星降る夜の寓話

ある晩、仕事が終わって家に帰る途中、公園でブランコに乗っている環を見かけた。

「こんな遅くに何やってんだ。危ないだろ」
「ほっといて。律には関係ないから」
「関係あるだろ」
「え?」
「未成年がこんな時間にウロウロしてたら補導しないといけなくなる。今日はもう仕事したくないから勘弁して」
「……わかった。帰るよ」

一緒に帰りながら話をした。

「おばさんと喧嘩でもした?」
「うん」
「何で? テストの点が悪くて怒られた?」
「律と一緒にしないで」
「ひどっ」
「ライブ……せっかく抽選で当たったのに、帰りが遅くなるから行ったらダメって言われた。迎えに行けないからって。すっごい倍率のやつで、行きたかったのに……贅沢だってわかってたけど、お金ずっと貯めてたから1回くらいバチあたらないんじゃないかって思ったのに……」


環の家は複雑で、酒ばっかり飲んでる父親と、その借金をかえすために昼も夜も働く母親に、環は自分のバイト代を文句ひとつ言わず家に入れていた。
同じ年頃の子たちは、学校の帰りにどこかへ寄り道したり、カラオケなんかへ行って遊んでいるのに、俺は環が遊んでいるところを見たことがなかった。

だから、ライブのことを「贅沢」という環の気持ちを考えると、なんとか行かせてやりたいと思ってしまった。


「1人で行くつもりだった?」
「チケットは2枚あるけど、友達はみんな好きじゃなくて。だから会場でチケットあぶれた人探せばいいと思った」
「いつ?」
「来週の水曜」
「何時?」
「7時開演で、9時に終わる」
「じゃあ、それ俺が行ってやるよ。保護者付きなら大丈夫だろ?」
「いいの?」
「いいよ」
「本当に本当?」
「本当」

大きな事件も抱えていなかったし、7時は少し過ぎるかもしれないけれど、なんとなるだろうと思っていた。

「おじさんとおばさんには俺から言っとくから」
「嬉しい! ありがとう!」

嬉しそうな環を見て、いいことをした気になっていた。


けれども、約束の水曜日、昼間にコンビニ強盗の通報が入った。
犯人が店員を怪我させた上に、レジの金を奪って逃げたことで、帰れなくなってしまった。

環は周りのみんなが普通に持っているスマホを持っていなかった。
現地で待ち合わせをしていたから、連絡を取る手段がなかった。

環の自宅に電話をしたけれど、父親は家に帰っていないのか電話には出ず、母親もいなかった。

当時はまだ現役の刑事だった俺の父親も事件を抱えて家にはいなかったし、母親は実家に帰っていた。


署を出ることが出来たのは8時を過ぎてからだった。


約束なんてしなければ良かった。
こうなることは容易に想像できたはずなのに。


急いで待ち合わせの場所に向かったけれど、着いたのはもうすぐ9時になろうという時間だった。

ライブ会場の入り口に、環はひとりで立っていた。

「環!」

遠くから叫んでいた。
駆け寄ると環は言った。

「事件?」
「コンビニ強盗が起きた。ごめん。環、本当にごめん」
「捕まえた?」
「捕まえた」

環はなぜか俺のまわりを一周した。

「怪我してないね?」
「してない」
「良かったぁ」

環は嬉しそうな笑顔を見せた。


環は覚えていないだろうな。

あの時の笑顔に、俺は惹かれたんだ。

一回りも年下の環に惚れたんだ。

自分のことよりも他人である俺を一番に心配する環を、誰よりも、愛おしい存在だと思った。

同時に、この気持ちを環に知られてはいけないと思った。

俺を兄のように慕ってくれている環に知られるわけにはいかない。

俺が環を好きだなんて、決して、想いを言葉にしてはいけない。