真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

 八月末の夕暮れ時。空は次第に夜に近付く中、周囲を見渡せばどのお店も明かりを灯し続けていた。祭囃子がそこかしこから聞こえ、浮かれた声と共鳴し合っている。
 僕も例にもれず、着なれない黒の和服を身にまとい、会場の入り口である人を探していた。
「あっ! やっと見つけたよ~おーい」
 聞き慣れた声の方を振り向くと、カランコロンと下駄の音を立てて彼女が駆け寄って来る。
「ゆっくりでいいのに」
「いいじゃん、早く会いたかったし。ねね、どうかな? 感想聞きたい!」
 彼女は僕の前で一回転して見せる。星川の浴衣は白を基調として水色や黄色の花が所々に咲いていてとても華やかだ。髪型は普段しないポニーテールであり、赤い簪をさしているのが、アクセントになって艶やかさもある。赤い巾着も可愛らしい。
「すごく似合ってるよ、星川」
「むむ、それだと赤点だよ、はじめ君! 私達は恋人同士じゃないの?」
「仮だけどな……って、名前?」
「そう! 私達のルールは?」
「二人で必ず実行する……なるほど。分かったよ、愛奈」
「うん、合格!」
 彼女はえへへ~と笑う。全く、星川には驚かされてばかりだ。って違う、愛奈だ。危ない。
「よしっ! 今日はゲームナシで思い切り楽しもう! はじめ君」
 愛奈は僕の手を取り、すぐさま会場内へ駆け出す。そう来るのは慣れていたので周囲を確認しつつ、彼女についていった。

 その後、僕らは花火が始まるまでに、行ける屋台は全て巡った。たこ焼きと焼きそばで腹ごしらえをし、綿あめとかき氷で甘味を堪能。最後に射的や金魚すくいで対決をして楽しんだ。
 射的では圧勝したが、金魚すくいではぼろ負けだった。愛奈曰く、
「金魚の気持ちになればいける! いつもやってることだよ」
 だとか。いや、金魚に気持ちなんてあるのか? と突っ込んでしまった。動かないものの方が確実に予測できて楽しいのに……と内心思うが、それじゃあつまらないと彼女は言うだろう。
 時間が経つのはあっという間で、日は落ち提灯や屋台の明かりが周囲を照らしていた。
 花火が上がるまで残り少しとなり、今は会場へ移動している。
「いやぁ~すごい人だかりだね」
「うん、一般開放のスペースは大体埋まってる」
「旅行の時のことを思い出すね、必死に探して、何とか見つけてさ」
「あれはマジで焦った……今日は気楽でほっとしてるよ」
「君がリストに色々書いちゃったからな~残念。浴衣はナイスだけど~」
 そう、僕は花火大会に行く上で、自分のやりたいことリストに以下の項目を追加していた。
【水谷7 浴衣を着て花火大会に行きたい。但し、席は事前に予約して確保すること】
「旅行はまだしも、何十分も立ちっぱで見るのは嫌だし。愛奈もきついんじゃないか?」
「え~大丈夫だよ、多分」
 愛奈はまだ諦めないとばかりに周囲をキョロキョロと眺めている。
「もう僕らの席はあるから大人しくついてきて」
「はーい」
 僕らは会場のMAPを見ながらスムーズに席まで辿り着いた。実は旅行の時に悪戦苦闘した経験が役立っていたのだが、また自由気ままなことを言われそうなので沈黙を貫くことにする。
「ふぅ~極楽極楽」
「予約して良かったでしょ」
「安心だけど~刺激が~足りない~」
「それは花火まで取っておいて」
 僕は時間を確認するため、スマホを見る。時刻は十九時二十五分。あと数分で始まりそうだ。
「じゃあそれまで寝とく~」
「自由人だな」
 そして愛奈は本当に目を閉じてしまった。まぁいいか、屋台巡りで動きまくったしな。
 席を取っておいて良かった。
 
「それでは、只今より、花火が打ち上がります! 皆様盛大に楽しんでください!」
 男性の司会者がアナウンスをすると、ヒュ~と音が聞こえ、夜空に大きな花が咲いた。
「あれっ花火?」
「愛奈、始まったぞ」
「マジ! 見る見る!」
 愛奈は目を輝かせて空を見上げる。音楽に合わせて花火は煌びやかに輝きを見せ、連続で打ち上がると観客はワーッと歓声をあげた。
 菊や牡丹といった定番の花火もあれば、会場の海の近さから発想を広げ、魚や海藻をモチーフとした花火が上がるなど、見応えがある。
 そして、僕達には馴染みのあるものも打ち上がった。
「あっハートだ! スマイルもある」
「綺麗だ。ていうか、愛奈の絵文字ばっかりだな」
「君の絵文字が上がったら大変だよ。筋肉とか難しくない?」
「なんでそのチョイスなの、帽子とかあるじゃん」
 僕達は向き合って笑い合い、空に目線を向ける。僕の横には愛奈がいて、上を見上げても愛奈に関することで溢れていた。花火を見ると、彼女の笑顔が浮かび、自然と視線が隣に向いた。
 花火はまだ始まったばかりと言わんばかりに打ち上がり、音楽も次々と変わっていく。
 だが、僕は度々彼女の横顔を見ていて、花火を見るのを忘れていた。
 愛奈のポニーテールは彼女の動きに合わせてゆらゆらと動き、表情はコロコロと変わっていく。普段の制服や私服姿と違い、浴衣姿は色っぽい。改めて見る中で、愛奈の新たな一面が見れた気がする。
 暫くすると、カラオケで愛奈が歌っていた曲が流れ始め、彼女は話しかけてきた。
「覚えてる? 前に歌ったよねって……むむむ」
「どうした?」
「君、私のことばっかり見てる。もう、しょうがないな~」
 愛奈は僕の左手をギュッと握り、僕の指の間に彼女が指を絡ませた。そして、僕のそばに近付き、耳元で囁く。
「はじめ君のおかげで一生の思い出になった。君も、どうか忘れないで」
 そして、僕の頬にやわらかいものが触れた。一瞬の出来事で、時間が止まったみたいだった。
 愛奈の頬が花火で照らされ、紅潮しているように見える。目は吸い込まれるような輝きを見せ、美しかった。
「忘れないよ、絶対に」
 僕は彼女の手をギュッと握る。しっかりと、優しく。そして、離れないように。
「そっか……ありがと」
 愛奈は僕の肩に身体を委ねる。目の前には彼女の絹のように白い額があり、僕は自然と顔を近づける。彼女へのお礼に、生まれて初めてのキスをした。
 僕らが実行する時は必ず二人……だから。

 気付けば花火大会は終わりを迎え、大会終了のアナウンスが流れた。周囲の人達は席を立ち、各々日常へ戻っていく。
「愛奈、僕らもそろそろ帰ろうか」
「う、う……ん、そうだね」
 愛奈は顔を上げて目をこすり、眠そうな様子で僕と一緒に立ち上がる。周囲の流れに沿って進もうとするが、彼女の足取りは一歩一歩が小さくなっていた。僕もそれに合わせて、ゆっくりと歩いていく。
 流石に駅へ向かう道は人が多すぎるため、裏道を使うことにした。お店は徐々に閉店し、街灯が道路を照らしている。彼女は疲れているのか、会場を離れてから声一つ出さない。
「……愛奈、見慣れた道路が見えてきた。あとちょっとだな」
「うん」
「ちょっと休むか?」
「いや、大丈夫……」
 愛奈はそう言ってすぐに体がふらつき、僕に寄りかかる。彼女を抱きかかえると、愛奈の息が上がり、浴衣から伝わる熱がいつも以上に高く感じた。
「おい、大丈夫か?」
「うん、はしゃぎすぎて疲れちゃったみたい」
 愛奈は僕に笑いかけるが、しゃがんでしまう。思った以上に具合は悪そうだ……あと十分位で彼女の家には着く。下手にどこかに休憩するより、連れて行った方が早いかもしれない。
「僕の背中に乗れる? 早く帰って家で休んだ方が良いよ」
「え?」
「いいから」
「わ、わかった……」
 愛奈は僕の背中に体を預ける。下駄は脱げてしまうのを想定し、僕が手に持つことにした。彼女の巾着も持つとは言ったが、「これ位は持てるよ」と少し不満げに言うので任せた。
「よいしょっと」
「重い?」
「思った以上に軽くてびっくりしてる」
「だよね……流石」
 僕の頬をツンツンとつく余裕はあるらしい。彼女が落ちないよう気を引き締めて歩き始める。
 ここまで来たら迷うことなく歩けてしまう、だからこそ色んなことが頭をよぎった。
 僕が浴衣をお願いしたから無理をさせたのかもしれないし、暑さで疲れが溜まっていたのかもしれない、違う理由なのかもしれない、何が原因なのかわからず、歩調が乱れそうになる。
 彼女の首元や体はさっきよりも熱くなっていて、呼吸も苦しそうだ。体は本当に軽い、愛奈のせいで体力がついただけかもしれないが、それもしても軽い。
 愛奈を揺らさないように気を付けながら、僕は少しでも早く家に着くように急いで歩く。
 そうしていると、愛奈が僕に声を掛ける。
「ねえ、はじめ君」
「どうした、あとちょっとで着くよ」
「私、大丈夫だよ……ね?」
 明らかに肯定できない状況。いつになく余裕がなく声が震える愛奈に対し……
「大丈夫、すぐに良くなるよ」
 僕は励ますことを選択した。彼女はいつも元気いっぱいで、僕をどこまでも連れ回すような女の子だ。それは今日も同じで、これからも変わらない。
「うん……ごめん、ね」
 僕の首元に温かいものが一回だけ、ぽつんと肩に触れて流れていった。
 
 一心不乱に進み続け、僕らはようやく愛奈の家に到着した。チャイムを押そうとすると、愛奈が僕に「待って」と話しかける。
「ありがとう、もう自分で歩いていけるから」
「でも、体調悪いだろ」
「大丈夫だよ。君のおかげで、十分休めたから」
「そう……」
 僕は彼女の下駄を地面に置き、愛奈を下ろした。
 彼女は一度深呼吸をした後、背筋を伸ばし、いつもの笑顔を僕に向けた後、巾着を探す。
「あっ鍵忘れちゃった~仕方ないか~」
 愛奈は何事もなかったかのように、チャイムを鳴らす。
 え……どういうこと?
 ものの数秒で扉が開き、愛奈のお母さんが現れた。
「おかえり愛奈。あら、その人は……」
「私の友達、ここまで送ってくれたんだ」
 ともだち? ぼくは次第に思考が追いつかなくなり、呼吸することを忘れてしまう。
「あらあら、いつも愛奈がお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ……」
「じゃあ、夜も遅いから、気をつけて帰ってね」
 愛奈はいつもの笑顔を浮かべて、家の中へ入っていく。だが、その笑顔は本物なのか?
 さっきまでの疲労困憊の彼女は何だったんだ。僕は疑問に思えてならない。
 暫く立ち竦んだあと、重い足取りで家に帰る。
 その後、彼女に連絡をしたが一度も既読にならなかった。
 始業式の日も愛奈は姿を見せなかった。