星降る夜の寓話

仕事は問題も山積みではあったけれど、次にやるべきことが明確だった。

けれども、私生活がひどいことになっていた。

大学を卒業する少し前くらいから送られてくるようになったメッセージ。

<彼女とは別れてください>
<あんな女のどこがいいんですか>
<わたしがこんなに好きなのに>

最初は無視していたけれど、やがて隠し撮りされた画像とともに「この女はあなたにふさわしくない」といったメッセージがくるようになり、SNSを一切やめた。

すると今度は手紙が送られてくるようになった。

付き合う子にも脅迫めいたものが送られるようになり、警察にも相談したが埒があかない。

危害は加えられないものの、ストーカーめいた行動はエスカレートするばかりで、一体どこで見ているのか、取引先の女性と2人で食事に行っただけでも写真と手紙が送られてくる。

『わたし以外の女と会ったりしないで』

探偵のような類を雇ってみたけれど、それも役に立たない。

会社に入ってからは仕事を優先してきたこともあり、不愉快に思いながらも放置してきた。
けれども、脅迫にも屈せずにいてくれた彼女に別れを切り出され、さすがにこのままでいいわけがないと思うようになった。

警察が動いてくれないのなら、誰かに彼女のフリでも頼んでおびき出し、自分で決着をつけるしかない。


その時、彼女のことを思い出した。

鴎外環

父が彼女の採用を決めた時、ゆずり葉にとって悪い噂がたつのではないかと反対した。
しかし、ここでも情で物事を判断する父は、彼女を採用した。

どうでもいい相手だから、彼女が適任に思えた。

合コンというありふれた手段で接触し、話を持ち掛けるつもりだったけれど、計画が狂った。

どうも何かが違う。

思いがけず五條律にも会った。鴎外環が一緒に暮らしている男。
彼女は彼を「お兄ちゃん」と形容した。

思っていた印象と異なる。

再度接触を試み、ストーカーの正体を暴くために「彼女のフリ」をして欲しいと依頼すると、交換条件に金が欲しいと言われた。

囮にすることに良心が痛まなかったわけじゃない。
けれども、金の話が出たところで、やはりその程度の人間だったのかと気がはれた。

彼女の要求は680万円。

ここでも何かがひっかかる。
けれども、その「何か」が何なのかがわからない。


彼女はきれいな食べ方をする。

誰かが言っていた。
食事は人間の本能的な欲求であり、本質が現れる行為だと。

それが正しければ、彼女は想像しているような人間ではないことになる。

彼女から目が離せず、見ているうちに、小皿を持つ左の小指が少し曲がっていることに気が付いた。
骨折しても病院に行かなかったに違いない。
けれども、あの曲がり方だとかなり痛みがあったはずだ。


なぜ病院へ行かなかった?

なぜ、要求額は、1,000万でもなく、700万でもなく、中途半端な680万という額なのか?


少し、彼女に興味を持った。