ずっと決めていたことをようやく実行できる。
未練なんてないつもりだったけれど、いざこの時が来ると、少し怖い。
時間はたっぷりあったから、いろいろ考えることができた。
律に言われてきたことも、忘れないようにメモしてきた。
『賃貸住宅はダメ。事故物件になってしまったら、持ち主の人に迷惑をかけてしまう』
『列車に飛び込むのはダメ。あまりにもたくさんの人に迷惑をかける』
『飛び降りはダメ。低いと目的が達せられない。その建物に関わる人に迷惑がかかる。下に人がいたら何の罪もない人に迷惑をかけてしまう。後片付けをする人のことも考えて』
他にも数えきれないくらい、ダメなことがいっぱいある。
律はわたしによくそんな話を聞かせた。
誰にも見つからないところじゃないとダメなんだよね。
見つけた人がトラウマになってしまうから。
旅行が趣味なわけじゃない。
山登りが好きなわけじゃない。
誰も行かない、知られていない場所をずっと探してきた。
長い時間をかけて。
電車とバスを乗り継いで、目指していた登山道に向かった。
いつもは結構な重装備で、荷物はずっしりと重いし、服も動きやすいような恰好で、寒さ対策にいろいろ持って来ている。
でも、今日はいつも持ってるカバンがひとつに、電源を入れていないスマホしか持っていない。服装だって、その辺に買い物に行くみたい。
スマホは、電源を入れているとGPSで位置情報がわかってしまうから、電源を消している。
それでも持って来たのは電話をかけるためではなくて、これがわたしの宝物だから。
もう何年も使っていて、落っことしてしまった時にできたヒビが画面にあるけれど、機種変更をするつもりはなかった。
これは、高校生だったわたしに律がくれたスマホ。
紅葉の季節はとっくに終わってしまっていたし、平日だから、誰ともすれ違うことがなくて良かった。
誰かに会ってしまったら、こんな服装で冬の山に登って行くことを絶対に咎められる。
今日は特に寒い気がする。
もしかしたら、雪が降るかもしれない。
後もう少し登ったところで、脇へそれる。
道なんてないところだから、目印に木の枝にリボンを巻いたのだけれど、ちゃんと残っていた。
今日で最後だからそのリボンをとった。
誰も通らない、道とは言えない道をどんどん奥に向かって行く。
数回来て、誰もここまで来ないことは確認していた。
地図にも載っていないわたしの最後の場所。
ここを見つけた時は驚いた。
上を向くと、ここだけぽっかり木々の間に隙間があって、小さな空が見える。きっと夜になると星が見えるんだろうな、って思った。
ようやく終わることが出来る。
地面に直接座って、上を見上げた。
空はだいぶ暗くなってきている。
「律は、責任感が強すぎるよ」
「わたしのこと、ずっと気にかけて、自分の幸せを後回しにしてさ」
「わたしがいなくなったら、律も気兼ねなく誰かと幸せになれるね」
「……西藤さんとか」
「彼女は本気で律のことを心配してた。きっと律のことが好きなんだよ」
「ばいばい、律」
大好き。
ずっと、好きだった。
「律、大好き」
初めて、言葉に出した。
手を伸ばせば、簡単に届くくらいの距離で過ごして、律の笑った顔を見ていられて、幸せだった。
ずっと、ずっと、律が好きだった。
律が、他の誰かと幸せになる姿を見るのが怖かった。
だからその前に律の側を離れてしまいたかった。
夜には随分と冷え込むだろうから、コートを着ていてもきっと意味なんかない。だからきっとうまくいく。
空を見上げると、白いものがふわふわと舞うように落ちてきて、わたしの頬でじんわりと溶けた。
冷たい地面に仰向けになって寝ころぶ。
ついさっきまで小さかった雪が、空を真っ白で埋め尽くしていく。
「きれい」
ここでも自分だけが異質で、申し訳ない気分になる。
ごめんね……
目を閉じて、冷たい雪を全身に受け止めた。
未練なんてないつもりだったけれど、いざこの時が来ると、少し怖い。
時間はたっぷりあったから、いろいろ考えることができた。
律に言われてきたことも、忘れないようにメモしてきた。
『賃貸住宅はダメ。事故物件になってしまったら、持ち主の人に迷惑をかけてしまう』
『列車に飛び込むのはダメ。あまりにもたくさんの人に迷惑をかける』
『飛び降りはダメ。低いと目的が達せられない。その建物に関わる人に迷惑がかかる。下に人がいたら何の罪もない人に迷惑をかけてしまう。後片付けをする人のことも考えて』
他にも数えきれないくらい、ダメなことがいっぱいある。
律はわたしによくそんな話を聞かせた。
誰にも見つからないところじゃないとダメなんだよね。
見つけた人がトラウマになってしまうから。
旅行が趣味なわけじゃない。
山登りが好きなわけじゃない。
誰も行かない、知られていない場所をずっと探してきた。
長い時間をかけて。
電車とバスを乗り継いで、目指していた登山道に向かった。
いつもは結構な重装備で、荷物はずっしりと重いし、服も動きやすいような恰好で、寒さ対策にいろいろ持って来ている。
でも、今日はいつも持ってるカバンがひとつに、電源を入れていないスマホしか持っていない。服装だって、その辺に買い物に行くみたい。
スマホは、電源を入れているとGPSで位置情報がわかってしまうから、電源を消している。
それでも持って来たのは電話をかけるためではなくて、これがわたしの宝物だから。
もう何年も使っていて、落っことしてしまった時にできたヒビが画面にあるけれど、機種変更をするつもりはなかった。
これは、高校生だったわたしに律がくれたスマホ。
紅葉の季節はとっくに終わってしまっていたし、平日だから、誰ともすれ違うことがなくて良かった。
誰かに会ってしまったら、こんな服装で冬の山に登って行くことを絶対に咎められる。
今日は特に寒い気がする。
もしかしたら、雪が降るかもしれない。
後もう少し登ったところで、脇へそれる。
道なんてないところだから、目印に木の枝にリボンを巻いたのだけれど、ちゃんと残っていた。
今日で最後だからそのリボンをとった。
誰も通らない、道とは言えない道をどんどん奥に向かって行く。
数回来て、誰もここまで来ないことは確認していた。
地図にも載っていないわたしの最後の場所。
ここを見つけた時は驚いた。
上を向くと、ここだけぽっかり木々の間に隙間があって、小さな空が見える。きっと夜になると星が見えるんだろうな、って思った。
ようやく終わることが出来る。
地面に直接座って、上を見上げた。
空はだいぶ暗くなってきている。
「律は、責任感が強すぎるよ」
「わたしのこと、ずっと気にかけて、自分の幸せを後回しにしてさ」
「わたしがいなくなったら、律も気兼ねなく誰かと幸せになれるね」
「……西藤さんとか」
「彼女は本気で律のことを心配してた。きっと律のことが好きなんだよ」
「ばいばい、律」
大好き。
ずっと、好きだった。
「律、大好き」
初めて、言葉に出した。
手を伸ばせば、簡単に届くくらいの距離で過ごして、律の笑った顔を見ていられて、幸せだった。
ずっと、ずっと、律が好きだった。
律が、他の誰かと幸せになる姿を見るのが怖かった。
だからその前に律の側を離れてしまいたかった。
夜には随分と冷え込むだろうから、コートを着ていてもきっと意味なんかない。だからきっとうまくいく。
空を見上げると、白いものがふわふわと舞うように落ちてきて、わたしの頬でじんわりと溶けた。
冷たい地面に仰向けになって寝ころぶ。
ついさっきまで小さかった雪が、空を真っ白で埋め尽くしていく。
「きれい」
ここでも自分だけが異質で、申し訳ない気分になる。
ごめんね……
目を閉じて、冷たい雪を全身に受け止めた。



