真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

「……というわけで、伊勢物語の筒井筒には、一組の男女が登場し、互いに歌を詠み合っているシーンがある。特にこの歌は重要だぞ」
 高二の六月、古典の授業中、黒板に書かれた一節を、先生がチョークで指差す。

 ――くらべこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰か上ぐべき(原文)

 ――あなたと比べあった私の振り分け髪も、肩を過ぎるほど伸びました。あなた以外の誰のために結い上げるでしょうか、いやあなたのためだけです(現代語訳)

「そこで……だ。じゃあ水谷」
 先生はあろうことか、僕を指名してきた。運が悪い、と思いながらも先生へ視線を向ける。
「この歌は、君ならずして、からの文章が肝になるんだ。誰か上ぐべきの『か』を受けて、文末が『べし』から『べき』に変わっている。これを何というかわかるか?」
「係り結びです」
「正解だ。続けてもう一つ問題だ。この歌のように、直接気持ちを伝えず、遠回しに和歌で想いを託したのはなぜだと思う?」
「えっ……」
 これは特に予習していない内容だった。頭をフル回転させても、何も思い浮かばず、焦りばかりが募る。
「男の人が歌をくれたので、礼儀で返したとかですか?」
「確かに礼儀という側面はあるだろうな、その時代で流行った伝え方として送った一面もあるだろう。だが、この二人の関係性に目を向けてみるとどうだろう? 女性の中にはどんな想いがありそうかな?」
「……」
 正解が、思いつかない。僕はつい固まってしまい、先生から目を逸らす。次第に周囲には微妙な雰囲気が流れ始めた。教科書やノートに目を向けるが、助けになるヒントはない。
このままだとまずい、どうしよう……と考えていると、
「はい!」
 すぐさま後ろから女子の声が聞こえ、椅子を引く音が聞こえた。
「おお、星川か。答えてみろ」
 周囲が後ろを振り向き、彼女に期待の視線を向ける。僕も合わせて後ろを振り向いた。
 黒髪をざっくりと後ろにまとめたお団子ヘアの彼女は、満面の笑みと堂々とした立ち振る舞いを見せ、話し始める。
「ストレートに言葉にするのもいいですけど、恥ずかしいですし、遠回しに言った方がむしろ想いが伝わるからだと思います。恋ってそういうものじゃないですか、先生?」
 星川が言い切ると、ヒューヒューと周囲から歓声が聞こえ、教室の雰囲気が和む。

 ――流石、星川さん!
 ――そうだそうだー!
 ――先生、って今恋人いるんですか?

「はいはい、お前ら静かにしろ~授業に関係ない質問もなしだ。星川ありがとう、座っていいぞー」
「はーい」
 星川は役目を終えて、席に座る。だが、その直後、こちらに目線を向け右目でウィンクをしてきた。彼女が普段から人助けをしている姿は見たことがあるが、ウィンクをしているのは見たことがない。
 突然の出来事に少しドキッとさせられたが、僕は軽く手を挙げてお礼を伝え、すぐに体を戻した。

 ◆

「水谷さんよ~星川に助けてもらえるなんてラッキーだったなーこのこの~」
「檜山、いつにも増してうるさいな」
 その日のお昼休み。自分の席でお弁当を食べようとすると、檜山が前の空席を占領し、飄々とした声で話し掛けてくる。
 ――檜山昇(ひやまのぼる)、高二に同じクラスになって以降、僕に話しかけてくる物好きだ。耳にピアスをつけ、金髪の彼は眉目秀麗で成績も優秀であり、多くの女子に声を掛けられている。だが、お昼の時間だけは、総菜パンを持って僕の目の前に姿を現す。
「何言ってるんだよ、ビッグニュースじゃん。あの星川愛奈(ほしかわあいな)が、お前にウィンクしていたんだぞ、俺はこの目でしっかりと見たからな」
 ピースをした右手を目に近付け、ウィンクと眩い笑顔を見せつけてきた。
「うわぁ……似合わないな」
 僕は気にせず、お弁当を食べ始める。彼のうざったさは今に始まったことではない。それに、どんな反応をしても檜山は気にするそぶりを見せなかった。彼の前では全てが無に帰すらしい。
「俺のイケメン度合いに惹かれないのは水谷くらいだよ。まぁそれはいいとして、水谷は気にならないのか? 星川のこと」
「……別に、僕には関係ない人だから」
 実際その通りだった。日陰で目立たない僕に反して、彼女はクラスを照らすような人気者。教室の後ろに目を向けると、星川を中心として机を囲み、女子達が楽しそうに話しながら昼食を取っていた。彼女は同級生一人一人を見ながら話を聞いている。
「ふ~ん、そっか。まぁいいけど。それよか、新しい服買ってみたんだけど、興味ある?」
「えっ……あぁ」
 慌てて檜山に視線を戻すと、彼は嬉しそうに焼きそばパンを頬張っていた。
「まじ? 水谷が興味を持ってくれるなんて珍しい、俺にとっても今日はラッキーデーかも」
「あっ……そう」
 僕はご飯を食べた後、彼のファッション談義に付き合わされ、生返事をしてしまったことを後悔した。