帝の犬の契約嫁による健康管理帖~紫鬼編~

 
 丑三つ時に矢守秋人送りだしてから、下腹部に微かな鈍痛があった。
 私は暦を思い浮かべながら、月のものが来たことを察した。
 お腹をさすりながら横になったものの、痛みは増すばかりだった。

「いったぁ」

 今まで月のものの痛みがこんなにひどいことはなかった。
 夜が明けて家事を行い、一息つこうとした頃合いにふっと意識が途切れて身体が傾いていった。
 糸が切れた感覚だった。
 以前、なずなが貧血で倒れた時に糸が切れたみたいに意識がなくなったという話を思い出した。
 
 私には無縁だと思っていたのに、最近色々あったせいかなぁ。


 目が覚めたのは夕方だった。
 居間で意識が途絶えたのに、目が覚めたのは自室の布団の上だった。

「はて……?」

 腕を組んで天井の板目を眺めていた。

「ん?」

 私はどうして自室で寝てるんだろう。

「ん……?」

 額にひりひりとした痛みがあり、手で触ると包帯が巻かれていた。
 きつくビシッとしっかり巻かれた包帯に、矢守秋人の顔を思い浮かべていた。
 すると、まもなく本人が現れた。

「戻ったら、額から血を流した死体が居間に転がっていた」
「死体……」

 それは間違いなく私のことだろうな。

「旦那様が部屋まで運んでくださったんですか。ありがとうございます。お手数をお掛け、しました……」

 矢守秋人は私への心配の言葉を並べることはなかった。
 ムッとした表情のをしたまま私の傍らにどかっと腰を下ろしただけだった。
 彼の様子にいろいろと察してしまう。
 身体が重かっただの、人の事にかまけ、己の体調管理うんぬん嫌味の一つや二つ、いや十、二十言われることを覚悟した。

「君は……何者なんだ」
「何者……?」

 矢守秋人は私の頬の横に手をついて、見降ろしてきた。
 癖のない前髪が重力に従い垂れ、揺れていた。
そして、私はようやく彼が眼鏡をしていないことに気付いた。

「あ……」

 矢守秋人の瞳が緑色だったことをはじめて知った。
 緑色が炎のような揺らめく虹彩をどこかで見たことがある。

「同じ……」

 それは、色は違えど夜会で遭遇した紫鬼と同じ瞳だった。

「旦那様は……色鬼、なのですか」 

 点と線が繋がる感覚にぼそっと呟いた。

「だったら、なんだ」
「……」

 何も言えなかった。言葉が出てこなかった。
 部屋を出ていく矢守秋人の白いシャツの袖口が赤く血に染まっているのが見えて、その背中を追いかけたくなった。
 慌てて押さえてくれたのかな。 
 着替える余裕すらなかったのかな。
 しかし、身体は動かず、額の包帯を触るくらいしかできなかった。