真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

 僕ら三人は担任の先生に挨拶と感謝を告げてから、様々な場所を巡った。体育館や校庭、彼女たちの出会った一年の教室、そしてかつて当て合いをした空き教室にも。
 愛奈は生徒会選挙で使う道具が沢山置かれていることに目を光らせていた。前に使っていた時は机と椅子しかない空き教室だったから無理もない。投票箱も残っていたので、予備の投票用紙に愛奈が『桐野沙希』と名前を書いて箱に入れると、桐野はその様子を激写していた。
 時間はあっという間に過ぎていき、最後の場所に向かう。僕らの教室だ。
 扉を開け、電気を付けるとそこには日常があった。薄汚れた黒板、教室に微かに漂うチョークの匂い、所々位置がずれて統一感のない机たち。どれも愛奈にとっては数か月ぶりの光景だ。
「うわ~変わらないね」
「僕らの席も同じだよ」
「そうなの?! 行ってみようよ」
 愛奈はウキウキとした様子で自ら手で車いすを漕いで中に入っていく。桐野は手押しハンドルから手を放し、隣にいた僕の左胸をグーでこつんと叩く。
「じゃ、後は頼んだよ。水谷」
「うん、ありがとう」
「私が譲ってあげるんだから、半端なことしたら許さないから」
 桐野はそう言って、教室の中へ入り、愛奈の前で腰を下ろす。
「愛奈、私はそろそろ行くね」
「えっどうして?」
「水谷が二人きりになりたいんだって、何やるか知らないけど」
「うそ、これから告白されちゃうのかな?」
 愛奈と桐野は僕をからかうような視線を送ってくる。確かに二人きりになりたいとは言ったが、あくまでも裏読みトランプをするためだ。告白は……考えてない。
「想像に任せる」
「お熱いね~あっそうそう。愛奈にこれ渡しとく。檜山から。今日は来れなくてごめんって」
 桐野はスカートのポケットからリボンのついた小さな箱を取り出す。愛奈が箱を開けると、そこには金色のケースが入っていた。
「これは……リップクリーム?! 流石檜山っち。センスある〜」
「私の意見も入れてるから当然よ」
「ふふ、ありがと。早速つけちゃお~」
 愛奈はケースを開け、透き通った花柄のリップを唇に塗っていく。次第にほんのりとピンク色に染め上げられていき、彼女の笑顔に華やかさが増したように感じた。つい目をそらしてしまう。
「可愛い~愛奈似合ってる。水谷もそう思うでしょ」
「う、うん」
「やった! 檜山っちにお礼言わないとね。沙希頼んだ!」
「ん、じゃあね~」
 桐野は愛奈に笑顔を向け、僕を横目で見てから扉を閉めていった。教室は僕ら二人だけの空間になり、窓の軋む音と、僕らの発する音だけが響き渡る。
「なんだ、二人仲良くやってるんじゃん」
「僕も知らなかった。意外と相性良いのかもね」
「そうかも。ねぇはじめ君、一つ頼んでもいい?」
「いいよ」
「車いすじゃなくてあそこに座りたい」
 愛奈は自分の席を指差す。そこは二学期に入ってからずっと空席のままだった。僕は窓際の最後方から一個手前の席まで愛奈を連れて行き、椅子を横にしてから、彼女を移動させた。
「ありがと。それで〜何をしてくれるのかな?」
「マジックを見せようと思ってね。完成したんだ、ついに」
 僕は彼女の後ろの席に座り、ポケットから普通のトランプを取り出す。愛奈は体をこちらにひねり、僕のシャッフルをみていた。
「前に言ってたマル秘ノートに書いてあったマジックだっけ?」
「そうそう、アンビシャスカードって言うんだ。お好みのタイミングで止めて」
 手の中でパラパラとめくる。愛奈はうーんと悩みながら、ストップと勢いよく言う。
「ハートの2だね。何でもいいからこのペンでサインして」
「いいの? 何にしようかな~」
 僕が密かに細工をするうちに、愛奈はハートの横に二人の顔を描いていく。黒髪ポニーテールで特徴的な濃い眉をひそめる女子の顔と金色短髪で溌溂としたイケメン顔……。
「描けた! 沙希と檜山っち」
「うまいな~流石師匠」
「へっへーん。二人のパワーを借りて種明かししちゃうから」
 腰に手を当て、自信満々の表情を浮かべる愛奈。だが、そう簡単にはいかせない。
「じゃあそのカードを山と同じ向きで真ん中に入れるね」
「はーい」
「確かに入れたね。今からこのカードが一番上にあがっていきます」
 僕はぱちんと指を鳴らし、カードをめくると、ハートの2が出てきた。
「えっどうやったの?」
「なんだろうね~」
「もう一回!」
 僕は色んな方法でカードをエレベーターのように上へあげていった。数を少なくしたり、愛奈に直接めくらせたり、表向きで入れたりすると、愛奈の楽しそうな表情を沢山見ることができた。僕も自然と笑みがこぼれてしまう。
「はじめ君すごいね! 魔法みたい」
「良かった。頑張った甲斐があったよ」
 僕は黒板の上にある時計に目をやる。気付けば十五時になろうとしていた。
「そろそろ裏読みトランプやらない? 私、多分当てられると思う」
「おーいいね。やろっか」
 通常のトランプを片付け、僕らはそれぞれの手持ちを机に出す。
【星川1  😊】
【水谷12 😄】
【水谷13 ♥】
「これが気になるんだよね~」
 愛奈はそう言って、僕の十二番のトランプを手に取った。外出日まではあまり当て合いはできていなかったが、僕との対話から『誰かを喜ばせたい』という部分まで辿り着いていた。
「どうして?」
「だって……ほら。私がマジックではしゃいでいるのを見て、君楽しそうにしてたから。なんかこのトランプと似てる気がしたんだ」
 愛奈は僕の顔の横にトランプを並べ、二つの顔を見比べていた。
「ほら、やっぱり似てる。顔の絵を描くと、自然と作者に似るんだよね~」
「そんなつもりで書いてない。でも愛奈のトランプもよく似てるよね」
 僕は愛奈の一番のカードを手に取り、彼女の顔と照らし合わせる。目の前の愛奈と彼女のトランプは満面の笑みで可愛らしい。
「そうでしょ~一番お気に入りの子だしね。ふふ、てなわけでこのトランプはマジックで誰かを喜ばせたい、だと思うんだけど。どうかな?」
 愛奈は真っ直ぐな目で僕を見つめ、カードを机に置いた。
「さて、どうだろうね」
「いじらしいな~分かってるくせに。変えないよ。当たってるって顔に描いてる」
 彼女は人差し指で僕の鼻をつつき、ニヤッと笑う。もうお手上げだな。
「正解」
【水谷12 マジックで人を喜ばせたい 😄】
「次は君の番だけど……ムリムリ。ずっと外れなんだし」
 愛奈は余裕そうな表情でからかってくるが、僕だってずっと彼女と過ごしてきて、最後のトランプにもずっと向き合ってきたんだ。今日で当てて、愛奈に勝つ。
「そう言っているのも今のうちだよ」
 改めてトランプをじっくりと眺めてみる。
【星川1 😊】
 この札は愛奈が裏読みトランプを説明する時、最初に見せてきたトランプだ。他と違い、唯一折り目がついていて、数字の順番を変えている。前に折り目があると言った時にはすぐに隠して怒る位だから、それだけ思い入れがあるのだろう。
「このトランプは愛奈みたいだ。ずっと笑顔でさ、楽しそう」
「まぁね~これを描いてる時が一番楽しかったし」
「へーそれなら最初に13番にしてたのはどうして?」
 僕は愛奈に見えるように、トランプを机に置いた。彼女はそっと折り目に触れ優しくなでる。
「無理だと思ってたんだ。この願いだけは誰にも見つけてもらえないって」
「うん」
「だけど、もしかしたら。願いが叶うかもしれないって、そう思うようになったんだ」
 愛奈は瞳を閉じ、胸のあたりで両手をギュッと握りしめる。彼女の表情はいつになく穏やかで、僕は彼女に目を奪われてしまった。
「じゃあその期待に応えないとな」
「楽しみにしてる」
 愛奈は目を開き、にかっと笑ったかと思いきや、足で僕のすねをつついてきた。
 彼女なりの激励だと思い、僕は胸ポケットから昨日完成したトランプを取り出す。
「今からこのカードたちを使ってマジックをします」
「えっなにこれ……全部私?!」
 僕が机に並べたのは、全てオリジナルのトランプだ。1から13まであり、各カードの中央にはお団子頭につり眉、丸っこい小さな目をベースに、色んな愛奈の表情を描いている。
「そう。ちょっと前に絵の描き方を学んだからね。早速実践してみたんだ」
「すごいすごい! 流石、私の弟子だね」
 彼女は顎に手を乗せ、ニヤケ顔をする。僕は9のカード 😏 を中央に置いた。
「うわっドヤ顔の私いるじゃん。これは……駄菓子屋で大人買いした時のやつ?」
「正解、じゃあこれは?」
 僕は2のカード 😴 を取り出して、9に重ねた。
「あー野辺山に行った時だ。うわ~私が寝てるの見てたんだ」
「愛奈がぐっすり寝てるからでしょ。まぁそれはいいとして……」
 僕は十三枚のカードをシャッフルして、マジックの準備をする。しっかりと混ぜた後、13のカードを取り出し愛奈に見せる。
「君が当てて欲しいのはこのカードだよね?」
【13 😊】
「そうだよ。もしかして……マジックで当ててくれるの?」
「さて、どうでしょう。サインしてくれる?」
「しょうがないな~やってあげよう」
 愛奈は机に置いてあるペンを手に取り、絵を描き始めた。今度は角ばったフレームの眼鏡に、口角を上げ、トランプをシャッフルしている人だった。
「僕じゃん……上手いね、師匠」
「でしょ~さっき当てた君のカードを真似てみた」
 愛奈は僕の持つトランプの中央にカードを戻す。
「さっきと同じようにアンビシャスカードをやってみる。頑張って種明かししてみて」
「何回も見てきたもん。今度こそ君の秘密、バラしちゃうから」
 彼女はウィンクをしてから、息を止めて僕の手元を注視する。トランプを切る音だけが教室に響く中、僕はマジックを始めた。
 前回と同じようにぱちんと指を鳴らし、13番のカードを一番上に連れていく。愛奈は驚きつつも、僕の手さばきを冷静に見つめている。
 数回やると、彼女はあーなるほど、と言って首筋を真っ直ぐ伸ばし顔を上げた。
「私、分かっちゃった」
「ほぉ……やってみる?」
「勿論です。はじめ師匠!」
 僕らは立場を入れ替え、愛奈にトランプを譲る。彼女はシャッフルをした後、真ん中にサイン入りの13のカードがあることを僕に見せて、中にカードを入れる。慣れない手つきだが、きちんと種が見えないように隠せているし、既に上へカードも置けている。
「指をぱちんと鳴らすと、なんとカードが上がってきました!」
 見事にサイン入りのトランプが表向きに見えた。愛奈のすごさに思わず拍手する。
「まさか一発で出来るとはね……僕の教えが良かったんだろうな」
「そうかも。ヒヤッとしたけど上手くいって良かった」
 愛奈は全てをやり遂げたかのように息を吐き、トランプを机に置いて椅子にもたれかかる。
「じゃあ、僕が締めて終わりにしようか」
「あれあれ、種が分かってる私にまだやるんだ?」
 余裕の笑みを浮かべる愛奈をよそに、僕はトランプを回収し、手元でシャッフルしながら準備を整えた。
「最後は一番下に置いちゃおうか。どの場所にいても、僕はあのトランプを見つけるから」
 彼女の手にトランプを置く。僕がぱちんと鳴らし愛奈がめくると、一番上には見慣れた13のカードがあった。
「お~いつ見ても綺麗だね。今回はどうやったのか分かんないや」
「種明かしはまた今度するよ。本題は当て合いだからね」
「そうじゃん。マジックは面白いけど関係ないし。絵はよく似てるけど」
 愛奈は手元にあるカードを見る。そこには笑う彼女とトランプをシャッフルする僕がいた。
「僕は何か月も裏読みトランプをする中で、愛奈の色んな表情を見てきた。特に笑っている顔は何度も見たよ」
「私は……君が驚く顔ばかり思い出すよ」
 愛奈の行動がいつも極端すぎるからいけないんだ。まぁそれはいいとして……僕は愛奈の唯一残る裏読みトランプを手に取る。
「でもこのトランプは細かに角が折れていて、よく見ると色褪せている。顔の絵は作者に似るって愛奈は言ってたけど、本当にそうだと思う。愛奈は頑張ってたから」
「私は頑張ってなんか……」
「今持ってるトランプ、めくってみて」
「めくる? そんなのただの……え」
【1 😢】
 本来青柄であるはずの面に、泣いている愛奈の似顔絵が描かれている。
「愛奈は強がってばかりだから、周囲には笑顔ばっかり見せる。だけど本当は辛かったんだろうし、それを誰かに気付いてほしかったんじゃない?」
「……」
 彼女はめくったカードをじっと見て、眉をひそめ顔がこわばる。
「どうして、そう思ったの?」
「病院での当て合いで僕が音を上げた時、愛奈は笑いながら言ってたよね。病院をサボったら、このカードみたいになれそうって。それってさ、愛奈が思う笑顔になり切れてないのかなって思ったんだ」
「……」
「愛奈の似顔絵を描いてた時に気付いたんだ。本当は不器用で、周りのことを考えて自分を押し込めちゃう人だから、自分を奮い立たせて頑張っちゃう人だから、みんなは愛奈の強い所ばかり見てしまう。弱い所なんて見えないし、見せない」
「……」
「屋上で愛奈の叫びを聞いた時に、こんなにも思いに溢れているんだって初めて知った。そんなの、言ってくれないと分からない。でも愛奈は言わなくても伝わる関係を求めていた。そんな欲張りで強がりな人が星川愛奈なんだ。何か月も一緒にいて、ようやく気付いたんだ」
「……」
 長い長い沈黙が続いた後、彼女の手が震え、やがて顔を上げた。
 愛奈の瞳がきらりと輝いた後、涙が頬を濡らす。似顔絵以上に彼女は泣いていた。
「ズルい。ズルいよ、君は……」
「……」
「私はずっと……ずっと、気付いてほしかった。だけど……誰かの重荷にはなりたくなかった。私がわがままを言ったらいなくなっちゃうから。小さい頃にお母さんにわがままを言ったら、私のわがままを叶えた後に倒れちゃって、病院から何か月も帰ってこなかった」
「……」
「だからせめて、誰かの役に立ち続けたら気付いてもらえるかもって思いながら動いてた」
「……」
「屋上で君が苦しそうにした時、迷惑を掛けちゃったと思って、終わりにしようとしたのに。君はまた現れた。バカだ、バカだよ、君は。私になんて構わなくても良かったのに……」
「僕が愛奈と一緒にいたいんだ。僕はこれからも、君のわがままに付き合うよ」
 彼女の瞳から零れる涙を僕は手で拭った。
「もう。私の……負けだね」
【星川1 ほんとうは強がりなだけだって、誰か気づいてよ 😊】
 愛奈は負けたのに、雨上がりの虹のように晴れやかな笑顔を僕に向けた。