翌日、屋敷(スピカとピピによって、ティエリーハウスと命名された)から出た僕たちを澄んだ空気が出迎えてくれた。深呼吸すると身体の中まで浄化されるようだ。空は雲一つなく晴れ渡り、畑の美しい緑が非常に清々しい。
「いい天気で爽やか~! 空気が重い感覚もなくなったね。【ミニゲーム】スキルの効能は継続するみたいでよかった」
「ええ、ティエリー様のスキルは本当に素晴らしくございます」
『わたち、こんなに爽やかな空気吸っちゃの初めて。ティエリーしゃんが来るまでは、ずっと空気がピリピリしてちゃのよ』
ピピも嬉しそうに話す。昨日より領地の状態は改善したものの、まだまだ発展途上だ。
「この辺りは良いとして、浄化できていないところはたくさんあるなぁ。ちょっと状態を確認してみよう」
畑を通り過ぎると、すぐにボロボロの地面が現れた。三人で立ってみる。数秒も経たぬうちに肌が痛くなり、吸い込む空気が明確に重くなった。
「やっぱり、瘴気は重くて苦しいね。この環境でずっと暮らすのは無理だとよくわかるよ」
『嫌な懐かしさなの』
「そうですね(……おい、クソ土。舐めてるのか? ティエリー様が来たら勝手に浄化されろ)」
やはりというか地面には瘴気が染みこんでおり、浄化しなければとても立っていられない。まだまだ開拓が必要だ。
「みんなでゆっくりのんびり暮らせる土地にしよー!」
『わたちも頑張りゅ!』
「そうですね(ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす、ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす、ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす、ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす)」
回復したGPを消費して、別の一角を浄化する。それにスピカとピピが喜んでGPはさらに回復する。
……いいのか、これで? まぁ、この世界が良いのならいいんだろう。
浄化した地面にはピピが【植物魔法】スキルでレア作物の畑を作ってくれた。昨日と同じ種類だけじゃなく、また新しい作物がたくさん育つ。
ふと隣を見たら、スピカが前髪を上げて遠くを見ていた。目の周りが光っているから【サーチアイ】スキルを使っているようだ。
「ティエリー様、八百メートルほど西に進んだ場所で誰かが魔物の群れと戦っております」
「え、そうなの?」
「はい。現地の光景を空中に出します」
スピカが上を向くと、ゲームみたいな映像が現れた。鎧騎士の格好をした人が七匹もの狼型魔物と戦っている。しかも、その魔物は……。
「B級のシャドーウルフじゃないか!」
「ええ、あの数を考えると群れかもしれませんね」
『怖いのっ』
影のように黒い体表は物理的な強度が高く、俊敏な動きも合わせて敵を着実に追い詰める。等級は昨日倒したインパクトボアより二つも上だ。おまけに七匹もいるなんて非常に脅威だと言わざるを得ない。騎士は疲労が溜まっているのか動きが悪い。
「このままじゃあの人が危ないよ。すぐに助けに行こう」
「承知しました。それでは、ティエリー様とピピちゃまは私の背中に乗ってください。一気に走ります」
「わかった! ありがとう、スピカ」
彼女は狐人族だから身体能力も高いのだ。スピカがどんっ! と地面を蹴り、僕たちはそれこそ飛ぶように西に向かう。
スピカの身体能力によって、僕たちはあっという間に現地に着いた。シャドーウルフは円を作り鎧騎士を囲んでいる。数の差で負けていても鎧騎士は毅(き)然(ぜん)と剣を構えており、不思議と気位の高さが感じられた。
ジリジリと迫るシャドーウルフの注意を惹くため、僕たちは大声を張り上げる。
「こっちだ! こっちに来い!」
「私たちが相手をいたします!」
『狼しゃん、おいでー!』
三人で呼びかけたら、全てのシャドーウルフの注意を惹けた。騎士から離れ次々と僕たちに襲い掛かる。
「【レーザーアイ】!」
すかさず、スピカの目から放たれた光線が一瞬で二匹を黒焦げにする。
『わたちも戦うの!』
続けて、ピピが地面から出した巨大な蔦が一匹二匹と叩き潰す。僕も戦わなければ! でも、武器は持っていないし【ミニゲーム】スキルに攻撃能力はないし……そうだ!
ふと思いついたことがあり、僕は地面にゲーム機を向ける。
「強いゴーレムになって……【エヴォリューション】!」[I8.1][あ青8.2][I8.3]
周囲の地面が輝いて浄化された後、モコモコと盛り上がって何体もの土ゴーレムに姿を変えた。いずれも二メートルくらいとなかなかに大きい。
「残りのシャドーウルフを全部倒して!」
土ゴーレムは見た目からは想像もつかない素早さで走り、立て続けにシャドーウルフを倒す。三人で協力して戦った結果、すぐに片がついてしまった。
限界を迎えたのか、がくりと膝をついた鎧騎士の下に僕たちは急ぐ。
「「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」」
『ティエリーしゃんが来たからもう大丈夫よ!』
「……助太刀、感謝する。貴殿らが来てくれなければ危なかったところだ[I9.1]」
兜の向こうから聞こえた声は、以外にも女性の低い声だった。
立ち上がった彼女は、スピカほどじゃないけど背が高い。たぶん、一六五センチメートルほどだろう。遠目ではわからなかったけど、彼女の鎧は市販品ではないことが分[I10.1]わかる。
白銀の色合いからは重厚かつ清廉された美しさが漂い、胸当てや腰当てなどの各部位には星座を思わせるおしゃれな意匠が刻まれていた。
それにしても、なんだかどこかで見たことある感じがする鎧だ。ゲームのレア装備だったのかなぁ? 何はともあれ自己紹介だ。
「僕はティエリーと言いまして、この終焉原野の開拓を行っている領主です。無事でよかったです」
「……何、君が領主? これは失礼した。我は旅の騎士だ。来年、王国騎士団への入団を目指し各地を修行して回っているところでな。誠に勝手ながら魔物討伐をさせてもらっていた」
「いえ、それは別に構いませんけど……むしろ、凶暴な魔物を倒してくれてありがとうございます。そして、こっちにいるのが狐人族のスピカとマンドラゴラのピピです」
「初め」
『ましてなのー!』
二人を紹介したら、女騎士さんの驚きが兜越しでも伝わった。先ほどから彼女は兜を外さないのだけど、何か騎士の誇りみたいなものがあるのかもしれない。
「ほぅ、これは珍しい! 狐人族にマンドラゴラとは! どちらもこの目で見たのは初めてだぞ。先ほどの光線と植物魔法の戦闘は見事だった。攻撃を見た瞬間、只者ではないと思ったがまさかな……ん? しかし、なぜピピ氏は話せるのだ? 土から出て自由に動けるようだし……」
『ティエリーしゃんのスキルで、お話しできて動けるようになっちゃのよ』
「ふむ、それは興味深い。ティエリー氏、詳細を求む」
【ミニゲーム】スキルについて簡単に説明する。試しに、GPを少しだけ使って周囲の地面を浄化しよう。
「【エヴォリューション】! ……とまぁ、こんな感じです」
「本当に瘴気が浄化されたではないか! 伝説の聖女ですら不可能だったのに……貴殿は想像以上にすごい人物のようだな……」
女騎士さんは呆然と呟く。ゲームの設定通り、瘴気を浄化できる人はこの世界にいないようだ。
「あなたがここに来たのも修行の一環なんですよね? 瘴気で汚染されているのにすごい覚悟です」
「ありがとう。終焉原野は劣悪な環境と聞いていたから、むしろ修行にちょうどいい土地だと思ってな。だが、想像以上に瘴気の影響が厳しい土地だった。魔物は強く、身体を休められる場所もなかった。結果、消耗が続いて追い詰められたのだ。だから、助けてくれた貴殿たちには深く感謝を……かはっ! はぁ……っはぁ……っ! ……ああああっ!」
突然、女騎士さんがお腹を押さえて激しく苦しみ始めた。さっきまで元気だったのにどうして!?
驚く僕たちに、彼女は衝撃的な言葉を告げる。
「すまない、ティエリー氏……発作が始まった。ずっと耐えていたのだが限界だったようだ……」
「ほ、発作ですか!? 大変だ! すぐに手当しないと! スピカ、〈星詠みの雫〉はまだある!?」
「あ、あります! 直接飲んでもらいましょう!」
『大変大変大変なのよー!』
女騎士さんはもう立ち上がる元気もないのか、力なく呟くんばかりだ。
「ティエリー氏、スピカ氏、ピピ氏……貴殿らに会えてよかった……我は捨て置け……ここにいては貴殿らにも被害が生じてしまう……」
「そういうわけには!」
「これほど苦しい症状を空腹などと軽く名付けた人間が誰なのか……我は最後に知りたかったな……」
……女騎士さん! ただの空腹を発作とか怖い言い方するの止めてもらっていいですか! 騎士ギャグなの!?
『お腹空いてちゃだけで安心なの』
「そうですね(大袈裟すぎんだろうが。ティエリー様を心配させやがって、マジふざけんじゃねえぞ)」
ホッとした笑顔なピピの一方で、いつもは冷静沈着なスピカはピクピクと頬が引き攣(つ)っていた。あと少しで【レーザーアイ】が放たれそうだったね。
安心とやるせなさなどが複雑に入り交じった感情で、僕は淡々とお伝えする。
「八百メートルほど東に行ったところに僕たちの屋敷がありまして、その周囲は瘴気も浄化されています。もしよかったら一度来ませんか? お食事をご用意しますので」
「食事!? それは大変にありがたい。ぜひ、訪問させてくれ」
さっきまでの苦しそうな彼女はどこに行ったのか、女騎士さんは清々しいほど元気に立ち上がる。いずれにせよ、健康は健康みたいでとても安心した。
女騎士さんと土ゴーレムを引き連れ、僕たち一行はティエリーハウスに向かう。
帰り道魔物に遭遇することはなく、僕たちは無事に帰還を果たした。
「女騎士さん、ここが僕たちが住んでいる場所ですよ。屋敷周辺の地面は一通り浄化してありまして、畑も育てています」
「全てがあなたの食糧ではないので悪しからず」
『ティエリーしゃんが浄化してくれた土地に、わたちが作物を出したのよ!』
僕たちの説明を受けた後も、女騎士さんは呆然とした様子で佇(たたず)むばかりだ。先ほど【ミニゲーム】スキルを使ったときより衝撃が強いらしい。
「予想以上に……素晴らしい場所だな……。終焉原野にこのような美しい場所があるとは、外界にいるときはよもや想像もできなかったぞ。そう思うのはきっと我だけではないだろう。聖女にさえ不可能だったのだから。まさしく、ここは地上の楽園だ。美しさのあまり感動してしまうな」
最後の方は涙声なことからも、彼女の感動が伝わってくる。そんなに喜んでくれるなんてなんだか嬉しいな。開拓は自分たちが豊かに暮らすために進めているけど、こうして感動してくれたら努力がさらに報われたような気持ちになる。
女騎士さんはしばし黙った後、僕に向かって頭を下げた。
「ティエリー氏、頼む。ここを修練の拠点にさせてもらえないか?」
「それはつまり、女騎士さんも一緒に暮らすということですか? 僕は構いませんけど、スピカとピピは……」
二人を見ると、彼女たちはこくりと頷(うなず)いた。
『お友達がいっぱいだと嬉ちいの!』
「ティエリー様の隣にずっと滞在しなければ構いません。場合によっては【レーザーアイ】を行使させていただきますがね」
「そうか! ありがとう、深く感謝させてもらう!」
女騎士さんは明るい声で喜んだ後、今度は真剣な声音で僕に頼んだ。
「少なくとも今後一年間、我は終焉原野で修練を積んで成長したい。そのためには疲れを癒やせる拠点が必要だ。この土地で戦う者にとって、この場所は本当に楽園と言えよう。土地の発展具合はもちろんのこと……我は何より貴殿の誠実で穏やかな人柄に惚れ込んだのだ」
「人柄って……僕は何もしていませんよ」
「いや、強力な魔物の群れを躊(ちゅう)躇(ちょ)なく惹きつけるなど誰にでもできることではない。それに、貴殿は見ず知らずの人間を屋敷に連れて来てくれたではないか。その行動が貴殿の良心を証明しているんだ」
「目の前で助けを求めている人がいたら助けるのは当たり前だと思ってました」
「なかなかそうできないのが世の中というものさ。特に、この終焉原野のような劣悪な環境なら尚更な。あのまま放っておけば我は魔物に喰われて勝手に死ぬだろうし、食糧を無駄にすることもない。ティエリー氏の行動は誰でもできないことなのだ」
「ありがとうございます。なんだか照れちゃいますね」
女騎士さんは僕の行いを褒めてくれた。気恥ずかしいけど嬉しいね。
「もちろん、我は領地の発展も手伝わせてもらう。我が魔物を狩ってくれば素材も集まるし、日々の食生活もさらに豊かになるはずだ。では……よろしくな、ティエリー氏」
「こちらこそよろしくお願いします。一緒に住みよい土地にしていきましょう」
僕は女騎士さんと握手を交わす。何年も剣を振るってきた修練の重さが伝わる手だった。
『新しいお友達ができちゃー!』
「そうですね(領民が増えることはティエリー様にとっても吉報。ライバル枠に成りかねない人が増えるのは嫌ですが良よしとしましょう)」
最初はスピカと二人っきりで始めた、辺境の領地開拓。今では四人になった。
この先もっと楽しくなりそうだと思いを馳(は)せたところで、突然女騎士さんがお腹を抱えて跪跪(ひざまず)いた。
「ぐああああああっ……腹が……腹がああああ……!」
「……ああ、あなたはお腹が空いているんですよね。今ご飯を作りますから。あなたも手伝ってくださいよ」
再びお腹を押さえて叫ぶ女騎士さんに、スピカが何の抑揚もない声で答える。前髪で隠れて表情は見えないけど面倒な顔をしている気がする。
その後は四人でご飯を作り(とは言ったものの、結局ほとんどスピカが仕上げてくれた)、あっという間に早めのお昼ご飯が完成した。
酸味と甘味のバランスがみんなに好評だった〈ルナアップル〉と一口食べるだけで月にも行けそうなほど力が漲る〈ムーンアボガド〉のサラダや、昨日倒したインパクトボアのお肉を挟んだサンドイッチなどなど。主食も副菜もたくさん用意した。女騎士さんの瞳が輝いていることが兜越しによくわかる。
「では、さっそくいただこうとしよう! ……おっと、兜を外すのを忘れていた。何日も被りっぱなしだと身体の一部に感じられてしまうな」
わはは、と女騎士さんは豪快に笑いながら兜に手をかける。そっか、まだ顔を見てなかったんだよね。手練れの剣士っぽいからどんな女性なのか楽しみだ~。
彼女が兜を外すと、まずタイトなシニヨンにまとめた赤い髪が現われた。さらっと伸びたおくれ毛が印象的で、それがすでに騎士っぽい。髪と同じ赤色の瞳はルビーの如く美しさ。インターネットで女騎士と検索したら出てきそうな凜(り)々(り)しい女性だった。
『綺麗な人でしゅてきね~』
「そうですね(ちくしょうが。予想外の美人が出現しやがった。ティエリー様とせっかく二人っきりで過ごせるのにライバル枠を自分から作ってしまうなんて……。この女もティエリー様に好意を抱いているようだし)」
ピピは素直に喜びスピカは変わらず淡々とするけど、僕だけは途方もない衝撃を受けてしまった。
だって……だって!
「自己紹介が遅れてしまったな。我はベテルギウス。ベテルギウス・リシャールだ」
衝撃のあまり、僕は椅子から転げ落ちてしまった。
「う、うわああああっ」
「ティエリー様!?」
『ティエリーしゃん!?』
僕の可愛いお尻が! いつもなら赤くなっていないか心配するのだけど、今はとてもそんな余裕はない。
慌てて駆け寄るスピカとピピに構わず、僕は思いっきり叫んでしまった。
「ベテルギウスさんって、あのベテルギウスさんですか!? あの……【剣聖(マスターナイト)】の超激レアスキルを持ち、《神閃の刃》と呼ばれる最強の女騎士の!?」
「あ、ああ、そうだ。すごい勢いだな。急にどうした。尤(もっと)も、そういった大仰な二つ名に相応しい実力を備えている自負はない。最強などには程遠いし、まだまだ精進が必要だ。……しかし、ティエリー氏はずいぶんと我に詳しいのだな。今日初めて会ったと記憶しているが?」
「あ、いやぁ! あなたは有名なお方ですので!」
記憶違いでも思い違いでもないことが証明され、僕は。唖(あ)然(ぜん)とするばかりだった。先に名前を聞いておけばよかった!
有名な星の名を冠する彼女は、原作ヒロインの一人。全ての剣術が扱え、剣撃の威力を三倍に増加させる【剣聖】スキルを持ち、作中最強クラスの剣術で原作主人公の冒険を大いに助けてくれる。
出会った時点でドラゴン系統の魔物を一撃で倒せてしまうほどであり、最終的には成長した原作主人公の他には誰にも負けないくらいの強さを誇る。オリオン座の一等星という超メジャー級の名前にふさわしい、まさしく稀代の実力者と言えよう。
そういえば、本編スタートの一年前は国内各地を旅して修行を積んだ、という設定があったっけ。まさか、終焉原野も彼女の修行の場に含まれていたとは……書いといてよ、開発の人!
もちろんのこと、シナリオでは原作主人公とともにアンタレス伯爵家を断罪処刑する。〔サガオブ〕の物語や雰囲気はゆるりとしていたのに、断罪シーンはやたらとリアル寄りだった。
首を刎(は)ね飛ばされたティエリーが、血飛沫を上げながら「あ~れ~」と叫ぶ光景は記憶に新しい。さっきまでは気にならなかったのに、ベテルギウスさんの腰に提げられた剣が不気味な存在感を放っていた。
あの剣に僕(ティエリー)は断罪される……。
「ティエリー様、大丈夫ですか? お身体が震えていらっしゃいますが」
『あっちゃかいお茶でも飲む?』
「い、いや、大丈夫だよ。ありがとう、二人とも」
恐怖のあまり身体が震えていたらしい。そんな僕をベテルギウスさんは不思議そうに見る。
一旦冷静になろう。まだ間に合うはずだ。
幸い、今は本編の始まる一年前だし僕とベテルギウスさんに面識はない。下手なことをしなければ、即座に断罪されることはないはず。とはいえ、ベテルギウスさんが傍にいると落ち着かないのも確かだ。
僕の最大の目的は〝シナリオからも原作キャラからも避難して、のんびり安全に暮らすこと〟
……そうだ、ここに滞在したい気持ちがなくなるような逆営業をかければいいのでは?
それとなく誘導すれば、「確かに、終焉原野で修行は無理があるな。お家に帰ろう」ってなるかもしれない。まずは原作の設定を確認だ。
「ところで、リシャール家は公爵でいらっしゃいましたよね?」
「うむ、父君は我にさっさと結婚してもらいたいようだが、我にそんな気持ちはない。今はただ剣術を極めたいのだ。なかなか理解を得られず辟易しているところではある」
恐ろしいことに、ベテルギウスさんの実家は三大公爵家の一角だ。つまり、彼女は剣術が強いだけじゃなく、社会的な立場も非常に高いということになる。アンタレス伯爵家も貴族の中では上位だけど、それとはまるで比べ物にならない規模の大きさを持つ。領地の数は国内最大で、家の関係者は代々宰相や大臣など国の要職を務める。
彼女の部下にはリシャール公爵家が要する手練れの騎士がいっぱいいて、彼らもティエリーの断罪に一役も二役も買う。信頼するご令嬢を追いかけてきたら大変だ。なおさら、ベテルギウスさんにはお家に帰ってもらわなければならない。
僕はこほんと咳払いして逆営業を開始する。
「見ての通り、ここは終焉原野と呼ばれるほど辺(へん)鄙(ぴ)な土地でして。このような土地に、リシャール公爵家のご令嬢ともあろうお方に滞在いただくのは申し訳ないと思いまして……」
「? 貴殿は何を言っている。非常に劣悪なわけがないだろう。こんなに発展しているのに」
ベテルギウスさんが指差す方を振り向くと、なぜか窓の外に豊かな畑が見えた。
あれれ~? どうしてこんなに発展しているんだぁ~? 昨日まで荒地だったのにぃ~? ……僕が開拓したからだよ!
「た、確かに、屋敷の周りは開拓できています。ですが、終焉原野のほとんどは未開拓で地面は悪質な瘴気に覆われ立っているだけで身体が苦しみ、蔓延(はびこ)る魔物はどれも強力で、対峙するだけで死の危険があります」
「ティエリー氏が話すように、ここは修行には最適な環境だ。実践が一番成長できるのだが、なかなか良い場所や機会がなくて困っていたところでな。終焉原野での修行は、いつも訓練場にいる部下にとっても良い刺激になるだろう」
「しかしですね、豊かな土地を知り尽くしているであろう、ベテルギウスさんの希望を満たせるとはとても思えず……」
「? これほど豊かで素晴らしい土地は私も初めて見たぞ。食事だってどれも最高に美味だ。……うん、出された瞬間わかったが、どれも家の料理より遥かにうまい。リシャール公爵家のシェフが食べたら修行の旅に出てしまうかもな」
ベテルギウスさんは満足気にサンドイッチを齧(かじ)っては、頬っぺたを押さえてそのおいしさを堪能する。
僕はシナリオから避難したはずの劣悪な場所を、将来自分を殺しかねない人が寛(くつろ)げるような過ごしやすい環境にしちゃったってこと? ……何やってんの、僕!
「では、私たちもいただきましょう。……やはり、ティエリー様の隣でいただくお食事は百倍ほどおいしさが増します。本日より、この現象をティエリーデリシャスバフ効果と呼称させていただきます」
『みんなで飲むお水はおいちいねぇ。おいちおいち』
スピカとピピも楽しそうに食事を始め雰囲気が変わってしまう。頑張れ、僕……雰囲気に流されるな!
「しつこいようですが、終焉原野のような評判の悪い土地にいたら、ベテルギウスさんやリシャール公爵家の皆さんにご迷惑がかかる可能性がなきにしも非ずでして僕は不安です」
「だから、我の評判など気にする必要はない。貴殿も先ほど歓待してくれたではないか」
「いや、まぁ、そうなんですけど……」
「さあ、ともに食事を楽しもう。気遣ってくれるのはありがたいが、やりすぎるとティエリー氏の負担になってしまうぞ。この話は一旦終いだ」
「……はい、すみません」
結局、ああ言えばこう言う巧みな話術に翻弄されてしまい、逆営業は即効で失敗した。これがモブキャラとメインキャラのスペックの差か……なんて恐ろしい人。
『早く食べないと冷めちゃうよ、ティエリーしゃん』
「もしよかったら私が食べさせて差し上げましょうか?」
「ありがとう、自分で食べるね」
もひもひとサンドイッチを齧る。おいしい。安心して暮らすためにも、僕は食事しながら自分の行動を反(はん)芻(すう)する。
終焉原野に来た僕の選択は……たぶん間違っていない。あのままアンタレス伯爵家に残っていたら、僕も悪事に加担させられ断罪の運命を確実に辿っていただろう。
今回はしょうがない。イレギュラーだ。一年経てばベテルギウスさんは終焉原野を去るだろうし、それまでの辛抱だ。
僕の優れた第六感が確信を囁(ささや)く。もう原作キャラは訪れない、と。
「領民が増えたので、食事したら後で記念撮影をしましょう」
『わたち、スピカしゃんの目が光るのしゅき』
「ほぅ、記念撮影とは何のことだ?」
「私のスキルを使ってかくかくしかじか」
興味深そうに尋ねるベテルギウスさんに、スピカが【万能眼】による写真の話をする。
「それは面白いな! ぜひ、我が来た記録を残してくれたまえ!」
とても好意的に受け止められた。写真か……撮られるのは何か良よくなさそうだけど、断ってベテルギウスさんの機嫌が悪くなるのも嫌だ。……まぁ、いいか。撮影した写真はスピカの頭に保存されるだけなので別に問題はないはずだ。
写真の話が終わったところで、上機嫌のベテルギウスさんは嬉しそうな笑顔で僕に提案する。
「ところで、ティエリー氏。我がリシャール公爵家の騎士たちにもこの素晴らしい環境で修行させたい。呼んでもいいだろうか? もちろんのこと、彼らにも領地の開拓を手伝ってもらう」
「ええ、いいですよ。ここまで来たらじゃんじゃん呼んでください。皆さんが来たら大きな訓練場も造りましょう。たくさん剣術を磨いていただいて、もうどうにでもなればいいです」
「連絡手段は私に心当たりがありますよ。ただし、女性は0ゼロ人でお願いいたします」
『お友達が増えるの楽ちみね!』
もうやけくそだ。騎士でも何でも来ればいい。僕はサンドイッチを両手に持ってガツガツと食べる。とにかく、今はヤケ食いをしたい気分だった。
食事が済んだところで、ベテルギウスさんがすっくと立ち上がった。
「では、さっそくだが部下たちの訓練場をどこに作造るか相談しようではないか。どうせなら広い場所がいい」
「どこでも作造れますよ。ここはやたらと広い土地ですからね、ははは」
みんなと一緒に外に出る。歩きながら、ベテルギウスさんは興味深そうな様子で僕に尋ねた。
「ティエリー氏はいつから終焉原野の開拓を始めたのだ? 生活の拠点はすでに構築されているようだが」
「本当につい昨日のことなんです」
「ほぅ、それはすごい。たった一日でここまで発展させるとは……。我が知らぬだけで、貴殿は名の知れた人間らしい」
「いえ、そんなことはありませんよ。僕はアンタレス伯爵家の出身なのですが、【ミニゲーム】スキルが外れだと終焉原野の領主として追放されてしまい……」
不意に、ベテルギウスさんからピリッとした雰囲気を感じたとき。
「ティエリー様、お気をつけください!」
僕はピピと一緒に、激しい勢いでスピカに抱えられ後退させられた。いつの間にか、ベテルギウスさんは抜刀している!? 目にも留まらぬ早さだけどいったいどうして……。
数メートル離れた僕たちを、彼女は厳しい目つきで見る。この眼差しに僕は見覚えがあった。
……アンタレス伯爵家を断罪するときの目だ。
「貴殿はあの悪辣貴族――アンタレス伯爵家の人間だったか。こんな場所で出会うとは奇遇だな」
「お、落ち着いてください、ベテルギウスさん。どうしたんですか」
「どうした……か。説明しなくともわかるだろう。貴殿の家はどのような活動をしているのか、そして我がリシャール公爵家との関係を考えれば」
……ああ、そうか。彼女の話を聞いて、僕の頭に〔サガオブ〕のゲーム知識が思い出された。
リシャール公爵家は正義感が強く、領民に優しい真面目な統治で有名だ。たくさんある貴族の中でも、民を一番大事にするといっても過言ではないだろう。
一方のアンタレス伯爵家は横暴もいいところで、他所の家ながらそれが許せない……という設定があった。
それだけではない。両家は領地の一角がわずかながら接しており、リシャール公爵家が運営する鉱山からの排水が領地を汚していると父上たちは訴えたことがある。排水処理の徹底ぶりは公爵領内外に周知されていて、実際にその通りだった。父上たちも知っていたはずなので要するに難癖だ。
他にもほとぼりが冷めてからは似たような難癖をつけては反感を買った。リシャール公爵家が反撃しないのは大人の対応をしてくれているだけなのに、彼らはそれすらもわからないようだった。ベテルギウスさんもアンタレス伯爵家の横暴を目の当たりにしたため、その一員である僕を責めているのだと考えられる。
終焉原野に来れば断罪フラグは発生しないと思っていたのに!
実家の行いの悪さは僕も重々承知しているので、まずは彼女に謝りたいと頭を下げる。
「父上たちが申し訳ありません。リシャール公爵家には多大なご迷惑を……。この場をお借りして謝罪します」
「貴殿が彼らの悪事に荷担していないことは、さすがの我にもわかる。ティエリーという名は一度も出なかったし、悪事を行う人間ではないと実際に過ごしてわかった。だが、アンタレス伯爵家の人間だと聞いて、貴殿を本当に信じていいのか気持ちが揺らいだのも事実だ」
ベテルギウスさんは剣先を下に向けたまま、しかし強く握り締めたまま話す。彼女の言い分は尤もだ。アンタレス伯爵家と聞けば、その悪行や横暴ぶりから誰しも強い警戒感を持つ。
でも、僕は父上たちのような悪いことはしていないのだ。どうやって誤解を解こう……。断罪されて死ぬのは嫌だよ。
しばし睨み合いの状況になる中、スピカが静かに一歩前に出た。
「ベテルギウス様、あなたの中で結論はもう出ているのでは?」
「……なに[I11.1]何を言う、スピカ氏。どういう意味だ」
「あなたも話していたでしょう。ティエリー様の人柄に惚れ込んだから、終焉原野を修行の拠点にしたいと」
その言葉を聞いたベテルギウスさんの顔に、わずかに動揺の色が浮かぶ。視線を逸らした彼女の心に語りかけるように、スピカはさらに続けて話す。
「何より、本当にティエリー様を悪人だと思っているのなら、即座に剣を振るったはずです。攻撃することはなくただ抜刀しただけ……。ティエリー様はアンタレス伯爵家の人間とは違うと、あなたはすでに感じているのではありませんか?」
ベテルギウスさんは何も話さず、険しい表情で虚空を見つめる。やがて、カチンと軽い音を立て、彼女は剣を鞘に収めてくれた。
僕(ティエリー)を断罪するときのような怖い目つきも消え、代わりに力の抜けた笑顔になる。そのまま、丁寧に僕に頭を下げた。
「ティエリー氏、失礼した。貴殿はアンタレス伯爵家の一員の前に一人の人間。劣悪な終焉原野にもめげずに発展させ、我を助けてくれた善の心の持ち主……そのことさえ見失っていた」
「いえ、僕の方こそきちんと名乗らずにすみませんでした」
「和解の印として、我と握手をしてもらえるか?」
「もちろんです」
僕とベテルギウスさんはゆっくりと歩み寄り、互いの手を力強く握り合った。雰囲気が緩んだところで、ピピがそっと僕の肩から顔を出す。
『いきなりびっくりしちゃったのよ。でも、仲直りできてよかっちゃね』
「ピピ氏も驚かせてしまったな。もうこのようなことはないから安心してほしい」
ベテルギウスさんは穏やかな笑顔でピピを撫でる。空は相変わらず晴れ渡り吹き抜ける風は爽やかだ。僕たちの和解を祝ってくれているみたい。
一方で、破滅フラグは完全に消滅したわけではないのだと、小さな緊張感を覚えるのだった。
◆◆◆
ベテルギウスが領民に加わった日の夜。彼女はスピカの強い希望により、ピピが造ってくれた専用の家で寝ることになった。
ティエリーの就寝を確認したスピカは、ベテルギウスと一緒にひっそりと新聞の製作を開始する。
「まさか、領地にこのような場所があったとはな。スピカ氏は面白い試みをする」
「ええ、ティエリー様の素晴らしさを世の中にお伝えするのが私の使命ですので……【プリントアイ】」
発展した領地を背景にして、自分以外の三人が映った写真を新聞に焼き付ける。その後は、先日と同じようにスピカは大量の紙飛行機を国内に飛ばしまくった。
「リシャール公爵家には別で送ります。ティエリー様は善人であらせられることをきちんと書いておかねばなりませんね」
「ああ、よろしく頼む。アンタレス伯爵家は許せんが、彼は良い人間だ」
スピカは別に用意した手紙も紙飛行機にし、南東の方角に飛ばす。事前に、ベテルギウスから国内の地図を見せてもらい、リシャール公爵家の大体の地理関係は承知した。風の流れや向きも計算に入れ、領地に確実に届くように投げたのだ。
原作キャラのみならず、リシャール公爵家にもティエリーの評判は届くのだった。
「いい天気で爽やか~! 空気が重い感覚もなくなったね。【ミニゲーム】スキルの効能は継続するみたいでよかった」
「ええ、ティエリー様のスキルは本当に素晴らしくございます」
『わたち、こんなに爽やかな空気吸っちゃの初めて。ティエリーしゃんが来るまでは、ずっと空気がピリピリしてちゃのよ』
ピピも嬉しそうに話す。昨日より領地の状態は改善したものの、まだまだ発展途上だ。
「この辺りは良いとして、浄化できていないところはたくさんあるなぁ。ちょっと状態を確認してみよう」
畑を通り過ぎると、すぐにボロボロの地面が現れた。三人で立ってみる。数秒も経たぬうちに肌が痛くなり、吸い込む空気が明確に重くなった。
「やっぱり、瘴気は重くて苦しいね。この環境でずっと暮らすのは無理だとよくわかるよ」
『嫌な懐かしさなの』
「そうですね(……おい、クソ土。舐めてるのか? ティエリー様が来たら勝手に浄化されろ)」
やはりというか地面には瘴気が染みこんでおり、浄化しなければとても立っていられない。まだまだ開拓が必要だ。
「みんなでゆっくりのんびり暮らせる土地にしよー!」
『わたちも頑張りゅ!』
「そうですね(ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす、ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす、ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす、ティエリー様とずっと一緒にここで暮らす)」
回復したGPを消費して、別の一角を浄化する。それにスピカとピピが喜んでGPはさらに回復する。
……いいのか、これで? まぁ、この世界が良いのならいいんだろう。
浄化した地面にはピピが【植物魔法】スキルでレア作物の畑を作ってくれた。昨日と同じ種類だけじゃなく、また新しい作物がたくさん育つ。
ふと隣を見たら、スピカが前髪を上げて遠くを見ていた。目の周りが光っているから【サーチアイ】スキルを使っているようだ。
「ティエリー様、八百メートルほど西に進んだ場所で誰かが魔物の群れと戦っております」
「え、そうなの?」
「はい。現地の光景を空中に出します」
スピカが上を向くと、ゲームみたいな映像が現れた。鎧騎士の格好をした人が七匹もの狼型魔物と戦っている。しかも、その魔物は……。
「B級のシャドーウルフじゃないか!」
「ええ、あの数を考えると群れかもしれませんね」
『怖いのっ』
影のように黒い体表は物理的な強度が高く、俊敏な動きも合わせて敵を着実に追い詰める。等級は昨日倒したインパクトボアより二つも上だ。おまけに七匹もいるなんて非常に脅威だと言わざるを得ない。騎士は疲労が溜まっているのか動きが悪い。
「このままじゃあの人が危ないよ。すぐに助けに行こう」
「承知しました。それでは、ティエリー様とピピちゃまは私の背中に乗ってください。一気に走ります」
「わかった! ありがとう、スピカ」
彼女は狐人族だから身体能力も高いのだ。スピカがどんっ! と地面を蹴り、僕たちはそれこそ飛ぶように西に向かう。
スピカの身体能力によって、僕たちはあっという間に現地に着いた。シャドーウルフは円を作り鎧騎士を囲んでいる。数の差で負けていても鎧騎士は毅(き)然(ぜん)と剣を構えており、不思議と気位の高さが感じられた。
ジリジリと迫るシャドーウルフの注意を惹くため、僕たちは大声を張り上げる。
「こっちだ! こっちに来い!」
「私たちが相手をいたします!」
『狼しゃん、おいでー!』
三人で呼びかけたら、全てのシャドーウルフの注意を惹けた。騎士から離れ次々と僕たちに襲い掛かる。
「【レーザーアイ】!」
すかさず、スピカの目から放たれた光線が一瞬で二匹を黒焦げにする。
『わたちも戦うの!』
続けて、ピピが地面から出した巨大な蔦が一匹二匹と叩き潰す。僕も戦わなければ! でも、武器は持っていないし【ミニゲーム】スキルに攻撃能力はないし……そうだ!
ふと思いついたことがあり、僕は地面にゲーム機を向ける。
「強いゴーレムになって……【エヴォリューション】!」[I8.1][あ青8.2][I8.3]
周囲の地面が輝いて浄化された後、モコモコと盛り上がって何体もの土ゴーレムに姿を変えた。いずれも二メートルくらいとなかなかに大きい。
「残りのシャドーウルフを全部倒して!」
土ゴーレムは見た目からは想像もつかない素早さで走り、立て続けにシャドーウルフを倒す。三人で協力して戦った結果、すぐに片がついてしまった。
限界を迎えたのか、がくりと膝をついた鎧騎士の下に僕たちは急ぐ。
「「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」」
『ティエリーしゃんが来たからもう大丈夫よ!』
「……助太刀、感謝する。貴殿らが来てくれなければ危なかったところだ[I9.1]」
兜の向こうから聞こえた声は、以外にも女性の低い声だった。
立ち上がった彼女は、スピカほどじゃないけど背が高い。たぶん、一六五センチメートルほどだろう。遠目ではわからなかったけど、彼女の鎧は市販品ではないことが分[I10.1]わかる。
白銀の色合いからは重厚かつ清廉された美しさが漂い、胸当てや腰当てなどの各部位には星座を思わせるおしゃれな意匠が刻まれていた。
それにしても、なんだかどこかで見たことある感じがする鎧だ。ゲームのレア装備だったのかなぁ? 何はともあれ自己紹介だ。
「僕はティエリーと言いまして、この終焉原野の開拓を行っている領主です。無事でよかったです」
「……何、君が領主? これは失礼した。我は旅の騎士だ。来年、王国騎士団への入団を目指し各地を修行して回っているところでな。誠に勝手ながら魔物討伐をさせてもらっていた」
「いえ、それは別に構いませんけど……むしろ、凶暴な魔物を倒してくれてありがとうございます。そして、こっちにいるのが狐人族のスピカとマンドラゴラのピピです」
「初め」
『ましてなのー!』
二人を紹介したら、女騎士さんの驚きが兜越しでも伝わった。先ほどから彼女は兜を外さないのだけど、何か騎士の誇りみたいなものがあるのかもしれない。
「ほぅ、これは珍しい! 狐人族にマンドラゴラとは! どちらもこの目で見たのは初めてだぞ。先ほどの光線と植物魔法の戦闘は見事だった。攻撃を見た瞬間、只者ではないと思ったがまさかな……ん? しかし、なぜピピ氏は話せるのだ? 土から出て自由に動けるようだし……」
『ティエリーしゃんのスキルで、お話しできて動けるようになっちゃのよ』
「ふむ、それは興味深い。ティエリー氏、詳細を求む」
【ミニゲーム】スキルについて簡単に説明する。試しに、GPを少しだけ使って周囲の地面を浄化しよう。
「【エヴォリューション】! ……とまぁ、こんな感じです」
「本当に瘴気が浄化されたではないか! 伝説の聖女ですら不可能だったのに……貴殿は想像以上にすごい人物のようだな……」
女騎士さんは呆然と呟く。ゲームの設定通り、瘴気を浄化できる人はこの世界にいないようだ。
「あなたがここに来たのも修行の一環なんですよね? 瘴気で汚染されているのにすごい覚悟です」
「ありがとう。終焉原野は劣悪な環境と聞いていたから、むしろ修行にちょうどいい土地だと思ってな。だが、想像以上に瘴気の影響が厳しい土地だった。魔物は強く、身体を休められる場所もなかった。結果、消耗が続いて追い詰められたのだ。だから、助けてくれた貴殿たちには深く感謝を……かはっ! はぁ……っはぁ……っ! ……ああああっ!」
突然、女騎士さんがお腹を押さえて激しく苦しみ始めた。さっきまで元気だったのにどうして!?
驚く僕たちに、彼女は衝撃的な言葉を告げる。
「すまない、ティエリー氏……発作が始まった。ずっと耐えていたのだが限界だったようだ……」
「ほ、発作ですか!? 大変だ! すぐに手当しないと! スピカ、〈星詠みの雫〉はまだある!?」
「あ、あります! 直接飲んでもらいましょう!」
『大変大変大変なのよー!』
女騎士さんはもう立ち上がる元気もないのか、力なく呟くんばかりだ。
「ティエリー氏、スピカ氏、ピピ氏……貴殿らに会えてよかった……我は捨て置け……ここにいては貴殿らにも被害が生じてしまう……」
「そういうわけには!」
「これほど苦しい症状を空腹などと軽く名付けた人間が誰なのか……我は最後に知りたかったな……」
……女騎士さん! ただの空腹を発作とか怖い言い方するの止めてもらっていいですか! 騎士ギャグなの!?
『お腹空いてちゃだけで安心なの』
「そうですね(大袈裟すぎんだろうが。ティエリー様を心配させやがって、マジふざけんじゃねえぞ)」
ホッとした笑顔なピピの一方で、いつもは冷静沈着なスピカはピクピクと頬が引き攣(つ)っていた。あと少しで【レーザーアイ】が放たれそうだったね。
安心とやるせなさなどが複雑に入り交じった感情で、僕は淡々とお伝えする。
「八百メートルほど東に行ったところに僕たちの屋敷がありまして、その周囲は瘴気も浄化されています。もしよかったら一度来ませんか? お食事をご用意しますので」
「食事!? それは大変にありがたい。ぜひ、訪問させてくれ」
さっきまでの苦しそうな彼女はどこに行ったのか、女騎士さんは清々しいほど元気に立ち上がる。いずれにせよ、健康は健康みたいでとても安心した。
女騎士さんと土ゴーレムを引き連れ、僕たち一行はティエリーハウスに向かう。
帰り道魔物に遭遇することはなく、僕たちは無事に帰還を果たした。
「女騎士さん、ここが僕たちが住んでいる場所ですよ。屋敷周辺の地面は一通り浄化してありまして、畑も育てています」
「全てがあなたの食糧ではないので悪しからず」
『ティエリーしゃんが浄化してくれた土地に、わたちが作物を出したのよ!』
僕たちの説明を受けた後も、女騎士さんは呆然とした様子で佇(たたず)むばかりだ。先ほど【ミニゲーム】スキルを使ったときより衝撃が強いらしい。
「予想以上に……素晴らしい場所だな……。終焉原野にこのような美しい場所があるとは、外界にいるときはよもや想像もできなかったぞ。そう思うのはきっと我だけではないだろう。聖女にさえ不可能だったのだから。まさしく、ここは地上の楽園だ。美しさのあまり感動してしまうな」
最後の方は涙声なことからも、彼女の感動が伝わってくる。そんなに喜んでくれるなんてなんだか嬉しいな。開拓は自分たちが豊かに暮らすために進めているけど、こうして感動してくれたら努力がさらに報われたような気持ちになる。
女騎士さんはしばし黙った後、僕に向かって頭を下げた。
「ティエリー氏、頼む。ここを修練の拠点にさせてもらえないか?」
「それはつまり、女騎士さんも一緒に暮らすということですか? 僕は構いませんけど、スピカとピピは……」
二人を見ると、彼女たちはこくりと頷(うなず)いた。
『お友達がいっぱいだと嬉ちいの!』
「ティエリー様の隣にずっと滞在しなければ構いません。場合によっては【レーザーアイ】を行使させていただきますがね」
「そうか! ありがとう、深く感謝させてもらう!」
女騎士さんは明るい声で喜んだ後、今度は真剣な声音で僕に頼んだ。
「少なくとも今後一年間、我は終焉原野で修練を積んで成長したい。そのためには疲れを癒やせる拠点が必要だ。この土地で戦う者にとって、この場所は本当に楽園と言えよう。土地の発展具合はもちろんのこと……我は何より貴殿の誠実で穏やかな人柄に惚れ込んだのだ」
「人柄って……僕は何もしていませんよ」
「いや、強力な魔物の群れを躊(ちゅう)躇(ちょ)なく惹きつけるなど誰にでもできることではない。それに、貴殿は見ず知らずの人間を屋敷に連れて来てくれたではないか。その行動が貴殿の良心を証明しているんだ」
「目の前で助けを求めている人がいたら助けるのは当たり前だと思ってました」
「なかなかそうできないのが世の中というものさ。特に、この終焉原野のような劣悪な環境なら尚更な。あのまま放っておけば我は魔物に喰われて勝手に死ぬだろうし、食糧を無駄にすることもない。ティエリー氏の行動は誰でもできないことなのだ」
「ありがとうございます。なんだか照れちゃいますね」
女騎士さんは僕の行いを褒めてくれた。気恥ずかしいけど嬉しいね。
「もちろん、我は領地の発展も手伝わせてもらう。我が魔物を狩ってくれば素材も集まるし、日々の食生活もさらに豊かになるはずだ。では……よろしくな、ティエリー氏」
「こちらこそよろしくお願いします。一緒に住みよい土地にしていきましょう」
僕は女騎士さんと握手を交わす。何年も剣を振るってきた修練の重さが伝わる手だった。
『新しいお友達ができちゃー!』
「そうですね(領民が増えることはティエリー様にとっても吉報。ライバル枠に成りかねない人が増えるのは嫌ですが良よしとしましょう)」
最初はスピカと二人っきりで始めた、辺境の領地開拓。今では四人になった。
この先もっと楽しくなりそうだと思いを馳(は)せたところで、突然女騎士さんがお腹を抱えて跪跪(ひざまず)いた。
「ぐああああああっ……腹が……腹がああああ……!」
「……ああ、あなたはお腹が空いているんですよね。今ご飯を作りますから。あなたも手伝ってくださいよ」
再びお腹を押さえて叫ぶ女騎士さんに、スピカが何の抑揚もない声で答える。前髪で隠れて表情は見えないけど面倒な顔をしている気がする。
その後は四人でご飯を作り(とは言ったものの、結局ほとんどスピカが仕上げてくれた)、あっという間に早めのお昼ご飯が完成した。
酸味と甘味のバランスがみんなに好評だった〈ルナアップル〉と一口食べるだけで月にも行けそうなほど力が漲る〈ムーンアボガド〉のサラダや、昨日倒したインパクトボアのお肉を挟んだサンドイッチなどなど。主食も副菜もたくさん用意した。女騎士さんの瞳が輝いていることが兜越しによくわかる。
「では、さっそくいただこうとしよう! ……おっと、兜を外すのを忘れていた。何日も被りっぱなしだと身体の一部に感じられてしまうな」
わはは、と女騎士さんは豪快に笑いながら兜に手をかける。そっか、まだ顔を見てなかったんだよね。手練れの剣士っぽいからどんな女性なのか楽しみだ~。
彼女が兜を外すと、まずタイトなシニヨンにまとめた赤い髪が現われた。さらっと伸びたおくれ毛が印象的で、それがすでに騎士っぽい。髪と同じ赤色の瞳はルビーの如く美しさ。インターネットで女騎士と検索したら出てきそうな凜(り)々(り)しい女性だった。
『綺麗な人でしゅてきね~』
「そうですね(ちくしょうが。予想外の美人が出現しやがった。ティエリー様とせっかく二人っきりで過ごせるのにライバル枠を自分から作ってしまうなんて……。この女もティエリー様に好意を抱いているようだし)」
ピピは素直に喜びスピカは変わらず淡々とするけど、僕だけは途方もない衝撃を受けてしまった。
だって……だって!
「自己紹介が遅れてしまったな。我はベテルギウス。ベテルギウス・リシャールだ」
衝撃のあまり、僕は椅子から転げ落ちてしまった。
「う、うわああああっ」
「ティエリー様!?」
『ティエリーしゃん!?』
僕の可愛いお尻が! いつもなら赤くなっていないか心配するのだけど、今はとてもそんな余裕はない。
慌てて駆け寄るスピカとピピに構わず、僕は思いっきり叫んでしまった。
「ベテルギウスさんって、あのベテルギウスさんですか!? あの……【剣聖(マスターナイト)】の超激レアスキルを持ち、《神閃の刃》と呼ばれる最強の女騎士の!?」
「あ、ああ、そうだ。すごい勢いだな。急にどうした。尤(もっと)も、そういった大仰な二つ名に相応しい実力を備えている自負はない。最強などには程遠いし、まだまだ精進が必要だ。……しかし、ティエリー氏はずいぶんと我に詳しいのだな。今日初めて会ったと記憶しているが?」
「あ、いやぁ! あなたは有名なお方ですので!」
記憶違いでも思い違いでもないことが証明され、僕は。唖(あ)然(ぜん)とするばかりだった。先に名前を聞いておけばよかった!
有名な星の名を冠する彼女は、原作ヒロインの一人。全ての剣術が扱え、剣撃の威力を三倍に増加させる【剣聖】スキルを持ち、作中最強クラスの剣術で原作主人公の冒険を大いに助けてくれる。
出会った時点でドラゴン系統の魔物を一撃で倒せてしまうほどであり、最終的には成長した原作主人公の他には誰にも負けないくらいの強さを誇る。オリオン座の一等星という超メジャー級の名前にふさわしい、まさしく稀代の実力者と言えよう。
そういえば、本編スタートの一年前は国内各地を旅して修行を積んだ、という設定があったっけ。まさか、終焉原野も彼女の修行の場に含まれていたとは……書いといてよ、開発の人!
もちろんのこと、シナリオでは原作主人公とともにアンタレス伯爵家を断罪処刑する。〔サガオブ〕の物語や雰囲気はゆるりとしていたのに、断罪シーンはやたらとリアル寄りだった。
首を刎(は)ね飛ばされたティエリーが、血飛沫を上げながら「あ~れ~」と叫ぶ光景は記憶に新しい。さっきまでは気にならなかったのに、ベテルギウスさんの腰に提げられた剣が不気味な存在感を放っていた。
あの剣に僕(ティエリー)は断罪される……。
「ティエリー様、大丈夫ですか? お身体が震えていらっしゃいますが」
『あっちゃかいお茶でも飲む?』
「い、いや、大丈夫だよ。ありがとう、二人とも」
恐怖のあまり身体が震えていたらしい。そんな僕をベテルギウスさんは不思議そうに見る。
一旦冷静になろう。まだ間に合うはずだ。
幸い、今は本編の始まる一年前だし僕とベテルギウスさんに面識はない。下手なことをしなければ、即座に断罪されることはないはず。とはいえ、ベテルギウスさんが傍にいると落ち着かないのも確かだ。
僕の最大の目的は〝シナリオからも原作キャラからも避難して、のんびり安全に暮らすこと〟
……そうだ、ここに滞在したい気持ちがなくなるような逆営業をかければいいのでは?
それとなく誘導すれば、「確かに、終焉原野で修行は無理があるな。お家に帰ろう」ってなるかもしれない。まずは原作の設定を確認だ。
「ところで、リシャール家は公爵でいらっしゃいましたよね?」
「うむ、父君は我にさっさと結婚してもらいたいようだが、我にそんな気持ちはない。今はただ剣術を極めたいのだ。なかなか理解を得られず辟易しているところではある」
恐ろしいことに、ベテルギウスさんの実家は三大公爵家の一角だ。つまり、彼女は剣術が強いだけじゃなく、社会的な立場も非常に高いということになる。アンタレス伯爵家も貴族の中では上位だけど、それとはまるで比べ物にならない規模の大きさを持つ。領地の数は国内最大で、家の関係者は代々宰相や大臣など国の要職を務める。
彼女の部下にはリシャール公爵家が要する手練れの騎士がいっぱいいて、彼らもティエリーの断罪に一役も二役も買う。信頼するご令嬢を追いかけてきたら大変だ。なおさら、ベテルギウスさんにはお家に帰ってもらわなければならない。
僕はこほんと咳払いして逆営業を開始する。
「見ての通り、ここは終焉原野と呼ばれるほど辺(へん)鄙(ぴ)な土地でして。このような土地に、リシャール公爵家のご令嬢ともあろうお方に滞在いただくのは申し訳ないと思いまして……」
「? 貴殿は何を言っている。非常に劣悪なわけがないだろう。こんなに発展しているのに」
ベテルギウスさんが指差す方を振り向くと、なぜか窓の外に豊かな畑が見えた。
あれれ~? どうしてこんなに発展しているんだぁ~? 昨日まで荒地だったのにぃ~? ……僕が開拓したからだよ!
「た、確かに、屋敷の周りは開拓できています。ですが、終焉原野のほとんどは未開拓で地面は悪質な瘴気に覆われ立っているだけで身体が苦しみ、蔓延(はびこ)る魔物はどれも強力で、対峙するだけで死の危険があります」
「ティエリー氏が話すように、ここは修行には最適な環境だ。実践が一番成長できるのだが、なかなか良い場所や機会がなくて困っていたところでな。終焉原野での修行は、いつも訓練場にいる部下にとっても良い刺激になるだろう」
「しかしですね、豊かな土地を知り尽くしているであろう、ベテルギウスさんの希望を満たせるとはとても思えず……」
「? これほど豊かで素晴らしい土地は私も初めて見たぞ。食事だってどれも最高に美味だ。……うん、出された瞬間わかったが、どれも家の料理より遥かにうまい。リシャール公爵家のシェフが食べたら修行の旅に出てしまうかもな」
ベテルギウスさんは満足気にサンドイッチを齧(かじ)っては、頬っぺたを押さえてそのおいしさを堪能する。
僕はシナリオから避難したはずの劣悪な場所を、将来自分を殺しかねない人が寛(くつろ)げるような過ごしやすい環境にしちゃったってこと? ……何やってんの、僕!
「では、私たちもいただきましょう。……やはり、ティエリー様の隣でいただくお食事は百倍ほどおいしさが増します。本日より、この現象をティエリーデリシャスバフ効果と呼称させていただきます」
『みんなで飲むお水はおいちいねぇ。おいちおいち』
スピカとピピも楽しそうに食事を始め雰囲気が変わってしまう。頑張れ、僕……雰囲気に流されるな!
「しつこいようですが、終焉原野のような評判の悪い土地にいたら、ベテルギウスさんやリシャール公爵家の皆さんにご迷惑がかかる可能性がなきにしも非ずでして僕は不安です」
「だから、我の評判など気にする必要はない。貴殿も先ほど歓待してくれたではないか」
「いや、まぁ、そうなんですけど……」
「さあ、ともに食事を楽しもう。気遣ってくれるのはありがたいが、やりすぎるとティエリー氏の負担になってしまうぞ。この話は一旦終いだ」
「……はい、すみません」
結局、ああ言えばこう言う巧みな話術に翻弄されてしまい、逆営業は即効で失敗した。これがモブキャラとメインキャラのスペックの差か……なんて恐ろしい人。
『早く食べないと冷めちゃうよ、ティエリーしゃん』
「もしよかったら私が食べさせて差し上げましょうか?」
「ありがとう、自分で食べるね」
もひもひとサンドイッチを齧る。おいしい。安心して暮らすためにも、僕は食事しながら自分の行動を反(はん)芻(すう)する。
終焉原野に来た僕の選択は……たぶん間違っていない。あのままアンタレス伯爵家に残っていたら、僕も悪事に加担させられ断罪の運命を確実に辿っていただろう。
今回はしょうがない。イレギュラーだ。一年経てばベテルギウスさんは終焉原野を去るだろうし、それまでの辛抱だ。
僕の優れた第六感が確信を囁(ささや)く。もう原作キャラは訪れない、と。
「領民が増えたので、食事したら後で記念撮影をしましょう」
『わたち、スピカしゃんの目が光るのしゅき』
「ほぅ、記念撮影とは何のことだ?」
「私のスキルを使ってかくかくしかじか」
興味深そうに尋ねるベテルギウスさんに、スピカが【万能眼】による写真の話をする。
「それは面白いな! ぜひ、我が来た記録を残してくれたまえ!」
とても好意的に受け止められた。写真か……撮られるのは何か良よくなさそうだけど、断ってベテルギウスさんの機嫌が悪くなるのも嫌だ。……まぁ、いいか。撮影した写真はスピカの頭に保存されるだけなので別に問題はないはずだ。
写真の話が終わったところで、上機嫌のベテルギウスさんは嬉しそうな笑顔で僕に提案する。
「ところで、ティエリー氏。我がリシャール公爵家の騎士たちにもこの素晴らしい環境で修行させたい。呼んでもいいだろうか? もちろんのこと、彼らにも領地の開拓を手伝ってもらう」
「ええ、いいですよ。ここまで来たらじゃんじゃん呼んでください。皆さんが来たら大きな訓練場も造りましょう。たくさん剣術を磨いていただいて、もうどうにでもなればいいです」
「連絡手段は私に心当たりがありますよ。ただし、女性は0ゼロ人でお願いいたします」
『お友達が増えるの楽ちみね!』
もうやけくそだ。騎士でも何でも来ればいい。僕はサンドイッチを両手に持ってガツガツと食べる。とにかく、今はヤケ食いをしたい気分だった。
食事が済んだところで、ベテルギウスさんがすっくと立ち上がった。
「では、さっそくだが部下たちの訓練場をどこに作造るか相談しようではないか。どうせなら広い場所がいい」
「どこでも作造れますよ。ここはやたらと広い土地ですからね、ははは」
みんなと一緒に外に出る。歩きながら、ベテルギウスさんは興味深そうな様子で僕に尋ねた。
「ティエリー氏はいつから終焉原野の開拓を始めたのだ? 生活の拠点はすでに構築されているようだが」
「本当につい昨日のことなんです」
「ほぅ、それはすごい。たった一日でここまで発展させるとは……。我が知らぬだけで、貴殿は名の知れた人間らしい」
「いえ、そんなことはありませんよ。僕はアンタレス伯爵家の出身なのですが、【ミニゲーム】スキルが外れだと終焉原野の領主として追放されてしまい……」
不意に、ベテルギウスさんからピリッとした雰囲気を感じたとき。
「ティエリー様、お気をつけください!」
僕はピピと一緒に、激しい勢いでスピカに抱えられ後退させられた。いつの間にか、ベテルギウスさんは抜刀している!? 目にも留まらぬ早さだけどいったいどうして……。
数メートル離れた僕たちを、彼女は厳しい目つきで見る。この眼差しに僕は見覚えがあった。
……アンタレス伯爵家を断罪するときの目だ。
「貴殿はあの悪辣貴族――アンタレス伯爵家の人間だったか。こんな場所で出会うとは奇遇だな」
「お、落ち着いてください、ベテルギウスさん。どうしたんですか」
「どうした……か。説明しなくともわかるだろう。貴殿の家はどのような活動をしているのか、そして我がリシャール公爵家との関係を考えれば」
……ああ、そうか。彼女の話を聞いて、僕の頭に〔サガオブ〕のゲーム知識が思い出された。
リシャール公爵家は正義感が強く、領民に優しい真面目な統治で有名だ。たくさんある貴族の中でも、民を一番大事にするといっても過言ではないだろう。
一方のアンタレス伯爵家は横暴もいいところで、他所の家ながらそれが許せない……という設定があった。
それだけではない。両家は領地の一角がわずかながら接しており、リシャール公爵家が運営する鉱山からの排水が領地を汚していると父上たちは訴えたことがある。排水処理の徹底ぶりは公爵領内外に周知されていて、実際にその通りだった。父上たちも知っていたはずなので要するに難癖だ。
他にもほとぼりが冷めてからは似たような難癖をつけては反感を買った。リシャール公爵家が反撃しないのは大人の対応をしてくれているだけなのに、彼らはそれすらもわからないようだった。ベテルギウスさんもアンタレス伯爵家の横暴を目の当たりにしたため、その一員である僕を責めているのだと考えられる。
終焉原野に来れば断罪フラグは発生しないと思っていたのに!
実家の行いの悪さは僕も重々承知しているので、まずは彼女に謝りたいと頭を下げる。
「父上たちが申し訳ありません。リシャール公爵家には多大なご迷惑を……。この場をお借りして謝罪します」
「貴殿が彼らの悪事に荷担していないことは、さすがの我にもわかる。ティエリーという名は一度も出なかったし、悪事を行う人間ではないと実際に過ごしてわかった。だが、アンタレス伯爵家の人間だと聞いて、貴殿を本当に信じていいのか気持ちが揺らいだのも事実だ」
ベテルギウスさんは剣先を下に向けたまま、しかし強く握り締めたまま話す。彼女の言い分は尤もだ。アンタレス伯爵家と聞けば、その悪行や横暴ぶりから誰しも強い警戒感を持つ。
でも、僕は父上たちのような悪いことはしていないのだ。どうやって誤解を解こう……。断罪されて死ぬのは嫌だよ。
しばし睨み合いの状況になる中、スピカが静かに一歩前に出た。
「ベテルギウス様、あなたの中で結論はもう出ているのでは?」
「……なに[I11.1]何を言う、スピカ氏。どういう意味だ」
「あなたも話していたでしょう。ティエリー様の人柄に惚れ込んだから、終焉原野を修行の拠点にしたいと」
その言葉を聞いたベテルギウスさんの顔に、わずかに動揺の色が浮かぶ。視線を逸らした彼女の心に語りかけるように、スピカはさらに続けて話す。
「何より、本当にティエリー様を悪人だと思っているのなら、即座に剣を振るったはずです。攻撃することはなくただ抜刀しただけ……。ティエリー様はアンタレス伯爵家の人間とは違うと、あなたはすでに感じているのではありませんか?」
ベテルギウスさんは何も話さず、険しい表情で虚空を見つめる。やがて、カチンと軽い音を立て、彼女は剣を鞘に収めてくれた。
僕(ティエリー)を断罪するときのような怖い目つきも消え、代わりに力の抜けた笑顔になる。そのまま、丁寧に僕に頭を下げた。
「ティエリー氏、失礼した。貴殿はアンタレス伯爵家の一員の前に一人の人間。劣悪な終焉原野にもめげずに発展させ、我を助けてくれた善の心の持ち主……そのことさえ見失っていた」
「いえ、僕の方こそきちんと名乗らずにすみませんでした」
「和解の印として、我と握手をしてもらえるか?」
「もちろんです」
僕とベテルギウスさんはゆっくりと歩み寄り、互いの手を力強く握り合った。雰囲気が緩んだところで、ピピがそっと僕の肩から顔を出す。
『いきなりびっくりしちゃったのよ。でも、仲直りできてよかっちゃね』
「ピピ氏も驚かせてしまったな。もうこのようなことはないから安心してほしい」
ベテルギウスさんは穏やかな笑顔でピピを撫でる。空は相変わらず晴れ渡り吹き抜ける風は爽やかだ。僕たちの和解を祝ってくれているみたい。
一方で、破滅フラグは完全に消滅したわけではないのだと、小さな緊張感を覚えるのだった。
◆◆◆
ベテルギウスが領民に加わった日の夜。彼女はスピカの強い希望により、ピピが造ってくれた専用の家で寝ることになった。
ティエリーの就寝を確認したスピカは、ベテルギウスと一緒にひっそりと新聞の製作を開始する。
「まさか、領地にこのような場所があったとはな。スピカ氏は面白い試みをする」
「ええ、ティエリー様の素晴らしさを世の中にお伝えするのが私の使命ですので……【プリントアイ】」
発展した領地を背景にして、自分以外の三人が映った写真を新聞に焼き付ける。その後は、先日と同じようにスピカは大量の紙飛行機を国内に飛ばしまくった。
「リシャール公爵家には別で送ります。ティエリー様は善人であらせられることをきちんと書いておかねばなりませんね」
「ああ、よろしく頼む。アンタレス伯爵家は許せんが、彼は良い人間だ」
スピカは別に用意した手紙も紙飛行機にし、南東の方角に飛ばす。事前に、ベテルギウスから国内の地図を見せてもらい、リシャール公爵家の大体の地理関係は承知した。風の流れや向きも計算に入れ、領地に確実に届くように投げたのだ。
原作キャラのみならず、リシャール公爵家にもティエリーの評判は届くのだった。



