真っ白なトランプと、強がりな君との答え合わせ

 七月に入り、期末テストが脳裏にちらつき始めた金曜日の夜、僕は机の上に大量のお菓子を置き、スマホの画面をじっと眺めていた。勉強もしないで何をやっているんだ? とも思ってしまうが、既に決定してしまったことなので仕方ない。
 窓越しの夜空に光る三日月を眺めていると、プルルルーっと着信音が鳴った。僕は初めての女子との電話に息を呑みながら、応答ボタンをそっと押す。
「もしもーし、水谷はじめ君はご在宅でしょうか? 同じクラスの星川愛奈です」
「……ご在宅です。というかアプリ通話なんだから僕しか出ないのわかってるよね?」
「ふふっ勉強の合間に読んだ本でこのくだりがあって、一度やってみたかったんだ~」
 彼女の顔は見えないが、上機嫌に体を揺らしているのが容易にイメージできる。
「はいはい。一応確認だけど、本当にやるの?」
「もちろん、勉強なんて放り投げてやるよ。君も最後まで付き合ってよね。だって……」
 スマホの上部に通知がきた。タップすると、星川から一枚の写真が送られている。
 そこには煎餅にチョコ、ドロップアメ、ミニドーナツ等、沢山のお菓子が机に置かれており、中央には、二枚のカードがコーラのペットボトルに立てかけられている。
 右側は、【星川9 🧰】
 左側は、【星川10 🌙】だ。
「君が今週中に二枚も当てたんだもん。それもチョー相性がいいやつ。一緒にやるしかないでしょ?」
「いやいや、相性は最悪だろ。期末テストが迫ってるのに」
「迫ってるからこそ良いんだよ~勉強もせずにお菓子を爆食いし、それも夜更かしもしちゃう、悪魔的だね」
 本当にそう。なぜ僕は隣り合う二つを選び当ててしまったのか……。
 
【星川9 大人買いをしたい 🧰】
【星川10 夜更かしをしてみたい 🌙】

 僕は一週間に二つの札を当ててしまった。夜更かしの方は比較的簡単で、月から連想されたのは夜。彼女の直近のトランプにはサボりが書いてあったので不良的な発想で話を進めたら、一発で当ててしまったのだ。
「夜更かしなんてしたことなかったのか?」
「ないない、私、優等生ですから」
 眼鏡をクイッとしているキャラのスタンプが送られてくる。
「つい最近で授業をサボった人がよく言うね」
「共犯者の君に言われても痛くもかゆくもありません」
 僕は犯人を追い詰める探偵のスタンプで応えるが、肩を組む二人組のスタンプを返されてしまった。
「それに、分別はついているのです。華の金曜日を選んだのがその証拠」
「僕らは未成年だよ。それに土曜日は午前授業あるけどね」
「ノンノン、そこも織り込み済。明日は自習と体育、音楽で歌の練習と授業なんてあってないようなもの。すべて計画通り」
 ニヤリとしたペンギンのスタンプが送られてきた。よく即座に出せるなと笑いつつ感心する。
なんにせよ、自習中は寝て、体育と音楽で体に刺激を与えることが出来て悪くないスケジュールだった。だからこそ許したんだけど。
「夜騒いでて親には怒られないの?」
「大丈夫、うちの親は土日休みで金曜は爆睡だからね。ちょっと騒いでも起きたことないよ」
「うん? それを知っているということは……起きていたことが」
「おっと、これ以上の深掘りは良くない。たまたま目が冴えちゃった日があるだけ」
 僕の声を遮るように、彼女が声を被せ、しーっとする猫のスタンプを送ってきた。なんだ、星川も裏ではやることやってるじゃないか。
「はいはい」
「でも夜更かしにお菓子もセットとは思わなかったよ。君が鞄の絵文字から数日で当てちゃうとはね」
「僕も意外だった」
最初に鞄の絵文字から連想されたのは、旅行や通勤の鞄だったから。
 とはいえ、それですぐに当て切ることは難しい。発想を変えてみたのが功を奏したのをよく覚えている。あれは、水曜日の放課後、いつもの裏門で話している時だった。
『星川、このトランプの鞄は何に使うの?』
『もちろん、モノを入れるためだよ、当たり前のことを聞くなんて、変なの』
『前提を疑うことにしたんだ。ロジカルシンキングってやつ』
『うわーなんか頭良さそう。それで当たるのかなー』
『物は試しだ。星川はそのリストを実行するために鞄の大きさはどれくらいなの?』
『ふふ、こーんなにいっぱい!』
 あの時の星川は手を大きく広げ、体全身で鞄の大きさを表現していた。
『そんなにいっぱい持てるわけないだろ』
『半分冗談だけどさ、それ位の大きさになるかもよ』
『決まっているわけではない……とすると、これから買うのか?』
『おーどうだろうね』
『別に隠さなくても、それが答えじゃん』
『ひゅーひゅー』
『もしかして口笛しようとしてる? 下手すぎない?』
『ち、違うもん』
 そう言って星川は僕の肩をグーで叩いてきた。あの時はけっこう痛かったな……。
 だが、トランプの答えに近付いていることが明白となり、話はとんとん拍子に進んだ。
買い物に関連して大きくなる可能性を秘めている、というヒントまで来たら、大人買いに辿り着くのは必然だった。そして、お菓子の大人買いの実行を決め、駄菓子屋で買って今に至る、という流れだ。彼女は会計で千円を出した時、しっかりドヤ顔を決めていたのは記憶に新しい。
「僕は日々成長しているからね」
「うん、君の精度はめちゃくちゃ上がってる。私もびっくりだよ。まだ一か月近くしか経ってないのにね。そろそろ、自分のやりたいことを見つける方にも進展があるといいな~」
「……精進します」
 僕は【水谷4 🎩】以降、一枚も作れずにいた。彼女はその札をすぐに当てることはせず、僕のやりたいことを一緒に探そうと色々話をしてくれている。
 まぁ……そんなすぐに思いついたら苦労はしない。幼稚園の頃から何かに打ち込んでいたわけでもなく、ハマるものがあったわけでもない。
 部活もせず、何となく日々を過ごしているだけの一般人だ。家でポテトチップス食べ、ソーダを飲みながら勉強するだけの、平凡な高校生。
「逆にどうやって星川は沢山思いつくんだよ」
「う~ん、私はねことあるごとにやりたかったものをメモに残しているの。その名もやりたいこと貯金!」
 チャット画面には、ドーンという効果音や集中線と一緒にピンクのブタの貯金箱の写真が貼られていた。
「このブタちゃんにね、メモを入れてたの」
「メモ入れなら貯金箱じゃないじゃん」
「お金はちゃんと入れてたから貯金箱でーす。今は壊しちゃったんだけど、五百円玉が沢山入ってたんだから。十万ちょいもあったのは私の自慢なんだ」
「それはすごいな、素直に尊敬する。でもなんで壊したんだよ」
コップが置かれる音と共に、すぐさま星川の声が聞こえてくる。
「教えなーい」
「なんだよ。いつもなら言うだろ、星川は」
「あれれ、もしかして私のこと、もっと知りたいかな?」
「いや、別にそういう意味じゃ」
「ははは、君はからかっている時が一番面白い」
 おい、と突っ込みを入れながら、僕はぼりぼりと煎餅を口に入れる。甘塩っぱい味を噛みしめながら、時計を見る。気付けば十二時を超えていた。
「もう土曜日なんだな」
「そうだね、はわぁーあ」
 星川は大きくあくびをする。普段は寝ている時間だけあって、体は睡眠を欲しているようだ。
「眠かったら寝てもいいんだぞ」
「優しいこと言って、本当は君が眠いんじゃない?」
「僕は眠くないよ、コーヒー飲んでるし」
「ふーん、やるね。そろそろ喋るだけじゃなくて、何かしようよ」
 通知に某有名ひっぱりゲームの招待URLが送られてきた。
「いいよ、とことんやりこもう」
 僕はアプリをインストールして、星川とマルチプレイでゲームを始めた。

 時刻は四時を回り、少しずつ外から光が差し込み始めた。机の上はお菓子のゴミと飲み終えたペットボトルが散乱している。
眠気と疲れで今にもベッドに入りたい気持ちを抑えながら、スマホの画面に視線を合わせる。
僕らは育成したキャラと共に、あるボス戦に挑んでいた。
相手の体力は残り僅かで、戦闘BGMも疾走感がある。そして、僕にターンが回ってきた。
「あと一ターン、ここでミスったら即死。君が決めて」
「よしっいくぞ……」
 タイミングを窺いながら、敵の弱点に狙いを定める。いけっ!
 攻撃を仕掛け、ボスにダメージが入る。ゲージは0になり、ファンファーレが鳴り響く。
「やった!」
「よーっし! クリア!」
 眠気は一瞬で吹き飛び、勝利の余韻が体中を駆け巡った。
 僕らは互いの健闘を称え合った後、ゲーム画面を閉じる。
「ちょっと休憩にしよ~学校に行く準備も始めたいし」
「了解」
 一時間それぞれ休みを取ることにして、通話を終える。気持ちの高揚は続いていたが、思考は冷静に学校の準備を始めた。
浴室に入り、シャワーを浴びている中で、夜更かしが思った以上に楽しかった記憶が蘇る。生活での効率を考えれば、良いとは到底言えないが、悪くないかもと思う自分がいた。
「やっていることはアホだったけど、面白かった」
 シャワーから上がり、ドライヤーで髪を乾かす。鏡を見ると、目の下にクマがあるが、自然と笑みを浮かべる自分がいた。