律がお風呂に入ったので、何をするわけもなくソファに座った。
ぼんやりしていると、ふいに大和さんに言われたことが頭の中に浮かんだ。
『過去にとらわれるのはやめにしないか?』
そんなこと、できるんだろうか?
でも、もし全部忘れることができて、何もなかったみたいに、現在と未来だけを考えていけたら、そうしたら……
その時、キャビネットの上に置いていたスマホが立て続けにメッセージを受信した音を鳴らした。
いつの間にお風呂から出たのか、律がキャップを開ける前のミネラルウォーターのペットボトルを持ったまま、わたしの側に立っていた。
「どうした?」
「何が?」
「さっきからめずらしくメッセージの着信音が鳴り続けてる。その割に見ようとしてない」
「ああ……うん……」
スマホはキャビネットの上から、今は目の前のテーブルの上に置いたままになっている。
わたしが話し始めるのを、黙って律は待ち続ける。
きっと話し始めるまでこうしているつもりだ。
それで口を開いた。
「卒業式の日、メッセージグループに入ったのを忘れてて、そのままにしてた」
高校の卒業式の日、学級委員の男の子が「クラス会の連絡用にメッセージグループ作ろう」と言い出して、クラスのグループを作った。
その時、担任も副担もその場にいたからか、わたしだけ入れないわけにはいかない雰囲気で、嫌そうな顔をされながらもグループに入れられた。
結局、卒業後も、そのグループでやり取りが行われることはなく、そのまま放っておかれたままだった。
「誰もやり取りなんてしてなかったのに」
律がわたしの隣に座った。
いつもより距離が近い。
「……高3の時の担任の先生が亡くなったって。お通夜とお葬式の連絡が入って。そうしたら、県外にいてお葬式に出れなくて残念だとか、先生ともう会えないのは悲しいとか、体育祭にクラスで作ったTシャツの画像とかアップし始めて……先生との思い出を話し始めた」
話しながら目に涙がにじんでくる。
「先生の死を偲べないわたしは異質なんだと思い知らされて」
「受け止め方は人それぞれだから」
「わたしは、先生のことをこれっぽっちも好きじゃなかった」
「担任だからって好きでいる必要はない。そんなグループ抜けてしまえばいい。それとも、まだ未練がある?」
「そんなものない。あの頃の学校なんか……お祖母ちゃんがいなかったら、とっくに辞めてた」
祖母が毎日お弁当を作ってくれたから学校に通っていた。
多分、そうすればわたしが学校を休めないことを知っていて、作り続けていたんだと思う。
祖母に心配をかけたくなくて、学校の話はしたことがなかったけれど、母の事件以来続いていたいじめは、どんどんエスカレートしていた。
最初は無視と、たまに聞こえるように悪口を言われるだけだった。
でもいつからか、毎朝、自分の机に書かれた「人殺しの娘」という言葉を消すのが日課になっていた。
机の中にゴミを入れられたり、歩いていていきなり背中を蹴られたり……
決して物をとったり、隠されたりはしなかった。
もし先生に言っても、口頭の注意ですませるようなことばかりを繰り返された。
そんなないじめに、担任は気づいていたのか気づいていなかったのかわからない。
でも、率先してわたしにひどい言葉を投げかけていたグループの……谷井真実と河原凪は成績も良く、どの先生からも可愛がられていた。
だから、わたしは「先生」と呼ばれる人たちとは距離を置いていた。
まるで波みたいに、ひいていたものがまた打ち寄せてきて、せっかく作った小さなお城を壊してしまう。
やっぱり過去からは逃げられない。
大和さんが言ったみたいに思えない。
「その嫌なところに通い続けた環は偉いよ」
律だけは特別で、過去からずっと存在しているのに、砂に足元をすくわれそうになるわたしをこの場所にとどめてくれる。
律の肩に自分の頭をもたげた。
次から次にあふれてくる涙がとめられなくて、泣き続けた。
律が頭を撫でてくれる。
いつもみたいに。
でも、その日は、少し違っていた。
律の唇がわたしのおでこにふれた。
そのまま、どのくらいそうしていたのか、メッセージを受信する音が鳴り止むまで、ずっと律とわたしは寄り添ったままの時間を過ごした。
ぼんやりしていると、ふいに大和さんに言われたことが頭の中に浮かんだ。
『過去にとらわれるのはやめにしないか?』
そんなこと、できるんだろうか?
でも、もし全部忘れることができて、何もなかったみたいに、現在と未来だけを考えていけたら、そうしたら……
その時、キャビネットの上に置いていたスマホが立て続けにメッセージを受信した音を鳴らした。
いつの間にお風呂から出たのか、律がキャップを開ける前のミネラルウォーターのペットボトルを持ったまま、わたしの側に立っていた。
「どうした?」
「何が?」
「さっきからめずらしくメッセージの着信音が鳴り続けてる。その割に見ようとしてない」
「ああ……うん……」
スマホはキャビネットの上から、今は目の前のテーブルの上に置いたままになっている。
わたしが話し始めるのを、黙って律は待ち続ける。
きっと話し始めるまでこうしているつもりだ。
それで口を開いた。
「卒業式の日、メッセージグループに入ったのを忘れてて、そのままにしてた」
高校の卒業式の日、学級委員の男の子が「クラス会の連絡用にメッセージグループ作ろう」と言い出して、クラスのグループを作った。
その時、担任も副担もその場にいたからか、わたしだけ入れないわけにはいかない雰囲気で、嫌そうな顔をされながらもグループに入れられた。
結局、卒業後も、そのグループでやり取りが行われることはなく、そのまま放っておかれたままだった。
「誰もやり取りなんてしてなかったのに」
律がわたしの隣に座った。
いつもより距離が近い。
「……高3の時の担任の先生が亡くなったって。お通夜とお葬式の連絡が入って。そうしたら、県外にいてお葬式に出れなくて残念だとか、先生ともう会えないのは悲しいとか、体育祭にクラスで作ったTシャツの画像とかアップし始めて……先生との思い出を話し始めた」
話しながら目に涙がにじんでくる。
「先生の死を偲べないわたしは異質なんだと思い知らされて」
「受け止め方は人それぞれだから」
「わたしは、先生のことをこれっぽっちも好きじゃなかった」
「担任だからって好きでいる必要はない。そんなグループ抜けてしまえばいい。それとも、まだ未練がある?」
「そんなものない。あの頃の学校なんか……お祖母ちゃんがいなかったら、とっくに辞めてた」
祖母が毎日お弁当を作ってくれたから学校に通っていた。
多分、そうすればわたしが学校を休めないことを知っていて、作り続けていたんだと思う。
祖母に心配をかけたくなくて、学校の話はしたことがなかったけれど、母の事件以来続いていたいじめは、どんどんエスカレートしていた。
最初は無視と、たまに聞こえるように悪口を言われるだけだった。
でもいつからか、毎朝、自分の机に書かれた「人殺しの娘」という言葉を消すのが日課になっていた。
机の中にゴミを入れられたり、歩いていていきなり背中を蹴られたり……
決して物をとったり、隠されたりはしなかった。
もし先生に言っても、口頭の注意ですませるようなことばかりを繰り返された。
そんなないじめに、担任は気づいていたのか気づいていなかったのかわからない。
でも、率先してわたしにひどい言葉を投げかけていたグループの……谷井真実と河原凪は成績も良く、どの先生からも可愛がられていた。
だから、わたしは「先生」と呼ばれる人たちとは距離を置いていた。
まるで波みたいに、ひいていたものがまた打ち寄せてきて、せっかく作った小さなお城を壊してしまう。
やっぱり過去からは逃げられない。
大和さんが言ったみたいに思えない。
「その嫌なところに通い続けた環は偉いよ」
律だけは特別で、過去からずっと存在しているのに、砂に足元をすくわれそうになるわたしをこの場所にとどめてくれる。
律の肩に自分の頭をもたげた。
次から次にあふれてくる涙がとめられなくて、泣き続けた。
律が頭を撫でてくれる。
いつもみたいに。
でも、その日は、少し違っていた。
律の唇がわたしのおでこにふれた。
そのまま、どのくらいそうしていたのか、メッセージを受信する音が鳴り止むまで、ずっと律とわたしは寄り添ったままの時間を過ごした。



