「千秋、見て。今日の俺、めちゃくちゃビジュアル良くない?」
新婚生活が始まって数ヶ月が経ったある日の朝。リビングの鏡の前で、駿が自分の顔を角度を変えながら熱心に見つめていた。これから新作映画の記者会見へ向かうための、カチッとした高級ブランドのスーツを着こなしている。
「お前はいつでも無駄に顔がいいよ。ほら、ネクタイ曲がってる」
私がソファから立ち上がって直してやると、駿は待ってましたとばかりにふにゃりと顔を綻ばせ、私の腰に手を回した。
「違うんだよ千秋。顔じゃなくて、ここ。ここを見て」
駿が私の目の前に突き出してきたのは、綺麗に手入れされた彼の左手だった。その薬指には、あの日区役所の帰りに二人で選んだ、シンプルなプラチナの結婚指輪がキラリと光っている。
「……それがどうかしたのか?」
「今日ね、テレビの生中継が入る大きな会見なんだ。だから、マイクを持つ時にこう……あえて左手を添えて、日本中に俺たちの愛の証を見せつけようと思って!」
「お前は女子アナの結婚会見か! やめろ、映画の宣伝に集中しろ!」
せっかく世間が「堂々とカミングアウトして結婚した男前な俳優」として美談にしてくれているのに、中身はこれである。私は駿の額をパチンとデコピンした。
「痛っ……。もう、千秋は冷たいなぁ。夫の権利として、行ってきますのキスしてくれないと車に乗らないもん」
「はいはい、行ってらっしゃい」
チュッと形だけの軽いキスを強引に奪うと、駿は「よし、これで今日も世界一の演技ができる!」と満足げにマネージャーの鬼頭さんが待つ車へと向かっていった。
数時間後。私は自宅のパソコンで、Webデザインの納品作業をしながらテレビの生中継をつけていた。
画面には、きらびやかなフラッシュを浴びる駿の姿。さっきまで我が家でデコピンされていた男とは同一人物とは思えないほど、冷徹で大人の色気を放つ「大俳優・佐野駿」がそこにいた。
記者から映画の見所を聞かれ、駿が口を開く。
「今回の役は、孤独を抱えた男ですが……」
駿がすっとマイクを持ち替えた。
その瞬間、カメラが駿の顔面アップから、マイクを持つ手元へと絶妙にズームする。照明を反射して眩いほどに輝く、左手の薬指のプラチナリング。
『キャーーー!!』という現場のファン(※エキストラ)の黄色い悲鳴が、かすかに音声に乗って聞こえた気がした。
テレビの画面越しだというのに、駿は一瞬だけ、カメラの向こうの私に向けて「ドヤ顔」のウインクをしてみせたのだ。
「……あいつ、本当にやりやがった……」
私は呆れ果ててリモコンの電源を切った。SNSを開くまでもない。今頃ネット上は「佐野駿の結婚指輪が尊すぎる」「左手の主張が激しい国宝級イケメン」というワードでトレンド1位になっていることだろう。
その日の夜、日付が変わる頃に駿が帰宅した。
「千秋ーーー! 会見見た!? 俺の薬指、バッチリ映ってたでしょ!?」
ドアを開けるなり、スーツを少し崩した色気抜群の男が、やっぱり大型犬に戻ってリビングへ突っ込んできた。
「見たよバカ。お前のせいで、また私のSNSの裏垢に通知が鳴り止まないんだぞ(※指輪の特定班のせい)」
「えへへ、大成功。あ、そうだ千秋。明日から3日間休みだから、新婚旅行の計画立てよう!」
「旅行? 国内の静かな温泉とかなら……」
「ううん、俺がチャーターしたプライベートビーチのある南の島!」
「規模がでかいわ!!! 一般人の金銭感覚に合わせろ!!」
呆れる私を、駿はぎゅっと力強く抱きしめ、耳元で甘く囁いた。
「だめ。これからは一生、俺の『国宝級の規模』に付き合ってもらうからね、旦那さん」
そう言って悪戯っぽく笑う彼の薬指と、私の薬指の指輪が、カチリと小さな音を立てて重なった。
世界一重くて、世界一華やかな夫を持つ私の胃痛の日々は、どうやらこの先も一生、ハッピーエンドのまま続いていくらしい。
(番外編・新婚旅行前夜・完結)
新婚生活が始まって数ヶ月が経ったある日の朝。リビングの鏡の前で、駿が自分の顔を角度を変えながら熱心に見つめていた。これから新作映画の記者会見へ向かうための、カチッとした高級ブランドのスーツを着こなしている。
「お前はいつでも無駄に顔がいいよ。ほら、ネクタイ曲がってる」
私がソファから立ち上がって直してやると、駿は待ってましたとばかりにふにゃりと顔を綻ばせ、私の腰に手を回した。
「違うんだよ千秋。顔じゃなくて、ここ。ここを見て」
駿が私の目の前に突き出してきたのは、綺麗に手入れされた彼の左手だった。その薬指には、あの日区役所の帰りに二人で選んだ、シンプルなプラチナの結婚指輪がキラリと光っている。
「……それがどうかしたのか?」
「今日ね、テレビの生中継が入る大きな会見なんだ。だから、マイクを持つ時にこう……あえて左手を添えて、日本中に俺たちの愛の証を見せつけようと思って!」
「お前は女子アナの結婚会見か! やめろ、映画の宣伝に集中しろ!」
せっかく世間が「堂々とカミングアウトして結婚した男前な俳優」として美談にしてくれているのに、中身はこれである。私は駿の額をパチンとデコピンした。
「痛っ……。もう、千秋は冷たいなぁ。夫の権利として、行ってきますのキスしてくれないと車に乗らないもん」
「はいはい、行ってらっしゃい」
チュッと形だけの軽いキスを強引に奪うと、駿は「よし、これで今日も世界一の演技ができる!」と満足げにマネージャーの鬼頭さんが待つ車へと向かっていった。
数時間後。私は自宅のパソコンで、Webデザインの納品作業をしながらテレビの生中継をつけていた。
画面には、きらびやかなフラッシュを浴びる駿の姿。さっきまで我が家でデコピンされていた男とは同一人物とは思えないほど、冷徹で大人の色気を放つ「大俳優・佐野駿」がそこにいた。
記者から映画の見所を聞かれ、駿が口を開く。
「今回の役は、孤独を抱えた男ですが……」
駿がすっとマイクを持ち替えた。
その瞬間、カメラが駿の顔面アップから、マイクを持つ手元へと絶妙にズームする。照明を反射して眩いほどに輝く、左手の薬指のプラチナリング。
『キャーーー!!』という現場のファン(※エキストラ)の黄色い悲鳴が、かすかに音声に乗って聞こえた気がした。
テレビの画面越しだというのに、駿は一瞬だけ、カメラの向こうの私に向けて「ドヤ顔」のウインクをしてみせたのだ。
「……あいつ、本当にやりやがった……」
私は呆れ果ててリモコンの電源を切った。SNSを開くまでもない。今頃ネット上は「佐野駿の結婚指輪が尊すぎる」「左手の主張が激しい国宝級イケメン」というワードでトレンド1位になっていることだろう。
その日の夜、日付が変わる頃に駿が帰宅した。
「千秋ーーー! 会見見た!? 俺の薬指、バッチリ映ってたでしょ!?」
ドアを開けるなり、スーツを少し崩した色気抜群の男が、やっぱり大型犬に戻ってリビングへ突っ込んできた。
「見たよバカ。お前のせいで、また私のSNSの裏垢に通知が鳴り止まないんだぞ(※指輪の特定班のせい)」
「えへへ、大成功。あ、そうだ千秋。明日から3日間休みだから、新婚旅行の計画立てよう!」
「旅行? 国内の静かな温泉とかなら……」
「ううん、俺がチャーターしたプライベートビーチのある南の島!」
「規模がでかいわ!!! 一般人の金銭感覚に合わせろ!!」
呆れる私を、駿はぎゅっと力強く抱きしめ、耳元で甘く囁いた。
「だめ。これからは一生、俺の『国宝級の規模』に付き合ってもらうからね、旦那さん」
そう言って悪戯っぽく笑う彼の薬指と、私の薬指の指輪が、カチリと小さな音を立てて重なった。
世界一重くて、世界一華やかな夫を持つ私の胃痛の日々は、どうやらこの先も一生、ハッピーエンドのまま続いていくらしい。
(番外編・新婚旅行前夜・完結)
