星降る夜の寓話

お酒を飲んでは母に暴力を振るようになった父が、わたしにまで暴力を振るうようになって、母がいない時は家にいないようにしていた。

母が家いる時でも、父がいる間は部屋を出ないようにしていた。

そんな生活がずっと続いていた。


ある日、2階の自分の部屋で宿題をしていると、言い争う声と共に、何かがぶつかるような大きな音が何度も聞こえた。
それが急に静かになったので、気になって1階へ下りた。

「お母さん?」

声をかけながら、そっと居間を覗いた。


そこで目にしたのは……


延長コードが首に巻かれた状態で横たわる、苦しんだ顔の父。

そのそばで、これまで見たこともないくらい怖い顔をした……母……

その両手にはしっかりと、延長コードの端が握りしめられていて……


そこで起きていることが……起こったことが……

目の前の、それは……


立っていられなくて、その場にしゃがみ込んだ。

自分の口を押え、嗚咽がもれないようにするのが精一杯だった。


あんなに優しい母が……

どんなに殴られても抵抗しなかった母が……父……を?

自分の目で見ているものが信じられなくて、目の前の現実を否定した。


静寂を破ったのは、玄関の引き戸をたたく音。

そして律の声。


「おばさん、環、いますか?」


カクサナイト。
デモドウヤッテ?


「田舎から梨をたくさん送ってきたから、持って来たんですけど?」

父が帰って来た時、最後まで玄関の引戸を閉めなかったに違いない。

「ドア、開いてますよ?」

そんな声がした。

「おばさん? 環? いないんですか? 不用心ですよ? 開けますね?」

律が引戸を開け、廊下にしゃがみ込んでいるわたしを見て、驚いた声をあげた。

「環! どうした?」


ダメ。
コナイデ。


「何があった?」

律がわたしのもとへ駆け寄って来る。


リツガミテシマッタラ……オワッテシマウ。


「来ないで」と言ったつもりだった。

でも、言葉は音にならなくて、ずっと頭を振り続けることしかできなかった。

「環っ」

涙でぐちゃぐちゃのわたしの顔を見て、律はわたしを抱きしめた。

「大丈夫だから、俺がいるから。何があっ――」


律がゆっくりと、障子が開け放たれたままでの居間に、視線を向けた。


律が、見てしまった。


既に動くこともなくなった父と、延長コードを今もまだ掴んで離さない母の姿を。


わたしを抱きしめていた手をほどき、立ちあがろうとする律の上着をぎゅっと掴んだ。

「ごめんな」

律はわたしの顔を見ると優しく言った。
そして、律の上着を掴んでいたわたしの手をそっと離し、母親の方に行こうとした。

「だめ……律……嫌……」

声にならない声を発して、今度は律の足にしがみつく。
律は優しくその手も振り解いた。

「ごめん、環。ごめんな」


わかってる。

律は、見過ごすことはできない。

その頃の律は、交番勤務のお巡りさんから、青葉署の捜査一課の刑事になっていた。


律は母の手から延長コードを取り上げ床に置くと、父の首筋に指先でふれ、脈を確かめた。
そして、自分の時計を見た。

律が、ポケットから手錠を出して、母の手にかけるのをずっと見ていた。


長い、長い、悪夢のはじまり。


「20時18分……現行犯逮捕」