真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

 八月中旬のある日、僕は慣れ親しんだ家に帰るだけなのに、やけに緊張していた。
「お邪魔しまーす!」
「……ただいま」
「あなたが星川さんね、待ってたわよ~」
「これ、お土産です!」
「あらあら、ありがとうね~今日はゆっくりしていってね~」
 僕の母と星川の間で会話が弾みながら、家の中へ入っていく。母は僕が友人を連れてくることを知った瞬間に慌ただしく準備をしていた。僕が小学生だった時以来かもしれない。
 僕と星川は手を洗った後に二階へ上がり、僕の部屋に入っていく。ベッドに丸机に勉強机に棚とシンプルな部屋だ。色合いにこだわりもなく、モノトーンで統一していた。
 ただ、丸机にはジュースとお菓子が所狭しに置かれている。明らかに量が多い。
「ふ~ん、ここが君の部屋なんだ。あっお菓子が沢山。嬉しいな~他にもあるかな」
「あんまりじろじろ見ないで」
「いいじゃない、君も私の家、見たでしょ」
「外だけな」
 彼女は僕の部屋全体を見渡し、いの一番に左側にあるベッドに腰掛け足をばたばたさせる。今日の彼女はオーバーサイズの白Tシャツと淡い水色デニム、黒い靴下とゆったりとした私服だが、特徴的なのは赤い眼鏡だ。彼女がかけているのを僕は初めて見る。
「今日は実行の日! 私に魔法をかけてくれるんだよね?」
「あぁ、マジックを見せようと思う。でもなんで眼鏡?」
「ふっふ~それはね、種明かしのために決まってるじゃん。視力上がるし」
 星川はわざわざ眼鏡をくいっと上げ、僕に賢いアピールをしてくる。見えやすくなってもフレームで見えづらくなるから結果変わらないのでは……と思うが、敢えて言わないでおこう。
 僕達は毎晩の通話で裏読みトランプをする中、星川のカードを一枚当てた。

【星川12 魔法をかけてほしい 🪄】

 絵文字の名前は魔法の杖であるため、まさか本当に魔法関連のものだとは思わなかったが、皆目見当がつかず、冗談交じりに言ったら当たってしまった。
 僕は普通の人間なんだが……と途方に暮れるも、マジックならある種魔法と言えるかもしれない、と思い提案したら彼女はいいじゃん、と乗り気だった。それで今に至る。
「ビデオ通話じゃまた君にAIを使われかねないからね。私は騙されないから」
「流石にしないって、やった方が早いし」
「はは、お手並み拝見だね。私はいつも犯人を見つけてきたから、自信はあるよ」
 星川はベッドから下り、床に敷かれた座布団に座る。僕も丸机にあるお菓子を一度勉強机に退避させ、対面にある座布団に座った。机には予め準備したトランプが一セットある。
「じゃあ今からやるから、よく見ててよ。今日は星川が犯人だから」
 僕はいつものようにカードを切り、星川にマジックを見せる。探偵カードという目の前の相手が選んだカードを二枚のカードで当てるというシンプルなものだ。このマジックは物語仕立てにできるのが面白く、星川を何度も犯人にし続けた。
「今日の事件は迷宮入りだよ……」
 彼女も何とかして種を暴こうとしたが、星川は騙されやすい人なようで、一回もバレずに終了。他のマジックも当てられずに済んだ。星川に一泡吹かせられたと気持ちが昂り、机の下で小さくガッツポーズする。
「ねぇ、私にもマジック教えてよ! 負け認めるからさ~」
「いいよ、何がいい?」
「じゃあさっきのやつ! 私も探偵になる」
 星川は前のめりに僕の説明を聞くので、つい指導に熱が入る。数十分も練習すると、彼女も慣れてきたようで、実践したいと言い出した。
「今から私と沙希で君を捕まえたいと思います。黒のクイーンが沙希で赤のエースが私ね」
「えらく具体的だな」
 僕が手に取ったのはクラブのジャックだ。さて、上手くできるか楽しみだ。星川はちょっと遊びを取り入れたいようで、何とカードを切り始めた。万が一混ざったら終わりだぞ。
「今私達が君を探しています~さてどうなるでしょうーか。あっ」
 星川は勢いあまって、混ぜたトランプが手から飛んで行ってしまい、何枚か勢いよく部屋中に散らばっていってしまう。
「あーあ、流石にそこまでやるのはレベル上げすぎだって」
「ごめんごめん。えっと、どこにいったっけ」
 僕達は四つん這いになって散らばったトランプを一枚ずつ集めていく。その中で、彼女は壁際に置かれたマジック関連の棚が気になったようで、ねえねえと僕に声を掛けてきた。
「これ、なに?」
 星川が本棚から取り出したのは『姉攻略マル秘ノート』で僕が小学生時代に描いたノートだった。あまりの恥ずかしさに星川からすぐに回収しようとするが、僕の手は空を切り、彼女は器用にベッドに移動して読み始める。
「ほうほう、お姉ちゃんのマジックを全て解き明かし、絶対に勝つために必要な情報をここに記す、だって。カッコいいねー」
「ちょっと、読み上げないでよ」
「ふむふむ。君のお姉さん、相当マジック得意だったんだね、幼き君の執念が物語ってるよ」
「まぁ……そうだな」
「そうだ! お姉さんにもやってもらおうよ、私会ってみたいな~」
 星川は目をキラキラさせて僕を見つめる。だが、その期待には応えられない。僕は肩を落とし、淡々と事実を伝えることにした。
「姉は、もう亡くなってるんだ」
「えっそうだったの? ごめん……だから、か」
 星川は口をギュッと結び、背を向ける。僕も動けないまま沈黙が続いた。こんなつもりではなかったが、体は思うように動かない。どう彼女に声を掛けたらいいのか考えていると、星川が口を開いた。
「ねぇ裏読みトランプ、やろうよ」
 顔を上げると、星川は僕に向き直り、正座になっていた。そして、真っ直ぐと僕を見つめ、裏読みトランプを手に持っていた。僕は断る理由もなかったので頷き、勉強机から裏読みトランプのカードを取り出す。今手元にあるのは一枚だけ。
【水谷4 🎩】
「今日は私からでいい?」
「うん」
 僕は星川にカードを差し出し、彼女はそれを両手で手に取る。反対に、星川の残りのカード五枚は丸机に置かれた。
「このカードはお姉さんと関係あるよね? 上手くなりたいは前に少し違うって言ってたし」
「うん、そうだね」
「そして、お姉さんに勝つためのマル秘ノートの存在」
「それは忘れてよ」
「無理無理。君にとってすごく大切なことだもん。きっとここにヒントがあるよ」
 星川は、手元にあるマル秘ノートを再度開き、ぺらぺらと全体を読んでいく。止めようかとも思ったが、確かに読まないと答えに辿り着くのは難しいと思い、僕は見守ることにした。そして、最後のページを見た時に、彼女の手と視線が止まる。
「そっか……そっか。君にとって、お姉さんがどんな存在か、よく分かったよ」
「あ……あぁ」
 僕はただ頷くことしかできなかった。そのノートには、死ぬまでの姉とマジックで遊んだ日々を記しただけであり、最後に描いたのは、姉の記録でも何でもなく、マジックの名前である。器用な姉が最後まで完成させられなかった王道のマジック。僕も未だにできない。
「君、このマジックをやりたいんじゃない? 詳しくは分からないけど」
「さぁ、僕も分からない」
「そんなはずないじゃん。君、やっぱり嘘が下手だね」
「星川も同じだろ」
「まぁね~よしっこれでいこうかな。外れたら、それはそれで聞いてみたいし」
「任せるよ」
 星川は、躊躇することなく、答えを示した。
 ――姉が出来なかったマジックを完成させて、姉に勝ちたい
「正解。というか、星川の回答の方が正確だよ」

【水谷4 姉にできなかったマジックを完成させたい 🎩】

「私は、君のことをよ~く、よ~く知ってるからね」
 えっへんと言って胸を張る星川。もう、否定する気は起きなかった。彼女はもはや家族を除けば一番に僕のことを知っている人物に違いない。次点で檜山と言った具合か。
「じゃあ、次は僕の番だ。実行はできるようになったら教えるよ」
「楽しみにしてる!」
 僕は改めて星川の残りの五枚に目を通してみる。その中で気になったのは、端々に置かれている【星川1 🎆】と、【星川13 😊】だった。
 1はここ最近の星川の傾向からすれば、案外シンプルな願いかもしれないが、本人にとっては一番大切な願いであり、変に扱えない気がして、僕は逆端に目を逸らす。
 末端の13はこれまでも見てきたが、次第に折り目がはっきりとついている気がする。
「ねぇ、このカードだけなんで折り目がついてるの? 保護しているはずなのにさ」
「な、なんでもないよ」
 星川は、13のカードをすぐさま回収し、背中に隠す。頬がリンゴのように赤く染まり、僕を睨めつける。別に大したことをしてないのに。
僕は仕方なく他のカードに目を向けることにした。

「ねぇ、帰る時に君のお姉さんに手を合わせてもいいかな?」
「いい……けど」
 僕達は一階に降りて、姉の仏壇に二人で正座する。僕が二つ線香を上げ、星川が鐘を鳴らして手を合わせる。目を閉じて姉に思いをはせるが、頭をよぎるのは苦い記憶ですぐに目を開けてしまう。
視線の先にいる星川はまだ手を合わせてるが、僕はその背中を見ることしかできなかった。