翌朝。土曜日で学校がないため、支度をした後は真っ直ぐに愛奈の病院へ向かう。
メッセージは送ったが、既読すらつかなかった。
何とか愛奈に会って話したい……だけどそんな簡単に行くはずもなかった。
ナースステーションを通りかかった際に、声を掛けられてしまう。
愛奈を驚かせる準備の時に一役買ってくれた看護師だった。
「水谷君ストップ……分かっていると思うけど、君は面会を拒否されているのよ」
「それでも、話したいことがあるんです」
「申し訳ないけど、ダメなものはダメなの。ここから先に行くなら警備員を呼ぶわ」
「そんな……」
どうしよう、強引にでも行くか? でもそれだと、愛奈に迷惑をかけてしまう。彼女がこの事態に気付いたら余計に会ってはくれないだろう。
「拒否しているのは、愛奈さん本人よ。親御さんじゃない」
「愛奈……だけ」
「そう、私から言えるのはここまで。エレベーターまで送るわ」
「分かりました。ありがとうございます」
僕は愛奈に会うまでもなく、病院を後にした。
「さて……どうするか」
十二時になった頃、僕は病院近くの公園のブランコにまたがり、状況を整理していた。
看護師の話を踏まえれば、愛奈さえ何とかすればいいらしい。
それが一番難しいのは言うまでもないが。
「愛奈に裏読みトランプを渡せれば、突破口が見えそうなんだけど」
僕は昨夜作った三枚のトランプを取り出す。
【水谷10 👣】
【水谷11 🖼️】
【水谷12 😄】
これらのトランプは心の底からやりたいと思っているリストで、全てにおいて愛奈に少なからず関わりがある。特に11番は彼女から学びたいと思っていた。
その思いが出来ればカード以外でも伝わる形で、かつ誰にもゲームの存在がバレないようにしないといけない。
メッセージに送るのは手っ取り早いが見てもらえないだろう。今でさえ未読だ。
愛奈のお母さんにお願いして直接渡してもらうのも考えたが、それもダメだ。渡してもらえるか定かではないし、万が一にでも見られる可能性がある。ただでさえ、愛奈が本当の姿を見せていない以上、避けるべきだ。
とするなら……桐野か。彼女であればトランプそのものは半ばマジックという形で見たことがある。きっと、愛奈のことを想って、見ないように配慮してくれるはずだ。
それに、桐野は平日が生徒会活動で埋まっている分、土日にお見舞いに来ることが多かった。
もしかすると、今日も行くかもしれない。
僕は早速桐野に電話をかけてみる。彼女はすぐに出てくれた。
案の定、日中にお見舞いへ行く予定だったらしく、学校から直接公園に来てくれるとのこと。
生徒会選挙が来週にある都合で、今日も準備をしているらしい。申し訳なく思うが、桐野曰く「愛奈にできることがある方がよっぽど楽、受け入れるかどうかは別だけど」と話していた。
昼食を取り終え、公園のベンチで待っていると、制服姿の桐野がこちらに向かって走って来るのが見える。
「はぁはぁ……待たせたわね」
「走ってこなくても良かったのに」
「一秒でも早く愛奈に会いたいから。そんで、なんだっけ?」
「あぁ、これを愛奈に渡してほしいんだ」
僕は昨日書いた裏読みトランプを見せる。折り目がつかないようにカードケースに入れていた。表面は透明だが、裏面は青色の模様が描かれており、中身が見えないようになっている。
「ふ~ん、夏期講習の時のマジックみたいなやつ?」
「そう取ってもらって構わない。愛奈はこれを見れば何かわかるはず」
桐野はトランプを手に取り、しかめ面でじっくりと眺めている。ひとしきり見終えた後、髪をかきあげて溜息をつく。
「……これで何が起きるわけ? 水谷を信じていないわけじゃないけど、良くも悪くも愛奈はびっくりするだろうし、もしかしたら、私も出禁になるかも……」
彼女の不安はもっともだ。面会を拒否している相手の物を差し出すということは、一時的に愛奈を否定するのと何ら変わらない。だからこそ、言える範囲で桐野には話す必要がある。
「このトランプ自体が変化するわけじゃない。あくまでも僕の意思を伝えるに過ぎない」
「意思って?」
「愛奈と今後も一緒にいたい。そのために出来ることは何でもするってことだね」
「本当に何でもするの?」
「僕にやれることなら」
桐野はやるね、と言って顎に手を乗せ、ニヤリと笑う。
「私さ、今までずーっと聞いてみたいことがあったんだけど、聞いてもいい?」
「なに?」
「愛奈のこと、どう思ってるの? 私、ハッキリしないのって嫌いなんだよね」
「どうって……」
僕にとって愛奈は……クラスメイトで、裏読みトランプの相手で、一緒に学校をサボった共犯者で、お嬢様で、仮の恋人でもあり、一緒に花火を見て手を繋ぎ、キスもした相手……。
「顔赤くなってる。面白いね、水谷」
「からかうなよ」
ドンドン体が熱を帯びてくるのを感じるが、一度深呼吸をして、再度考えてみる。
僕は、これからも愛奈と一緒にいたい。野辺山で見た鉄道の線路のように、お互いに言い合いながらも、自然と笑って隣にいるような、そんな存在だ。
かつて、旅行に行った時の彼女の問いに、今なら答えられる気がする。
「はい、男なら堂々と胸張って言う。3・2・1」
「愛奈と一緒にいることが、僕にとっての幸せだーーー!」
桐野は目を丸くし、口をぽかんと開けていたが、すぐに頭を振って口を押さえる。
「……そこまで言うなんて思わなかった。見直したよ」
はーあんたのせいで顔暑いんだけど、と言って片手でパタパタと風を送る。
「答えになってた?」
「胸焼けしそうな位にはね。このバカップルめ」
「えっ?」
別に愛奈とはそこまでの関係では……いやよく考えればプロポーズに近い言葉を言っていたような気がするが、深く考えないようにしておこう。何だかくすぐったい。
「水谷の気持ちはよくわかった。責任もって渡しておくよ」
「ありがとう、よろしくお願いします」
僕は桐野に頭を下げた。
「もういいって。私も愛奈のこと大好きだから。あんたには負けない」
「そんなことは」
「あるでしょ。私、もう行くから」
桐野は裏読みトランプを手に、さっさと病院へ向かってしまった。
彼女が発した大好きという言葉が頭をついて離れない。
愛奈は僕のことをどう思っているのだろう……そんなことを考えながら、公園を後にした。
数日後、愛奈からメッセージが届いた。
――今日だけ、会ってもいいよ
その言葉を受け、放課後にお見舞いに行くことにした。
病院に行き、ナースステーションを通るが、看護師は僕を一瞥するだけで、止める仕草を見せなかった。
愛奈の病室に辿り着き、ノックをして扉を開く。そこにはベッドの上で読書をしている彼女の姿があった。僕がベッドの前に行くと、俯いたままむすっとした表情を浮かべる。だが、以前のような冷たさは感じられず、愛奈の方から口を開いた。
「久しぶり」
「うん、久しぶり。愛奈、連絡ありがとう」
「別に……沙希が会えってうるさいから」
彼女の机の上には、僕が桐野に託した三枚のトランプと、愛奈の一枚のトランプが置かれている。
「屋上の時はごめん……一緒に実行できなくて」
「もう、終わったことでしょ。気にしてないから」
「本当に気にしてないなら、なんで泣きそうな顔してるの」
愛奈の顔には涙の痕が肌に残っていて、目は今にも溢れ出しそうなくらい、潤んでいる。
背中を丸めて口をギュッと結んでおり、必死に何かを堰き止めているようだった。
「最近小説を読んで、涙もろくなっただけ」
「変だな、前会った時と同じページ読んでるよね?」
「……なんで覚えてるの」
愛奈は小説を机の上に置き、布団をギュッと握りしめる。
「忘れた? 僕は記憶が良いんだ」
「知ってる」
「これは覚えてる? 君はこのままだと不戦敗になる」
「またそれ? もうその手には乗らないから」
愛奈は顔を上げ、僕を直接睨んだ。以前とは違い、僕と彼女は正面から向かい合っている。
「どちらかというと逆だ。ゲームは続いているってこと。机の上にトランプがあるからね」
「たまたま……置きっぱなしだっただけ」
「僕の知っている愛奈は不用心な訳がない。最初に言ってたよね。二人だけの秘密だって」
「ならどうして沙希に見せたの!」
「桐野にはただ渡してと言っただけ。花火の時と一緒だよ」
「屁理屈……屁理屈、屁理屈!」
彼女が駄々をこねるような様子に思わず笑ってしまう。だけど、それが愛奈らしくもあって無性に嬉しくなる。
「僕が愛奈と一緒にいたいんだ。それだけじゃ、ダメ?」
愛奈の瞳から一筋の涙が流れていく。彼女の顔が綻び、僕に微笑んだ。
「ダメじゃない」
その後、愛奈にハンカチを手渡し、僕はベッド横の椅子に腰かける。次第に彼女も落ち着いたようで、涙を拭いてからは机にあるトランプを眺めていた。
「うん? そう言えば実行で思い出したんだけどさ。君、さっき『ごめん』って言ったよね?」
「……あ」
「罰ゲーム、じゃない?」
愛奈はニシシと笑う。そう言えば、あのトランプの実行をすっかり忘れていた。
【水谷8 「ごめん」って言ったら罰ゲーム 🚫】
「それを言ったら愛奈も屋上で言ってたよね」
「え~言ってたっけ?」
「言ってた」
お互いに睨み合いながらも、おかしくて笑ってしまう。
「じゃあ罰ゲームは一回ずつ実行ってことで。君は屋上で恥ずかしい台詞を叫ぶの」
「恥ずかしい台詞?」
「そう! その場のノリで叫んでね。私だけ叫んだのは不公平だし」
「まぁ……分かったよ」
「君はどうする? 私に何の罰ゲームをさせたい?」
愛奈は目を輝かせて僕を見つめる。おい、なんで罰ゲームを受けるのに楽しそうなんだ。
そうだな……折角やるなら面白い反応が見られるものにしたい。
「今日一日、僕がしたことに対して必ず『ありがとう』と言ってもらおうかな」
「ん? そんなことでいいの。ありがとうなんて簡単じゃん」
面白くないね~なんて言いながら、僕の三枚のカードの内、11番のカードを指差す。
【水谷11 🖼️】
「これにしようかな。君が絵をモチーフにするのは気になるし」
「僕は描くのが苦手だからね。最初は愛奈からどうぞ」
それから、彼女は幾つか質問を重ねていき、僕が似顔絵を描けるようになりたい、という所まで辿り着いていた。
「君がやりたいことは何となくわかったけど、どうしてこれをやろうと思ったの?」
「愛奈の絵のうまさに、実は憧れてたんだ」
「……あ、ありがとう」
愛奈の顔は紅潮し、照れ臭そうに髪をくるくるさせる。
「これまで見てきたトランプの絵も特徴を掴めててうまいし、黒板で皆の絵を描くのも一瞬でさ。愛奈、すごいよ」
「あ、ありがとう……。ナニコレ、私を褒めちぎろうとしてるの?」
「さぁ……どうだろうね」
「ハメたな。やっぱり君は変態だ!」
「今の状況で関係なくない?!」
なんやかんやありつつも、最終的に愛奈は僕のカードを当てた。
【水谷11 その人らしさが分かる絵を描けるようになりたい 🖼️】
面白がって彼女の照れた表情を見ようとするあまり、ヒントをあげすぎたらしい。
愛奈は気をよくしたのか、鼻を伸ばし、上から目線で僕に告げる。
「しょうがないな~私が師匠になってあげる。早速授業開始!」
「よろしくお願いします。師匠」
愛奈はお絵かき帳を広げ、僕に描き方のコツを親身になって伝授してくれた。時間も良い頃合いになったので、その流れで屋上に行かないだろうと期待したが、そうはいかなかった。
きっちり彼女は看護師に許可を取り、車いすも駆使して屋上に到着してしまう。
「さぁ弟子よ。あの夕日に向かって叫んじゃえ!」
「えぇ、本当にやるの?」
「そうだよ、これも修行のひ・と・つ♪」
修行な訳ないと思うが、愛奈は楽しそうにスマホで撮影し僕の叫びを心待ちにしている。
良くも悪くも今は喉が苦しくなることもない。
やるか……
「愛奈様のおかげで僕は幸せでーーーーーーーす! あと変態でごめんなさーーーーーーーい」
僕は一体何をしているのだろうか、と我に返り恥ずかしさがこみ上げてくる。横を見ると彼女は腹を抱えて笑っているので、良しとしようか。
愛奈とのわだかまりは概ね解消され、以後面会に行くことを許可された。
彼女のお母さんには愛奈が元気になったと感謝された。土日は病室にお母さんも泊まり、彼女を見守っているらしく、ここまで穏やかに寝ているのは久しぶりとのこと。
僕の叫ぶ動画を桐野と檜山は見たらしく、教室では桐野から何してるんだと突っ込まれ、檜山には数日変態呼ばわりされる始末。
なんだかんだ日常が戻りつつある中、愛奈の体調は悪くなる一方で、面会できる日も少なくなってきていた。今日は飛び切り良い方らしく、彼女の連絡を受け、病室を訪れる。
「愛奈、お待たせ」
「おそーい、待ってたのに。謝ってよ」
僕に向かって文句を言えるくらいには元気なようで何よりだ。
「嫌だよ、罰ゲーム確定じゃん」
「ちぇ~まぁいいや」
「今日生徒会選挙があってさ、学校出るのが遅くなった」
「あっそうだったね。沙希から聞いたよ。生徒会長になれたって」
「うん、所信表明とか話しててカッコよかった」
愛奈はいいな~と言いながら、外を眺める。雨が降るほどではないが、曇り空でぱっとしない天気だった。
「……結局なにも手伝えなかったな」
「そう? 桐野は愛奈のおかげで当選したって全校生徒の前で言ってたぞ」
「え~沙希はいつも過剰なんだって」
そう言いつつもどこか嬉しそうに愛奈は頬を掻く。
「桐野は打ち上げ終わったらすぐにこっちに来るって言ってたし、すぐやろう」
「はいは~い。激ムズの足跡さんのやついこっか。これが出来ればあと二枚!」
愛奈は卓上にあるトランプの一枚を指差す。
【水谷10 👣】
連日彼女はこのトランプに挑戦しているが、どこかに行く以外は中々アタリが付けられていない状況だ。体力的に集中しづらいのが影響しているかもしれない。
「うーん、君が行ったことない場所で、旅行でもない。それ以前に私にもできることって何だろう。確認だけど、移動するのは君だけなんだよね?」
「そうだね、行くのは僕だけでいい。愛奈には違うことをしてほしい」
「違うこと……か。抽象的な意味にするなら、一歩踏み出したいとかそういう系?」
「おっ冴えてる」
ふむふむ、と今日の愛奈は真剣に考えている。今日こそ当てられてしまいそうだ。
「君が踏み出したいこと……まさか、私との関係性?! キャ~」
「明後日の方向行ってるよ。僕は物理的に移動するの」
「ノリ悪いな~。あと君に関心があることなんて、マジックとかお姉さん位しかないよ……?! なるほど、そういうことか」
愛奈はいつものニヤニヤした表情を浮かべる。もはや足跡関係ないじゃんと思うが、元々相手への理解度がものを言うゲームだった。
「何かわかった?」
「ズバリ、お姉さんのことでしょ。でも……行く? 亡くなっているならもう、お墓参りしかなくない?」
「さて、どうだろうね」
「ふふ、アタリ! じゃあ最後の質問、お姉さんのお墓には何回行ったことある?」
「ないよ、一回も」
「そっか……分かった。答え合わせしよっか」
【水谷10 姉の墓参りに行く勇気が欲しい 👣】
「……正解」
ついに当てられてしまった。万全な愛奈には隙がないと改めて痛感する。
だが、彼女はあまり喜ぶ様子を見せず、腕を組んで考え込んでしまった。
「どうしたの?」
「当てたはいいけど、君にどうやって勇気をあげられるんだろうって」
「真面目だね、行って来いってケツ叩くだけでもいいのに」
「そんなことしたくないよ~うん、こうしよう」
愛奈は僕のいる方に体を寄せ、両手を広げた。
「ほら、おいで。私の勇気を分けてあげる」
愛奈は頬を赤くしながらも、朗らかな笑みと優しい瞳を僕に向けてくれる。
彼女の気持ちに応え、僕は愛奈を抱きとめた。
柔らかくて温かいその体は、ミルクのような優しく甘い香りが漂い、心が和らいでいく。
「愛奈には、敵わないな」
「知ってる? 私は君のことなら誰よりも分かってるんだから」
「そうみたいだね」
僕らは言葉を介さず、ただただ抱きしめ合っていた。
暫くそうしていると、愛奈が僕の耳元で囁く。
「ここで一つお知らせがあります」
「どうしたの?」
「主治医の先生に相談したら、今度外に出られるかもしれないって。ついてきてくれる?」
「うそ?!」
僕は思わず愛奈を見る。彼女はふふっと笑い、したり顔を浮かべた。
メッセージは送ったが、既読すらつかなかった。
何とか愛奈に会って話したい……だけどそんな簡単に行くはずもなかった。
ナースステーションを通りかかった際に、声を掛けられてしまう。
愛奈を驚かせる準備の時に一役買ってくれた看護師だった。
「水谷君ストップ……分かっていると思うけど、君は面会を拒否されているのよ」
「それでも、話したいことがあるんです」
「申し訳ないけど、ダメなものはダメなの。ここから先に行くなら警備員を呼ぶわ」
「そんな……」
どうしよう、強引にでも行くか? でもそれだと、愛奈に迷惑をかけてしまう。彼女がこの事態に気付いたら余計に会ってはくれないだろう。
「拒否しているのは、愛奈さん本人よ。親御さんじゃない」
「愛奈……だけ」
「そう、私から言えるのはここまで。エレベーターまで送るわ」
「分かりました。ありがとうございます」
僕は愛奈に会うまでもなく、病院を後にした。
「さて……どうするか」
十二時になった頃、僕は病院近くの公園のブランコにまたがり、状況を整理していた。
看護師の話を踏まえれば、愛奈さえ何とかすればいいらしい。
それが一番難しいのは言うまでもないが。
「愛奈に裏読みトランプを渡せれば、突破口が見えそうなんだけど」
僕は昨夜作った三枚のトランプを取り出す。
【水谷10 👣】
【水谷11 🖼️】
【水谷12 😄】
これらのトランプは心の底からやりたいと思っているリストで、全てにおいて愛奈に少なからず関わりがある。特に11番は彼女から学びたいと思っていた。
その思いが出来ればカード以外でも伝わる形で、かつ誰にもゲームの存在がバレないようにしないといけない。
メッセージに送るのは手っ取り早いが見てもらえないだろう。今でさえ未読だ。
愛奈のお母さんにお願いして直接渡してもらうのも考えたが、それもダメだ。渡してもらえるか定かではないし、万が一にでも見られる可能性がある。ただでさえ、愛奈が本当の姿を見せていない以上、避けるべきだ。
とするなら……桐野か。彼女であればトランプそのものは半ばマジックという形で見たことがある。きっと、愛奈のことを想って、見ないように配慮してくれるはずだ。
それに、桐野は平日が生徒会活動で埋まっている分、土日にお見舞いに来ることが多かった。
もしかすると、今日も行くかもしれない。
僕は早速桐野に電話をかけてみる。彼女はすぐに出てくれた。
案の定、日中にお見舞いへ行く予定だったらしく、学校から直接公園に来てくれるとのこと。
生徒会選挙が来週にある都合で、今日も準備をしているらしい。申し訳なく思うが、桐野曰く「愛奈にできることがある方がよっぽど楽、受け入れるかどうかは別だけど」と話していた。
昼食を取り終え、公園のベンチで待っていると、制服姿の桐野がこちらに向かって走って来るのが見える。
「はぁはぁ……待たせたわね」
「走ってこなくても良かったのに」
「一秒でも早く愛奈に会いたいから。そんで、なんだっけ?」
「あぁ、これを愛奈に渡してほしいんだ」
僕は昨日書いた裏読みトランプを見せる。折り目がつかないようにカードケースに入れていた。表面は透明だが、裏面は青色の模様が描かれており、中身が見えないようになっている。
「ふ~ん、夏期講習の時のマジックみたいなやつ?」
「そう取ってもらって構わない。愛奈はこれを見れば何かわかるはず」
桐野はトランプを手に取り、しかめ面でじっくりと眺めている。ひとしきり見終えた後、髪をかきあげて溜息をつく。
「……これで何が起きるわけ? 水谷を信じていないわけじゃないけど、良くも悪くも愛奈はびっくりするだろうし、もしかしたら、私も出禁になるかも……」
彼女の不安はもっともだ。面会を拒否している相手の物を差し出すということは、一時的に愛奈を否定するのと何ら変わらない。だからこそ、言える範囲で桐野には話す必要がある。
「このトランプ自体が変化するわけじゃない。あくまでも僕の意思を伝えるに過ぎない」
「意思って?」
「愛奈と今後も一緒にいたい。そのために出来ることは何でもするってことだね」
「本当に何でもするの?」
「僕にやれることなら」
桐野はやるね、と言って顎に手を乗せ、ニヤリと笑う。
「私さ、今までずーっと聞いてみたいことがあったんだけど、聞いてもいい?」
「なに?」
「愛奈のこと、どう思ってるの? 私、ハッキリしないのって嫌いなんだよね」
「どうって……」
僕にとって愛奈は……クラスメイトで、裏読みトランプの相手で、一緒に学校をサボった共犯者で、お嬢様で、仮の恋人でもあり、一緒に花火を見て手を繋ぎ、キスもした相手……。
「顔赤くなってる。面白いね、水谷」
「からかうなよ」
ドンドン体が熱を帯びてくるのを感じるが、一度深呼吸をして、再度考えてみる。
僕は、これからも愛奈と一緒にいたい。野辺山で見た鉄道の線路のように、お互いに言い合いながらも、自然と笑って隣にいるような、そんな存在だ。
かつて、旅行に行った時の彼女の問いに、今なら答えられる気がする。
「はい、男なら堂々と胸張って言う。3・2・1」
「愛奈と一緒にいることが、僕にとっての幸せだーーー!」
桐野は目を丸くし、口をぽかんと開けていたが、すぐに頭を振って口を押さえる。
「……そこまで言うなんて思わなかった。見直したよ」
はーあんたのせいで顔暑いんだけど、と言って片手でパタパタと風を送る。
「答えになってた?」
「胸焼けしそうな位にはね。このバカップルめ」
「えっ?」
別に愛奈とはそこまでの関係では……いやよく考えればプロポーズに近い言葉を言っていたような気がするが、深く考えないようにしておこう。何だかくすぐったい。
「水谷の気持ちはよくわかった。責任もって渡しておくよ」
「ありがとう、よろしくお願いします」
僕は桐野に頭を下げた。
「もういいって。私も愛奈のこと大好きだから。あんたには負けない」
「そんなことは」
「あるでしょ。私、もう行くから」
桐野は裏読みトランプを手に、さっさと病院へ向かってしまった。
彼女が発した大好きという言葉が頭をついて離れない。
愛奈は僕のことをどう思っているのだろう……そんなことを考えながら、公園を後にした。
数日後、愛奈からメッセージが届いた。
――今日だけ、会ってもいいよ
その言葉を受け、放課後にお見舞いに行くことにした。
病院に行き、ナースステーションを通るが、看護師は僕を一瞥するだけで、止める仕草を見せなかった。
愛奈の病室に辿り着き、ノックをして扉を開く。そこにはベッドの上で読書をしている彼女の姿があった。僕がベッドの前に行くと、俯いたままむすっとした表情を浮かべる。だが、以前のような冷たさは感じられず、愛奈の方から口を開いた。
「久しぶり」
「うん、久しぶり。愛奈、連絡ありがとう」
「別に……沙希が会えってうるさいから」
彼女の机の上には、僕が桐野に託した三枚のトランプと、愛奈の一枚のトランプが置かれている。
「屋上の時はごめん……一緒に実行できなくて」
「もう、終わったことでしょ。気にしてないから」
「本当に気にしてないなら、なんで泣きそうな顔してるの」
愛奈の顔には涙の痕が肌に残っていて、目は今にも溢れ出しそうなくらい、潤んでいる。
背中を丸めて口をギュッと結んでおり、必死に何かを堰き止めているようだった。
「最近小説を読んで、涙もろくなっただけ」
「変だな、前会った時と同じページ読んでるよね?」
「……なんで覚えてるの」
愛奈は小説を机の上に置き、布団をギュッと握りしめる。
「忘れた? 僕は記憶が良いんだ」
「知ってる」
「これは覚えてる? 君はこのままだと不戦敗になる」
「またそれ? もうその手には乗らないから」
愛奈は顔を上げ、僕を直接睨んだ。以前とは違い、僕と彼女は正面から向かい合っている。
「どちらかというと逆だ。ゲームは続いているってこと。机の上にトランプがあるからね」
「たまたま……置きっぱなしだっただけ」
「僕の知っている愛奈は不用心な訳がない。最初に言ってたよね。二人だけの秘密だって」
「ならどうして沙希に見せたの!」
「桐野にはただ渡してと言っただけ。花火の時と一緒だよ」
「屁理屈……屁理屈、屁理屈!」
彼女が駄々をこねるような様子に思わず笑ってしまう。だけど、それが愛奈らしくもあって無性に嬉しくなる。
「僕が愛奈と一緒にいたいんだ。それだけじゃ、ダメ?」
愛奈の瞳から一筋の涙が流れていく。彼女の顔が綻び、僕に微笑んだ。
「ダメじゃない」
その後、愛奈にハンカチを手渡し、僕はベッド横の椅子に腰かける。次第に彼女も落ち着いたようで、涙を拭いてからは机にあるトランプを眺めていた。
「うん? そう言えば実行で思い出したんだけどさ。君、さっき『ごめん』って言ったよね?」
「……あ」
「罰ゲーム、じゃない?」
愛奈はニシシと笑う。そう言えば、あのトランプの実行をすっかり忘れていた。
【水谷8 「ごめん」って言ったら罰ゲーム 🚫】
「それを言ったら愛奈も屋上で言ってたよね」
「え~言ってたっけ?」
「言ってた」
お互いに睨み合いながらも、おかしくて笑ってしまう。
「じゃあ罰ゲームは一回ずつ実行ってことで。君は屋上で恥ずかしい台詞を叫ぶの」
「恥ずかしい台詞?」
「そう! その場のノリで叫んでね。私だけ叫んだのは不公平だし」
「まぁ……分かったよ」
「君はどうする? 私に何の罰ゲームをさせたい?」
愛奈は目を輝かせて僕を見つめる。おい、なんで罰ゲームを受けるのに楽しそうなんだ。
そうだな……折角やるなら面白い反応が見られるものにしたい。
「今日一日、僕がしたことに対して必ず『ありがとう』と言ってもらおうかな」
「ん? そんなことでいいの。ありがとうなんて簡単じゃん」
面白くないね~なんて言いながら、僕の三枚のカードの内、11番のカードを指差す。
【水谷11 🖼️】
「これにしようかな。君が絵をモチーフにするのは気になるし」
「僕は描くのが苦手だからね。最初は愛奈からどうぞ」
それから、彼女は幾つか質問を重ねていき、僕が似顔絵を描けるようになりたい、という所まで辿り着いていた。
「君がやりたいことは何となくわかったけど、どうしてこれをやろうと思ったの?」
「愛奈の絵のうまさに、実は憧れてたんだ」
「……あ、ありがとう」
愛奈の顔は紅潮し、照れ臭そうに髪をくるくるさせる。
「これまで見てきたトランプの絵も特徴を掴めててうまいし、黒板で皆の絵を描くのも一瞬でさ。愛奈、すごいよ」
「あ、ありがとう……。ナニコレ、私を褒めちぎろうとしてるの?」
「さぁ……どうだろうね」
「ハメたな。やっぱり君は変態だ!」
「今の状況で関係なくない?!」
なんやかんやありつつも、最終的に愛奈は僕のカードを当てた。
【水谷11 その人らしさが分かる絵を描けるようになりたい 🖼️】
面白がって彼女の照れた表情を見ようとするあまり、ヒントをあげすぎたらしい。
愛奈は気をよくしたのか、鼻を伸ばし、上から目線で僕に告げる。
「しょうがないな~私が師匠になってあげる。早速授業開始!」
「よろしくお願いします。師匠」
愛奈はお絵かき帳を広げ、僕に描き方のコツを親身になって伝授してくれた。時間も良い頃合いになったので、その流れで屋上に行かないだろうと期待したが、そうはいかなかった。
きっちり彼女は看護師に許可を取り、車いすも駆使して屋上に到着してしまう。
「さぁ弟子よ。あの夕日に向かって叫んじゃえ!」
「えぇ、本当にやるの?」
「そうだよ、これも修行のひ・と・つ♪」
修行な訳ないと思うが、愛奈は楽しそうにスマホで撮影し僕の叫びを心待ちにしている。
良くも悪くも今は喉が苦しくなることもない。
やるか……
「愛奈様のおかげで僕は幸せでーーーーーーーす! あと変態でごめんなさーーーーーーーい」
僕は一体何をしているのだろうか、と我に返り恥ずかしさがこみ上げてくる。横を見ると彼女は腹を抱えて笑っているので、良しとしようか。
愛奈とのわだかまりは概ね解消され、以後面会に行くことを許可された。
彼女のお母さんには愛奈が元気になったと感謝された。土日は病室にお母さんも泊まり、彼女を見守っているらしく、ここまで穏やかに寝ているのは久しぶりとのこと。
僕の叫ぶ動画を桐野と檜山は見たらしく、教室では桐野から何してるんだと突っ込まれ、檜山には数日変態呼ばわりされる始末。
なんだかんだ日常が戻りつつある中、愛奈の体調は悪くなる一方で、面会できる日も少なくなってきていた。今日は飛び切り良い方らしく、彼女の連絡を受け、病室を訪れる。
「愛奈、お待たせ」
「おそーい、待ってたのに。謝ってよ」
僕に向かって文句を言えるくらいには元気なようで何よりだ。
「嫌だよ、罰ゲーム確定じゃん」
「ちぇ~まぁいいや」
「今日生徒会選挙があってさ、学校出るのが遅くなった」
「あっそうだったね。沙希から聞いたよ。生徒会長になれたって」
「うん、所信表明とか話しててカッコよかった」
愛奈はいいな~と言いながら、外を眺める。雨が降るほどではないが、曇り空でぱっとしない天気だった。
「……結局なにも手伝えなかったな」
「そう? 桐野は愛奈のおかげで当選したって全校生徒の前で言ってたぞ」
「え~沙希はいつも過剰なんだって」
そう言いつつもどこか嬉しそうに愛奈は頬を掻く。
「桐野は打ち上げ終わったらすぐにこっちに来るって言ってたし、すぐやろう」
「はいは~い。激ムズの足跡さんのやついこっか。これが出来ればあと二枚!」
愛奈は卓上にあるトランプの一枚を指差す。
【水谷10 👣】
連日彼女はこのトランプに挑戦しているが、どこかに行く以外は中々アタリが付けられていない状況だ。体力的に集中しづらいのが影響しているかもしれない。
「うーん、君が行ったことない場所で、旅行でもない。それ以前に私にもできることって何だろう。確認だけど、移動するのは君だけなんだよね?」
「そうだね、行くのは僕だけでいい。愛奈には違うことをしてほしい」
「違うこと……か。抽象的な意味にするなら、一歩踏み出したいとかそういう系?」
「おっ冴えてる」
ふむふむ、と今日の愛奈は真剣に考えている。今日こそ当てられてしまいそうだ。
「君が踏み出したいこと……まさか、私との関係性?! キャ~」
「明後日の方向行ってるよ。僕は物理的に移動するの」
「ノリ悪いな~。あと君に関心があることなんて、マジックとかお姉さん位しかないよ……?! なるほど、そういうことか」
愛奈はいつものニヤニヤした表情を浮かべる。もはや足跡関係ないじゃんと思うが、元々相手への理解度がものを言うゲームだった。
「何かわかった?」
「ズバリ、お姉さんのことでしょ。でも……行く? 亡くなっているならもう、お墓参りしかなくない?」
「さて、どうだろうね」
「ふふ、アタリ! じゃあ最後の質問、お姉さんのお墓には何回行ったことある?」
「ないよ、一回も」
「そっか……分かった。答え合わせしよっか」
【水谷10 姉の墓参りに行く勇気が欲しい 👣】
「……正解」
ついに当てられてしまった。万全な愛奈には隙がないと改めて痛感する。
だが、彼女はあまり喜ぶ様子を見せず、腕を組んで考え込んでしまった。
「どうしたの?」
「当てたはいいけど、君にどうやって勇気をあげられるんだろうって」
「真面目だね、行って来いってケツ叩くだけでもいいのに」
「そんなことしたくないよ~うん、こうしよう」
愛奈は僕のいる方に体を寄せ、両手を広げた。
「ほら、おいで。私の勇気を分けてあげる」
愛奈は頬を赤くしながらも、朗らかな笑みと優しい瞳を僕に向けてくれる。
彼女の気持ちに応え、僕は愛奈を抱きとめた。
柔らかくて温かいその体は、ミルクのような優しく甘い香りが漂い、心が和らいでいく。
「愛奈には、敵わないな」
「知ってる? 私は君のことなら誰よりも分かってるんだから」
「そうみたいだね」
僕らは言葉を介さず、ただただ抱きしめ合っていた。
暫くそうしていると、愛奈が僕の耳元で囁く。
「ここで一つお知らせがあります」
「どうしたの?」
「主治医の先生に相談したら、今度外に出られるかもしれないって。ついてきてくれる?」
「うそ?!」
僕は思わず愛奈を見る。彼女はふふっと笑い、したり顔を浮かべた。

