映画が大ヒットし、数々の賞を総なめにした駿は、今や名実ともに日本を代表するトップ俳優になっていた。
当然、スケジュールは分刻みで超多忙。……なのだが。
「千秋! 今週は奇跡的に丸二日オフが取れたから、俺が完璧な『おうちデート』をプロデュースするよ!」
土曜日の朝。我が家のアパートにやってきた駿は、やけにハイテンションだった。
いつもなら部屋に入るなり私に抱きついてくる猛犬なのだが、今日はお洒落なエプロンを自参し、鼻歌交じりでキッチンに立っている。
「プロデュースって、お前何する気だ?」
パソコンの画面から目を離し、私が怪訝そうに尋ねると、駿はビシッと指を指してきた。
「千秋はいつも俺のためにご飯を作ってくれるでしょ? だから今日は、俺が最高の手料理を千秋に振る舞うの。題して『スパダリ計画』!」
「嫌な予感しかしないんだが……」
駿は料理をほとんどしない。高校時代、家庭科の調理実習で野菜を切ろうとして、危なっかしすぎて先生に包丁を取り上げられた前科がある。
「大丈夫! 最新の最高級調理家電を買ってきたし、YouTubeのプロ用レシピ動画を3回見たから完璧!」
「調理家電を買う前に包丁の握り方を学べ」
不安的中である。
キッチンからは数分ごとに「うわっ!」「あ、これどうやるの!?」「千秋ー! 火加減って強火の強ってどれ!?」と大騒ぎする声が聞こえてくる。結局、私は仕事の手を止め、キッチンの後ろから見守る羽目になった。
「ほら駿、包丁を持つ手が猫の手になってない。指落とすぞ」
「えっ、こう? うわ、千秋が後ろにいると緊張して手元が狂う……顔が近い……」
「お前が言うな! ほら、炒める!」
なんだかんだで二時間後。
キッチンは大惨事(小麦粉が飛び散り、なぜか駿の頬にトマトソースがついている)になったが、テーブルの上には奇跡的に美味しそうなオムライスが二皿並んでいた。
「できた……! 俺の愛の結晶……!」
達成感でいっぱいの顔をしている駿の頬を、私はティッシュで拭ってやった。
「ソースついてるぞ。……じゃあ、いただきます」
スプーンで卵をすくい、口に運ぶ。
「……ん」
「どう!? 美味しい!? ぶっちゃけていいよ!?」
犬のように目を輝かせて身を乗り出してくる駿に、私はふっと笑った。
「ちょっと味が濃いけど、卵はふわふわだし……美味いよ。よく頑張ったな」
「千秋……っ!」
駿は感激のあまり、テーブルを乗り越えて私をギュッと抱きしめてきた。
「よかったあ……! 朝からすっごい緊張してたんだよ。映画の初日舞台挨拶より緊張した」
「大袈裟だな。ほら、冷めるから座って食べろ」
二人で並んでオムライスを食べる。世間が憧れるトップ俳優が、狭いアパートのテーブルで、不格好だけど一生懸命作った料理を嬉しそうに食べている。その姿が愛おしくてたまらない。
夕食の後、二人でソファに並んで座り、駿が主演した映画のブルーレイを観ることになった。
画面の中の駿は冷徹な復讐者を完璧に演じているが、現実の駿は私の肩に頭を乗せ、私の手を恋人繋ぎでぎゅっと握りしめている。
「……ねえ千秋」
「ん?」
「俺、これからもどんどん忙しくなると思うし、色んな役をやると思う」
駿は画面を見つめたまま、少し低い、真面目な声で言った。
「でも、俺が帰る場所はここだけだから。どれだけ遠い場所に行っても、千秋のところにしか帰ってこないから」
「……知ってるよ」
私は繋いだ手に少し力を込めた。
「お前が帰ってこなかったら、即座に鍵を取り替えて引っ越すからな」
「それは絶対に阻止する!! 明日アパートの管理会社買い取ろうかな」
「職権乱用の規模を大きくするな!」
クスッと笑い合う私たちの影が、テレビの光に照らされてリビングに重なる。
売れっ子俳優の恋人を持つのは相変わらず胃が痛いけれど、エンドロールのその先も、私たちの騒がしくて甘い日常は、どこまでも続いていく。
(アフターストーリー・終わり)
当然、スケジュールは分刻みで超多忙。……なのだが。
「千秋! 今週は奇跡的に丸二日オフが取れたから、俺が完璧な『おうちデート』をプロデュースするよ!」
土曜日の朝。我が家のアパートにやってきた駿は、やけにハイテンションだった。
いつもなら部屋に入るなり私に抱きついてくる猛犬なのだが、今日はお洒落なエプロンを自参し、鼻歌交じりでキッチンに立っている。
「プロデュースって、お前何する気だ?」
パソコンの画面から目を離し、私が怪訝そうに尋ねると、駿はビシッと指を指してきた。
「千秋はいつも俺のためにご飯を作ってくれるでしょ? だから今日は、俺が最高の手料理を千秋に振る舞うの。題して『スパダリ計画』!」
「嫌な予感しかしないんだが……」
駿は料理をほとんどしない。高校時代、家庭科の調理実習で野菜を切ろうとして、危なっかしすぎて先生に包丁を取り上げられた前科がある。
「大丈夫! 最新の最高級調理家電を買ってきたし、YouTubeのプロ用レシピ動画を3回見たから完璧!」
「調理家電を買う前に包丁の握り方を学べ」
不安的中である。
キッチンからは数分ごとに「うわっ!」「あ、これどうやるの!?」「千秋ー! 火加減って強火の強ってどれ!?」と大騒ぎする声が聞こえてくる。結局、私は仕事の手を止め、キッチンの後ろから見守る羽目になった。
「ほら駿、包丁を持つ手が猫の手になってない。指落とすぞ」
「えっ、こう? うわ、千秋が後ろにいると緊張して手元が狂う……顔が近い……」
「お前が言うな! ほら、炒める!」
なんだかんだで二時間後。
キッチンは大惨事(小麦粉が飛び散り、なぜか駿の頬にトマトソースがついている)になったが、テーブルの上には奇跡的に美味しそうなオムライスが二皿並んでいた。
「できた……! 俺の愛の結晶……!」
達成感でいっぱいの顔をしている駿の頬を、私はティッシュで拭ってやった。
「ソースついてるぞ。……じゃあ、いただきます」
スプーンで卵をすくい、口に運ぶ。
「……ん」
「どう!? 美味しい!? ぶっちゃけていいよ!?」
犬のように目を輝かせて身を乗り出してくる駿に、私はふっと笑った。
「ちょっと味が濃いけど、卵はふわふわだし……美味いよ。よく頑張ったな」
「千秋……っ!」
駿は感激のあまり、テーブルを乗り越えて私をギュッと抱きしめてきた。
「よかったあ……! 朝からすっごい緊張してたんだよ。映画の初日舞台挨拶より緊張した」
「大袈裟だな。ほら、冷めるから座って食べろ」
二人で並んでオムライスを食べる。世間が憧れるトップ俳優が、狭いアパートのテーブルで、不格好だけど一生懸命作った料理を嬉しそうに食べている。その姿が愛おしくてたまらない。
夕食の後、二人でソファに並んで座り、駿が主演した映画のブルーレイを観ることになった。
画面の中の駿は冷徹な復讐者を完璧に演じているが、現実の駿は私の肩に頭を乗せ、私の手を恋人繋ぎでぎゅっと握りしめている。
「……ねえ千秋」
「ん?」
「俺、これからもどんどん忙しくなると思うし、色んな役をやると思う」
駿は画面を見つめたまま、少し低い、真面目な声で言った。
「でも、俺が帰る場所はここだけだから。どれだけ遠い場所に行っても、千秋のところにしか帰ってこないから」
「……知ってるよ」
私は繋いだ手に少し力を込めた。
「お前が帰ってこなかったら、即座に鍵を取り替えて引っ越すからな」
「それは絶対に阻止する!! 明日アパートの管理会社買い取ろうかな」
「職権乱用の規模を大きくするな!」
クスッと笑い合う私たちの影が、テレビの光に照らされてリビングに重なる。
売れっ子俳優の恋人を持つのは相変わらず胃が痛いけれど、エンドロールのその先も、私たちの騒がしくて甘い日常は、どこまでも続いていく。
(アフターストーリー・終わり)
