真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

 ――学校の正門に八時に集合! 遅れないように😎
 八月十日の朝。通学路は蝉の声が忙しく鳴り響いている。眩く光り、じりじりとした熱で存在を主張してくる太陽によって、額から汗が流れ落ちていく。もう少し控え目でいてほしいと心の中で愚痴った。
 僕は今、学校の正門前に私服姿でいた。何故かと言えば、星川のトランプと僕のトランプがどちらも旅行に行くことが願いとして重なったからに他ならない。
 実はカラオケの帰り道の後、やっぱり旅行に行きたい気持ちがあり、少し具体的に練ってから裏読みトランプに書くことにした。
【水谷6 高校から一日で記録になるような遠い所へ行きたい 🚃】
 ただ、星川には絵文字の時点で旅行のことだとバレてしまい、あっという間に当てられてしまった。
 まぁこればっかりは仕方ない。
 僕たちは夏休みに入ってからも毎日通話をして、裏読みトランプを続けていた。その合間に、旅行先やルールを決め、今日が実行の日だ。
 手に持つスマホを見ると、通知のランプが点灯している。檜山からの連絡のようだ。
 ――今日は長野にある野辺山に行くんだよな? 天気は良好、最高気温も32度らしいぞ。最高のデート日和だな(笑) 気を付けて行って来いよ! あとお土産も期待してる!
 デートじゃないって……と思いつつ、了解、とだけ返信する。実は檜山にだけ、ある事情から旅行について知らせていた。それだけでなく、調べ物もセットである。
「おはよう!」
 リズミカルに歩く足音と共に、いつもの明るい声が聞こえてくる。顔を上げると、黒いサングラスが強い存在感を放つ少女が目の前にいた。
「おはよう……なんでサングラス?」
「旅行っぽいでしょ~それにとびっきりのオシャレしてきたんだから!」
 彼女はゆっくりと体を一回転させ、ふわっと純白のワンピースをはためかせる。白ベースで水色のラインが入った厚底のスニーカーと淡い水色のリボンのついた麦わら帽子が彼女の雰囲気によく似合っていた。肩にかけた白いサコッシュには星型のストラップがついており、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
「星川らしくて、いいんじゃないか」
「ふふ、ありがと。じゃあ行こう~」
 僕達は学校に背を向けて歩き出し、旅行がスタートした。
 公共交通機関でのゴールは長野県にある野辺山駅だ。そこから移動し、線路が通る鉄道の最高標高地点が最終地点となる。高さはなんと、1375メートルらしい。
 なぜ野辺山に行くことになったかを振り返ると、今日まで紆余曲折あったな……。

 ある日、夜の通話で旅行の話を切り出した時だった。
『折角旅行に行くなら、限界に挑戦したい。青春18切符を使って一番遠い所に行くとか』
『お~面白そう! でも泊まりは無理だからね』
『分かった。まずは日帰りで行ける一番遠い場所を調べて、ルートを見つけないと』
『ちょっと待った! もしかして、当日までに全部調べるの?』
『勿論、当たり前だよ』
『なんか窮屈だな~ねぇ、調べないで行くのはどう?』
『えっ……調べない?』
『うん、ゴールだけを決めていく道のりは一切調べない。乗換案内アプリは禁止』
『何が起きるか分からなくて怖いんだけど』
『それが面白いんじゃん。限界に挑戦したい君の目的にも、沿ってると思うよ』
『それだと一番遠いというのは怖いな……下手したら日帰りで帰れなくなる』
『だよね。それなら……ここはどう? 一番標高が高い場所』
『長野県にある野辺山か……線路の通った鉄道で行ける場所としては限界だね』
『でしょ』

 そんなやり取りの末、行く場所は決まった。だが、僕達が調べずに本当に行けるのかは疑問で、何時間で行けるか、どれくらいお金がかかるかもわからない。そこで……檜山にSNSで相談することにした。
 彼は僕達の計画を面白がり、すぐに調べてくれた。日帰りは可能で予算は二万あれば大丈夫で、小銭は念のため用意すること、お土産を用意することが条件だった。お土産って……檜山のためじゃないか。彼は抜け目なかったが非常に有り難い。
「檜山は行けると言っていたけど、正直心配だよ」
「もう~何とかなるって」
「人生で乗換案内アプリを使わずに旅行したことないんだけど」
「ふふ、私も」
「おい」
 僕は星川にツッコミながら駅に向かっていく。檜山に相談した後も幾つかルールが決まった。
 スマホで行き先や野辺山周辺の情報調べはNGだが、駅員に聞いたり、現地で情報収集するのはOK、当日までチケットは買わない。
 改めてルールを見返してみると本当に行けるのか……と不安は尽きなかった。
 だが、ここまで来た以上、行くしかない。
「船橋駅ついた~」
「ここからが勝負だな、時間は……八時半か」
 夏休み期間なのも駅には多くの人でごった返していた。僕が先頭になり、ICカードをタッチして改札を抜ける。人込みを掻い潜って東京方面に向かう総武快速線のホームに到着した。
「最初は東京に行く形でいい?」
「賛成! もう来てるから乗っちゃお」
 丁度来ていた逗子行きの電車に乗る。中は涼しいが、人が多いのもあり、暫くは立って過ごすことになりそうだ。星川は近くの手すりに捕まりつつ、電光掲示板を見ていた。
「東京ってすごいね、詳しくは分からないけど幾つも乗換えできるみたい」
「本当だ。品川とかも乗換え多そうだけど、行き過ぎて戻るのも時間かかるしな……」
 僕達はお互いに東京へ行く機会が少なく、どの電車に乗れば長野へ近づけるのか知らなかった。大は小を兼ねる、それを信じて、東京に行くしかなかった。
 八時三十分、東京駅に到着。多くの人が下車し、階段に向かって皆歩いている。僕達は土地勘がないため、人の波に沿うようにしてエスカレーターで上へ向かう。
 上り切った先には、広大な空間が広がっていた。周囲の人達は迷わず足を進めている。
「地上に出たっぽいけど、それにしても広すぎない?!」
「新幹線に他の路線もあるな……何かヒントがあるといいんだけど」
 僕達は周囲の探索を開始した。電光掲示板を見るが、何が必要な情報なのか分からない。
「あっこれヒントになるんじゃない?」
「総合路線図か、ナイス」
 星川が指差した先には横幅2,3メートルの柱があり、東京近郊の路線図が掲示されていた。
 まるで蜘蛛の巣のように路線が張り巡らされている。その中でも東京駅は中心部と言っていい程乗り換え可能な路線が充実していた。まず写真を撮ってから、じっくりと眺める。
「ここが東京。長野は大体北西方面だから、そっちに近付ける方面に行きたい」
「うーんと、あっ北陸新幹線で長野経由って書いてあるよ」
「いいね、まずは行ってみようか」
 新幹線乗り場の方へ向かっていく。大きく新幹線の絵文字と方向が示されていて分かりやすかった。その後、新幹線の券売機に辿り着き、長野駅までの経路を選択していく。
「見つけた~長野駅までの料金は、約八千円?! 帰りも含めたら予算すぐになくなっちゃう」
「ちょっと怪しいな。長野から野辺山に行けるかわからないし、まず長野ってめちゃくちゃ縦に広いような……」
「確かに、一旦保留しよ」
 僕達は券売機での購入を取りやめ、先程取った総合路線図の写真をもう一度見返してみる。
「東京にいる時点では、まず西に進みたいんだよね~」
「そうそう、今の場所から真っ直ぐ西にあるのは新宿。そこに行って考えるのも手だな」
「とりま中央線に乗ってみる?」
「うん、そうしよう」
 手探りにはなるが、情報を絞るためにも、次の場所へ向かうことにした。中央線快速のホームから電車に乗り、数十分ほどで新宿駅に到着。
 階段を上がった先の駅構内では幾つもの売店が立ち並び、多くの人で賑わっていた。壁に取り付けられた案内を見ると、ホームは一番線から十六番線まであるらしい。高速バスの案内もあり、鉄道以外の選択肢も見え始めていた。
「あっ見てよ! 九番線の所に松本って書いてある。確か長野だよね?」
「合ってる、天気予報でも見たことあるな」
「降りてみようよ」
 星川と一緒に中央本線特急のホームへ降りていく。正面には券売機があり、駅員が外国人観光客の対応をしていた。
「早速券売機で見てみよっか!」
「了解。直近で出発するあずさには、野辺山は書いてないね。他にも……ないな」
「どれで降りたらいいんだろう?」
「分からない。試しに松本で開いてみる……なぁ星川」
「なに?」
「ほぼ満席だぞ」
「うそ?!」
 僕達は代わる代わる券売機を操作し、何とか二人席の空きを見つけたが、何駅で降りたらいいのか分からない以上、買うことはできない。
「後ろにも人がいるし、時間切れだ。譲ろう、星川」
 僕の意見に彼女も了承し、一度その場を離れる。やはり当日購入となると買うのが困難になるよな……薄々気付いてはいたが、今回の旅行のルール上仕方ない。
 星川は余裕な様子を見せ、駅員さんの手が空いた隙を見つけ、すぐに声を掛ける。
「駅員さん〜ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうされました?」
 星川が事情を説明し、野辺山までの行き方を聞くことができた。特急あずさに乗ることは合っているようで、小淵沢駅で途中下車し、小海線に乗り換えれば野辺山に行けるらしい。
 ただ、野辺山駅はICカードが使えない可能性があるため、ここで特急券を購入した後、一度改札を出た後に乗車券を購入するように勧められた。なるほど、檜山はここを見越して小銭の用意を進めていたのか……と心の中で感謝する。
「ありがとうございます! いや~これで安心安心」
「気を抜くのは無事特急券が買えてからだぞ」
「はーい」
 僕らは改めて券売機の前に立ち、必要な情報を入力する。先程調べた直近で出発するあずさ行きを選択し、座席選択の画面まで辿り着くも……
「ない! もう売り切れてるよ。満席だ」
「まじ……他はないの?」
 他の時間帯も幾つか見てみるが、直近の特急列車はどれも満席のようだ。流石にこのままだと、野辺山に辿り着くことすら難しいかもしれない。冷や汗が出てきて、余裕が失われていく。
「……一応確認するか、ちょっと待ってて」
 星川にひと声掛け、駅員に相談することにした。
「あの……特急あずさに乗らずに野辺山っていけますか?」
「もちろん行けますが、五時間はかかりますよ……今出発しても到着は十五時半頃でしょうか。直近でキャンセルされるお客様もいるのでもう少し粘っても良いかと」
「ありがとうございます。やってみます」
 流石に到着が遅いものの、最終手段として電車は考えることにした。僕が戻ると、星川は陽気な表情で声を掛けてくる。
「どうだった~」
「券売機をもう一度見てみよう。それでダメだったら……電車で五時間ぶらり旅だ」
「あちゃ~日帰り難しいかもね。でもこんなドキドキ展開も面白い」
 僕が内心めちゃくちゃ焦っている中、彼女はのほほんとこの場を楽しんでいる。その余裕が羨ましくも、ちょっとイライラして時刻を何度も確認してしまう。
「買えた買えないに関係なく、確認したら一旦休憩しようよ」
「……分かった」
 僕はごくりと唾を飲みながらも、素早く操作を進め、近くの時間帯の空席を確認する。
 すると……
「十一時十四分発で横並びがある!」
「すぐ買って!」
 僕は迷わず購入画面に移り、お金を投入する。暫くして特急券が二枚出てきた。
「やった! 買えたぞ」
「イェーイ」
 僕と星川はハイタッチをして喜びを分かち合う。本当にヒヤヒヤした……。