ひと悶着の和解の後、ベテルギウスさんが仲間になって、あっという間に数日が過ぎた。その間、僕は彼女の動向をさりげなく監視しているが……。
「いやはや、労働とは気持ちのいいものだ。訓練とはまた違った汗が気持ちいいな。畑が耕される過程を見るのは非常に楽しい。騎士を引退したら農家への転身を本格的に考えよう」
すこぶる真面目だった。今も土ゴーレムと一緒に畑を耕したり、水を汲んだりと領地開拓に勤しんでくれている。ベテルギウスさんは基礎的な身体能力が相当に高いためか、鍬(くわ)捌(さば)きもかなりのものだ。彼女が通った箇所は、土ゴーレムの担当範囲より何段階も土が耕されていることが容易にわかる。
「ふむ、申し分ない活躍ぶりです。さすがは鍛錬を積まれた騎士です」
『ベテしゃんは何でもできてしゅごいねぇ』
スピカやピピとの関係も良好。もちろんのこと、寝ているときにこっそりやって来て僕の首を刎ねるとか、心臓を突き刺すとかそんな攻撃もしてこない。
それはそうだ。冷静に考えたら、彼女が僕を断罪する原因はティエリー……というか、アンタレス伯爵家にある。実家から離れていれば、そもそも僕=悪役と認識されないのだから。真面目な暮らしを送る以上、下手に破滅はしないはず。
とはいえ! この世界はシナリオの分岐点がすこぶる多いゲーム、〔サガオブ〕の世界。いつどこで何がどう転んで断罪フラグが立つかわからない。ましてや、今は本編の一年前だし引き続き警戒は続けよう。何より余計なトラブルを起こさないように……。
「昨晩少し考えたのだが……ティエリー氏、我の婚約者になってはくれまいか?」
……えっ!? いきなり、何を言い出すの!? できるわけないでしょう!
慌てて否定しようとしたら、何者かが僕の前に立ちはだかった。
「おいコラ、クソ騎士。突然、なに寝ぼけたこと言ってんだ。終焉原野に来たのも、端からティエリー様が目的か? ふざけんじゃねえぞ」
「ど、どうしたんだ、スピカ氏。いつもとまったく態度が違うじゃないか。ちょっと怖いぞ」
あまりの豹(ひょう)変(へん)ぶりに、さすがのベテルギウスさんもたじたじとするばかりだ。トラブルを起こさないように、と誓ったばかりなのに!
僕の顔を抱き締めながら、ピピがぷるぷると震えながら呟く。
『ティ、ティエリーしゃん、婚約者ってなに何?』
「け、結婚相手、って意味だよ」
『しょっか、しょれは怒るね。スピカしゃん、ティエリーしゃんのこと大しゅきだから』
知らぬ間にベテルギウスさんは畑の片隅に追い詰められ、作物を背に逃げ場を失っていた。
厳しい追及を受け、しどろもどろに弁明するばかりだ。
「なんであんなことを言ったんだ、おい?」
「えっとだな、それは父君が早く結婚しろとうるさくて……ティエリー氏は誠実だし責任感もあるしいいかなと……」
「お前の事情なんか知らねえんだよ、こんちくしょう!」
ドスの利いた声が長閑な畑に響き渡る。スピカ、めっちゃ怖い。普段は淡々と冷静だから、恐怖がより倍増されるようだ。土ゴーレムもぷるぷると震えるばかり。
しばし、スピカが耳元で囁いた後、緊張した面持ちのベテルギウスさんが戻ってきた。
「ティエリー氏、今の話は忘れてくれ。軽率な発言だったことをここに謝罪したい」
「い、いえ、気にしないでください。みんな仲良く暮らすのが一番なので……と、ところでスピカ? 屋敷から離れた領地の開拓をしようと思うのだけど、一緒に手伝ってくれた嬉しいな~、なんて」
「そうですね。もちろん、お供いたします」
どことなく緊張が解れた土ゴーレムたちに畑の耕しやティエリーハウスの管理を任せ、僕はスピカ、ピピ、ベテルギウスさんと北に向かう。
屋敷を中心として、少しずつ人が住める領域を増やす予定だ。今のところは水も食糧も住む家も確保されているし、無理して領地を広げる必要はない。
でも、ここにはスピカたちも住んでいる。彼女たちのためにも、なるべく良い環境を用意してあげたい。その方がベテルギウスさんからの心証もよくなるだろうし。
ティエリーハウス周辺から離れると、瘴気に汚染された地面が姿を現す。
「綺麗な土になって……【エヴォリューション】!」
「『おおお~!』」
【ミニゲーム】スキルを使えば、一瞬で綺麗に浄化された。ゲーム機を確認すると、地面に対するGPの消費量が以前より減っている。何度も使うとスキルが成長するようだ。
北にしばらく進んだところで、遥か前方にうにゃうにゃした影の集合体みたいなものが見えた。いくつもの影が一か所に集まっている感じ?
「何だろう、あれ?」
『変なのが見えるねぇ』
「我の目でも遠すぎてわからんな」
「では、私の出番でございますね」
スピカが前髪を上げ、【サーチアイ】を発動する。しばし観察した後、彼女は空中に映像を映しながら教えてくれた。
「……ティエリー様、あの影は設営された多数のテントでございます。距離はおよそ一キロメートルほど先です。弱くはありますが、全体にバリアが張られてもいます」
「へぇー、テントか。バリアを張れるなんてすごいよ。領民はいないはずなのに誰かが住んでいたのかな?」
「あるいは、盗賊や山賊かもしれんな。奴らは本当にどこにでも現れる」
『ええ~、おっかない人やぁよぉ』
ベテルギウスさんの呟きに、僕たちを包む空気が固くなる。彼女が話すように、たしかに盗賊と称される一団はありとあらゆる場所でエンカウントした。〔サガオブ〕の仕様が生きているとすれば、その可能性は十分にある。
「僕たちの住んでいる場所からそこそこ近いし、もしそうなら倒した方が良よさそうだね」
「ティエリー様の許可なく滞在するとはいい度胸ですね。盗賊や山賊の類いの場合は粛正が……いえ、どうやらその必要はなさそうです。身なりや装備などから、彼らは難民と考えられます」
「えっ、難民……瘴気でだいぶダメージを受けているんじゃない?」
「はい、だいぶ疲れた様子ですね」
映像の人間たちはみな顔に生気がなく、疲労感が強く滲む。
「大変だ。急いで助けに行こう」
瘴気は毒のようにじわじわと体力を削る。放って置いたら死んでしまうのは明白だ。難民の中に原作キャラはいないだろうし、見捨てるのは有り得ない。
テントの近くまではスピカのおんぶですっ飛ばし(無論、ベテルギウスさんは自分で走った。非常に疾きこと風の如し)、ある程度近づいたら難民を驚かさないよう岩陰に隠れながらゆっくりと近づく。
徐々に拠点の様子がよく見えてきた。ここまで近づくとバリアも目視が可能だ。ドームのように拠点全体を守るバリアは非常に薄くて弱々しいけど、これほどの規模を展開できる人は〔サガオブ〕でも限られているはずだ。
テントの数は……ざっと数えて二十張くらい。どれもボロボロで所々穴が開いている。外に出ている人はみな身体が汚れ身なりは貧しい。人数は結構多く確認される。見える範囲で五十人ほどはいそうだ。
ちょうど食事の最中らしいけど、みんなほとんど水と思しきスープを啜(すす)るだけ。だいぶ苦しい生活を送っているのだろう。
……などと、岩陰で思っていたとき。目の前の地面に数本の矢が放たれた。矢先に括り付けられた玉から煙が……。
「ティエリー様、危険です!」
スピカが咄(とっ)嗟(さ)に僕を抱えて後方に飛び退いた。直後、矢が激しく爆発して岩は木っ端微(み)塵(じん)微塵に砕けてしまった。攻撃!?
「こ、ここには大した物はないでありんすよ! 見ての通り、貧乏人と病人ばかりだに!」
女性の声が響くとともに、テントの方から武装した難民が何人も迫りつつあった。
攻撃はバリアを貫通したのに、バリアに穴は開いていない。難民の攻撃だけ自由に通す仕様から、かなりの高度な魔法技術によるものとわかった。
およそ十人ほどの難民が剣や手斧などの武器を手に持ち、僕たちに近寄ってくる。みんな疲れているのかフラフラと足取りがおぼつかず、中には武器の重さで転びそうになる人までいた。
ベテルギウスさんが腰の剣に手を当てながら、そっと僕の耳元で呟く。
「どうする、ティエリー氏。身のこなしを見る限り、彼らは戦闘訓練を受けた経験はないようだ。装備もだいぶ質が悪い。到底、本来の目的を果たすことはできないだろう。バリアの突破も我なら可能だ。制圧することは簡単だと推測されるが……?」
たしかに、彼女の手にかかれば制圧は造作もないだろう。だけど、現時点では避けるべきだと考える。
「いえ、まずは誤解を解きましょう。静かに接近したことが余計な警戒心を生んでしまったかもしれませんし」
僕は両手を広げながら難民たちに近づく。攻撃の意思がないことを示すのだ。
「ティエリー様、危険です!」
『痛たになっちゃったら大変なの!』
「我々もともに行こう。まったく、行動力がありすぎるのも考え物だぞ」
スピカとピピ、ベテルギウスさんはすぐに後を追ってきてくれた。武器を構える難民たちが警戒を解いてくれるよう、務めて冷静に話しかける。
「落ち着いてください、僕たちは盗賊団でも山賊でもないです。姿を隠して近寄ってすみません。というのも僕たちは……」
「ええい、うるさいでござんす! みんなそうやって騙(だま)してくるんすよ!」
先頭に立つ、茶髪をボブカットにした女性が叫ぶ。続けて、手に持った剣を僕に向かって勢いよく翳(かざ)した。
「わっちが長からに! 仲間には指一本も触れさせないでありんす!」
難民たちはみな、旅人を思わせる薄汚れたローブを纏(まと)纏う。ローブにはエキゾチックな模様が描かれ、中世ヨーロッパ風の異世界でありながらどことなく異国感を覚えた。
彼女の服装が一番模様が多いことから、どうやら難民のリーダーらしいと推測される。その口ぶりから、今まで盗賊や山賊に何度も襲われた経験があるとわかった。テントの形態から携帯式であることが予想され、たぶん各地を旅して回る人たちなのだろう。瘴気のダメージも色濃いし、警戒心MAXのときに訪問してしまったかもしれない。
「いきなり訪ねて申し訳ありません。僕はティエリーと言いまして、この土地の領……」
「だから、みんなそうやってわっちらを騙そうと……ぬわあああああああっ!」
突然、リーダー女性の足下がひび割れ、地中から巨大なワームが出現した。続けて、何体もの少し小さなワームまで現れる。
「ティエリー様、大変です! あの魔物たちは……!」
「Bランク魔物――グランドワームだ!」
地中の鉱石を喰らい固くなった体表は、生半可な剣や斧など簡単に弾き返す強敵だ。リーダー女性を捕らえた個体は、地面から出ている部分だけでも十メートルほどはあるから、瘴気によってかなり大型化したグランドワームだと考えられる。
彼女は口の部分に捕まっており、今にも喰われそうだった。他の個体も通常よりは十分に大型で、静かな拠点はたちまちパニックに包まれた。
すかさず、ベテルギウスさんが居合い斬りの体勢を取る。
「まずは我がバリアを破壊する……《絶影斬(ぜつえいざん)》!」
Z字の斬撃が放たれ、バリアが粉々に砕け散った。続けて、スピカとピピがさらなる追撃を放つ。
「【レーザーアイ】!」
『みんなを守るのよ! 歌っちぇ倒すね!』
歌うってまさか即死攻撃? ちょっと待って、心の準備が!
『ラララ~♪』
綺麗な歌声! グランドワームが次々と倒れていく様子から仲間には美しい調べに聞こえ、敵には即死攻撃になるとすぐに理解できた。
リーダー女性を捕らえた個体は仲間を盾にして攻撃を防ぎ、素早く地中に逃げようとする。
「わっちの末路が魔物の腹の中なんてえええええ!」
このままじゃまずい! 土を武器に進化させよう!
「爆発する土になって……【エヴォリューション】!」
土団子を作ってグランドワームに投げる。そのお腹に当たるや否や、土団子は爆発したかのように弾け飛んだ。本物の爆弾みたいな威力だ!
リーダー女性がいたのは地上スレスレだったこともあり、ぽふっと地面に柔らかく着地した。僕たちは急いで彼女たちに駆け寄る。難民はみな疲れてはいるものの、大きな怪我はないとわかった。リーダー女性は呟くように感謝の言葉を口にする。
「助けてくれてありがとうでありんす……。其(そ)の方らが来なかったら、わっちらは全員死んでいたでござんすね……」
「怪我がなくて何よりです。僕たちも安心しました」
「いやいや、本当に感謝の極みで……って、そこにおる娘は狐人族とな!? 実際に会えるなんてすごく珍しいでござんすよ」
「そうですね(そして、ティエリー様の妻でもございます)」
驚くリーダー女性に対し、スピカは淡々と答える。どこか得意気なのは、珍しいと言われたからだろう。
「ほぇ~、わっちも久しぶりに見たでありんす……って、こっちにはマンドラゴラ!? 早く地面に埋めた方が……!」
『わたち、ピピ!』
「ひぃぃ、即死するでありんす~」
「大丈夫、落ち着いてください。ピピは他のマンドラゴラとは違うんですよ。即死することはありません」
端的に説明すると、リーダー女性は胸を撫でおろした。
「……そういうことでありんしたか。興奮して申し訳ない限りでござんす。其の方は子どもなのに落ち着いていて立派でありなす。わっちらが攻撃を仕掛けても反撃しなかったし……なんだか、人間性の違いを感じるでありんすね……」
リーダー女性と同じように、他の難民もしょんぼりと俯く。その様子にスピカたち領地の三人も事情を把握したようで、僕たちは静かに顔を見合わせた。
「いえ、僕たちこそ驚かせてしまいすみませんでした。改めまして、僕はティエリーと言います。この終焉原野の領主を務めています」
「領主殿!? ……いやぁ、これは失礼したでありんすね。勝手にテントを建てちゃって申し訳ないでありんす。わっちはミアと申して、こんなんでも一族の長を任されているんすよ。そうだ、ついでにガーベラを紹介しとくでござんす。彼女は他所からきた旅人で、今は一緒に旅しているんす。すごく優秀でわっちらも助かっているでありんす[I12.1]」
「こんにちは、ガーベラです」
紹介された人は、スピカやベテルギウスさんと同世代くらいの少女だ。黒い髪をハーフアップにしており、髪と同じ黒い目は大人しそうな印象だ。
僕は「よろしくお願いします」と、ミアさん及びガーベラさんと握手を交わす。ミアさんは初対面のときのギスギスした雰囲気はまるでなく、近所の優しいお姉さんみたいな印象だ。ついでに星の名前じゃない=原作キャラじゃないこともわかり、すこぶる安心できた。
スピカたちとの挨拶も終えた後、僕はミアさんに事情を尋ねる。
「見たところみなさんは旅をされているようですが、終焉原野にも旅で来たのですか?」
「おん。わっちらの一族はこの世のどこかに安寧の地がある、という一族の教えに基づいて、昔からずっと各地を旅しているでありんす。でも、どこに行っても拒絶されるばかりでなぁ……。悪いことは別にしていないのに、わっちらの風体や技能が不気味って話からに」
「そうだったんですか……それはお辛かったですね……」
「とうとう行く当てがなくなって、辿り着いたのがここだったという話でありんすね」
ミアさんは寂しげな表情で話す。彼女たちは異民族なのか、独特な服装も相まって王国民とは少し違った雰囲気を持つ。
行く先々の慣れない土地における迫害……。どれだけ厳しい生活だったのかは想像に難くない。
「ところで、皆さんは何人くらいいるんでしょうか?」
「ざっと百人ほどでありんすよ。子どもから老人まで何でもござれ、って感じすね」
「なるほど、百人……」
領地の開拓具合を考えると、全員連れて来られそうだけど……。チラッとスピカたち領地の仲間を見たら、みんなこくっと頷いた。
「ティエリー様のお考えに賛同いたします。いつだって、ティエリー様は最良の選択を選ばれますので」
『わたちも賛成するの』
「我も二人と同じ意見だ」
言葉を交わさずとも気持ちは通じ合っていたらしい。ありがとう、みんな。
頭の上に?が浮かんだ様子のミアさんに、僕はとある提案をする。
「もしよろしければ、この終焉原野に定住しませんか? 僕たちは数キロメートルほど南に住んでいるのですが、そこは瘴気の浄化が完了しています。自分で言うのも何ですが、豊かな畑と綺麗な川もあるのでとても住みやすいと思いますよ」
「うわっ、それは誠にありがたいお話でありんすね。でも、俄には信じられんくて……。わっちらはいろんな魔導具を作るのが生業で、拠点に張ってたバリアもそうでござんす。でも、いかんせん瘴気が強すぎてどうにもならんかってん」
「大丈夫です。僕たちの後ろを見てください」
ミアさんと難民たちは、僕が指差した方向に視線を向ける。ここに来るまでの【ミニゲーム】スキルで浄化された道が続いており、僕の話の信(しん)憑(ぴょう)性を証明してくれていた。
やはり瘴気の浄化は信じられない光景なのか、ミアさんと難民たちは唖然とするばかりだ。
「なんと……本当に瘴気が浄化されているとは……。もしかして、ティエリー殿は神様でありんすか?」
「いやいや、ただのしがない坊やですよ」
「冗談も甚だしいでありんすな。わっちらの魔導具でも浄化なんてまったくできなかったのに……」
魔導具……。そういえば、彼女の話によく出てくる言葉だ。何か頭に引っかかるような……あっ!
もしかして……いや、この人たちは確実に……流浪の民だ!
彼らは代々、魔道[I13.1]具作りの技術とスキルを持つ。様々な便利魔導具を作って原作主人公の冒険を助けてくれる人たちなのだ。滅多にエンカウントできない、〔サガオブ〕の中でも超激レアなキャラたちじゃないか!
その姿はずっと謎にされており、終ぞ僕もゲーム内で出会うことはできなかった。転生して初めて会うとは何[I14.1]なんだかとても不思議だ。
様々な嬉しさを胸に僕は右手を突き上げた。
「では、みんなで僕のお家に行きましょー」
「『おおお~』」
僕は新たな仲間を引き連れ、のんびりできる自宅――ティエリーハウスに向かう。
□□□
帰り道は数体の魔物が襲ってきたけど、その都度スピカやベテルギウスさんが撃退してくれ、みんな無傷でティエリーハウスに辿り着いた。土ゴーレムたちが手を振って出迎えてくれる。
初期状態の終焉原野とはすっかり様変わりした領地を見て、ミアさんは仲間の民たちと一緒に驚きの感想を口にする。
「へぇー! これは立派な屋敷と畑でありんすね! ここだけ別世界からに!」
「建物はピピが造ってくれたんですよ」
『えっへん、わたちしゅごいでしょ?』
僕の肩で胸を張るピピを撫で撫でする。ミアさんは暫し呆然とした表情で佇んでいたけど、やがて絞り出すように呟いた。
「ティエリー殿、わっちらは確信したに。この場所こそが、一族の教えに伝わる楽園そのものだと……。改めて、感謝の言葉を述べるとともにと忠誠を誓うでありんす」
ミアさんと難民たちは跪くと、僕に向かって首を垂れた。女神でも崇めるかのように、およそ百人が頭を下げる。
「良い光景ですね」
とスピカが呟き、ベテルギウスさんは満足げに頷く。なんかいかにも悪役貴族っぽい誤解されそうな光景! 頭に過る断罪フラグを追い払いながら、僕はミアさんを宥(なだ)める。
「ちゅ、忠誠って、そんな……僕たちは同じ仲間じゃないですか。お願いしますので頭を上げてください」
「いや、ティエリー殿はわっちらを導いてくれたでありんす。だから、忠誠を誓うのは当然でござんすよ。……みんなもそう思うでありんすよね!?」
頷く流浪の民御一行様。見れば見るほどアンタレス伯爵家で父上たちが使用人を跪かせていた光景と重なる。在らぬ誤解を抱かれるのは嫌だよ~……そうだ。
「ピピ、皆さんのお家を建てて差し上げて!」
『わかっちゃ! ……それー!』
地面にキラキラと光の粉が舞い下りたかと思うと、次々と何軒もの家が建築される。ティエリーハウスに帰る道中、だいだいの家族構成を聞いていたので、みんながのんびり過ごせるように造ってもらった。「ミアさんたちの家です」と説明したら、彼女たちは喜びを隠せないようだった。
「とうとう、わっちらの家が……! ずっと同じ場所に住めるなんて夢のようでありんすね! ……みんな、ティエリー殿に今一度感謝の意を示すでござんすよ!」
またもや礼拝が始まりそうになったちょうどいいタイミングで、ベテルギウスさんがお腹を抱えて崩れ落ちてくれた。
「ごふっ……かはぁっ! はぁ……はぁ、ダメだ……我はここまで、かもしれん……! 我は気にするな……お前達だけでも……!」
そういえば、そろそろお昼ご飯の時間だ。僕はミアさんたちに提案する。
「お腹も空きましたし、このまま食事にしましょう。領地の作物や魔物のお肉で作った料理はおいしいものばかりですよ。最近は釣りも好調で、珍しい魚がたくさんゲットできているんですよ」
「飯! わっちらも手伝うでありんす!」
流浪の民と一緒に食事の用意が始まった。およそ百人分の準備なんて大変だと思っていたけど、スピカが主軸となって非常に効率よく進めてくれた。
あっという間に料理が完成し、周囲はおいしそうな匂いと活気に包まれる。
「『それでは……いただきま~す!』」
わいわいと始まった食事は、昨日までとは比べ物にならないくらい賑やかな時間だ。あちらこちらから笑い声やおいしいと語り合う声が絶えない。思い返すと、これほど大所帯での食事は初めてかもしれなかった。アンタレス伯爵家ではいつも食堂には入れてもらえず、自室でスピカと一緒に食べていたから。
昔のことをしみじみと思い出していたら、隣のスピカもまたしみじみと呟いた。
「ティエリー様、二人っきりでの食事は最高ですが、大人数での食事もなかなかに良いものですね」
「そうだね、本当に楽しいよ」
きっと、明日からはもっと賑やかになるのだろう。領民が増えて僕も嬉しい。
食事が済んだところで、ミアさんが外に出てほしいと話す。屋敷の前でしばし待つと、彼女と難民が地球儀みたいな丸い魔道具を持ってきた。
「これはわっちらが開発したバリアを生み出す魔道具――バリア球儀でありんす。魔力を登録した人は自由に出入りできるけど、魔物なんかは全部弾くでござんす」
「えっ、それはすごい技術ですね。アンタレス伯爵家にもそんな魔道具はありませんでしたよ」
バリア自体とても高度な技術であり、通過できる人を選べるなんて尚のこと高水準だ。ゲーム本編でも出てこなかったもの。スピカとベテルギウスさんも興味深そうに魔道具を眺める。
「非常に便利でございますね。どのような仕組みなのか気になります」
「おそらく、リシャール公爵家にもないだろう。いや、宮殿にもないはずだ。あったらバリアを展開しているはずだからな」
『よくわかんないけどすごいの!』
やっぱり、世間的にも極めてレアらしい。僕たち四人は順番で地球儀に手を当てて登録を終える。ミアさんが地面に置いた地球儀……ではなくバリア球儀のボタンを押した。
「起動でありんす!」
ピポパと懐かしい音が鳴ったのち、バリア球儀から眩い光が放たれる。上空まで達した後、ドームのように降り注ぐ。やんわりと透明に光るバリアが展開され、領地から拍手喝采が巻き起こった。
「ありがとうございます、ミアさん。これで僕たちの領地はより安全ですね」
「バリアはいつでも大きさを変えられるでありんすよ」
太陽の光や風が遮られることはなく、本当に自然そのままの状態なのが技術力の高さを感じる。どうなることかと思った領地開拓は、ありがたいことに着々と進んでいた。
「いやはや、労働とは気持ちのいいものだ。訓練とはまた違った汗が気持ちいいな。畑が耕される過程を見るのは非常に楽しい。騎士を引退したら農家への転身を本格的に考えよう」
すこぶる真面目だった。今も土ゴーレムと一緒に畑を耕したり、水を汲んだりと領地開拓に勤しんでくれている。ベテルギウスさんは基礎的な身体能力が相当に高いためか、鍬(くわ)捌(さば)きもかなりのものだ。彼女が通った箇所は、土ゴーレムの担当範囲より何段階も土が耕されていることが容易にわかる。
「ふむ、申し分ない活躍ぶりです。さすがは鍛錬を積まれた騎士です」
『ベテしゃんは何でもできてしゅごいねぇ』
スピカやピピとの関係も良好。もちろんのこと、寝ているときにこっそりやって来て僕の首を刎ねるとか、心臓を突き刺すとかそんな攻撃もしてこない。
それはそうだ。冷静に考えたら、彼女が僕を断罪する原因はティエリー……というか、アンタレス伯爵家にある。実家から離れていれば、そもそも僕=悪役と認識されないのだから。真面目な暮らしを送る以上、下手に破滅はしないはず。
とはいえ! この世界はシナリオの分岐点がすこぶる多いゲーム、〔サガオブ〕の世界。いつどこで何がどう転んで断罪フラグが立つかわからない。ましてや、今は本編の一年前だし引き続き警戒は続けよう。何より余計なトラブルを起こさないように……。
「昨晩少し考えたのだが……ティエリー氏、我の婚約者になってはくれまいか?」
……えっ!? いきなり、何を言い出すの!? できるわけないでしょう!
慌てて否定しようとしたら、何者かが僕の前に立ちはだかった。
「おいコラ、クソ騎士。突然、なに寝ぼけたこと言ってんだ。終焉原野に来たのも、端からティエリー様が目的か? ふざけんじゃねえぞ」
「ど、どうしたんだ、スピカ氏。いつもとまったく態度が違うじゃないか。ちょっと怖いぞ」
あまりの豹(ひょう)変(へん)ぶりに、さすがのベテルギウスさんもたじたじとするばかりだ。トラブルを起こさないように、と誓ったばかりなのに!
僕の顔を抱き締めながら、ピピがぷるぷると震えながら呟く。
『ティ、ティエリーしゃん、婚約者ってなに何?』
「け、結婚相手、って意味だよ」
『しょっか、しょれは怒るね。スピカしゃん、ティエリーしゃんのこと大しゅきだから』
知らぬ間にベテルギウスさんは畑の片隅に追い詰められ、作物を背に逃げ場を失っていた。
厳しい追及を受け、しどろもどろに弁明するばかりだ。
「なんであんなことを言ったんだ、おい?」
「えっとだな、それは父君が早く結婚しろとうるさくて……ティエリー氏は誠実だし責任感もあるしいいかなと……」
「お前の事情なんか知らねえんだよ、こんちくしょう!」
ドスの利いた声が長閑な畑に響き渡る。スピカ、めっちゃ怖い。普段は淡々と冷静だから、恐怖がより倍増されるようだ。土ゴーレムもぷるぷると震えるばかり。
しばし、スピカが耳元で囁いた後、緊張した面持ちのベテルギウスさんが戻ってきた。
「ティエリー氏、今の話は忘れてくれ。軽率な発言だったことをここに謝罪したい」
「い、いえ、気にしないでください。みんな仲良く暮らすのが一番なので……と、ところでスピカ? 屋敷から離れた領地の開拓をしようと思うのだけど、一緒に手伝ってくれた嬉しいな~、なんて」
「そうですね。もちろん、お供いたします」
どことなく緊張が解れた土ゴーレムたちに畑の耕しやティエリーハウスの管理を任せ、僕はスピカ、ピピ、ベテルギウスさんと北に向かう。
屋敷を中心として、少しずつ人が住める領域を増やす予定だ。今のところは水も食糧も住む家も確保されているし、無理して領地を広げる必要はない。
でも、ここにはスピカたちも住んでいる。彼女たちのためにも、なるべく良い環境を用意してあげたい。その方がベテルギウスさんからの心証もよくなるだろうし。
ティエリーハウス周辺から離れると、瘴気に汚染された地面が姿を現す。
「綺麗な土になって……【エヴォリューション】!」
「『おおお~!』」
【ミニゲーム】スキルを使えば、一瞬で綺麗に浄化された。ゲーム機を確認すると、地面に対するGPの消費量が以前より減っている。何度も使うとスキルが成長するようだ。
北にしばらく進んだところで、遥か前方にうにゃうにゃした影の集合体みたいなものが見えた。いくつもの影が一か所に集まっている感じ?
「何だろう、あれ?」
『変なのが見えるねぇ』
「我の目でも遠すぎてわからんな」
「では、私の出番でございますね」
スピカが前髪を上げ、【サーチアイ】を発動する。しばし観察した後、彼女は空中に映像を映しながら教えてくれた。
「……ティエリー様、あの影は設営された多数のテントでございます。距離はおよそ一キロメートルほど先です。弱くはありますが、全体にバリアが張られてもいます」
「へぇー、テントか。バリアを張れるなんてすごいよ。領民はいないはずなのに誰かが住んでいたのかな?」
「あるいは、盗賊や山賊かもしれんな。奴らは本当にどこにでも現れる」
『ええ~、おっかない人やぁよぉ』
ベテルギウスさんの呟きに、僕たちを包む空気が固くなる。彼女が話すように、たしかに盗賊と称される一団はありとあらゆる場所でエンカウントした。〔サガオブ〕の仕様が生きているとすれば、その可能性は十分にある。
「僕たちの住んでいる場所からそこそこ近いし、もしそうなら倒した方が良よさそうだね」
「ティエリー様の許可なく滞在するとはいい度胸ですね。盗賊や山賊の類いの場合は粛正が……いえ、どうやらその必要はなさそうです。身なりや装備などから、彼らは難民と考えられます」
「えっ、難民……瘴気でだいぶダメージを受けているんじゃない?」
「はい、だいぶ疲れた様子ですね」
映像の人間たちはみな顔に生気がなく、疲労感が強く滲む。
「大変だ。急いで助けに行こう」
瘴気は毒のようにじわじわと体力を削る。放って置いたら死んでしまうのは明白だ。難民の中に原作キャラはいないだろうし、見捨てるのは有り得ない。
テントの近くまではスピカのおんぶですっ飛ばし(無論、ベテルギウスさんは自分で走った。非常に疾きこと風の如し)、ある程度近づいたら難民を驚かさないよう岩陰に隠れながらゆっくりと近づく。
徐々に拠点の様子がよく見えてきた。ここまで近づくとバリアも目視が可能だ。ドームのように拠点全体を守るバリアは非常に薄くて弱々しいけど、これほどの規模を展開できる人は〔サガオブ〕でも限られているはずだ。
テントの数は……ざっと数えて二十張くらい。どれもボロボロで所々穴が開いている。外に出ている人はみな身体が汚れ身なりは貧しい。人数は結構多く確認される。見える範囲で五十人ほどはいそうだ。
ちょうど食事の最中らしいけど、みんなほとんど水と思しきスープを啜(すす)るだけ。だいぶ苦しい生活を送っているのだろう。
……などと、岩陰で思っていたとき。目の前の地面に数本の矢が放たれた。矢先に括り付けられた玉から煙が……。
「ティエリー様、危険です!」
スピカが咄(とっ)嗟(さ)に僕を抱えて後方に飛び退いた。直後、矢が激しく爆発して岩は木っ端微(み)塵(じん)微塵に砕けてしまった。攻撃!?
「こ、ここには大した物はないでありんすよ! 見ての通り、貧乏人と病人ばかりだに!」
女性の声が響くとともに、テントの方から武装した難民が何人も迫りつつあった。
攻撃はバリアを貫通したのに、バリアに穴は開いていない。難民の攻撃だけ自由に通す仕様から、かなりの高度な魔法技術によるものとわかった。
およそ十人ほどの難民が剣や手斧などの武器を手に持ち、僕たちに近寄ってくる。みんな疲れているのかフラフラと足取りがおぼつかず、中には武器の重さで転びそうになる人までいた。
ベテルギウスさんが腰の剣に手を当てながら、そっと僕の耳元で呟く。
「どうする、ティエリー氏。身のこなしを見る限り、彼らは戦闘訓練を受けた経験はないようだ。装備もだいぶ質が悪い。到底、本来の目的を果たすことはできないだろう。バリアの突破も我なら可能だ。制圧することは簡単だと推測されるが……?」
たしかに、彼女の手にかかれば制圧は造作もないだろう。だけど、現時点では避けるべきだと考える。
「いえ、まずは誤解を解きましょう。静かに接近したことが余計な警戒心を生んでしまったかもしれませんし」
僕は両手を広げながら難民たちに近づく。攻撃の意思がないことを示すのだ。
「ティエリー様、危険です!」
『痛たになっちゃったら大変なの!』
「我々もともに行こう。まったく、行動力がありすぎるのも考え物だぞ」
スピカとピピ、ベテルギウスさんはすぐに後を追ってきてくれた。武器を構える難民たちが警戒を解いてくれるよう、務めて冷静に話しかける。
「落ち着いてください、僕たちは盗賊団でも山賊でもないです。姿を隠して近寄ってすみません。というのも僕たちは……」
「ええい、うるさいでござんす! みんなそうやって騙(だま)してくるんすよ!」
先頭に立つ、茶髪をボブカットにした女性が叫ぶ。続けて、手に持った剣を僕に向かって勢いよく翳(かざ)した。
「わっちが長からに! 仲間には指一本も触れさせないでありんす!」
難民たちはみな、旅人を思わせる薄汚れたローブを纏(まと)纏う。ローブにはエキゾチックな模様が描かれ、中世ヨーロッパ風の異世界でありながらどことなく異国感を覚えた。
彼女の服装が一番模様が多いことから、どうやら難民のリーダーらしいと推測される。その口ぶりから、今まで盗賊や山賊に何度も襲われた経験があるとわかった。テントの形態から携帯式であることが予想され、たぶん各地を旅して回る人たちなのだろう。瘴気のダメージも色濃いし、警戒心MAXのときに訪問してしまったかもしれない。
「いきなり訪ねて申し訳ありません。僕はティエリーと言いまして、この土地の領……」
「だから、みんなそうやってわっちらを騙そうと……ぬわあああああああっ!」
突然、リーダー女性の足下がひび割れ、地中から巨大なワームが出現した。続けて、何体もの少し小さなワームまで現れる。
「ティエリー様、大変です! あの魔物たちは……!」
「Bランク魔物――グランドワームだ!」
地中の鉱石を喰らい固くなった体表は、生半可な剣や斧など簡単に弾き返す強敵だ。リーダー女性を捕らえた個体は、地面から出ている部分だけでも十メートルほどはあるから、瘴気によってかなり大型化したグランドワームだと考えられる。
彼女は口の部分に捕まっており、今にも喰われそうだった。他の個体も通常よりは十分に大型で、静かな拠点はたちまちパニックに包まれた。
すかさず、ベテルギウスさんが居合い斬りの体勢を取る。
「まずは我がバリアを破壊する……《絶影斬(ぜつえいざん)》!」
Z字の斬撃が放たれ、バリアが粉々に砕け散った。続けて、スピカとピピがさらなる追撃を放つ。
「【レーザーアイ】!」
『みんなを守るのよ! 歌っちぇ倒すね!』
歌うってまさか即死攻撃? ちょっと待って、心の準備が!
『ラララ~♪』
綺麗な歌声! グランドワームが次々と倒れていく様子から仲間には美しい調べに聞こえ、敵には即死攻撃になるとすぐに理解できた。
リーダー女性を捕らえた個体は仲間を盾にして攻撃を防ぎ、素早く地中に逃げようとする。
「わっちの末路が魔物の腹の中なんてえええええ!」
このままじゃまずい! 土を武器に進化させよう!
「爆発する土になって……【エヴォリューション】!」
土団子を作ってグランドワームに投げる。そのお腹に当たるや否や、土団子は爆発したかのように弾け飛んだ。本物の爆弾みたいな威力だ!
リーダー女性がいたのは地上スレスレだったこともあり、ぽふっと地面に柔らかく着地した。僕たちは急いで彼女たちに駆け寄る。難民はみな疲れてはいるものの、大きな怪我はないとわかった。リーダー女性は呟くように感謝の言葉を口にする。
「助けてくれてありがとうでありんす……。其(そ)の方らが来なかったら、わっちらは全員死んでいたでござんすね……」
「怪我がなくて何よりです。僕たちも安心しました」
「いやいや、本当に感謝の極みで……って、そこにおる娘は狐人族とな!? 実際に会えるなんてすごく珍しいでござんすよ」
「そうですね(そして、ティエリー様の妻でもございます)」
驚くリーダー女性に対し、スピカは淡々と答える。どこか得意気なのは、珍しいと言われたからだろう。
「ほぇ~、わっちも久しぶりに見たでありんす……って、こっちにはマンドラゴラ!? 早く地面に埋めた方が……!」
『わたち、ピピ!』
「ひぃぃ、即死するでありんす~」
「大丈夫、落ち着いてください。ピピは他のマンドラゴラとは違うんですよ。即死することはありません」
端的に説明すると、リーダー女性は胸を撫でおろした。
「……そういうことでありんしたか。興奮して申し訳ない限りでござんす。其の方は子どもなのに落ち着いていて立派でありなす。わっちらが攻撃を仕掛けても反撃しなかったし……なんだか、人間性の違いを感じるでありんすね……」
リーダー女性と同じように、他の難民もしょんぼりと俯く。その様子にスピカたち領地の三人も事情を把握したようで、僕たちは静かに顔を見合わせた。
「いえ、僕たちこそ驚かせてしまいすみませんでした。改めまして、僕はティエリーと言います。この終焉原野の領主を務めています」
「領主殿!? ……いやぁ、これは失礼したでありんすね。勝手にテントを建てちゃって申し訳ないでありんす。わっちはミアと申して、こんなんでも一族の長を任されているんすよ。そうだ、ついでにガーベラを紹介しとくでござんす。彼女は他所からきた旅人で、今は一緒に旅しているんす。すごく優秀でわっちらも助かっているでありんす[I12.1]」
「こんにちは、ガーベラです」
紹介された人は、スピカやベテルギウスさんと同世代くらいの少女だ。黒い髪をハーフアップにしており、髪と同じ黒い目は大人しそうな印象だ。
僕は「よろしくお願いします」と、ミアさん及びガーベラさんと握手を交わす。ミアさんは初対面のときのギスギスした雰囲気はまるでなく、近所の優しいお姉さんみたいな印象だ。ついでに星の名前じゃない=原作キャラじゃないこともわかり、すこぶる安心できた。
スピカたちとの挨拶も終えた後、僕はミアさんに事情を尋ねる。
「見たところみなさんは旅をされているようですが、終焉原野にも旅で来たのですか?」
「おん。わっちらの一族はこの世のどこかに安寧の地がある、という一族の教えに基づいて、昔からずっと各地を旅しているでありんす。でも、どこに行っても拒絶されるばかりでなぁ……。悪いことは別にしていないのに、わっちらの風体や技能が不気味って話からに」
「そうだったんですか……それはお辛かったですね……」
「とうとう行く当てがなくなって、辿り着いたのがここだったという話でありんすね」
ミアさんは寂しげな表情で話す。彼女たちは異民族なのか、独特な服装も相まって王国民とは少し違った雰囲気を持つ。
行く先々の慣れない土地における迫害……。どれだけ厳しい生活だったのかは想像に難くない。
「ところで、皆さんは何人くらいいるんでしょうか?」
「ざっと百人ほどでありんすよ。子どもから老人まで何でもござれ、って感じすね」
「なるほど、百人……」
領地の開拓具合を考えると、全員連れて来られそうだけど……。チラッとスピカたち領地の仲間を見たら、みんなこくっと頷いた。
「ティエリー様のお考えに賛同いたします。いつだって、ティエリー様は最良の選択を選ばれますので」
『わたちも賛成するの』
「我も二人と同じ意見だ」
言葉を交わさずとも気持ちは通じ合っていたらしい。ありがとう、みんな。
頭の上に?が浮かんだ様子のミアさんに、僕はとある提案をする。
「もしよろしければ、この終焉原野に定住しませんか? 僕たちは数キロメートルほど南に住んでいるのですが、そこは瘴気の浄化が完了しています。自分で言うのも何ですが、豊かな畑と綺麗な川もあるのでとても住みやすいと思いますよ」
「うわっ、それは誠にありがたいお話でありんすね。でも、俄には信じられんくて……。わっちらはいろんな魔導具を作るのが生業で、拠点に張ってたバリアもそうでござんす。でも、いかんせん瘴気が強すぎてどうにもならんかってん」
「大丈夫です。僕たちの後ろを見てください」
ミアさんと難民たちは、僕が指差した方向に視線を向ける。ここに来るまでの【ミニゲーム】スキルで浄化された道が続いており、僕の話の信(しん)憑(ぴょう)性を証明してくれていた。
やはり瘴気の浄化は信じられない光景なのか、ミアさんと難民たちは唖然とするばかりだ。
「なんと……本当に瘴気が浄化されているとは……。もしかして、ティエリー殿は神様でありんすか?」
「いやいや、ただのしがない坊やですよ」
「冗談も甚だしいでありんすな。わっちらの魔導具でも浄化なんてまったくできなかったのに……」
魔導具……。そういえば、彼女の話によく出てくる言葉だ。何か頭に引っかかるような……あっ!
もしかして……いや、この人たちは確実に……流浪の民だ!
彼らは代々、魔道[I13.1]具作りの技術とスキルを持つ。様々な便利魔導具を作って原作主人公の冒険を助けてくれる人たちなのだ。滅多にエンカウントできない、〔サガオブ〕の中でも超激レアなキャラたちじゃないか!
その姿はずっと謎にされており、終ぞ僕もゲーム内で出会うことはできなかった。転生して初めて会うとは何[I14.1]なんだかとても不思議だ。
様々な嬉しさを胸に僕は右手を突き上げた。
「では、みんなで僕のお家に行きましょー」
「『おおお~』」
僕は新たな仲間を引き連れ、のんびりできる自宅――ティエリーハウスに向かう。
□□□
帰り道は数体の魔物が襲ってきたけど、その都度スピカやベテルギウスさんが撃退してくれ、みんな無傷でティエリーハウスに辿り着いた。土ゴーレムたちが手を振って出迎えてくれる。
初期状態の終焉原野とはすっかり様変わりした領地を見て、ミアさんは仲間の民たちと一緒に驚きの感想を口にする。
「へぇー! これは立派な屋敷と畑でありんすね! ここだけ別世界からに!」
「建物はピピが造ってくれたんですよ」
『えっへん、わたちしゅごいでしょ?』
僕の肩で胸を張るピピを撫で撫でする。ミアさんは暫し呆然とした表情で佇んでいたけど、やがて絞り出すように呟いた。
「ティエリー殿、わっちらは確信したに。この場所こそが、一族の教えに伝わる楽園そのものだと……。改めて、感謝の言葉を述べるとともにと忠誠を誓うでありんす」
ミアさんと難民たちは跪くと、僕に向かって首を垂れた。女神でも崇めるかのように、およそ百人が頭を下げる。
「良い光景ですね」
とスピカが呟き、ベテルギウスさんは満足げに頷く。なんかいかにも悪役貴族っぽい誤解されそうな光景! 頭に過る断罪フラグを追い払いながら、僕はミアさんを宥(なだ)める。
「ちゅ、忠誠って、そんな……僕たちは同じ仲間じゃないですか。お願いしますので頭を上げてください」
「いや、ティエリー殿はわっちらを導いてくれたでありんす。だから、忠誠を誓うのは当然でござんすよ。……みんなもそう思うでありんすよね!?」
頷く流浪の民御一行様。見れば見るほどアンタレス伯爵家で父上たちが使用人を跪かせていた光景と重なる。在らぬ誤解を抱かれるのは嫌だよ~……そうだ。
「ピピ、皆さんのお家を建てて差し上げて!」
『わかっちゃ! ……それー!』
地面にキラキラと光の粉が舞い下りたかと思うと、次々と何軒もの家が建築される。ティエリーハウスに帰る道中、だいだいの家族構成を聞いていたので、みんながのんびり過ごせるように造ってもらった。「ミアさんたちの家です」と説明したら、彼女たちは喜びを隠せないようだった。
「とうとう、わっちらの家が……! ずっと同じ場所に住めるなんて夢のようでありんすね! ……みんな、ティエリー殿に今一度感謝の意を示すでござんすよ!」
またもや礼拝が始まりそうになったちょうどいいタイミングで、ベテルギウスさんがお腹を抱えて崩れ落ちてくれた。
「ごふっ……かはぁっ! はぁ……はぁ、ダメだ……我はここまで、かもしれん……! 我は気にするな……お前達だけでも……!」
そういえば、そろそろお昼ご飯の時間だ。僕はミアさんたちに提案する。
「お腹も空きましたし、このまま食事にしましょう。領地の作物や魔物のお肉で作った料理はおいしいものばかりですよ。最近は釣りも好調で、珍しい魚がたくさんゲットできているんですよ」
「飯! わっちらも手伝うでありんす!」
流浪の民と一緒に食事の用意が始まった。およそ百人分の準備なんて大変だと思っていたけど、スピカが主軸となって非常に効率よく進めてくれた。
あっという間に料理が完成し、周囲はおいしそうな匂いと活気に包まれる。
「『それでは……いただきま~す!』」
わいわいと始まった食事は、昨日までとは比べ物にならないくらい賑やかな時間だ。あちらこちらから笑い声やおいしいと語り合う声が絶えない。思い返すと、これほど大所帯での食事は初めてかもしれなかった。アンタレス伯爵家ではいつも食堂には入れてもらえず、自室でスピカと一緒に食べていたから。
昔のことをしみじみと思い出していたら、隣のスピカもまたしみじみと呟いた。
「ティエリー様、二人っきりでの食事は最高ですが、大人数での食事もなかなかに良いものですね」
「そうだね、本当に楽しいよ」
きっと、明日からはもっと賑やかになるのだろう。領民が増えて僕も嬉しい。
食事が済んだところで、ミアさんが外に出てほしいと話す。屋敷の前でしばし待つと、彼女と難民が地球儀みたいな丸い魔道具を持ってきた。
「これはわっちらが開発したバリアを生み出す魔道具――バリア球儀でありんす。魔力を登録した人は自由に出入りできるけど、魔物なんかは全部弾くでござんす」
「えっ、それはすごい技術ですね。アンタレス伯爵家にもそんな魔道具はありませんでしたよ」
バリア自体とても高度な技術であり、通過できる人を選べるなんて尚のこと高水準だ。ゲーム本編でも出てこなかったもの。スピカとベテルギウスさんも興味深そうに魔道具を眺める。
「非常に便利でございますね。どのような仕組みなのか気になります」
「おそらく、リシャール公爵家にもないだろう。いや、宮殿にもないはずだ。あったらバリアを展開しているはずだからな」
『よくわかんないけどすごいの!』
やっぱり、世間的にも極めてレアらしい。僕たち四人は順番で地球儀に手を当てて登録を終える。ミアさんが地面に置いた地球儀……ではなくバリア球儀のボタンを押した。
「起動でありんす!」
ピポパと懐かしい音が鳴ったのち、バリア球儀から眩い光が放たれる。上空まで達した後、ドームのように降り注ぐ。やんわりと透明に光るバリアが展開され、領地から拍手喝采が巻き起こった。
「ありがとうございます、ミアさん。これで僕たちの領地はより安全ですね」
「バリアはいつでも大きさを変えられるでありんすよ」
太陽の光や風が遮られることはなく、本当に自然そのままの状態なのが技術力の高さを感じる。どうなることかと思った領地開拓は、ありがたいことに着々と進んでいた。



