国宝級イケメンは、鍵を返してくれない

現代の東京。世間は今、一人の男の話題でもちきりだった。
佐野駿(さの しゅん)。24歳。
端正すぎる顔立ちとミステリアスな雰囲気で、「今最も付き合いたい男No.1」に輝くトップ俳優だ。街を歩けば彼のポスターにあたり、テレビをつければ彼のCMが流れる。
そんな「雲の上の存在」が、夜の11時、我が家の狭いリビングのソファでゴロゴロと寝転がっている。
「千秋ー、なんか食べるものない? 撮影でロケ弁しか食べてなくてさ」
「冷蔵庫に昨日の残りの肉じゃががある。食べるなら自分で温めろ」
私はパソコンに向かってWebデザインの修正作業をしながら、そっけなく返した。
私、水沢千秋(みずさわ ちあき)と駿は、幼稚園からの幼なじみだ。こいつが高校時代にスカウトされ、あれよあれよという間にスター街道を駆け上がってからも、なぜかこの関係だけは変わっていない。というか、駿が頑なにこの関係を手放そうとしないのだ。
「ん、美味い。やっぱり千秋の味付けが一番落ち着くわ」
駿はタッパーから直接肉じゃがを突きながら、嬉しそうに目を細める。テレビで見せるクールな微笑みとは違う、昔ながらの無防備な笑顔。その破壊力に、私の心臓が少し跳ねる。
「……なぁ駿。お前、この前バラエティで『好きなタイプは?』って聞かれてなんて答えた?」
「ん? 『家で地味なジャージ着て、美味い肉じゃが作ってくれる人』だけど」
「ピンポイントで私を指すのをやめろ! ネットで『相手は年上の家庭的な女性か!?』って特定班が動き出してるんだぞ!」
「えー? 本当のこと言っただけなのに」
駿は立ち上がると、当然のような顔で私の背後から抱きついてきた。大きな身体と、高級な香水の奥にある、昔から知っている駿の匂い。
「顔が近い! 離れろ顔面凶器!」
「やだ。千秋不足で死にそうだったんだから、5分だけこのままでいさせて」
世間の女子が見たら気絶するようなシチュエーションだが、私は迫りくる国宝級の顔面を必死にクッションで押し返した。しかし、耳元で囁かれる甘い声に、顔が熱くなるのを止められなかった。