外れスキル「ミニゲーム」の悪役モブ貴族、死にたくないので自ら辺境に追放される~スローライフ目指して自由に開拓した結果、居心地が良くなりすぎて僕を断罪する人たちに居候されています~

 ミアさんたち流浪の民が持つ魔導具は想像以上に高性能な物ばかりで、僕たちの開拓を大いに助けてくれている。バリア球儀は魔物の侵入を防いでくれるし、川から引いた水を撒くスプリンクラー的な魔道具は作物の生育を一段と上昇させた。
 魔道具作りの素材は彼らがストックしていた物や、領地で新しく採取できた物を使っている。僕は基本的に土ゴーレムやスピカと一緒に畑を耕したり作物を収穫したり、瘴気の浄化を少しずつ進めていた。
 さぞかしのんびりしたスローライフが送れているかと思いきや、連日領地のどこかからミアさんの怒る声が聞こえてくる。
「……だから、使い方がわかんないなら触んないでほしいでありんす!」
「べ、別に使用方法が不明な状態で勝手に操作しているわけではない! ただ、この光っている突起を押したら何が起きるのか気になっただけで……」
「それをわかってないと言うでありんす!」
 意外なことに、ベテルギウスさんは機械音痴ならぬ魔導具音痴な人間だと判明した。興味本位で触っては何かしらの不具合を引き起こす。いずれも今まで確認されたことがない謎の不具合のようで、その度にミアさんたちは対応に明け暮れるのだ。今日もまたベテルギウスさんは変なことをしてしまったらしく、ああだこうだと小言を言われている。
 本人には申し訳ないけど、原作シナリオでも明かされなかった意外な設定がわかって僕は嬉しい。などと感じながら作業を再開したとき、傍らのスピカの耳がピククッと跳ねた。
「……ティエリー様、何者かの集団がこちらに近づいております。南の方角です」
 彼女が差した方角に目線を向ける。荒れ地の地面は微妙な凹凸があるためよく見えないけど、たしかに人間の塊っぽい影がいくつも視認できた。
「えー、誰だろうね。旅の人かな?」
「装備を確認する以上、旅人の可能性は低そうです。それにしても、ずいぶんと質の高い装備を身に着けております。まるで、由緒正しき部隊に属しているような様相です」
【サーチアイ】で得た情報を教えてくれる。由緒正しき……か。どこかの騎士団の人?
 領地の発展具合やバリアに気付いたらしく、驚く様子もわかる。剣を抜いたり戦闘態勢を取ることはないので、襲撃の意志はない?
 あれこれ考えるものの〔サガオブ〕の仕様は無視できなく、やはり盗賊や山賊の類いが頭を過った。様子を窺うため南に向かう僕たちの後に、異変を感じた領民もついてくる。
 南のバリアの境界に着くと、来訪者の様子がよく見えた。
『キラキラ光っちぇちぇおしゃれなの』
 彼らの鎧はどれも白銀の色合いで、陽光を反射しては美しく煌めく。たぶん特注品だろう。なんだか見覚えがあるな~と思うや否や、誰かにポンッと肩を叩かれた。
「あの者たちはリシャール公爵家が擁する騎士だ。我が送った手紙がもう届いたらしいな」
「やっぱり、ベテルギウスさんのお家の方でしたか。僕もなんだか見覚えがあるなと」
 ミアさんの小言がようやく終わったらしく、本人は清々しい顔でいらっしゃる。
 そういえば、この前リシャール公爵家の騎士を呼びたい云々と言われたっけ。思いの外、早く連絡がついたらしい。ここは相当の辺境なのに不思議だね。スピカは集団を見て「女性がいなくていいですね」とぼそっと呟く。
 出迎えのためバリアの外に出ると、来訪者の一団は大きく手を振りながら駆けてきた。たぶん、先頭を走る黒髪黒目の男性がリーダーだろう。
「お嬢様、お久しぶりでございます! それにしても、ここだけすごく発展してますね! まるで地上の楽園だ!」
 騎士たちはみな感激の言葉を口にする。大人ばかりなのだけど、良い意味で子どものようなはしゃぎぶりだった。ベテルギウスさんの微笑みはそんな彼らを優しく見守る。
「我も会えて嬉しいぞ。……ティエリー氏、紹介しよう。彼はウォルター、我が公爵家でもトップクラスの腕前を持つ騎士だ」
「初めまして。終焉原野の領主、ティエリーです」
 右手を差し出すと、騎士らしく力強く握り返された。剣ダコがいっぱいの手だ。
「こちらこそ初めまして、ウォルターです。僕たちはお嬢様のお手紙であなたの話を読んだときから、ぜひ一度会ってみたいと思っていました。この部隊は、終焉原野を目指すにあたり本当に厳しい選抜試験をクリアした精鋭ばかりなんです」
 聞くところによると、ここに来るためにそれはそれは辛い試験をこなしたらしい。そこまでして来てくれたなんて嬉しいなぁ。
 ウォルターさんたち騎士はスピカやピピを見ては驚き、流浪の民の製作した魔導具にも驚愕する。自己紹介が済んだ後は感極まった表情で話すのだった。
「噂に聞く以上の素晴らしい人材ばかりですね。これもティエリー様の人望の賜物なんでしょう」
「ええ、仰るとおりです。わかったら毎日崇め奉ってください」
『ティエリーしゃんはいちゅも優しいの』
 僕ではなくスピカとピピが満足げに答える。ウォルターさんはグッと拳を握り、宣言した。
「では、僕たちも領地開拓をお手伝いさせていただきます。何かお手伝いすることはありませんか?」
 何をお願いしようかな。畑を耕したりとかは人手が足りているけど……そうだ。
「ありがとうございます。でしたら、領民のみんなに剣術を教えていただけませんか? 魔物や盗賊に襲われたとき、自衛の手段があった方がいいと思いまして」
「承知しました! リシャール公爵家に伝わる歴史ある剣術をみなさんにお伝えします!」
「指導は我も行おう。全員、一流の剣士に育て上げるぞ」
 剣術の訓練にはベテルギウスさんも加わってくれることが決まり、領民に周知したら全面的に賛同された。
 領地の片隅に訓練場を作ろうとなったところで、僕は強い衝撃を受ける。なんかウォルターさんも騎士たちも、アンタレス伯爵家の断罪シーンで見た覚えがあるんですけど…!
 原作キャラが誰かの首を刎ねるたび、拍手喝采で讃えていた。やけくそで了承した僕は、もしかして自分を断罪する人を追加で呼んでしまった?
「ど、どうされたのですか、ティエリー様っ。四つん這いになられていますがっ」
『足が痛くなっちゃったの!?』
「……いや、大丈夫。こっちの話だから」
 断ればよかった、と思うのは後の祭り。もう色々としょうがないのだ。
「じゃあ、訓練場を作りましょうか……。皆さんの剣術がもっとうまくなるように願いを籠めて……」
「「おおおー!」」
 小一時間ほども整備すると、縦横百メートルほどの広大な訓練場が完成した。今は単なる平面だけど、おいおいその他設備は整える予定だ。
 ピピが訓練用の木剣をたくさん出してくれて、流浪の民全員にも行き渡った。剣術について心得があるかないかでグループ分けもされており準備は万端だ。
 ウォルターさんが全体に呼びかける。
「では、さっそく訓練を開始する! 修練を積めば、剣術は必ず上達する!」
「「一、二! 一、二!」」
 百人を超える人数が一斉に素振りする光景はなかなかに壮観だ。とはいえ、真横で剣を振られるのはあまり気分の良いものではない。だって、僕を断罪するメンバーがたくさんいるのだから。
 悪いことはせず真面目に過ごしていれば、問題なく僕は生存できる……んだよね? だんだん心配になってきちゃったんだけど。……そうだ!
 思いついたアイデアがあり、僕はウォルターさんにお願いする。
「あの、僕も訓練に参加させてもらえませんか? みんなを守れるくらい強い領主になりたいんです」
「なんて素晴らしいのでしょう! もちろんでございます! このウォルター、全身全霊でティエリー様の指導をさせていただきます!」
 一緒に訓練すれば動向が把握できるし、万が一断罪フラグに襲われたときも抵抗できるかもしれない。でも真剣を使うんじゃ、うっかり自分の首を切っちゃう可能性があって怖いな。なるべく命の危険は少なく過ごしたいところ。……よし。
「ピピ、僕にも木の剣を作ってくれない?」
『いいよ! ……はいどうぞ!』
 ピピが地面に手を振ったら、八十センチメートルほどの木剣が現れた。柄の部分にはおしゃれな装飾が施されており、とてもカッコいい。しっとりした木肌が手に吸い付くようで、子どもの僕にもちょうどいい軽さだ。
「ありがとう、ピピ。すごく使いやすいよ。何年も使ったかと思うほど手に馴染む」
『しょれならよかっちゃの』
「ティエリー様の【ミニゲーム】スキルでさらに強くするのはいかがでしょうか。例えば、悪人だけを斬れる剣など……」
「いいね、それ」
 スピカのアイデアに相槌を打つ。木剣は僕にとっては安全だけど、仮に悪い人たちが来たときは攻撃力があってほしい。
 ゲーム機を起動して、木剣に対応するミニゲーム『落ち葉斬り』をプレイする。難易度は★2で、消費する良い子ptは200pt。
 スピカとピピと一緒に例の空間に行くと、賑やかな演奏とともにすぐにミニゲームが始まった。森の中、落ちてくる葉っぱを木剣で斬るのだ。
〔地面に落ちる前に全部斬るのー〕
『ティエリーしゃんなら絶対にできるよ!』
「頑張ってくださいませー!」
 落ち葉は全部で二十枚。最初は一枚ずつで簡単なものの、少しずつ数が増えていく。最後は七枚同時でやや大変だったけど、これも一発でクリアできた。
 喜ぶミニゲームの精霊と別れ、現実世界で木剣を進化させる。
「悪い人や魔物を絶対に倒せる剣になって……【エヴォリューション!】」
 木剣が光り輝くと、柄に絶悪剣と刻まれた。カッコいい。
 諸々の準備が完了したところで、僕もウォルターさんの指導に加わる。
「ティエリー様もご一緒に訓練されるぞ! みんな、気合いを入れるんだ!」
「「はいっ!」」
 熱量の高さと断罪フラグの関係性がちょっと心配になったので、訓練の密度が下がらないか試してみる。
「皆さん、訓練はほどほどにお願いしますね~。怪我すると危ないですから~」
「「ご心配なく! 全員、世界最強の剣士を目指しております!」」
 とても元気な声が返ってきた。この調子だと今日は一日訓練だ。
 スピカとピピは木剣を振るう僕の隣で、大変楽しそうに素振りを見守る。
「領民の戦闘力も向上すれば、一段とこの領地は安全で盤石な土地になりますね」
『悪い人が来たら剣でスパパって切っちゃうの!』
「……そうだね」
 僕はいつも冷静なスピカみたいに、淡々と答えながら素振りに励む。

 □□□

「……というわけで、父君はティエリー氏と交易を結びたいそうだ。詳細はこれに書いてある」
「拝読します」
 ベテルギウスさんから受け取った手紙を読ませてもら。ウォルターさんと騎士一行が領地に来て、しばらく。リシャール公爵家より終焉原野との交易を所望していると伝えられ、僕たちはティエリーハウスで会議を開いていた。
 会議のメンバーはベテルギウスさんと僕の他に、スピカ、ピピ、そしてウォルターさんだ。
「旦那様は終焉原野の発展ぶりに相当興味を惹かれてましたよ。旦那様ご自身も実際に訪問したかったみたいで……。お嬢様が羨ましいとのことです」
「ああ、とうとうティエリー様の努力が世界の知るところに……。ティエリー様のために日々頑張って本当によかったです」
『みんなとお喋り楽しいの』
 ピピは嬉しそうに喜び、スピカもまた感慨深い表情だ。このさきお金が必要になる可能性は十分にあるし、交易自体はよい話だろう。
 でも、取引相手は僕を殺す原作キャラの実家……ではある。この場合、完全に関係を断った方がいいのかな? とはいえ、断ったら断ったで心証が悪くなるかもだし。
 日本人特有の優柔不断な板挟みにあった僕は、結局話を受けることにした。作物などは市場平均よりずっと良い条件で取引してくれるし、うまくいけば味方になってくれる可能性もある。
「ぜひ、お願いします。あのリシャール公爵家と交易できるなんて光栄です」
「ありがとう、ティエリー氏。父君も喜ぶはずだ。まずは了承の旨を知らせ、具体的な取引や運搬方法は追々考えることにしよう」
 話がまとまったところで、不意に部屋の外が騒がしくなった。ドタドタと足音が荒く響いた後、勢いよく扉が開かれる。
「大変でありんす!」
「我は別に何も触っていないぞ!」
「魔導具の故障じゃなくて、バリアの外で誰かが魔物に襲われているでござんすの!」
 急いで外に出たら、南の方角で土埃が激しく舞う。目を凝らすと、仮面をつけた行商人っぽい風体の人がシャドーウルフの群れに追われていた。
「お願いだ、ティエリー氏の領民一同! ボクを助けてはくれまいかー!?」
 行商人は領地に向かって叫ぶ。なぜ僕の名前を知っているかは謎だけど、それは後だ。
「ミアさん、あの人もバリアを通過できませんか!?」
『わたちたちのところに入れてあげないと!』
「いや、設定上それは無理でありんす! 魔力を登録しないと!」
「わかりました! それなら、僕の【ミニゲーム】スキルで魔導具を改良してみます!」
 僕はバリア球儀の設置された場所に走る。ゲーム機で検索すると魔道具のアイコンが出てきた。対応するミニゲーム、難易度★3の『マジカルレース』をプレイしようとした瞬間、メッセージBOXに通知が入った。

〔重要なお知らせ:『緊急開放について』 良い子ptを通常より多く消費することで、進化BOXを解放できます。同じ対象を進化させたい場合、対応するミニゲームのパーフェクトクリアが必要になります〕

 緊急開放! とてもありがたい! 今あるptのほぼ全てを使って発動する。
「あの行商人さんが通れるようなバリア球儀になって……【エヴォリューション】!」
 バリアの色合いが変わり、下方にアーチ状のゲートが生まれた。その上には〔わるものは通れませんゲート〕というゲームみたいな表示が浮かぶ。
 子どもっぽいのが解せないけど魔導具の改良が完了したので、僕はスピカとピピと一緒に思いっきり叫んで知らせた。
「これで通れます! 走ってきてください!」
「あなたなら逃げ切れます! 前だけ見るのです!」
『こっちに来ちぇー!』
「ぬああああああっ!」
 行商人さんは激しい雄叫びを上げながらヘッドスライディングし、シャドーウルフはバリアに触れると激しい電撃を喰らって倒された。
 バリア球儀の改良具合にミアさんは驚きを隠せないようだ。
「わっちらの魔導具を改善できる人なんて初めて見たでありんすよ! こりゃあ、便利なことで……。ティエリー殿のスキルは本当にすごいでござんすね」
「ありがとうございます。でも、今はあの人のところに急ぎましょう!」
 弱々しく立ち上がった行商人さんは、登山にも使えそうな大きなリュックを背負う。ベテルギウスさんより小柄な人だ。顔の上半分を覆う仮面は、中世ヨーロッパの舞踏会に参加できそうな派手で綺麗な装飾が施されている。
 彼女ははぁはぁ、と息が荒く、僕は心配して声をかけた。
「あの、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「あ、ああ、擦り傷程度だよ。……申し訳ないが何か飲み物をいただけないかい? シャドーウルフに襲われているとき、落として無くなってしまったんだ」
「ちょっと待っててください。今持ってきますね」
 領地の作物で作った特製スムージーを用意する。所々負った怪我を、水分補給と一緒に癒やせるはずだ。
「はい、どうぞ。ここで採れた作物を使ったスムージーです」
「ありがとう、少年。さっそくいただこう……はぁっ! これは非常にうまいね! 豊かな甘味と爽やかな酸味が素晴らしいハーモニーだ。こんなにおいしい飲み物は生まれて初めてだ。……おおっ、身体の怪我まで治っていくじゃないか!」
「傷を治す効能がある作物を入れてあります」
 一口飲んだ瞬間、行商人さんの身体に刻まれていた切り傷や擦り傷はたちまち消え去ってしまった。やっぱり、S級の作物は効能が桁違いだ。
 体力が回復したようでよかったものの、彼女の顔上半分はおしゃれな仮面で隠されていて全貌は見えない。そう、兜で覆われていた、あのベテルギウスさんと同じように……。
 できれば、まずはお名前を把握させていただきたい。
「僕はこの土地の領主、ティエリーと言います。失礼ですがお名前を伺ってもいいですか?」
「ボクはマリーさ。君が領主とは驚いた。助けてくれてありがとう、深く感謝の意を表したい」
「どうぞよろしくお願いします」
 よかった! 星の名前じゃない!
 僕は心底安心してマリーさんと握手を交わす。彼女はスピカやピピなど珍しい存在には驚くものの、すぐに領地に溶け込んだ。
 そのまま、自然と領地を案内する流れになる。豊かな畑や頑丈な家々を見るたび、マリーさんは感嘆の言葉が止まらない。
「あの終焉原野がこんなに発展しているなんて驚きだ。ボクもそれなりに各地を回ってきたけど、これほどS級の作物が並び育つ光景は他にない。何より、瘴気の浄化なんて人類には不可能とされてきたのに……。浄化できたティエリー君は神様かもしれないよ」
「ええ、この世界の唯一神でございます」
 また僕ではなくスピカが答え、マリーさんは「やはり、そうか……」となぜか納得してしまう。領民たちもなぜか「やはり、そうか……」と僕=神と認識し始めたので話題を逸らしたい。
「と、ところで、マリーさんはどうしてここに来たんですか? 僕の領地だと知っていたようですが……あっ、行商のルートってことですかね?」
「いや、違うんだ。この辺りはボクの行商ルートに入っていない。実はね、こんな新聞が……もががっ」
 彼女が鞄から何かを取り出そうとしたとき、スピカが離れた場所に連れて行った。耳元でこしょこしょと話した後、マリーさんの顔がやけに光り輝く。
 いったい何を言われたんだ……。
 戻ってきたマリーさんはその何かを見せてくれることはなく、代わりに自分の仮面に手を当てた。
「遅ればせながら仮面を外させてもらうよ。ティエリー君やみんなとは素顔で話したいからね」
 いよいよ、マリーさんの素顔が明らかになるようだ。どんな人なのかわくわくして待っていたら、まずウルフカットにされた明るい茶色の髪が目に入った。ややつり目気味な瞳はキリッとした感じ。全体的に、人懐っこい空気感が犬系女子を思わせる。
「犬っぽい雰囲気を感じるのは私だけでしょうか」
『わたちもそう思っちゃのよ』
「我も右二人に同意する」
 彼女たちはマリーさんの正体にほんわかとするが、僕はそんな呑気にいられるはずもなかった。衝撃のあまり崩れ落ちそうだ。
 ……いや、待って。マリーという名前を思い出しなさい。
 それが何よりの証明じゃないかと言い聞かせる僕に、マリーさんは真剣な瞳を向ける。
「もう一つ、ボクは君に伝えないといけないことがある」
 まさか……?
「ボクの本当の名前はプロキオンと言うんだ」
 こいぬ座の一等星ー! やっぱり、彼女は原作キャラの一人だった! 偶然、デザインが被ったモブキャラとかじゃなかった!
 衝撃で呆然とする頭にゲーム知識が思い出される。
 プロキオンさんはアストラ王国で一番大きな商会――仔犬商会のトップを務める。本人は自分の足で売買するタイプのため、各地をよく旅しているのだ。
 彼女のスキルは超激レアの【無限収納】で、どんなアイテムでも文字通り無限に収納できる。収納空間は時が止まるというチート仕様もあり、たくさんの魔道具や武器を預かる役割もあった。
 仲間になると最初は行商でお金やアイテムを稼ぎ、戦闘面は独自に入手した強力な武器で援護してくれるのだ。
 アンタレス伯爵家の断罪でも彼女は大活躍。仮面や偽名という設定はなかったはずだけど……どうして? その理由だけは絶対に聞いておきたい。
「な、なぜ、仮面に偽名を……?」
「いつしか、初対面の人と話すときは仮面をつけて偽名を名乗る癖がついてしまってね。ティエリー君たちは良い人だけど、中には騙そうとしてくる悪い人がいるんだ。商人ならではの防犯意識ってところかな」
「それはとても良い心掛けですね、ははは」
 ……もう! それはずるいよ! また僕を断罪する人を助けちゃった! 商人としては隙がなくて立派だけども!
 本編スタート前において、仮面とか偽名とかそんな裏設定があったとは……。ちょっとでいいからどこかに書いといてね、開発の人。
 あれこれ考える僕に対しプロキオンさんは黙って考え事をしていたようだけど、ずいぶんと真剣な瞳で僕を見た。
「ティエリー君、ボクは仔犬商会という商会を運営しているのだけどね」
「ええ、よく知ってます」
「ここに支部を作らせてもらえないかい?」
「……いぇぇえ!?」
 支部を作りたいと言われ、自分でもよくわからない声が出てしまった。だって、不意打ちすぎるもの。
 動揺冷めやらぬボクに構わず、彼女は事業計画とやらを説明してくれる。
「ボクはもっともっと商会を大きくしたくてね。日々、新しい支部を置ける場所を探しているのさ」
「たしかに、プロキオンさんはそのために原作主人公たちと冒険していましたものね。なんだか懐かしいです」
「? ゲンサクシュジンコウってなんだい?」
「すみません、こっちの話です」
「ふーん、なんだかボクに関わる重要な言葉の気がしたけど……何はともあれ、この終焉原野でボクは商売させてほしいと思った。領地が誇る素晴らしい作物や資源を、是非とも外の世界に売らせてほしい。領地の中で消費するだけじゃもったいないよ。何より、良い品を直接扱うことが商売人冥利に尽きる、ってものなんだ」
 真剣な瞳で語るプロキオンさんからは商人の気概がひしひしと伝わる。ゲームをプレイするだけでは、ここまで彼女の背景は描かれなかった。商売にあたり領地に入るお金もかなり高額なので、財政はかなり潤うだろう。これが単なる領地開拓なら何の制約もなく了承していたけど、僕は原作キャラに断罪される悪役モブ貴族。
 プロキオンさんの支部を作っていいのだろうか……。
 というか、一緒に住む流れになっているけど問題ないのだろうか。
 そもそも、ベテルギウスさんがいるだけでお腹いっぱいなんですけど……。
「ティエリー様を中心としてどんどん領地が発展しておりますね。お仕えする者として非常に喜ばしく思います」
『お友達がまちゃ増えちゃうの嬉ちいね』
「うむ、ティエリー氏を慕う人間が増える光景を見るのは我も楽しみだ」
「わっちも賑やかな方が楽しいでありんす」
 スピカとピピやベテルギウスさん、ミアさん、そして領民のみんなは支部ができるのが楽しみみたい。内心であれこれ思っているうちに、ここで断ったらその方が悪役っぽい雰囲気になってしまった。仕方がない……まぁ、大丈夫でしょう。
 何と言っても、ここはキング・オブ・辺境だ。間違っても、いちばん来てほしくない原作キャラがわんさか来るようなことはないはず。賑やかな方が楽しいのはその通りだし、むしろプロキオンさんから高評価を得た方がいい説もある。
「わかりました。ぜひ、支部を作ってください。どうせなら、本部になるくらいまでとにかく大発展をお願いします」
「ありがとう! 終焉原野の環境は新支部の設立場所にピッタリだよ! もちろん、ティエリー君が一番恩恵が享受できるよう頑張らせてもらう! しかし、支部を作るには部下が必要だ。選りすぐりの部下たちを呼んでもいいかい、ティエリー君?」
「どうぞどうぞ、好きなだけ呼んでください。いっそのこと、商会の人全員来てもいいです。この土地はやたらと広いので」
「大盤振る舞いじゃないか、ティエリー君!」
 プロキオンさんは大喜びする。最後の方は僕も気分がよくなってしまい、つい大きなことを言ってしまった。
 ピピが僕の肩の上で小ちゃな右手を突き上げる。
『みんなのお家作りゅのよ!』
「「おおおー!」」
 自分の調子いい物言いが後々思いも寄らない展開を持ってくるとは、このときの僕は知る由もないのであった。

 ◆◆◆(三人称視点)

 プロキオンが新しい仲間となった日の夜。寝静まった領内で、やはりスピカはティエリー新聞の製作に励んでいた。すっかりお馴染みとなった記念撮影の写真を焼き付け、羽根ペンを走らせる。
 普段と異なるのは、部屋の中に彼女以外二人の女性がいることだった。
「まさか、あの新聞はこんな場所で製作されていたとはね」
「わっちも初めて来たときはすごく驚いたでありんすよ」
 部屋にいるのはプロキオンとミア。いずれもスピカが呼んだためここにおり、新聞製作を嬉々として眺めていた。
(新聞は私だけでも作れるが、もっと効率を高めて生産量を増やしたい……)
 ゆくゆくはアストラ王国の全国民に届けられるくらいに増産したいと考えており、そのために二人に情報共有したのだ。製作が一段落したスピカはミアに問う。
「その後、例の物はどうですか?」
「順調だけどもう少し時間がかかりそうでありんす。いかんせん、初めて考えるタイプの魔導具でござんすからね。でも、完成が今から楽しみでありんすね。完成すれば今よりずっと量産が容易になりんすよ、ククク……」
 増産について思索を重ねたスピカは、自力で印刷機の概念に辿り着いた。そこで、魔導具製作に長けたミアに作れないか申し出たのだ。ちなみに、ベテルギウスがいるとそれだけで魔導具が壊れるので、彼女は新聞の存在は知りつつも製作には関わっていなかった。
 羽根ペンを走らせるスピカに、プロキオンは余裕のある表情で話す。
「増産後の配達は任せてくれたまえ。仔犬商会が持つあらゆるルートを駆使するつもりさ」
「ありがとうございます。ただし、わかってはいると思いますが……」
「抜かりないよ、スピカ君。ティエリー君に教えるのはもっと規模が大きくなってから、だよね。どうせなら思いっきり驚かせようじゃないか、ククク……」
 室内にはククク……という含み笑いが止まらない。製作を終えた後は紙飛行機で国内にバラ撒き、ティエリーの成果が世の知ることとなるよう星空に願う。
 地道なこの活動は着実に結果を出しており、やがては原作キャラのみならずアストラ王国の王女にまでティエリーの存在は伝わってしまうのだった。