ティエリーを追放した後のアンタレス伯爵家では、相変わらず悪事が続いていた。領民には重い徴税をかけ、領地を通行する者にも税金を強いる。一度住んだら転居は認めず、夜逃げした人間には厳しい罰を与えた。
また、小賢しいことにアンタレス伯爵家のメイドや執事はチームを組まされており、「自分が辞めたらメンバーに迷惑がかかる」と心理的に縛られているため退職できないのだ。追い出されたティエリーと、孤立していた故すんなりと辞められたスピカは非常に希有な存在だったと云えよう。アンタレス伯爵家は外面だけは良いので、騙され住み着いた領民は年々増えていた。エッグハルトは領地に燻る不満など気にせず、ヨアンナ及びゲンリッヒと優雅に茶を楽しむ。
室内に広がる香りを楽しみながら、ティエリーの末路を想像するのが最近の趣味だ。
「今頃、あの愚息はどうなっているかな。骨一本も残さず魔物に食われ、残された身体は骨一本もないだろう」
「わたくしたちに楯突くからそんな目に遭うのですわ。楯突く覚悟もないくせに楯突くなんて、それだけで楯突くに値しない人間だとわかるでしょうにねぇ」
「無能の人間にはお似合いの無能な末路ですね。無能は死んでようやく無能を脱せるような無能な人間なんですよ」
いつからか、エッグハルトたち三人は何に対しても怒りや憎しみを感じるようになった。
(他人を罵倒していないと気が収まらない)
それが三人の共通認識だ。なぜかはわからないが他人を罵倒したり攻撃したりするたび気分がよくなるのは事実なので、特に深く考えずやりたい放題の日々を過ごしている。苦しみティエリーの姿を想像して、爽やかな心持ちで茶を飲んだとき。部屋の扉がノックされた。
「旦那様、失礼いたします……先月の売り上げ報告書が届きました……」
「開いているぞ。いちいちノックなどせずさっさと入ってこい」
エッグハルトの厳しい声が響くや否や、ノックをしなかったらしなかったで罵倒するじゃないかと内心で思う中年の執事がしおしおと入室する。そんな執事からエッグハルトは手紙を奪い取った。
最初はいつも通り流し読みするつもりだったが、読み進めるにつれ彼の手は細かく震え始める。
「商会の売り上げが……落ちているだと!?」
彼の叫びに呼応して、ヨアンナとゲンリッヒは身を乗り出した。奪い取るように確認すると、収益が著しく減少している。エッグハルトはどうしてここに来てしまったんだと内心で思う執事を怒鳴りつけた。
「売り上げ低下の原因はなんだ!」
「それが……いつからか非常に高品質の作物が出回るようになり……我が領地の特産品は市場から駆逐されてしまったようで……」
下手したら自分のせいにされそうだと思う哀れな執事は、非常に言いにくそうに説明する。 アンタレス領は穀類と豆類の生産が盛んで、その二つが商会の主力商品でもあった。想定外の出来事にわなわなと震えるエッグハルトに、そこそこの使命感がある故いつも貧乏くじを引かされる執事は何枚かの文書を差し出す。
「旦那様、以前から屋敷の外にこのような新聞が落ちておりまして……」
「……なんだ、これは!」
ティエリー新聞を見たエッグハルトは、終焉原野の変貌ぶりに驚愕する。荒れ果てたはずの大地からは豊かな作物が育ち、その中心にはティエリーがいた。さらに信じられないのは、彼の周りに立つ人物だ。
「リシャール公爵家のベテルギウス嬢に仔犬商会のプロキオン商会長……なぜ、各界の大物が終焉原野に……ティエリーの横にいるのだ! 答えろ!」
「わかりません!」
今回も貧乏くじを引いたと内心後悔する執事は、怒号の勢いに身体を縮める。エッグハルトは新聞を読むにつれ、徐々に怒りを募らせた。
「わかったぞ……商会の売り上げが落ちたのはティエリーのせいだ。あの愚息が余計なことをするから、商会の売り上げが落ちたのだ。おい、あいつらを呼べ……今すぐ黒針死団を呼べ!」
「しょ、承知しました! ただいま!」
こんな職場など早く辞めたいが残された部下を思うと辞めるに辞められない執事は、逃げるように退室する。
――黒針死団(デス・ブラック)。
構成人数はおよそ五十人。数年前まで王国内で名を馳せた、A級指名手配の盗賊団である。各地の貴族領や商会を襲っては金品を奪い取り、手練れの王国騎士団や強力な冒険者を何度も退けた実績を持つ。強さの根幹は個々の実力もそうだが、リーダーの統率力にあった。
貴族領を襲撃しては待避する日々を送るうち、類は友をなんとやらで、アンタレス伯爵家が用心棒として雇ったのだ。現在は領地経営に不満を言う領民を威嚇したり、陰から嫌がらせをして黙らせたり、アンタレス伯爵領の不当な経営に一役買っている。
数分も経たぬうちに背の高い華奢な男が入室した。さらりとした金髪に碧眼は見目麗しく、貴族の夜会にいてもおかしくない風体だ。
元A級冒険者かつ黒針死団のリーダー――パトリック。
細身ながら槍の名手として知られ、数多の強力な魔物や猛者を倒してきた。影のように静かに動いて敵を貫くことから《影貫き》と称される。彼は胸と腰に手を当て恭礼する。
「お呼びでしょうか、旦那様。また〝指導〟が必要な領民が出てきたので?」
「いや、今回は違う。お前たちはティエリーの顔を知っているな?」
「ええ、終焉原野に追放されたこともね」
「暗殺してこい」
端的に告げられ、室内に沈黙が舞い降りる。しばし黙り込んだパトリックは、やがて不適な笑みを浮かべた。
「おや、ずいぶんと物騒なお話ですね。親子喧嘩ですか?」
「黙れ。貴様には関係ないだろう。とにかく殺してくるんだ。首と引き換えに金をやる」
「承知しました。かなりの遠征になるので謝礼は弾んでくださいよ。部下のモチベーションにもかかわるんでね。では、失礼……」
「待て、これを見ろ。あの愚息は何をしたかわからんが、リシャール公爵家のベテルギウス嬢を仲間にしたらしい。《神閃の刃》と表されるあの最強の剣士だ。油断はするな」
ティエリー新聞を見せられたパトリックは、流し読みながら迅速に内容を把握した。
「ご安心ください。どんな相手であろうと黒針死団は負けませんよ。喩え、領民が百人ほどもいてもね」
パトリックが静かに退室すると、エッグハルトたち三人は俄に色めき立った。
「これで愚息のティエリーは終わりだ。終わりの始まりが始まり、新しい人生は始まることもなく終わるんだ」
「少しばかり幸運が続いたようですけど、もう幸運は続きませんわ。あの愚図な息子には幸運の欠片もない不運な人生がピッタリですものね」
「無能のあいつはどこに行っても無能な人生を無能に過ごすしかないこと、ここに証明してやりましょう」
罵倒の言葉とともに高笑いが響く。
――なぜ、これほどまでに怒りや憎しみを感じるのか……。
その理由は三人にもわからないのであった。
また、小賢しいことにアンタレス伯爵家のメイドや執事はチームを組まされており、「自分が辞めたらメンバーに迷惑がかかる」と心理的に縛られているため退職できないのだ。追い出されたティエリーと、孤立していた故すんなりと辞められたスピカは非常に希有な存在だったと云えよう。アンタレス伯爵家は外面だけは良いので、騙され住み着いた領民は年々増えていた。エッグハルトは領地に燻る不満など気にせず、ヨアンナ及びゲンリッヒと優雅に茶を楽しむ。
室内に広がる香りを楽しみながら、ティエリーの末路を想像するのが最近の趣味だ。
「今頃、あの愚息はどうなっているかな。骨一本も残さず魔物に食われ、残された身体は骨一本もないだろう」
「わたくしたちに楯突くからそんな目に遭うのですわ。楯突く覚悟もないくせに楯突くなんて、それだけで楯突くに値しない人間だとわかるでしょうにねぇ」
「無能の人間にはお似合いの無能な末路ですね。無能は死んでようやく無能を脱せるような無能な人間なんですよ」
いつからか、エッグハルトたち三人は何に対しても怒りや憎しみを感じるようになった。
(他人を罵倒していないと気が収まらない)
それが三人の共通認識だ。なぜかはわからないが他人を罵倒したり攻撃したりするたび気分がよくなるのは事実なので、特に深く考えずやりたい放題の日々を過ごしている。苦しみティエリーの姿を想像して、爽やかな心持ちで茶を飲んだとき。部屋の扉がノックされた。
「旦那様、失礼いたします……先月の売り上げ報告書が届きました……」
「開いているぞ。いちいちノックなどせずさっさと入ってこい」
エッグハルトの厳しい声が響くや否や、ノックをしなかったらしなかったで罵倒するじゃないかと内心で思う中年の執事がしおしおと入室する。そんな執事からエッグハルトは手紙を奪い取った。
最初はいつも通り流し読みするつもりだったが、読み進めるにつれ彼の手は細かく震え始める。
「商会の売り上げが……落ちているだと!?」
彼の叫びに呼応して、ヨアンナとゲンリッヒは身を乗り出した。奪い取るように確認すると、収益が著しく減少している。エッグハルトはどうしてここに来てしまったんだと内心で思う執事を怒鳴りつけた。
「売り上げ低下の原因はなんだ!」
「それが……いつからか非常に高品質の作物が出回るようになり……我が領地の特産品は市場から駆逐されてしまったようで……」
下手したら自分のせいにされそうだと思う哀れな執事は、非常に言いにくそうに説明する。 アンタレス領は穀類と豆類の生産が盛んで、その二つが商会の主力商品でもあった。想定外の出来事にわなわなと震えるエッグハルトに、そこそこの使命感がある故いつも貧乏くじを引かされる執事は何枚かの文書を差し出す。
「旦那様、以前から屋敷の外にこのような新聞が落ちておりまして……」
「……なんだ、これは!」
ティエリー新聞を見たエッグハルトは、終焉原野の変貌ぶりに驚愕する。荒れ果てたはずの大地からは豊かな作物が育ち、その中心にはティエリーがいた。さらに信じられないのは、彼の周りに立つ人物だ。
「リシャール公爵家のベテルギウス嬢に仔犬商会のプロキオン商会長……なぜ、各界の大物が終焉原野に……ティエリーの横にいるのだ! 答えろ!」
「わかりません!」
今回も貧乏くじを引いたと内心後悔する執事は、怒号の勢いに身体を縮める。エッグハルトは新聞を読むにつれ、徐々に怒りを募らせた。
「わかったぞ……商会の売り上げが落ちたのはティエリーのせいだ。あの愚息が余計なことをするから、商会の売り上げが落ちたのだ。おい、あいつらを呼べ……今すぐ黒針死団を呼べ!」
「しょ、承知しました! ただいま!」
こんな職場など早く辞めたいが残された部下を思うと辞めるに辞められない執事は、逃げるように退室する。
――黒針死団(デス・ブラック)。
構成人数はおよそ五十人。数年前まで王国内で名を馳せた、A級指名手配の盗賊団である。各地の貴族領や商会を襲っては金品を奪い取り、手練れの王国騎士団や強力な冒険者を何度も退けた実績を持つ。強さの根幹は個々の実力もそうだが、リーダーの統率力にあった。
貴族領を襲撃しては待避する日々を送るうち、類は友をなんとやらで、アンタレス伯爵家が用心棒として雇ったのだ。現在は領地経営に不満を言う領民を威嚇したり、陰から嫌がらせをして黙らせたり、アンタレス伯爵領の不当な経営に一役買っている。
数分も経たぬうちに背の高い華奢な男が入室した。さらりとした金髪に碧眼は見目麗しく、貴族の夜会にいてもおかしくない風体だ。
元A級冒険者かつ黒針死団のリーダー――パトリック。
細身ながら槍の名手として知られ、数多の強力な魔物や猛者を倒してきた。影のように静かに動いて敵を貫くことから《影貫き》と称される。彼は胸と腰に手を当て恭礼する。
「お呼びでしょうか、旦那様。また〝指導〟が必要な領民が出てきたので?」
「いや、今回は違う。お前たちはティエリーの顔を知っているな?」
「ええ、終焉原野に追放されたこともね」
「暗殺してこい」
端的に告げられ、室内に沈黙が舞い降りる。しばし黙り込んだパトリックは、やがて不適な笑みを浮かべた。
「おや、ずいぶんと物騒なお話ですね。親子喧嘩ですか?」
「黙れ。貴様には関係ないだろう。とにかく殺してくるんだ。首と引き換えに金をやる」
「承知しました。かなりの遠征になるので謝礼は弾んでくださいよ。部下のモチベーションにもかかわるんでね。では、失礼……」
「待て、これを見ろ。あの愚息は何をしたかわからんが、リシャール公爵家のベテルギウス嬢を仲間にしたらしい。《神閃の刃》と表されるあの最強の剣士だ。油断はするな」
ティエリー新聞を見せられたパトリックは、流し読みながら迅速に内容を把握した。
「ご安心ください。どんな相手であろうと黒針死団は負けませんよ。喩え、領民が百人ほどもいてもね」
パトリックが静かに退室すると、エッグハルトたち三人は俄に色めき立った。
「これで愚息のティエリーは終わりだ。終わりの始まりが始まり、新しい人生は始まることもなく終わるんだ」
「少しばかり幸運が続いたようですけど、もう幸運は続きませんわ。あの愚図な息子には幸運の欠片もない不運な人生がピッタリですものね」
「無能のあいつはどこに行っても無能な人生を無能に過ごすしかないこと、ここに証明してやりましょう」
罵倒の言葉とともに高笑いが響く。
――なぜ、これほどまでに怒りや憎しみを感じるのか……。
その理由は三人にもわからないのであった。



