楽しかったし」
「ふ~ん。今思い出したけど、夏休みの夜に私が電話してた時ってどこ行ってたの?」
「あぁ、懐かしいな。実はね……」
僕は愛奈と過ごした思い出を横にいる二人に話すことにした。きっと、今なら愛奈も許してくれるだろう。一通り話し終えて空を見上げると、夜空に輝く星とふわふわと浮かぶ雲が、愛奈の好きなライオンのペンケースに見えた。
自宅につき、風呂や夕食を済ませて、自室の机に座る。僕はカードケースが気になり、改めて一枚一枚を確認していく。最後のトランプを見ると、どうも涙腺が緩くなる。
ふと裏をめくると、拙いが大きな文字が一行書いてあることに気付く。
――死ぬまでにやりたいことリスト二周目
そうか……愛奈は外出日の夜も明日が来ることを願っていたのだろう。
きっと、一周目を書き始めた時も。
僕は自然と予備の真っ白なトランプを取り出し、ペンを走らせていた。
愛奈がやろうとしていた二周目を、そのままにしておきたくない。

