日本で同性婚法が可決されたのは、私たちが同棲と関係の公表に踏み切ってから、さらに数年が経った頃のことだった。
ニュースが流れたその日、日本中が歓喜に沸く中、我が家のリビングでは――案の定、一人の男が号泣していた。
「千秋ぃ……っ、やっと、やっとだよ……! 俺たち、本当の家族になれるんだね……!」
「はいはい、分かったから鼻水を拭け。国宝級の顔が台無しだぞ」
相変わらず大型犬のように私にしがみついて泣く駿に、私は苦笑しながらも、そっとその背中を撫でた。
公表してからの数年間、駿は変わらずトップ俳優として走り続け、私は彼の陰の支えとして共に歩んできた。世間からは「おしどり同性カップル」なんて呼ばれていたけれど、法律上の保障は何もない状態だったのだ。それがついに、夫婦になれる。
「よし、千秋! 明日の朝一番で区役所に婚姻届を出しに行こう!」
「待て。明日のお前は朝から新作映画のクランクインだろ。初日から遅刻してどうする」
「じゃあ、深夜0時になった瞬間に夜間受付に――」
「パパラッチの餌食になりに行くような真似はやめろ。週末に大人しく行くぞ」
そして迎えた土曜日。
私たちは、しっかりと変装をして都内の区役所を訪れた。
手にあるのは、駿が「一生の記念だから」と特注した、お洒落なデザインの婚姻届だ。証人欄には、あの強面の事務所社長と、今や完全に私たちの保護者と化したマネージャーの鬼頭さんのサインが並んでいる。
窓口で書類を提出し、不備がないか確認されるまでの数分間、駿は私の手をテーブルの下で信じられないくらいの力で握りしめていた。
「……駿、痛い」
「ごめん。でも、なんか……オーディションの結果発表より緊張して、手が震えちゃって」
見れば、駿の綺麗な額にうっすらと汗が浮かんでいる。
世間をあれだけ魅了してきた大俳優が、ただの『水沢千秋の夫』になるためだけに、ここまで必死になっている。その姿がたまらなく愛おしかった。
「――はい、水沢さん、佐野さん。書類に不備はありませんので、これで受理となります。おめでとうございます」
職員さんの優しい笑顔と言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
区役所を出て、初夏の心地よい風が吹く青空の下へ出た瞬間、駿はマスク越しにふにゃりと締まりのない笑みを浮かべた。
「千秋。いや、今日からは佐野千秋だね」
「私は仕事の都合もあるから名字は変えないって言っただろ。……でも、まぁ。よろしくな、旦那さん」
私が少し照れくさそうに言うと、駿は嬉しさを爆発させるように、人目を盗んで私の額に軽くキスをした。
その日の夜、駿の公式SNSで一枚の写真がアップされた。
それは、二人の薬指に光るシンプルなプラチナの結婚指輪と、受理された婚姻届の端っこが写った写真。
『本日、かねてより共に歩んできたパートナーと入籍いたしました。
法的な家族となれた喜びを噛み締めつつ、これからも互いを支え合い、表現者としてより一層精進してまいります。 ――佐野駿』
投稿からわずか数分で、お祝いのコメントが何万件も寄せられた。
「ついにこの日が来た!」「おめでとうございます!」「末永くお幸せに!」という温かい言葉が画面を埋め尽くしていく。
「よかったなぁ、駿」
画面を見つめる私に、駿は後ろからそっと抱きつき、私の肩に顎を乗せた。
「うん。でもね千秋、結婚したからって、俺の愛はこれ以上増えないよ?」
「は? なんだよ急に」
「だって、最初からマックスで千秋のことが大好きだから、これ以上増えようがないもん」
「……恥ずかしげもなくそういうセリフを吐くな」
呆れる私を、駿は満足そうに笑って、そのままソファへ押し倒した。
「これからは『夫』としての権利をフル活用して、毎日千秋を甘やかすからね。あ、まずは今夜のディナー、俺がまたオムライス作るよ!」
「キッチンが汚れるからマジでやめろ! 今日は外食にするぞ!」
法律が変わっても、私たちが本物の夫婦になっても、この騒がしくて愛おしい日常は変わらない。
テレビの中の国宝級イケメンは、今日も、そしてこれからも一生、我が家のリビングで私だけの愛する「夫」として輝き続けるのだった。
(『国宝級イケメンは、鍵を返してくれない』・グランドフィナーレ・完結)
ニュースが流れたその日、日本中が歓喜に沸く中、我が家のリビングでは――案の定、一人の男が号泣していた。
「千秋ぃ……っ、やっと、やっとだよ……! 俺たち、本当の家族になれるんだね……!」
「はいはい、分かったから鼻水を拭け。国宝級の顔が台無しだぞ」
相変わらず大型犬のように私にしがみついて泣く駿に、私は苦笑しながらも、そっとその背中を撫でた。
公表してからの数年間、駿は変わらずトップ俳優として走り続け、私は彼の陰の支えとして共に歩んできた。世間からは「おしどり同性カップル」なんて呼ばれていたけれど、法律上の保障は何もない状態だったのだ。それがついに、夫婦になれる。
「よし、千秋! 明日の朝一番で区役所に婚姻届を出しに行こう!」
「待て。明日のお前は朝から新作映画のクランクインだろ。初日から遅刻してどうする」
「じゃあ、深夜0時になった瞬間に夜間受付に――」
「パパラッチの餌食になりに行くような真似はやめろ。週末に大人しく行くぞ」
そして迎えた土曜日。
私たちは、しっかりと変装をして都内の区役所を訪れた。
手にあるのは、駿が「一生の記念だから」と特注した、お洒落なデザインの婚姻届だ。証人欄には、あの強面の事務所社長と、今や完全に私たちの保護者と化したマネージャーの鬼頭さんのサインが並んでいる。
窓口で書類を提出し、不備がないか確認されるまでの数分間、駿は私の手をテーブルの下で信じられないくらいの力で握りしめていた。
「……駿、痛い」
「ごめん。でも、なんか……オーディションの結果発表より緊張して、手が震えちゃって」
見れば、駿の綺麗な額にうっすらと汗が浮かんでいる。
世間をあれだけ魅了してきた大俳優が、ただの『水沢千秋の夫』になるためだけに、ここまで必死になっている。その姿がたまらなく愛おしかった。
「――はい、水沢さん、佐野さん。書類に不備はありませんので、これで受理となります。おめでとうございます」
職員さんの優しい笑顔と言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
区役所を出て、初夏の心地よい風が吹く青空の下へ出た瞬間、駿はマスク越しにふにゃりと締まりのない笑みを浮かべた。
「千秋。いや、今日からは佐野千秋だね」
「私は仕事の都合もあるから名字は変えないって言っただろ。……でも、まぁ。よろしくな、旦那さん」
私が少し照れくさそうに言うと、駿は嬉しさを爆発させるように、人目を盗んで私の額に軽くキスをした。
その日の夜、駿の公式SNSで一枚の写真がアップされた。
それは、二人の薬指に光るシンプルなプラチナの結婚指輪と、受理された婚姻届の端っこが写った写真。
『本日、かねてより共に歩んできたパートナーと入籍いたしました。
法的な家族となれた喜びを噛み締めつつ、これからも互いを支え合い、表現者としてより一層精進してまいります。 ――佐野駿』
投稿からわずか数分で、お祝いのコメントが何万件も寄せられた。
「ついにこの日が来た!」「おめでとうございます!」「末永くお幸せに!」という温かい言葉が画面を埋め尽くしていく。
「よかったなぁ、駿」
画面を見つめる私に、駿は後ろからそっと抱きつき、私の肩に顎を乗せた。
「うん。でもね千秋、結婚したからって、俺の愛はこれ以上増えないよ?」
「は? なんだよ急に」
「だって、最初からマックスで千秋のことが大好きだから、これ以上増えようがないもん」
「……恥ずかしげもなくそういうセリフを吐くな」
呆れる私を、駿は満足そうに笑って、そのままソファへ押し倒した。
「これからは『夫』としての権利をフル活用して、毎日千秋を甘やかすからね。あ、まずは今夜のディナー、俺がまたオムライス作るよ!」
「キッチンが汚れるからマジでやめろ! 今日は外食にするぞ!」
法律が変わっても、私たちが本物の夫婦になっても、この騒がしくて愛おしい日常は変わらない。
テレビの中の国宝級イケメンは、今日も、そしてこれからも一生、我が家のリビングで私だけの愛する「夫」として輝き続けるのだった。
(『国宝級イケメンは、鍵を返してくれない』・グランドフィナーレ・完結)
