期末テストが近付いてきたため、星川の提案で一時的に裏読みトランプをお休みし、勉強に専念することになった。彼女とはテスト期間中あまり関わることもなかったため、桐野からの冷たい視線はなくなり、穏やかな日常が続く。
そして七月中旬。セミの鳴き声以上に、教室はテストを終えた生徒の喜びの声で満ちている。僕もようやく緊張が解けた解放感で、気持ちは浮ついていた。目の前の彼女も同じ気持ちのようで、僕の方に体を向け、小声で話す。
「いつもの裏門で待ってるから」
帰りの会を終えた後、僕らは裏門近くの階段に座っていた。
「私と話せなくて寂しかったでしょ~」
「全く。勉強にも集中できた」
「うわー可愛くない」
「可愛くなくて結構。今日はテストでくたくただから、パッとやろう」
「私も今日は疲れたよー。でも、これは別腹。そう簡単には当てさせないよ」
星川はニシシと笑いながら、トランプを取り出す。
「君は次にどのカードを狙うの?」
「そうだな……」
僕は彼女が手に持つカードを一つずつ確認していく。ここ最近で当てたカードは大人買いや夜更かしなど、日常の中でやったことがないものが多かった。そこに関連しそうなものにすれば、幾分か当てやすいかもしれない。
そんなことを考えていると、一枚のカードが目に入った。
【星川4 💅】
マニキュアを塗っている絵文字だ。星川が普段関わっている人達の中には化粧を厚めにしている女子もいるが、星川は殆どしていない印象を受ける。日頃から家事をやっている話を以前聞いていた点も考えれば、オシャレしたいという願いがあっても不思議ではなかった。
「これにしよう」
「おっようやく上のリストを当ててくれんだね。待ってたよ~」
「そうなの?」
「うん! このリストは私が叶えたい順に置いてるんだから、楽しみなんだ」
そうだった。最初に当て合う段階では自分がやりたいことを見つけられてない引け目もあって、あまり上位のリストに触れるのは避けていた節がある。ちょっとだけ申し訳ない。
「なら、すぐに当てて実行できるよう善処するよ」
「いいね~来週には私と一緒にすごいことになってるはず。楽しみにしてるね」
星川が何を想像しているのか分からないが、歯を見せて笑う様子からは何か悪だくみをしているに違いない。得体のしれない緊張感が身体全身を伝う。
この時の僕は、まさかあんな格好になるとは思いもしなかった……。
数日後の休日、僕はとある古着屋の試着室で、普段だったら絶対着ない服装に身を包んでいた。鏡越しに見える一人の男は僕という要素はこれっぽっちも残っていない。
体にピッタリとフィットする白いTシャツに白ベルト、足元がダボっと広がるダメージジーンズに先のとがったとんがりブーツを履いている。
頭に目をやれば、ネットで急遽購入した金色でホストのような長髪のカツラと黒いサングラスを被っている。
こんな服装、普段だったら絶対にしない。まさに、僕が当てたカードを実行している。
【星川4 普段絶対しないファッションをしたい 💅】
ファッションの中でも星川はかなり派手なものを選択した。それに伴い、僕も同じように着飾らないといけないのは確定なわけで……最初、彼女は女装もするように求めてきたが、流石にそれはお断りした。まだ、今の服装の方がいい。
「はじめっち~そろそろ出てきなよ。私は準備ばっちしだからさ」
星川の声が聞こえてくる。僕のことを名前で呼んじゃう辺り、いつもよりテンションが高いようだ。
はぁ、これで外に出ないといけないのか、と思うと気が重い。
「出てこないと開けちゃうぞ~3、2、1」
あぁもう考えていても仕方ない。僕は勢いに身を任せてカーテンを開いた。
そこにいたのは……
「いぇーい!」
ダブルピースをしてくる金髪のギャルがいた。大き目のカールで巻かれたロングヘアにぱっちりとした目、瑞々しいピンク色の唇から始まり、白の透け感のあるオフショルダーの洋服に茶色のベルト付きのミニスカートジーンズ、白のルーズソックスに黒の厚底スニーカーと全身からギャル全開のファッションだった。
「すごいな……本当に星川なのか?」
「あったりまえじゃーん。さて、私を見て何か言うことがあるんじゃない?」
星川は両手の華やかな指も僕に見せて感想を求めてきた。うるうるネイルと呼ばれるそれは、白をベースとしてオーロラのような輝きを放っている。
「……似合ってる、びっくりするくらい」
「ふふ、ありがと。君も似合ってるじゃん。もう学校でもそれで行っちゃおうよ」
「流石に嫌だ、クラス中から騒がれるぞ」
「言えてる」
「二人共ばっちり似合ってるよ。俺の目に狂いはなかったな」
僕らの目の前に現れたのはいつも以上に派手にギャル男の格好をした檜山だった。今いる場所は檜山のバイト先の古着屋であり、僕らのためにコーディネートをしてくれて、場所も貸してくれている。勿論、裏読みトランプのことは伏せた上で。
「ありがとー檜山っち」
「良いってことよ、このお礼は水谷に払ってもらうから安心して」
「僕が?!」
「当たり前だ兄弟。それにどうして星川さんとお前がお近づきになっているのか、今も教えてもらってないんだぞ」
「僕らはただの……クラスメイトだ」
「はいダウト、二人の学校サボりを手助けしたこともあるんだぞ、こっちは。そんなわけないってのはよーく知ってる」
檜山にこれまでも助けてもらっていたのは事実だ。今でこそ詳細は知らないだろうが、いつ裏読みトランプのことを知られてもおかしくない。というか教えてもいいんじゃなかろうか。
そう思い、星川に視線で意見を問う。彼女は少し僕らを見渡した後、手招きで檜山に合図をし、近付いた彼の耳元で呟く。すると……
「なるほどな、水谷に目を付けるとは、星川センスあるじゃん。いつでも協力するぜ」
「大助かりだよ、檜山っち」
檜山と星川は何故か意気投合し、ハイタッチを交わす。おいおい、何が起きてるんだ、檜山は僕を生温かい目で見てくるし、星川は一体何を話したんだ?
僕の頭には疑問符が浮かんだ状態のまま、あれよあれよと話は進み、会計を済ませた。
「よしっ俺は仕事に戻るから、お前らはデート行ってこい、近くにゲーセンあるぞ」
「ホント?! プリクラとか撮って見たかったんだ。いこっはじめっち」
「えっ」
星川は僕の手を取り、外へ駆け出していく。心臓が勢いよく鼓動を鳴らし、体が熱を帯びていく中、心は晴れやかで楽しみな自分がいた。
周りの奇異なものを見る視線なんていざ知らず、ゲーセンでは二人でとにかく楽しみ尽くした。
プリクラではしゃぎ、ホラーゲームで叫び、UFOキャッチャーでギャルと一喜一憂する。
きっと、普段の自分達ではないからこそ、気兼ねなくいられたのかもしれない。
今日は終業式。体育館で校長先生によるながーいお話を乗り越え、教室でいまかいまかと夏休みのはじまりを待っていた。
担任が夏休みの注意事項をつらつらと話しているが、多くの人はまともには聞いていないだろう。かく言う僕も、窓の外の空でぽかぽかと浮かぶ雲を眺めていた。
「……まぁ色々と話したが、俺が言いたいのはただ一つ。やらかさないこと、それ以外は特に関知しないから好きに遊べ、以上」
担任が話を終えた直後にチャイムが鳴り、生徒は意気揚々と号令の挨拶を済ませ、周囲は一気に騒がしくなる。
僕も用事があるため、席を立とうとすると星川の席に桐野がやってくるのが目にする。飼い主を待っていた犬のようにルンルンの彼女は両手にバッグを持ち、帰る準備を万全にしていた。
「沙希~一緒にかーえろ」
「ごめーん、今日は用事があってさ」
「えー最近一緒に帰れないから楽しみにしてたのに、遊びにも行きたいしさ」
「夏休みにいっぱい遊ぼうよ、ね?」
「……わかった。約束だよ」
「うん」
桐野は普段の覇気を失い、悲しそうな表情を浮かべる。これで話が終わるかと思いきや、彼女は踏み込んできた。
「ちなみにさ、用事って何? 教えてよ」
「え?」
「親友の私に言えないこと?」
「それは……えっと……」
星川は珍しく言葉に詰まっている。桐野に対しては以前のように理由を言えば何とかなるとは思うが、何度も桐野の誘いを断っている以上、慎重になっているのかもしれない。
これからある予定は用事と言っても遊びなのだ。それも、やりたいことリストの一つを実行するためである。
【星川8 カラオケで百点を取りたい 💯】
テスト返却日に、何点取れたかの話題になり、その流れで当てることになったカードだった。百点と結びつくものを考えた際に、音楽の授業で彼女の歌が下手だったことを思い出し、その日のうちにカラオケまで辿り着いたのだ。
さて、星川はどうするか。最悪別の日に変えてしまっても僕はいいけど……。
「うーん、勝手に話をするのは相手に申し訳ないし」
「そんな大事なことなの?」
「なんていうか……ね」
彼女は桐野ではなく、僕に言っているように聞こえた。もしかしたら、僕がどう動くかで話を変えるのかもしれない。基本的に裏読みトランプのことを周囲に話さなければ問題はないはず。そう考えれば、一つ桐野も知っていることで言い訳が出来そうだ。
「桐野、僕が星川にお願いして時間を作ってもらっていたんだ」
「水谷が? なんで」
「以前、美術の授業の練習に付き合ってもらったからさ、それのお礼をしたいと思って」
「あぁ、あの時の絵ね」
「うん」
「それで、どこに行くの?」
「カラオケに行こうと思ってる。僕の奢りで」
「ほぅ私の愛奈と二人でカラオケ……ね?」
ギロリとした目で桐野は僕を見つめる。教室の冷房は心地良い温度設定なのに、途端に冷蔵庫並みの温度まで下がった気がした。
「それ、私も行ってもいい? お金は自分で払うし」
「……星川が良いのなら、いいけど」
僕は彼女に判断を仰ぐ。実行するのは二人だけである必要はないはず。
「うん、いいよ。でもいいのかな? 百点取れるまで帰さないけど」
「望むところ、むしろ愛奈の方が心配だよ」
星川はいつもの調子に戻り、桐野を煽る。やりたいことリストも裏でこなしながら、上手い形に着地しそうだ。一安心でほっと息を吐く。
「なになに~面白い話が聞こえてきたぞ。俺も混ぜてよ、水谷の奢りで」
「檜山?!」
かと思えば、檜山が僕の首に手をかけてくる。おい、話がややこしくなるって。
「どうしてあんたも来るのよ」
「いいじゃん、俺も水谷に貸しがあるんだよ、な?」
「あぁ……」
断れそうにない。思い返すだけで幾つも彼に貸しがあるのだ。
「檜山っちも大歓迎! お腹もすいたし早く行こう~」
僕は三人に連行され、カラオケ店に向かうことになった。
カラオケボックスにて二時間が経過。僕は注文したサイダーを飲みながらモニターの前ではしゃぐ星川の歌を聴いていた。右側のドアの手前には檜山がマラカスを器用に振っていて、左斜め奥には桐野が目を輝かせながら星川の歌に浸っている。皆元気だな……。
改めてこの状況は何だ……と僕は冷静に突っ込んでしまう。星川がやりたいと望む高校生のうちにやりたいことリスト、その当て合いをすることになり、現に当てたリストを実行中だ。
その結果として、クラスメイトとカラオケに来ているなんて、以前の自分からしたら想像もできないことだったと思うし、今も不思議な光景だなと感じるばかりだ。
「~♬ ふぅ歌い終わった。今回は百点いけるかな?」
「さっきより上手くなってるし、愛奈ワンチャンあるかも」
僕ら四人全員がモニターを見つめる。ドラムロールと共に点数がゆっくりと開示された。
――82点
「うそ~まだまだ遠いな」
「勝負曲を決めてからめっちゃ上手くなってる。次十回目の連ちゃんいったれ!」
「えっもうそんなに歌ってた? 喉休ませないと」
「次は私だね。もう次で決めるから」
「そろそろ水谷にも連続で歌ってもらわないとな、ほいっ選んで」
檜山からカラオケを選曲するためのデンモクを渡されてしまう。
「おっ君もついに歌う気になったんだ。私とやることは一緒なんだから、歌わないとずっと終わらないぞ~」
星川は僕の左隣の席に戻ってきて、机の上にマイクを置いた。それも僕の目の前に。
あまり曲を知らないがために避けていたが、もう逃げることはできないらしい。
まずは知っている曲を探すためにランキングや、十代で歌われている曲を見ていく。お店や町を歩いている時に聞いたことはあるが、歌える曲はそう見つからなかった。
それだけじゃなく、百点を取れそうな歌じゃないといけない。その点が更に選曲を難しくさせていた。スマホで調べるとバラードや定番の歌が良いらしいが……。
「星川はどんな曲が良いと思う?」
僕はデンモクを彼女も触れるように近づける。
「そうだね……君ならこれとか、この辺りじゃない?」
星川が選んだのは、どれもが恋愛系のバラードソングだった。確かにバラード系なら加点要素も出しやすいし、歌いやすい。
「OK、これにしてみるよ」
彼女にお礼を言って予約ボタンを押す。顔を上げれば桐野がカッコ良い声色で最後のフレーズを歌っていた。思えば、桐野の歌を聴いていると、圧倒されるようなイメージがある。曲の世界観も広くて、生徒会活動を頑張る彼女らしさを感じた。
――98点
「嘘でしょ、音程合ってるのに」
「桐野はあと加点だけだな。よしっ次は俺か。いっちょかましたる!」
檜山はテンションの上がる曲をバンバン入れている。僕らに煽りを入れながら、所々にアレンジも加えていて、聞いていて楽しい。
――93点
「あんたはもっと音程通り歌いなよ」
「アレンジした方が絶対楽しいって。機械は人の深みを知るべき」
「檜山っちと一緒にいたら楽しそうだよね」
「でしょ、次は星川の番」
「いぇーい、今回は気分転換に違うの歌いまーす」
星川は檜山からマイクを受け取り、歌い始める。彼女の選曲は明るいアップテンポなラブソングだ。どこまでも駆け抜けていくような彼女によく似合っている。だけど、音程が相変わらず抜けるし、歌い始めが早くてBGMとずれるし、ビブラートを下手にやると急にオペラ歌手みたいになるしで、ツッコミ所が多すぎる。僕は思わず笑ってしまう。
ふと過去に歌われてきた曲の履歴を見てみる。よく見ると、星川は恋愛ソングしか歌っていない。今回入れた曲だって、夏によく耳にするものだ。花火を彷彿とさせる歌で、疾走感のあるテンポと歌詞に挟まる切なさがマッチしている。
その時、僕の脳内にあるリストが浮かんできた。
【星川1 🎆】
打ち上げ花火の絵文字であり、数字が一番であるため、彼女が高校生のうちに最もやりたいことになる。星川はあのリストで何をしたいのだろうか、何を願っているのか……そんな疑問が頭をよぎる。
――79点
「えー低すぎない? 私、そんなに下手かな」
「愛奈は歌うのが早すぎ、BGMを追い越してる」
「ありゃ~歌ってると分からないんだよね。次は君の番だよ」
「え……あぁ、分かった」
僕は机にあるマイクを手に取り、モニターで音程を確認しながら慎重に歌っていく。確実にビブラートをかけられる部分には声を震わせる。ゆったりとした曲なのもあってか、檜山は足を鳴らし、桐野は左右に揺られ、星川は終始僕をしんみりと見つめていた。
――87点
「……意外、上手いのね。聞かせる歌だったと思う」
「やるじゃん水谷、まぁ俺の方が点数は高いけどな」
「君って、そんな優しい声を出せるんだね」
「そ、そう?」
「うん、いつもぶっきらぼうだから、びっくりしちゃった」
星川は微笑みながら、ぼくの足をちょこんと蹴った。
「なんだよ」
「もっと歌って、ほらほら」
彼女は眉間を寄せ、僕に仕返しするようにデンモクを押し付けると、何度も何度も「歌って」とせがんできた。
彼女の勢いと他二人のアシストが凄まじく、僕は再度マイクも手に取る。
裏読みトランプのルールもあり、百点を取らないと一生カラオケしていてもおかしくない。僕は意を決して、退室まで喉を振り絞った。
「はぁーあ、流石に一日じゃ無理だったか~」
「百点は誰でも難しいんだから。またいこ、愛奈。今度は二人で」
「もう~私のこと好きすぎるんだから」
星川はうりうりーと桐野の頭をわしゃわしゃする。桐野は嫌がるどころか嬉しそうにかがみ、全身で受け入れていた。
僕達はカラオケ店を出て帰り道を歩いている。星川と桐野が前を歩き、僕と檜山が後ろからついていく形だ。
時刻は十八時。高校生だからいようと思えば二十二時までいられるのだが、桐野が星川の安全を考えたら危ないと言って譲らなかった。
僕としても、これ以上滞在したら夜ご飯も奢る羽目になるため、正直助かっている。
「明日から夏休みかー水谷、俺と何する?」
「えっ夏休みも会うの?」
「ひどいな~カラオケも行った仲なのに。でも貸しを返してもらうために呼ぶかもな」
「はいはい」
「来年は大学受検だし、今のうちに旅行とか行きたいな」
「……沙希は真面目だね~」
旅行か、僕が高校に入ってからは一度も行ったことがなかった。行く気になんてとてもじゃないけどなれなかったから。
でも、今なら不思議と旅行も悪くないなと思い始めている。もし行くとしたらどこがいいだろうか……幾つか候補を考えていると、突然お腹全体に衝撃が走った。
何事かと思ったが、星川が僕のお腹にスクールバッグをぶつけてきていたようだ。
「どうした?」
「君ね~歩いている時によそ見したら危ないよ~」
「あぁ、すまん」
「それで、何を考えてたの?」
彼女は僕の思考を探るように、首を捻り、不思議そうに僕を見つめる。
「それは……あっ」
僕はある事実を思い出す。もしこれが高校生のうちにやりたいことリストに入るとしたら、星川と旅行に行かないといけないのでは……そんな予感が頭をよぎる。
「なになに~顔を赤くしてさ」
「いや、なんでもないよ」
「怪しいな~」
星川は僕の考えをいつまでも暴こうと質問をして離れなかった。
そんな彼女に対し、桐野は目隠しをして僕から引きはがそうとするが、ひょこひょこと頭を下げて星川は回避する。檜山はそれに茶々を入れて桐野を怒らせた。そんな面白おかしいやり取りが続きながら帰るのがどこか微笑ましく思えてしまった。
いつの間にか僕達の帰り道は二手に分かれる。僕と星川、檜山と桐野だ。
桐野は夜がとっても危ないと僕らについていこうとするが、星川は丁重に断る。
「沙希も女の子なんだから、ね。私も一人で帰らせたら申し訳ないしさ。だから、檜山っち頼んだ!」
「おうよ。帰るぞ、沙希っち」
「沙希っち言うな! 水谷、愛奈に何かあったらぶっ飛ばすから、覚悟しなよ」
桐野は僕の目の前で拳を突き上げて見せる。本気でやりかねない気迫を感じた。
「わ、わかったよ」
「沙希、檜山っち、じゃあね~」
桐野は僕を一瞥した後、星川には優しい視線を送り、手を振って檜山と歩いて行った。
「行っちゃったね。私達もいこっか」
「うん」
僕らは夕焼け空を観ながら、ゆったりと帰り道を歩く。思えば僕と彼女が制服で帰るのは殆どない。とても新鮮で、いつも一緒にいるのに謎の緊張が身体を伝う。
「まさか四人でカラオケをするなんてね、夢にも思わなかった」
「そうだな、今までは二人でやってたし」
「こういうのも悪くないでしょ」
「まぁ、偶にはね」
「カラオケは実行したけど、百点は無理だったのは残念。また、行こうね」
また……か。夏休みに集まってクラスメイトとカラオケに行くなんて、今まではなかったけれど、悪くない。すごく高校生らしくていいなと思った。
「そうだな、青春って感じがする」
「ふふ、君らしくない言葉が聞こえてきた」
「別にいいだろ」
青春なんて、物語の中だけで使われる言葉だと思っていた。でも、案外身近な所に転がっているらしい。
星川のこれまでに当てたリストを振り返ってみれば、制服を着て遊んだり、学校をサボったり、夜更かしをしたり、カラオケをしたりと、日常の中でできることばかりだった。
いや、普段しないファッションは例外か……?
目の前の信号が赤になり、僕らは横断歩道の前で立ち止まる。少し手持無沙汰になり、オレンジと青が入り混じる空を見ていた。
「ねえ、さっきは何度聞いても教えてくれなかったけどさ、何を考えてたの?」
「なんでもないよ」
「うっそだ~顔にかいてるよ。もしかして、旅行に行きたくなっちゃった?」
星川は真っ白な歯を見せ、自信満々な表情で僕に回答を求めてくる。
高校生のうちに本当にやりたいことを埋めていくには、旅行に行くというアイデアは良いと思うし、実際にやりたいとは思っている。だけど、これまでとはワケが違う。日常を飛び越えた世界に行くわけで、何が起きるのかさらに予想がつかなくなる。
なんてことを考えながら沈黙していても、彼女は目を輝かせて僕の返答を待ち続けていた。言うまで星川は決して諦めない、彼女はそういう人間だ。
「まぁ……正直いきたいなとは思ったよ」
「ふふっ、ようやく白状したね。でもそんなこと、隠さないでもいいのに」
「言ったら実行することになるだろ」
「へ~ふ~ん。さっき顔が赤かったのは、私との旅行で妄想が膨らんだからか、納得」
「勝手に納得するな」
「もう情報は上がってる。もう素直になろうよ、犯人さん」
ジト目で僕を見る星川はわざわざスマホのライトを点灯させ、こちらに向けてきた。
いつもの刑事ドラマの真似である。
「星川はそのくだり好きだよな」
「だって面白いんだもん。それで、実行、する?」
「僕でいいの? 旅行なら、桐野と行く方が楽しいんじゃないか」
「今さらだね~分かってるくせに」
星川はバッグからカードケースを取り出し、一枚のトランプを取り出した。
【星川2 ✈️】
「飛行機のカード……これって」
「ねえっ今当ててよ」
星川はトランプを僕に差し出す。その瞬間、信号が青に変わり、ピヨピヨと横断歩道の誘導音が流れ出した。
僕は一瞬ためらった。これを取ることは即ち、星川と旅行に行くことが確定となるのだから。
だが、ゲームに勝たない限り、僕の学校生活の平穏は保てない。それに、心の底から行ってみたい気持ちがふつふつと湧いてきて、体全身が温まる感覚があった。
何があるかは分からないが、きっと何とかなるだろう。そんな期待で胸が膨む。
自然と手はトランプに近付き、受け取ってから横断歩道を真っ直ぐ歩き始めた。
「星川は具体的に行きたい所はある?」
「ないよ、どっかには行きたい」
「不良的なことと関係する?」
「しないよ、私そんなに不良に憧れてないし」
取り敢えず聞いてみたが、今回は違う路線のようだ。
何だろう……旅行に行く目的と言えば、幾つかあるよな。
「行きたいところがないけど、どこかには行きたい。自分探しでもしたいの?」
「うーん遠からずそうかも」
まだポイントをつけていないようだ。それなら、まずは前提を疑ってみよう。
「場所はどこでもいいの? 例えば近場とか」
「それは味気ないな~というより多分無理だね」
「無理? 星川のしたいことは叶えられないと」
「そう」
不思議な回答だった。味気ないのは確か分かるが、無理……か。近場でも行った事がない場所はあるし、楽しむことはきっとできるだろう。場所以外にも条件があるかもしれない。
「そこに行って何がしたい?」
「好き勝手に遊びたい」
「あぁ……なるほど」
好き勝手にという言葉は彼女にとって大きな意味を持つ気がする。最初に彼女のトランプを当てた時も、部活には入れず、家に帰って家事をすることが多いと話していた。
星川は学校では優等生として生徒や先生に知られている。だからこそ、ここ最近の不良的なリストには驚かされていた。……とするなら、一つの方向性が見えてくる。
「わかった?」
「多分、自分を知らない人の所に行きたいんだと思って」
「おーどうでしょう」
「それ答えじゃん」
「バレた?」
「うん、誰も自分を知らない場所で好き勝手に遊びたい、これでいい?」
「さすが君だね。正解」
【星川2 私を知らない人しかいない場所に行って、好き勝手に遊びたい ✈️】
「早速どこにいくか作戦会議しよ」
「今日はさすがに帰らせて、喉が痛い」
「ふふ、私も~」
彼女は僕の少し前を歩き、左肩にかけているスクールバッグを弾ませていた。
そして七月中旬。セミの鳴き声以上に、教室はテストを終えた生徒の喜びの声で満ちている。僕もようやく緊張が解けた解放感で、気持ちは浮ついていた。目の前の彼女も同じ気持ちのようで、僕の方に体を向け、小声で話す。
「いつもの裏門で待ってるから」
帰りの会を終えた後、僕らは裏門近くの階段に座っていた。
「私と話せなくて寂しかったでしょ~」
「全く。勉強にも集中できた」
「うわー可愛くない」
「可愛くなくて結構。今日はテストでくたくただから、パッとやろう」
「私も今日は疲れたよー。でも、これは別腹。そう簡単には当てさせないよ」
星川はニシシと笑いながら、トランプを取り出す。
「君は次にどのカードを狙うの?」
「そうだな……」
僕は彼女が手に持つカードを一つずつ確認していく。ここ最近で当てたカードは大人買いや夜更かしなど、日常の中でやったことがないものが多かった。そこに関連しそうなものにすれば、幾分か当てやすいかもしれない。
そんなことを考えていると、一枚のカードが目に入った。
【星川4 💅】
マニキュアを塗っている絵文字だ。星川が普段関わっている人達の中には化粧を厚めにしている女子もいるが、星川は殆どしていない印象を受ける。日頃から家事をやっている話を以前聞いていた点も考えれば、オシャレしたいという願いがあっても不思議ではなかった。
「これにしよう」
「おっようやく上のリストを当ててくれんだね。待ってたよ~」
「そうなの?」
「うん! このリストは私が叶えたい順に置いてるんだから、楽しみなんだ」
そうだった。最初に当て合う段階では自分がやりたいことを見つけられてない引け目もあって、あまり上位のリストに触れるのは避けていた節がある。ちょっとだけ申し訳ない。
「なら、すぐに当てて実行できるよう善処するよ」
「いいね~来週には私と一緒にすごいことになってるはず。楽しみにしてるね」
星川が何を想像しているのか分からないが、歯を見せて笑う様子からは何か悪だくみをしているに違いない。得体のしれない緊張感が身体全身を伝う。
この時の僕は、まさかあんな格好になるとは思いもしなかった……。
数日後の休日、僕はとある古着屋の試着室で、普段だったら絶対着ない服装に身を包んでいた。鏡越しに見える一人の男は僕という要素はこれっぽっちも残っていない。
体にピッタリとフィットする白いTシャツに白ベルト、足元がダボっと広がるダメージジーンズに先のとがったとんがりブーツを履いている。
頭に目をやれば、ネットで急遽購入した金色でホストのような長髪のカツラと黒いサングラスを被っている。
こんな服装、普段だったら絶対にしない。まさに、僕が当てたカードを実行している。
【星川4 普段絶対しないファッションをしたい 💅】
ファッションの中でも星川はかなり派手なものを選択した。それに伴い、僕も同じように着飾らないといけないのは確定なわけで……最初、彼女は女装もするように求めてきたが、流石にそれはお断りした。まだ、今の服装の方がいい。
「はじめっち~そろそろ出てきなよ。私は準備ばっちしだからさ」
星川の声が聞こえてくる。僕のことを名前で呼んじゃう辺り、いつもよりテンションが高いようだ。
はぁ、これで外に出ないといけないのか、と思うと気が重い。
「出てこないと開けちゃうぞ~3、2、1」
あぁもう考えていても仕方ない。僕は勢いに身を任せてカーテンを開いた。
そこにいたのは……
「いぇーい!」
ダブルピースをしてくる金髪のギャルがいた。大き目のカールで巻かれたロングヘアにぱっちりとした目、瑞々しいピンク色の唇から始まり、白の透け感のあるオフショルダーの洋服に茶色のベルト付きのミニスカートジーンズ、白のルーズソックスに黒の厚底スニーカーと全身からギャル全開のファッションだった。
「すごいな……本当に星川なのか?」
「あったりまえじゃーん。さて、私を見て何か言うことがあるんじゃない?」
星川は両手の華やかな指も僕に見せて感想を求めてきた。うるうるネイルと呼ばれるそれは、白をベースとしてオーロラのような輝きを放っている。
「……似合ってる、びっくりするくらい」
「ふふ、ありがと。君も似合ってるじゃん。もう学校でもそれで行っちゃおうよ」
「流石に嫌だ、クラス中から騒がれるぞ」
「言えてる」
「二人共ばっちり似合ってるよ。俺の目に狂いはなかったな」
僕らの目の前に現れたのはいつも以上に派手にギャル男の格好をした檜山だった。今いる場所は檜山のバイト先の古着屋であり、僕らのためにコーディネートをしてくれて、場所も貸してくれている。勿論、裏読みトランプのことは伏せた上で。
「ありがとー檜山っち」
「良いってことよ、このお礼は水谷に払ってもらうから安心して」
「僕が?!」
「当たり前だ兄弟。それにどうして星川さんとお前がお近づきになっているのか、今も教えてもらってないんだぞ」
「僕らはただの……クラスメイトだ」
「はいダウト、二人の学校サボりを手助けしたこともあるんだぞ、こっちは。そんなわけないってのはよーく知ってる」
檜山にこれまでも助けてもらっていたのは事実だ。今でこそ詳細は知らないだろうが、いつ裏読みトランプのことを知られてもおかしくない。というか教えてもいいんじゃなかろうか。
そう思い、星川に視線で意見を問う。彼女は少し僕らを見渡した後、手招きで檜山に合図をし、近付いた彼の耳元で呟く。すると……
「なるほどな、水谷に目を付けるとは、星川センスあるじゃん。いつでも協力するぜ」
「大助かりだよ、檜山っち」
檜山と星川は何故か意気投合し、ハイタッチを交わす。おいおい、何が起きてるんだ、檜山は僕を生温かい目で見てくるし、星川は一体何を話したんだ?
僕の頭には疑問符が浮かんだ状態のまま、あれよあれよと話は進み、会計を済ませた。
「よしっ俺は仕事に戻るから、お前らはデート行ってこい、近くにゲーセンあるぞ」
「ホント?! プリクラとか撮って見たかったんだ。いこっはじめっち」
「えっ」
星川は僕の手を取り、外へ駆け出していく。心臓が勢いよく鼓動を鳴らし、体が熱を帯びていく中、心は晴れやかで楽しみな自分がいた。
周りの奇異なものを見る視線なんていざ知らず、ゲーセンでは二人でとにかく楽しみ尽くした。
プリクラではしゃぎ、ホラーゲームで叫び、UFOキャッチャーでギャルと一喜一憂する。
きっと、普段の自分達ではないからこそ、気兼ねなくいられたのかもしれない。
今日は終業式。体育館で校長先生によるながーいお話を乗り越え、教室でいまかいまかと夏休みのはじまりを待っていた。
担任が夏休みの注意事項をつらつらと話しているが、多くの人はまともには聞いていないだろう。かく言う僕も、窓の外の空でぽかぽかと浮かぶ雲を眺めていた。
「……まぁ色々と話したが、俺が言いたいのはただ一つ。やらかさないこと、それ以外は特に関知しないから好きに遊べ、以上」
担任が話を終えた直後にチャイムが鳴り、生徒は意気揚々と号令の挨拶を済ませ、周囲は一気に騒がしくなる。
僕も用事があるため、席を立とうとすると星川の席に桐野がやってくるのが目にする。飼い主を待っていた犬のようにルンルンの彼女は両手にバッグを持ち、帰る準備を万全にしていた。
「沙希~一緒にかーえろ」
「ごめーん、今日は用事があってさ」
「えー最近一緒に帰れないから楽しみにしてたのに、遊びにも行きたいしさ」
「夏休みにいっぱい遊ぼうよ、ね?」
「……わかった。約束だよ」
「うん」
桐野は普段の覇気を失い、悲しそうな表情を浮かべる。これで話が終わるかと思いきや、彼女は踏み込んできた。
「ちなみにさ、用事って何? 教えてよ」
「え?」
「親友の私に言えないこと?」
「それは……えっと……」
星川は珍しく言葉に詰まっている。桐野に対しては以前のように理由を言えば何とかなるとは思うが、何度も桐野の誘いを断っている以上、慎重になっているのかもしれない。
これからある予定は用事と言っても遊びなのだ。それも、やりたいことリストの一つを実行するためである。
【星川8 カラオケで百点を取りたい 💯】
テスト返却日に、何点取れたかの話題になり、その流れで当てることになったカードだった。百点と結びつくものを考えた際に、音楽の授業で彼女の歌が下手だったことを思い出し、その日のうちにカラオケまで辿り着いたのだ。
さて、星川はどうするか。最悪別の日に変えてしまっても僕はいいけど……。
「うーん、勝手に話をするのは相手に申し訳ないし」
「そんな大事なことなの?」
「なんていうか……ね」
彼女は桐野ではなく、僕に言っているように聞こえた。もしかしたら、僕がどう動くかで話を変えるのかもしれない。基本的に裏読みトランプのことを周囲に話さなければ問題はないはず。そう考えれば、一つ桐野も知っていることで言い訳が出来そうだ。
「桐野、僕が星川にお願いして時間を作ってもらっていたんだ」
「水谷が? なんで」
「以前、美術の授業の練習に付き合ってもらったからさ、それのお礼をしたいと思って」
「あぁ、あの時の絵ね」
「うん」
「それで、どこに行くの?」
「カラオケに行こうと思ってる。僕の奢りで」
「ほぅ私の愛奈と二人でカラオケ……ね?」
ギロリとした目で桐野は僕を見つめる。教室の冷房は心地良い温度設定なのに、途端に冷蔵庫並みの温度まで下がった気がした。
「それ、私も行ってもいい? お金は自分で払うし」
「……星川が良いのなら、いいけど」
僕は彼女に判断を仰ぐ。実行するのは二人だけである必要はないはず。
「うん、いいよ。でもいいのかな? 百点取れるまで帰さないけど」
「望むところ、むしろ愛奈の方が心配だよ」
星川はいつもの調子に戻り、桐野を煽る。やりたいことリストも裏でこなしながら、上手い形に着地しそうだ。一安心でほっと息を吐く。
「なになに~面白い話が聞こえてきたぞ。俺も混ぜてよ、水谷の奢りで」
「檜山?!」
かと思えば、檜山が僕の首に手をかけてくる。おい、話がややこしくなるって。
「どうしてあんたも来るのよ」
「いいじゃん、俺も水谷に貸しがあるんだよ、な?」
「あぁ……」
断れそうにない。思い返すだけで幾つも彼に貸しがあるのだ。
「檜山っちも大歓迎! お腹もすいたし早く行こう~」
僕は三人に連行され、カラオケ店に向かうことになった。
カラオケボックスにて二時間が経過。僕は注文したサイダーを飲みながらモニターの前ではしゃぐ星川の歌を聴いていた。右側のドアの手前には檜山がマラカスを器用に振っていて、左斜め奥には桐野が目を輝かせながら星川の歌に浸っている。皆元気だな……。
改めてこの状況は何だ……と僕は冷静に突っ込んでしまう。星川がやりたいと望む高校生のうちにやりたいことリスト、その当て合いをすることになり、現に当てたリストを実行中だ。
その結果として、クラスメイトとカラオケに来ているなんて、以前の自分からしたら想像もできないことだったと思うし、今も不思議な光景だなと感じるばかりだ。
「~♬ ふぅ歌い終わった。今回は百点いけるかな?」
「さっきより上手くなってるし、愛奈ワンチャンあるかも」
僕ら四人全員がモニターを見つめる。ドラムロールと共に点数がゆっくりと開示された。
――82点
「うそ~まだまだ遠いな」
「勝負曲を決めてからめっちゃ上手くなってる。次十回目の連ちゃんいったれ!」
「えっもうそんなに歌ってた? 喉休ませないと」
「次は私だね。もう次で決めるから」
「そろそろ水谷にも連続で歌ってもらわないとな、ほいっ選んで」
檜山からカラオケを選曲するためのデンモクを渡されてしまう。
「おっ君もついに歌う気になったんだ。私とやることは一緒なんだから、歌わないとずっと終わらないぞ~」
星川は僕の左隣の席に戻ってきて、机の上にマイクを置いた。それも僕の目の前に。
あまり曲を知らないがために避けていたが、もう逃げることはできないらしい。
まずは知っている曲を探すためにランキングや、十代で歌われている曲を見ていく。お店や町を歩いている時に聞いたことはあるが、歌える曲はそう見つからなかった。
それだけじゃなく、百点を取れそうな歌じゃないといけない。その点が更に選曲を難しくさせていた。スマホで調べるとバラードや定番の歌が良いらしいが……。
「星川はどんな曲が良いと思う?」
僕はデンモクを彼女も触れるように近づける。
「そうだね……君ならこれとか、この辺りじゃない?」
星川が選んだのは、どれもが恋愛系のバラードソングだった。確かにバラード系なら加点要素も出しやすいし、歌いやすい。
「OK、これにしてみるよ」
彼女にお礼を言って予約ボタンを押す。顔を上げれば桐野がカッコ良い声色で最後のフレーズを歌っていた。思えば、桐野の歌を聴いていると、圧倒されるようなイメージがある。曲の世界観も広くて、生徒会活動を頑張る彼女らしさを感じた。
――98点
「嘘でしょ、音程合ってるのに」
「桐野はあと加点だけだな。よしっ次は俺か。いっちょかましたる!」
檜山はテンションの上がる曲をバンバン入れている。僕らに煽りを入れながら、所々にアレンジも加えていて、聞いていて楽しい。
――93点
「あんたはもっと音程通り歌いなよ」
「アレンジした方が絶対楽しいって。機械は人の深みを知るべき」
「檜山っちと一緒にいたら楽しそうだよね」
「でしょ、次は星川の番」
「いぇーい、今回は気分転換に違うの歌いまーす」
星川は檜山からマイクを受け取り、歌い始める。彼女の選曲は明るいアップテンポなラブソングだ。どこまでも駆け抜けていくような彼女によく似合っている。だけど、音程が相変わらず抜けるし、歌い始めが早くてBGMとずれるし、ビブラートを下手にやると急にオペラ歌手みたいになるしで、ツッコミ所が多すぎる。僕は思わず笑ってしまう。
ふと過去に歌われてきた曲の履歴を見てみる。よく見ると、星川は恋愛ソングしか歌っていない。今回入れた曲だって、夏によく耳にするものだ。花火を彷彿とさせる歌で、疾走感のあるテンポと歌詞に挟まる切なさがマッチしている。
その時、僕の脳内にあるリストが浮かんできた。
【星川1 🎆】
打ち上げ花火の絵文字であり、数字が一番であるため、彼女が高校生のうちに最もやりたいことになる。星川はあのリストで何をしたいのだろうか、何を願っているのか……そんな疑問が頭をよぎる。
――79点
「えー低すぎない? 私、そんなに下手かな」
「愛奈は歌うのが早すぎ、BGMを追い越してる」
「ありゃ~歌ってると分からないんだよね。次は君の番だよ」
「え……あぁ、分かった」
僕は机にあるマイクを手に取り、モニターで音程を確認しながら慎重に歌っていく。確実にビブラートをかけられる部分には声を震わせる。ゆったりとした曲なのもあってか、檜山は足を鳴らし、桐野は左右に揺られ、星川は終始僕をしんみりと見つめていた。
――87点
「……意外、上手いのね。聞かせる歌だったと思う」
「やるじゃん水谷、まぁ俺の方が点数は高いけどな」
「君って、そんな優しい声を出せるんだね」
「そ、そう?」
「うん、いつもぶっきらぼうだから、びっくりしちゃった」
星川は微笑みながら、ぼくの足をちょこんと蹴った。
「なんだよ」
「もっと歌って、ほらほら」
彼女は眉間を寄せ、僕に仕返しするようにデンモクを押し付けると、何度も何度も「歌って」とせがんできた。
彼女の勢いと他二人のアシストが凄まじく、僕は再度マイクも手に取る。
裏読みトランプのルールもあり、百点を取らないと一生カラオケしていてもおかしくない。僕は意を決して、退室まで喉を振り絞った。
「はぁーあ、流石に一日じゃ無理だったか~」
「百点は誰でも難しいんだから。またいこ、愛奈。今度は二人で」
「もう~私のこと好きすぎるんだから」
星川はうりうりーと桐野の頭をわしゃわしゃする。桐野は嫌がるどころか嬉しそうにかがみ、全身で受け入れていた。
僕達はカラオケ店を出て帰り道を歩いている。星川と桐野が前を歩き、僕と檜山が後ろからついていく形だ。
時刻は十八時。高校生だからいようと思えば二十二時までいられるのだが、桐野が星川の安全を考えたら危ないと言って譲らなかった。
僕としても、これ以上滞在したら夜ご飯も奢る羽目になるため、正直助かっている。
「明日から夏休みかー水谷、俺と何する?」
「えっ夏休みも会うの?」
「ひどいな~カラオケも行った仲なのに。でも貸しを返してもらうために呼ぶかもな」
「はいはい」
「来年は大学受検だし、今のうちに旅行とか行きたいな」
「……沙希は真面目だね~」
旅行か、僕が高校に入ってからは一度も行ったことがなかった。行く気になんてとてもじゃないけどなれなかったから。
でも、今なら不思議と旅行も悪くないなと思い始めている。もし行くとしたらどこがいいだろうか……幾つか候補を考えていると、突然お腹全体に衝撃が走った。
何事かと思ったが、星川が僕のお腹にスクールバッグをぶつけてきていたようだ。
「どうした?」
「君ね~歩いている時によそ見したら危ないよ~」
「あぁ、すまん」
「それで、何を考えてたの?」
彼女は僕の思考を探るように、首を捻り、不思議そうに僕を見つめる。
「それは……あっ」
僕はある事実を思い出す。もしこれが高校生のうちにやりたいことリストに入るとしたら、星川と旅行に行かないといけないのでは……そんな予感が頭をよぎる。
「なになに~顔を赤くしてさ」
「いや、なんでもないよ」
「怪しいな~」
星川は僕の考えをいつまでも暴こうと質問をして離れなかった。
そんな彼女に対し、桐野は目隠しをして僕から引きはがそうとするが、ひょこひょこと頭を下げて星川は回避する。檜山はそれに茶々を入れて桐野を怒らせた。そんな面白おかしいやり取りが続きながら帰るのがどこか微笑ましく思えてしまった。
いつの間にか僕達の帰り道は二手に分かれる。僕と星川、檜山と桐野だ。
桐野は夜がとっても危ないと僕らについていこうとするが、星川は丁重に断る。
「沙希も女の子なんだから、ね。私も一人で帰らせたら申し訳ないしさ。だから、檜山っち頼んだ!」
「おうよ。帰るぞ、沙希っち」
「沙希っち言うな! 水谷、愛奈に何かあったらぶっ飛ばすから、覚悟しなよ」
桐野は僕の目の前で拳を突き上げて見せる。本気でやりかねない気迫を感じた。
「わ、わかったよ」
「沙希、檜山っち、じゃあね~」
桐野は僕を一瞥した後、星川には優しい視線を送り、手を振って檜山と歩いて行った。
「行っちゃったね。私達もいこっか」
「うん」
僕らは夕焼け空を観ながら、ゆったりと帰り道を歩く。思えば僕と彼女が制服で帰るのは殆どない。とても新鮮で、いつも一緒にいるのに謎の緊張が身体を伝う。
「まさか四人でカラオケをするなんてね、夢にも思わなかった」
「そうだな、今までは二人でやってたし」
「こういうのも悪くないでしょ」
「まぁ、偶にはね」
「カラオケは実行したけど、百点は無理だったのは残念。また、行こうね」
また……か。夏休みに集まってクラスメイトとカラオケに行くなんて、今まではなかったけれど、悪くない。すごく高校生らしくていいなと思った。
「そうだな、青春って感じがする」
「ふふ、君らしくない言葉が聞こえてきた」
「別にいいだろ」
青春なんて、物語の中だけで使われる言葉だと思っていた。でも、案外身近な所に転がっているらしい。
星川のこれまでに当てたリストを振り返ってみれば、制服を着て遊んだり、学校をサボったり、夜更かしをしたり、カラオケをしたりと、日常の中でできることばかりだった。
いや、普段しないファッションは例外か……?
目の前の信号が赤になり、僕らは横断歩道の前で立ち止まる。少し手持無沙汰になり、オレンジと青が入り混じる空を見ていた。
「ねえ、さっきは何度聞いても教えてくれなかったけどさ、何を考えてたの?」
「なんでもないよ」
「うっそだ~顔にかいてるよ。もしかして、旅行に行きたくなっちゃった?」
星川は真っ白な歯を見せ、自信満々な表情で僕に回答を求めてくる。
高校生のうちに本当にやりたいことを埋めていくには、旅行に行くというアイデアは良いと思うし、実際にやりたいとは思っている。だけど、これまでとはワケが違う。日常を飛び越えた世界に行くわけで、何が起きるのかさらに予想がつかなくなる。
なんてことを考えながら沈黙していても、彼女は目を輝かせて僕の返答を待ち続けていた。言うまで星川は決して諦めない、彼女はそういう人間だ。
「まぁ……正直いきたいなとは思ったよ」
「ふふっ、ようやく白状したね。でもそんなこと、隠さないでもいいのに」
「言ったら実行することになるだろ」
「へ~ふ~ん。さっき顔が赤かったのは、私との旅行で妄想が膨らんだからか、納得」
「勝手に納得するな」
「もう情報は上がってる。もう素直になろうよ、犯人さん」
ジト目で僕を見る星川はわざわざスマホのライトを点灯させ、こちらに向けてきた。
いつもの刑事ドラマの真似である。
「星川はそのくだり好きだよな」
「だって面白いんだもん。それで、実行、する?」
「僕でいいの? 旅行なら、桐野と行く方が楽しいんじゃないか」
「今さらだね~分かってるくせに」
星川はバッグからカードケースを取り出し、一枚のトランプを取り出した。
【星川2 ✈️】
「飛行機のカード……これって」
「ねえっ今当ててよ」
星川はトランプを僕に差し出す。その瞬間、信号が青に変わり、ピヨピヨと横断歩道の誘導音が流れ出した。
僕は一瞬ためらった。これを取ることは即ち、星川と旅行に行くことが確定となるのだから。
だが、ゲームに勝たない限り、僕の学校生活の平穏は保てない。それに、心の底から行ってみたい気持ちがふつふつと湧いてきて、体全身が温まる感覚があった。
何があるかは分からないが、きっと何とかなるだろう。そんな期待で胸が膨む。
自然と手はトランプに近付き、受け取ってから横断歩道を真っ直ぐ歩き始めた。
「星川は具体的に行きたい所はある?」
「ないよ、どっかには行きたい」
「不良的なことと関係する?」
「しないよ、私そんなに不良に憧れてないし」
取り敢えず聞いてみたが、今回は違う路線のようだ。
何だろう……旅行に行く目的と言えば、幾つかあるよな。
「行きたいところがないけど、どこかには行きたい。自分探しでもしたいの?」
「うーん遠からずそうかも」
まだポイントをつけていないようだ。それなら、まずは前提を疑ってみよう。
「場所はどこでもいいの? 例えば近場とか」
「それは味気ないな~というより多分無理だね」
「無理? 星川のしたいことは叶えられないと」
「そう」
不思議な回答だった。味気ないのは確か分かるが、無理……か。近場でも行った事がない場所はあるし、楽しむことはきっとできるだろう。場所以外にも条件があるかもしれない。
「そこに行って何がしたい?」
「好き勝手に遊びたい」
「あぁ……なるほど」
好き勝手にという言葉は彼女にとって大きな意味を持つ気がする。最初に彼女のトランプを当てた時も、部活には入れず、家に帰って家事をすることが多いと話していた。
星川は学校では優等生として生徒や先生に知られている。だからこそ、ここ最近の不良的なリストには驚かされていた。……とするなら、一つの方向性が見えてくる。
「わかった?」
「多分、自分を知らない人の所に行きたいんだと思って」
「おーどうでしょう」
「それ答えじゃん」
「バレた?」
「うん、誰も自分を知らない場所で好き勝手に遊びたい、これでいい?」
「さすが君だね。正解」
【星川2 私を知らない人しかいない場所に行って、好き勝手に遊びたい ✈️】
「早速どこにいくか作戦会議しよ」
「今日はさすがに帰らせて、喉が痛い」
「ふふ、私も~」
彼女は僕の少し前を歩き、左肩にかけているスクールバッグを弾ませていた。

