星降る夜の寓話

マンションのドアを開けると、靴が揃えて置いてあった。

リビングドアは開け放たれていて、人の気配がする。

静かに靴を脱ぎ、リビングに入ると、律がテーブルを拭いていた。

「律?」

わたしを見る律はいつもと変わらない。

「なんだ、もう帰って来たのか」
「何してるの?」
「何って、昨日、土足で入られたせいで足跡は残ってるし、指紋採取した後はそのままだし、これじゃあゆっくり眠れねーから」
「手伝うよ」
「いいよ、もう終わる」
「もしかして、昨日の夜からやってたの?」
「少しでも早く痕跡消したかったから。もう、後はここ拭いたら終わるから、済んだらシャワー浴びてくる」
「うん」
「暇なら熱いコーヒーでも淹れてよ」
「わかった」


冷凍庫に入れていたコーヒー豆を常温に戻すために、必要な分を小皿に出した。
棚からミルを出し、引き出しを開けてコーヒードリッパーを出すとフィルターをセットした。
マグは水切りかごの中にあったから、洗い直した。
手動のミルだから少し時間がかかってしまうけれど、そのくらいは待ってもらおう。

これらは律が自分で選んで買ってきた数少ないものの中のひとつだった。
コーヒーの美味しさがよくわからないわたしは、淹れることはあっても、飲むことはなかった。
でも、今日は一緒に飲みたくて、2人分の準備をした。

バスルームのドアが開く音を聞いて、お湯を沸かし始めた。

常温に戻るには少し早いかとも思ったけれど、コーヒー豆を挽いて、やかんで沸かしたお湯をドリップケトルに移した。

「コーヒー豆のいい香りがする」
「今、お湯を注ごうと思ってたところ」
「そこは俺がやる。環がやると……なぁ?」
「じゃあ、任せる」
「マグが2つある。めずらしい。環も飲むんだ」
「うん。美味しいのを淹れてください」
「座って待ってな」
「ありがとう。その間に服だけ着替えてくる」


律には聞きたいことがいっぱいある。


ゆったりとした部屋着に着替えてきたわたしは、ソファに座っている律の隣に、いつものように座った。

そして、ずっと気になっていた質問をした。

「あの時、どうしてベランダにいたの? 朝、玄関で律が出かけるのを見送ったのに」