星降る夜の寓話

家の中が警察官でいっぱいになるのは2度目。

同じ階の人たちが心配そうに横を通り過ぎていく。

律は担当刑事らしき人にずっと何か説明していた。

わたしには女性の刑事がいろいろと質問をしてきた。
マスクをはずした犯人の顔を見て驚いたわたしに、「知っている人?」と聞かれ、頷くことしかできなかった。

病院に行くように勧められたけれど断った。
あちこちが痛かったけれど、どんなふうになっているかは想像がつく。
もうこんなの気にしなくてもいい。
傷が残っても、あざがあっても、全部終わりだから。


ひととおり質問が終わった頃になって、律がわたしのところへ来た。
「もういいよ」と律が女性の刑事に声をかけると、ペコリと頭を下げて、別の場所にいた他の刑事さんに合流しに行った。

「環、病院行きたいから付き合って」
「え?」
「俺の頬、労災だし。俺、がんばったんだから、付き添いくらいしろよ」
「うん、わかった」
「コートとっておいで」

律に言われて部屋にコートとカバンを取りに行った。

律はその場にいた刑事の誰かと何か話をしていたけど、戻って来たわたしに気が付くと「行こうか」と言って先を歩き始めた。


マンションのエントランスのところには何台かのパトカーと、覆面らしき車が停まっていた。
律はその中の1台のドアを開けると、わたしに乗るように言った。

「いいの?」
「さっきキー借りた」

さっき話してたのは車を借りるためだったんだ。

「シートベルトして」
「うん」

律は運転しながらわたしに言った。

「鏡、見た? そこの、助手席の上のとこ、パカッとしたら鏡ついてるから見ろよ」

言われた通り、サンバイザーを倒して、そこについている小さな鏡で自分の顔を見た。
目のすぐ横の、殴られたところが紫になっていて腫れている。

「ひどいね」
「ひどいよ。放っておくつもりだった?」

それで、今、自分が車に乗せられている意味を理解した。

「病院、わたしを連れて行くつもりだったんだね」
「バカ環。病院行かないとか言いやがって」
「いいよ、気にならない」
「俺は……環がどんなでも気にしないけど、ほら、あいつ、杠葉は気にするかもしれないだろ?」


そうだ……
律は、わたしが大和さんとつきあってると思ってる。


「そうだね……そうだよね」
「感謝しろよ。今度あいつに栗饅頭、1年分奢らせよう」
「……うん」
「1年分って、365個ってことなのかなぁ。よく『〇〇1年分贈呈』ってあるけど、どう計算するのか気になるよなぁ」
「気になるね」
「連絡、した方がいいんじゃないか?」
「いい」
「明日になったら、あいつのとこにも刑事が行くと思うから、その前に話しておいた方がよくないか?」
「今は……いい」

律の前では話せないから。

「環がいいならいいけど……」

それきり律は話さなくなった。
それで、わたしも窓の外を眺めていた。


病院で診てもらったのはわたしだけで、律は待合室でずっと待っていてくれた。

からだ中、思った以上にあざができていて、ひどい色になっていた。
顔の方も目の横から頬にかけて、さっき見たよりもっと紫色に変色していた。
幸い骨折はしていなかったようで、あざがひくまで早ければ1週間、長くても2~3週間、と診断された。