星降る夜の寓話

落ちたと思ったのに、そうはならなくて、誰かに抱きとめられていた。

階段の上から大学生の見下ろしている顔が見えた。

「空から降って来るとか、ありえないだろ」

その声で、わたしを受け止めたのが誰だかわかった。

律……

力なく座り込んでしまったわたしに、律は自分が着ていたダウンをかけてくれた。

「ちょっとだけここで待ってろ。すぐ戻る」

そう言うと、階段を上って行った。


「現行犯。お前らが突き落とした」
「はぁ? 何言ってんの?」
「目撃者が悪かったよなぁ」

律は胸ポケットから警察手帳を出すと2人に見せた。

「遊んでただけだよ」
「あいつが勝手に落ちたんじゃん。触ってもねーよ」
「そういうのは署で聞くから」
「からかっただけだって!」
「免許証か学生証出して、顔の横に並べて見せろ」
「は?」
「やれよ!」

2人は顔を見合わせると、律に言われた通り、免許証を顔の横に並べて見せた。
それを律は自分のスマホで撮った。

「行っていいよ」
「え?」
「その代わり、あいつにまた何かしたら、わかるよなぁ? 名前も家もわかってるから。大学も調べればすぐわかる。お前らのこと、本気で追い込むよ?」
「に、二度としません」
「すみませんでした!」

律は大きくため息をついた。

「クズが。クリスマスを有難く思え。今日は慈悲の日なんだよ」


階段の端っこに座り込んだままの、わたしの所まで戻って来ると、律もその前にしゃがんだ。

「怪我は? 大丈夫か?」
「……大丈夫」
「環になんかあったら、ばあちゃんが泣くぞ」
「……うん……そうだね……そうだよね」
「ばあちゃんに聞いたら、バイト行ってるって言ったから、迎えに行く途中だった。走ってる環を見かけて追っかけたんだ」

律の上に雪が降っている。
わたしに自分のダウンをかけてしまったから寒いに違いない。
返そうとしたら、優しくとめられた。

「見つけるのが遅くなってごめん」


その一言で、ずっと張り詰めていた糸がプツンと切れて、わーわーと声を出して泣いてしまった。
律は泣くやむまでずっと待っていてくれた。


いつの間にか雪は牡丹雪に変わっていて、陸橋の手すりにうっすらと積もっていく。


「今日はクリスマスだから」

律はポケットからスマホを出すと、わたしの手に握らせた。
わたしの冷たくなっていた手を、冷たい律の手が包む。

寒いはずなのに、律の顔を見ているとどこか温かくなっていく。

「プレゼント。俺の電話番号が登録されてるから。困った時、寂しい時、助けが欲しい時、楽しかったこと、嬉しかったこと、何でもいいから、話したくなったらいつでも電話してこい。いつも出れるわけじゃないけど、着信残してくれたら必ずかけ直すから」
「でも、お金……」
「プレゼントって言ったろ? 頑張ってる環にはこのくらいあってもいいんだよ。俺は忙しくて金を使う暇もない独身男だから、このくらい何でもない。ただし、妙なSNSはするな」
「そんなの……しないよ」
「これでいつでも環の声が聞ける」

律から渡されたスマホを握りしめて、また泣いた。
今度は、静かに。

「……あり……がとう」
「泣くほど喜んでくれたらこっちも嬉しいよ」


律が、わたしの中で、特別な存在になった瞬間。