星降る夜の寓話

杠葉さんに指定されたお店は、合コンの時とは違って、ごく普通の居酒屋だった。
客はほとんどが男性で、とにかくざわついている。

レジのところで自分の名前を言うと、一番奥の個室に案内された。


手前で靴を脱いで、障子を開ける前に声をかけた。

「失礼します」

返事はなかった。
振り向くと、すぐ後ろで年配の男性たちが盛り上がっている。
そのせいでわたしの声はかき消されてしまったのかもしれない。

仕方がなく障子を開けた。

「お疲れ様」

そう言われて、頭を下げた。

「飲まないんだったよね? ウーロン茶でいい?」
「はい」

お酒は「飲めない」んじゃなくて、「飲まない」。
昨日わたしが言ってたことを覚えてたんだ。

少し迷って、正面に座った。
杠葉さんがタブレットで注文をしながら言った。

「悪いけど適当に頼ませてもらうよ。時間が惜しいから」
「何でも食べるので大丈夫です」
「そうだと思った。昨日も、目の前のお皿から順番に片付けていたから」


最初に飲み物が運ばれてきて、注文した料理が揃うまで、杠葉さんは黙ったままだった。
話すこともないので、わたしも黙っていた。


「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「ごゆっくりどうぞ」


スタッフが障子を閉めて、しばらくしてようやく杠葉さんは口を開いた。

「おしゃれな店じゃなくて悪いね」
「いいえ、こっちの方が緊張しなくていいです」
「こういう、女性客がいない店の方が都合が良くて」


律に関係している話が何なのか困惑していた。

わたしに自主退職を求めるなら、さっさとそう言えばいいのに。
そんなこと律に訴えたりしない。


「鴎外さんは食べてていいよ。僕がひとりで話すから」


杠葉さんは食べないのかな?
でも、テーブルの上に並べられたお皿は、とても一人分には思えない。
話終えてから食べるつもりなのかな……


手をつけられないまま並べられた料理を見ると祖母を思い出す。

祖父が亡くなるまで、田舎で農業を営んでいた祖母は、時間をかけて作った作物が、ほんの少し曲がっているとか、大きすぎるとか小さすぎるとか、そんな理由で規格外だとハネられることによく憤慨していた。
育てるために使う労力も、味も、「正規品」とみなされるものと何ら変わらないのに、と。

『命を奪っておいて、知らんぷりでいいわけがない。食べ物だって生きてきたんだから、粗末にしたらいけない。環、命に責任を持ちなさい』

祖母の口癖だったけれど、あの事件の後は、それをどんな気持ちで言葉にしていたんだろう……
今となってはもう聞くこともできないけれど。


「いただきます」

手を合わせて、目の前に置かれた箸を手にして、アボカドの生春巻きを取り皿にとった。


アボカドは働き始めるまで食べたことがなかった。
だから初めて食べた時、こんな美味しい食べ物があるんだと驚いた。

遊びに行ったり、外食をしないわたしは、歓迎会や送別会など、お付き合いで参加した飲み会で初めて食べる物が多くて、その度に感動している。


「鴎外さんのことは全部知ってる」

その言葉に、手にしていた取り皿と箸をテーブルに置いた。


やっぱり、自主退職……


採用面接の時、事件のことを打ち明けたわたしに、社長は「君の家族の問題を君と同等に扱うつもりはないから、心配せずにうちで働きなさい」と言ってくれた。
そう言われて、面接の最中なのに泣いてしまった。
社長は、わたしが泣きやむまで待っていてくれた。


でも、この人は違う考えなんだ。


杠葉さんは、真っ直ぐにわたしを見て言った。