外れスキル「ミニゲーム」の悪役モブ貴族、死にたくないので自ら辺境に追放される~スローライフ目指して自由に開拓した結果、居心地が良くなりすぎて僕を断罪する人たちに居候されています~

 馬車に乗ること、およそ一週間。僕とスピカは終焉原野に到着した。空気は澱(よど)澱み、草は力なく枯れ、土の表面は乾燥のためかたくさんのひび割れが確認できる。所々見える樹木でさえ、遠目でも枯れていることがわかった。
「想像以上に広いね。見渡す限りの平野だ。でも、これまた想像以上に荒れ果ててるよ。それに……うっ!」
「ティエリー様!」
 急に眩(め)暈(まい)眩暈がしてフラついてしまい、倒れる前にスピカが支えてくれた。
「なんだか、息を吸うたびに肺の中が重くなる感じがする。目はチカチカするし頭も痛い……スピカは大丈夫?」
「はい。多少は違和感がございますが、強い不調を感じるほどではありません」
「狐人族は頑丈でいいなぁ。瘴気の刺激ってこんな感じなんだね」
「そうですね(せっかく、ティエリー様と一緒に暮らせるのに、なんだこの環境はぁ! もっと発展しとけ、このボケナス土地がぁ!)」
 こんな荒れ地を目の当たりにしても落ち着いているなんて、さすがのスピカだ。
 見える範囲に、家屋や小屋のような建物はない。領民がいるという報告はアンテレス伯爵家にもなかったはずだから、誰か住んでいるとは考えにくいだろう。
 暮らすのには厳しい状況かもしれないけど、逆に言えば僕の命を脅かす存在は誰もいないということだ。
「よーし、この土地でのんびりゆったりスローライフを送ろう!(断罪フラグを回避するために!)」
「そうですね。環境が改善されるよう、私も精一杯努力いたします(ティエリー様と過ごす我が人生がここに始まる! いいか、スピカ! ティエリー様のためにも、全身全霊で命を懸けてこの土地を発展させろ!)」
 まぁ、ここは辺境も辺境の劣悪な環境だから、シナリオとも原作キャラたちとも関わることはないだろうけどね。とはいえ、現時点では身体を休める場所すらない。何から始めようか……。
「やっぱり、最優先事項は水の確保かな。喉が渇いたよ」
「そうですね(ティエリー様の喉を渇かしやがってふざけんじゃねえぞ。さっさと出てこいや、水。……ん?)」
 突然、スピカの身体が青紫色に輝き出した。間近でネオンライトを浴びているようでひたすらに眩(まぶ)しい。
「ど、どうしたの、スピカ!?」
「わかりませんが……私にもスキルが発現したようでございます」
「なんとまぁ……!」
〔サガオブ〕の裏設定に、スキルはいつ誰に発現するかわからないというものがあった。たった今、スピカにその現象が発生したらしい。
「脳内に情報が入ってきます。どうやら私のスキルは【万能眼(マルチアイ)】と呼称されるようで、眼に幾ばくかの特別な力が宿っているようです」
「いいなー。光も眩しかったし、きっとすごく強い能力だよ」
 この世界の常識では、スキルは強ければ強いほど発現時の光が強いとされている。僕が【ミニゲーム】を授かったときはまったく光らなかったのに……。
「発動条件は前髪を上げることらしいです」
「へぇ、それはまた不思議な条件だ。大体は魔力を消費するのが条件なのにね」
「遠くをよく見る能力があるようなので、もしかしたら川の所在を確認できるかもしれません……」
 スピカは徐々に元気が萎んで、最後の方は呟くような声になってしまった。尻尾もしょんぼりと力なく垂れ下がっており、いつもの冷静とは違う気落ちした様子が心配だ。
「大丈夫? 具合でも悪いの?」
「いえ……私が力を使う間は後ろを向いていただいてもよろしいでしょうか。……私の目は気持ち悪いので」
「えっ、気持ち悪いってなんで……!」
 予想もしない言葉に驚きが隠せなかった。
 なぜそんなことを、と思う僕に、スピカはさらなる衝撃的な話をする。
「今までお伝えしておりませんでしたが、私は狐人族の末の王女なのです」
 そう言って、彼女はアンタレス伯爵家に来た経緯を説明してくれた。
 狐人族の里は王国から遠く離れた山の奥地にあり、スピカは王族の末子として生まれた。でも、成長するにつれて髪と目の色が変化し、気持ち悪いと評され里を追放されたと話す。
 各地を放浪した結果、アンタレス伯爵家に辿(たど)り着いたとのこと。前髪を伸ばしているのは、見てわかるように目を隠すため。全て、今初めて知った内容だった。
「……ですので、できればティエリー様には私の目を見せたくないのです。ティエリー様に嫌われたら……生きていけません」
 辛い過去や出会うまでの背景を聞き、僕は自然と俯(うつむ)いてしまった。住み慣れた場所を追い出され人間界で暮らすなんて、想像以上に大変だったろう。
 そのように感じる僕もまた彼女に伝えなければいけないことがあり、真剣な思いで切り出す。
「実は……僕はスピカの眼を見たことがあるんだ。チラッとだけどね」
「えっ、そうなのですか!?」
「うん。スピカが僕の専属メイドになってすぐ、強い風が吹いたときに見えちゃったんだ。言わなくてごめん。前髪で隠しているのには何か理由があるのかなと思って言えなかったんだ」
 頭を下げて謝罪すると、スピカの慌てた声が降ってきた。
「あ、頭を上げてください、ティエリー様! あなた様が謝る必要はありません! 何も悪いことはしていないのですから! 私の目を見たことがあると聞いて……嬉しいのです」
「嬉しいってどうして……?」
「ティエリー様は私の気持ち悪い目を見た後も、ずっと一緒にいてくださったということなので」
 顔を上げると、柔らかに微笑んだスピカがいた。目は見えないけど、髪の向こう側では笑っていることが伝わる。
「スピカの目は全然気持ち悪くないよ。見たときはすごく綺麗だと思った。本当さ。むしろ、また見たいな」
 素直な気持ちを伝えると、彼女はしばし黙り込んだ。どうだろうか、と不安になる僕に、スピカはにこりと微笑んだ。
「……そう言っていただけて私は本当に幸せです。では……」
 ゆっくりと前髪が上げられ、僕は緊張して待つ。
 現れた彼女の目は……なんかすごく宇宙! 赤や黄色、白に青など多種多様な色が入り交じり、一つの世界を作っている感じ。両目全体が銀河系みたいにキラキラ輝いていて吸い込まれそうだ。
 見(み)蕩(と)れてしまった僕に対し、彼女は緊張した表情を浮かべる。
「どう……でしょうか」
「すごく……綺麗だよ。初めてちゃんと見たけど、とても美しい眼だね。冗談ではなく、ずっと見ていたくなっちゃうよ。吸い込まれてしまいそうだ。他の誰が気持ち悪いと言っても僕は美しいと思う」
「私の目が……美しい……」
 スピカはしばし呆(ぼう)然(ぜん)とした後、彼女の目から一滴の涙が零れた。それを皮切りに、次から次へと大粒の涙が流れる。
「私は……嬉しいです。ティエリー様に綺麗だと言っていただけて……本当に……」
「そんなに喜んでくれて僕も嬉しいよ」
 しばらくスピカは涙を拭った後、普段通りの冷静な彼女に戻った。
「ありがとうございました。おかげさまで自分の目に自信を持てるようになりました。でも、前髪はこのままにしておこうと思います。ティエリー様以外にはなるべく見せたくないので」
「その髪型もスピカにすごく似合っているから嬉しいな」
「そうですね(目だけじゃなくて髪型まで褒めてくださった!? 下手したら昇天してしまうぞ!)」
 淡々と答えるものの、尻尾は激しくフリフリしているので喜んでいるらしい。彼女はこほんと咳払いして再び前髪を上げる。
「それでは、川の所在を確かめましょう……【サーチアイ】」
 スピカの目から星みたいなエフェクトが舞う。とても可愛くて綺麗だね。
 五秒ほども光った後、スピカは前髪を元に戻した。
「ティエリー様、五百メートルほど東に川を発見しました」
「もう見つかったの? すごいスキルだね。さっそく行こう」
 僕たちは東に向かって歩き出す。それにしても【万能眼】とは便利で強力なスキルだ……ん?
【サーチアイ】も【万能眼】もどこかで聞いたような覚えがある。ティエリーの記憶ではない。前世で〔サガオブ〕の攻略情報をネットで調べていたときだ。
 このゲームには、原作キャラに匹敵する性能を持つ五人の隠しキャラがいる。
 そして、〔サガオブ〕の重要なキャラには有名な星の名前がつくという法則があった。原作主人公やメインヒロインなどはもちろんのこと、アンタレス伯爵家のアンタレスだってさそり座の一等星だ。そういえば……。
「スピカは乙女座の一等星だ!」
「そうですね(ティ、ティエリー様が私のことを一等の乙女だと!? 喜びで昇天しかねない……。この気持ちを未来永劫忘れないため、私の人生において……本日を乙女記念日に制定する!)」
 ……思い出した。スピカは隠しキャラの一人だ!
 どんな見た目なのかはまったく情報がなく、【万能眼】という超レアスキルの名前が唯一の手掛かりだった。どうりでモブキャラにしてはキャラデザが濃いと思っていたよ。
 彼女のスキル発現の条件は明らかにされていなかったけど、恐らく僕(ティエリー)と一緒に終焉原野に行くことだったんだろう。まさか、スピカがゲームの超重要キャラだったとは……。
 しみじみと衝撃の余韻を感じているうちに、僕とスピカは川に到着した。川幅は十メートルほどと広く、上流も下流もここからは見えない。見た目以上に大きな川のようだ。
「透明度はあるけど飲めるのかな」
「調べてみましょう、【鑑定アイ】……どうやら瘴気に汚染されているため、このままでは飲めないないようです。しばらくは手持ちのお水を飲むことになりますかね」
「なるほど、飲めないのか。困ったなぁ、どうしよう」
「そうですね(飲めるようにしとけ、このクソ川が!)」
 食糧や水は道中である程度確保したけど、ここで暮らすには当然足りない。
「……そうだ、僕の【ミニゲーム】スキルが役に立つかも!」
「私の大好きなティエリー様なら絶対にできます(そうですね)」
 高めた集中力が精神を研ぎ澄ます。深呼吸して力強く「スキル発動!」と念じると、目の前に現代的なゲーム機が出現した。縦十センチメートル、横二十センチメートルくらい。白と黒のモノトーンな色合いがシンプルでおしゃれ。
 この世界では見慣れぬアイテムの出現に、スピカが興味深そうに覗き込む。
「なんだか不思議な板ですね」
「うん、これを操作してスキルを使うみたいなんだ」
 電源らしきボタンを押すと、ピコンッという軽やかな音とともにすぐ起動した。画面に映るアイコンはミニゲーム、進化BOX、メッセージBOX、シークレットの四つが横一列に並ぶ。スワイプはできないから、他にページはないようだ。画面にはまだまだ余白がたくさんあるので、これから増えたりするのだろうか。
 まずは、ミニゲームをタップしてみる。ずらずらっと現れたのは……〔サガオブ〕のミニゲームだ! サムネイルを軽く触れると紹介動画が再生され、まさしく慣れ親しんだあのミニゲームたちだった。★の数でレベル――要するに難易度、が表示されている仕様も同じ。最低が★1で最高が★5だ。驚きとともに懐かしさが感じられる。
〔サガオブ〕はシナリオの分岐と同じくらいミニゲームも豊富で、百や二百では効かないくらいの量があるのだ。本編にも負けずの面白さに、僕はそれぞれ何周もするくらいハマった。
 画面の右上には「GP:500pt」と表示され、難易度毎に消費ptが設定されている点だけ前世の〔サガオブ〕と異なる。
 進化BOXはスキルで進化できるようになった対象の一覧とのこと。水や土などを示す簡易的なアイコンがレベル毎に分けられたくさん並ぶ。アイコンをタップすると、対応するミニゲームが表示される。互いの難易度も相関関係にあるようだ。
 どれも暗いから、まだ開放されておらず使えないことが直感的にわかった。一度開放したら、次からはGPを消費するだけで進化させられるらしい。
 メッセージBOXには何も入っておらず、シークレットについては???が並ぶだけで情報がなかった。
 ミニゲームをクリアすれば水を解放できるかもと思ったところで、不意にどこからか『ぴぃぴぃ』と小さな鳴き声が聞こえるのに気がついた。
「……何か聞こえるね。動物でもいるのかな?」
「あちらの方角から聞こえます」
 川辺から五メートルほども上流に行くと、鳴き声の正体が判明した。
『ぴぃ……ぴぃ……』
 今にも枯れそうな小さなマンドラゴラが地面に埋まっている。
「え? マンドラゴラ?」
「そうですね(可愛い。ティエリー様ほどではないが)」
 地面から身体が半分ほど出ている。頭には緑の葉っぱが二枚伸び、身体は丸い大根が細長くなった感じ。大きさは十五センチメートルくらいだろうか。
〔サガオブ〕のマンドラゴラは怖いデザインではなく、むしろマスコット的な可愛さがあるのだ。前世のブラック生活ではその可愛さにとても救われ、見るたびに癒やしてもらった。
 それにしても何か重要なことを忘れているような。なん何だっけ……そうだ、即死攻撃だ! 各地の伝承よろしく、悲鳴を聞いたら死んでしまう。
 どどどどうしよう、まさかこんな場所に死亡フラグが立っていたとは。おまけに、マンドラゴラは半分顔が出てしまっている!
 ……などと心の中で慌てていたけど、すぐに異変に気づいた。
『ぴぃ……』
 よく見たら頭の葉っぱは萎れていて、声にも顔にも元気がない。黒っぽくくすんだ身体の色からも、瘴気で弱っていることがよくわかった。きっと、そのせいで即死攻撃も使えないんだ。
 スピカが先ほどの【鑑定アイ】でマンドラゴラの状態を調査してくれた。
「見た目以上に瘴気が侵食しております。全身がかなりのダメージを負っていますね」
「大変だ。このままじゃ死んじゃう。何とかして助けてあげたいけど……」
「でしたら、この秘薬を使ってみましょう。一滴でどんな病気や怪我も治す効果があります」
 スピカは鞄をごそごそ探り、小瓶を一つ取り出した。美しいエメラルド色をした液体が入る。
 う、嘘……これは……。
「〈星詠みの雫〉だ! どうしてそんなにレアなアイテムが……?」
「里を追放されるとき、世界樹に少しばかりわ[I4.1]分けてもらったのです。毎日祈りを欠かさなかったので餞(せん)別(べつ)にくれたのかもしれません」
「ほぇぇ~、それはすごい」
 Sランクの超激レアアイテム――〈星詠みの雫〉
 彼女の説明の通り、あらゆる病気や怪我を治す秘薬中の秘薬で、回復系アイテムの中では最上位の性能を持つ。その正体は大陸に数本しか生えない世界樹の樹液で、入手するのは相当に大変だったことを今でも覚えている。
 スピカが〈星詠みの雫〉を数滴垂らすけど、マンドラゴラの様子は変わらない。
「効果がまったくないなんて……」
「これは……私も予想外です。マンドラゴラは地面に根を張る生き物ですから、瘴気の影響を色濃く受けてしまったのでしょう。このままでは……」
 枯れて死ぬしかない。……そんなのは嫌だ! 僕の疲れ切った心を何度も助けてくれたマンドラゴラ。今度は僕が救いたい!
 急いでゲーム機の進化BOXを調べる。マンドラゴラはないか!? 検索窓で調べると、該当するアイコンが出てきた。
 よし、後はミニゲームをと画面を切り替えようとしたら、ピロンッとメッセージBOXに通知が入った。すぐに確認する。
〔初回特典の連絡:どれでも1一つだけ進化BOXを解放できます〕
 ありがとう、スキル! 僕は迷うことなくマンドラゴラを解放する。例のアイコンが明るくなった。進化の方法はゲーム機の上端部分にあるセンサーを対象に向け、アイコンをタップするらしい。どんな風に進化させられるかも僕が決められようだ。僕はしゃがみ込む。
『ぴぃ……?』
「怖がらせてごめんね。今、君を助けるから……【エヴォリューション】! 瘴気にも枯死にも負けない丈夫な種に進化せよ!」
 ゲーム機のセンサーから白い光が放たれる。スピカのスキル発現よりずっと強い光だ。頼む、成功してくれ!
 光が収まると……マンドラゴラはすこぶる綺麗になっていた。葉っぱは瑞々しく張り、身体は真っ白に煌(きら)めく。どこからどう見ても回復したとわかる。
「やった、スキルが成功し……」
『元気になっちゃー!』
「ええっ!?」
「そうですね(喋った!?)」
 マンドラゴラは地面から勢いよく飛び上がり、僕のほっぺたにしがみついた。すべすべの肌(樹皮?)を何度も僕に擦り付ける。まるで小人や精霊みたいな様相だ。
『わたちを助けてくれてありあとー。もう死んじゃうかと思っちゃ!』
「た、助かってよかったよ。……ねえ、君は話せるマンドラゴラなの?」
『あなたの光を浴びたらお喋りできるようになっちゃみたい。歩けるようにもなっちゃし、ずっと土の中にいなくても平気なの。詳しいことはわからないけど』
 こてんっと首を傾けるマンドラゴラ。非常に可愛くていとおかし。僕と同じように、スピカも喜びの声を出す。
「狐人族の里でもスキルで進化するなど聞いたことはありません。ティエリー様のスキルは外れなどではなく規格外に強いのでしょう」
 喋ったり歩くマンドラゴラなど前世の〔サガオブ〕でも見たことがなく、種として本当に進化したのだとその存在自体が証明している。僕もスピカも大変に驚くばかりだ。
〔サガオブ〕の設定では、スキルやアイテムの類いでも何かを進化させることなどできない。
 もしかして、この【ミニゲーム】は結構強いスキルなのでは?
 使い方を考えれば、終焉原野の発展に大いに寄与するはずだ。日々、能力の細かい調査と検討を頑張ろう。一旦、ゲーム機の情報を確認する。

・GP:672pt
・進化BOX:1/???

 GPが増えている。マンドラゴラを助けたことにより、さらに貯まったらしい。ふーん。
 ……ひょっとしてこれ、永久機関では? GPを使って喜ばれて、また貯まるの無限ループができちゃったらすごい。進化BOXは上限が無数にあるためか???という表記だ。
 元気になったマンドラゴラに僕とスピカは自己紹介する。
「僕はティエリー・アンタレス。この領地の領主だよ」
「スピカでございます」
『二人ともしゅてきなお名前よ。それに領主しゃまってしゅごい……ね、ティエリーしゃん、わたちにもお名前ちゅけて?』
「そうだね。マンドラゴラだと味気ないし。せっかくだから可愛いのがいいな」
 しばし考えたところで、ピッタリの名前が思い浮かんだ。
「ピピって、どうかな? 鳴き声から連想したんだけど」
『嬉ちい! わたちはピピ!』
「気に入ってくれてよかった」
「そうですね(ティエリー様はネーミングセンスも素晴らしい!)」
 ピピは僕の手の上で何度も飛び跳ねるくらい、とても喜んでくれた。元気になって本当によかった。……あっ、そうだ。
「ねえ、ピピ。もしよかったら、僕たちの仲間になってくれない? これからも一緒にいたいよ」
『絶対なるに決まってりゅ! わたちもティエリーしゃんとスピカしゃんといる!』
「ありがとう、そう言ってくれて僕も嬉しい」
「私もでございます」
 終焉原野に来て初めての仲間ができて感慨深い。少しずつ領地開拓がスタートした実感が湧く。
「人数が増えたし、なおさらお水を確保しないと。でも、川も瘴気で汚染されているんだろうね」
『わたち、頑張って飲もうとしちゃんだけど苦くて飲めなかったの。最近は雨もずっと降ってなかっちゃから』
「それは可哀想だったね。土も一緒に綺麗にしたいな」
 僕はよしよしとピピを撫でる。先ほどゲーム機を確認したとき、進化BOXに〝水〟と〝土〟があったことを僕は見逃していない。水に対応するミニゲームは『水風船割り』で、土は『崖昇りタイムアタック』だ。難易度はともに★1。いずれも重要な資源だけど、無生物だから難易度は低いのかもしれない。
 必要なGPは二つ合わせて400ptか。同時にプレイすると消費ptが少しサービスされるようだ。水も土も進化させるにはミニゲームをクリアしないと……。
「ごめん、ちょっとゲームするね」
「? どうぞ、お気になさらず」
『ゲームってなぁに?』
「この画面でできるいろんな遊びのことだよ」
 自分だけ遊ぶのはなんだか申し訳ない。水と土のアイコンを選択する。
〔GPを消費してプレイしますか?〕
 もちろん、YESをタップ! ゲーム機の画面が光ったかと思うと……僕は見知らぬ空間にいた! 見渡す限りの真っ白で広大な空間だ。ええっ、ここはどこ!? スピカとピピは!?
「ティエリー様、大変です。瞬間移動したようです」
『真っちろで綺麗ね!』
 一緒にいた!
 僕たちが混乱していると、後ろからドンドコドンドコという音が聞こえてきた。振り返ると、シャコー帽を被ったおもちゃの兵隊みたいな小さいやつらが十体ほどいる。身体は二頭身で、みなマーチングスネアやトランペットなど、多種多様な楽器を奏でる。
「あの、君たちはいったい……」
〔ぼくたちはミニゲームの精霊ー。一緒に遊んでー〕
「えー、精霊? 可愛いね」
 そんな存在がいるんだ。もちろんのこと、〔サガオブ〕に彼らは出てこない。ピピみたいなマスコットキャラっぽい雰囲気がとてもほんわかとする。
「ところで、ここはどこなの?」
〔ミニゲームの空間だよー。スキルを使ったらここに来るのー。遊ぶときは毎回景色が変わるからねー。ぼくたちと遊んでいる間は外の時間は止まっているから安心してー〕
「なるほど。じゃあ、さっそく『水風船割り』をお願いしようかな。その次は『崖登りタイムアタック』で」
〔はーい。ミニゲームを遊べるのはティエリーくんだけだから注意してねー〕
 瞬く間に、白い空間が爽やかな草原にと変わる。五メートルほど先には水風船が三個ぶら下がった的があった。僕の隣には台が置かれ、弓やボーガン、小型のナイフに槍などいろんな武器が並ぶ。自由に武器を選べる〔サガオブ〕の仕様と同じだ。
〔一度にチャレンジできるのは五回までだからねー。頑張ってー〕
 ミニゲームの精霊たちが演奏を始める。このミニゲームでは、五回のチャレンジで水風船を三つ割らないとクリアにならない。一番使いやすかったボウガンを選ぼう。
 狙いをしっかり定めて射つ。前世で何度もプレイしたおかげか、無事に三回で全ての水風船を割れた。
『しゅごーい! 全部割っちゃった!』
「お見事です、ティエリー様! 世紀の大名手!」
 スピカとピピは拍手してくれ、一段と大きな演奏が奏でられる。
〔クリアおめでとー! 水の進化BOXが開放されたよー!〕
「応援してくれてありがとう」
〔続けて、『崖昇りタイムアタック』行ってみよー〕
 景色が変わり、今度は五メートルほどの崖が出現する。十五秒以内に素手で登りきるのがクリア条件だ。垂直ではなく微妙な傾斜がついているので、ゲームではそれほど難しくなかった。でも、今はリアルな身体なので油断大敵だ。
 ミニゲームの精霊が吹くラッパを合図に、僕は崖を登り始める。注意しながら一生懸命登ると、これも無事にクリアできた。
〔またまたクリアおめでとー! 土の進化BOXが開放されたよー!〕
「ティエリー様の崖登りが見られるなんて幸せでしょうがありません」
『すいすい登っちゃってしゅごかったのよ』
「ありがとう、みんな」
〔じゃあ、また遊んでねー〕
 草原が徐々に薄くなり、気がついたら僕たちは現実世界に戻っていた。水と土のアイコンは明るくなっている。いやはや、スキルを使いたくてしょうがない。まず、僕はゲーム機を川に向けた。
「そのままでも飲める美味しくて健康的なお水になって! ……【エヴォリューション】!」
 ピピを進化させたときと同じように、川全体が白い光に包まれた。あっという間に黒いもやみたいな濁りが消え、川底まで見えるほど透明になる。陽光にキラキラと煌めく様は童話に出てきそうな美しさだ。少なくとも、見える範囲では上流も下流も大変透明だ。
 変貌した川を見て、ピピは僕の肩で飛び跳ねては喜ぶ。
『綺麗になっちゃの! お水が綺麗になっちゃの!』
「これで飲めるようになったはず。スピカ、念のため調べてもらってもいい?」
「はい、もちろんでございます。【鑑定アイ】……ティエリー様、大変です。この水は〈星詠の雫〉に匹敵……いえ、その十倍ほどの効能を持っています」
「ええっ、そんなに!?」
「ティエリー様のスキルで川の水質が大変に改良されたのでしょう。この川全てが〈星詠みの雫〉以上の効能を持つ……。ティエリー様は、まさしく常識破りでございます……」
 スピカは呆然とした様子で呟く。〈星詠みの雫〉を超える回復系アイテムなんて〔サガオブ〕には存在しない。それはつまり、ゲームの設定をも超えてしまったってこと? ティエリー、君はすごいキャラだったのかもしれないよ。
 次は地面にゲーム機を向ける。
「瘴気を浄化して作物がたくさん育つような元気な土になって……【エヴォリューション】!」
「美しい光……まるで、私を照らすティエリー様そのもののような……」
『なんだかワクワクするの!』
 僕たちの周囲の地面が光り輝き、みるみるうちに土が軟らかくなってはひび割れが消滅する。踏み締める感触もクッションみたいにふかふかだ。【聖女】スキルを持つ手練れの魔法使いでさえ、完全には浄化できない瘴気……。それが完全に消え去ってしまったらしい。
 スピカは土を触っては感嘆とした様子で呟く。
「ティエリー様といると大抵のことには驚かなくなりそうでございますね。あんなに硬かった土が、今では触るととても柔らかいです」
『ふっかふかで気持ちいいねー!』
 水も土も上質なものに変わり、二人が喜んでくれて、僕は嬉しい。
 実家ではとにかく父上たちの顔色を窺(うかが)う日々だった。自由な毎日がこれから始まるのかぁ……と思うと非常に感慨深い。
 ふと、肩に乗るピピが僕の頬にしがみついた。
『ティエリーしゃんにくっついてたら力があふ[I5.1]溢れてくりゅー!』
「うわわわわっ! 地面からたくさんの植物が生えてきた!」
「そうですね(育て育て育て育て育てええええ! ティエリー様のためにもここを楽園にするのだあああああ!)」
 十秒も経たずに、ちょっとした作物畑が生まれてしまった。二十メートル四方ほどの大きさだろうか。スピカに鑑定してもらわずともそれぞれの希少性がわかる。
 植物図鑑でしか見たことがないような貴重な品種ばかりだ。どれもこれも素晴らしいのだけど、まずは黄金色に輝く小麦が目に入った。
「ねえ見て、スピカ。〈コメット小麦〉だ。これを元に作った料理は、食べるだけで魔力が二倍に増えるっていう……」
「ええ、実物は私も初めて見ました。……ティエリー様、こっちには〈星豆〉が生えております。一口食べるだけで一定時間無敵になるあの豆です」
 もちろんのこと、どちらもS級の作物。他にも、食べると一定時間魔法攻撃を100%カットできる美しい赤林檎〈ルナアップル〉や、物理攻撃を100%反射してしまう〈満天トウモロコシ〉など、星に関連した名を持つ激レア作物ばかり。というか、いずれも全クリ後にようやく手に入るレベルなんですけど……。
 全て実りに実っていて、もうすでに収穫できてしまう。最高峰の作物がいっぱいで、この土地一角でどれほどの価値があるのかわからないほどだった。
「どれも一つずつ市場で買ったら家が買えちゃうくらい高い作物だよ……」
「右も左も相当に貴重な作物がたくさんございます。こんなに豊かな作物が実る場所は他にないでしょう……」
 呆然とする僕たちに対し、ピピは得意げに胸を張る。
『わたち、頑張ったの!』
「本当にありがとう、ピピ」
「深く感謝いたします」
 スピカと一緒に撫でると、ピピは心底嬉しそうな表情を浮かべた。
『そういえば、みんなが住むお家はどこにあるの?』
「実はまだないんだよね。木の板とか探して造ろうとは思っているけど……」
『だったら、わたちが造るのよー!』
 ピピが両手を上げると、地面から一際大きな木の枝が何本も出現する。それらは互いに絡み合い、二階建ての立派な邸宅に変わってしまった。左右対称のゴシック様式の家。どういう原理なのか壁にはおしゃれな模様がいくつも描かれているなど、芸術性も非常に高いデザインだった。
「ピピ、すごい! 一目で気に入っちゃったよ!」
「そうですね(ぐぬぅ! 私の【万能眼】で家が建てられれば撫で撫でしてもらえたのに!)」
『ティエリーしゃんとずっといっちょ! わたちも領地の開拓、頑張りゅね!』
 ピピは僕の首元に抱きついてすりすりと顔を押しつけてくる。葉っぱが擦れてくすぐったい。
 何はともあれ、住む場所や当面の食糧も確保できて最高のスタートだ。
『悪い敵が来ちゃら即死攻撃の鳴き声で撃退するから安心ちてね』
「そ、その力もちゃんとあるんだね」
「ティエリー様の耳はきちんと塞がせていただきますので安心してくださいませ」
『心配ちないで。悪い敵にしか効かない鳴き声に進化しちゃの』
 進化によって即死の鳴き声は消えたかと思ったけど、そんなことはなかったらしい。
 さっそくお家に入ろうかというところで、スピカに呼び止められた。
「ティエリー様、自宅の建築とピピさんが仲間になった記念に写真を撮影いたしませんか? 領地開拓の記録を残しておいた方が思い出にもなるかと存じます」
「いいね! でも、僕は写真機とか持ってないけど……。ゲーム機もその機能はまだないみたい」
 この世界にも写真の技術はあるという設定で、撮影のカメラだとかもレア魔導具として存在していた。製作者にカメラ好きの人がいたのか、三脚や望遠レンズといった細かいアイテムまであったことをよく覚えている。スピカはそういう物も持ってきたのかな?
「私の【万能眼】にそのような機能がございます」
「なるほど」
「ティエリー様とピピちゃまはお家の前に立ってください。それでは、撮影を開始します。三、二、一……【カメラアイ】」
 スピカの目がフラッシュみたいにバッと光った。撮影が完了したらしい。
「お疲れ様でした。ティエリー様の顔がよく見える、とても良い写真になったと思います」
「ありがとう。ちなみに、撮影した画像というか僕たちの写真はどこに保存されているの?」
 ついうっかり流れで撮影されてしまったのだけど、万が一にでも僕がここにいることを原作キャラに知られてはいけない。兆が一、彼らが興味を抱いて訪問する可能性がなきにしも非ずだからだ。写真なんて大変な証になってしまう。
 遅れてやってきた緊張を感じる僕に、スピカは淡々と一言。
「私の脳内のようです」
「そっか、それならよかった」
『いつかティエリーしゃんとの写真見しぇてね』
 いくら写真でも、物理的に存在しなければ問題ないか。
 家に入ろうと玄関に手をかけたとき、後方から激しい咆(ほう)哮(こう)が聞こえてきた。
『ゴアアアッ!』
 急いで振り返ると、大きな猪みたいな生き物がいた。口の横から長く伸びた牙が恐ろしい。こいつはD級魔物……インパクトボアだ!
〔サガオブ〕の代表的な魔物になんだか懐かしさを覚える。クエストの報酬稼ぎで何回倒させてもらったかわからない。初心者は苦戦するけど上級者は楽勝で倒せるちょうどいい強さの魔物で、文字通り猪突猛進の勢いで敵を攻撃する。ユーザーからの根強い人気もあり、フィギュアやぬいぐるみも多数展開されていたはずだ。
 ゲームの楽しい経験を思い出してほんわか[I6.1]しまったが、今はこっちが現実世界だ。倒さなければ逆に倒される。このゲームにおける魔物などの等級は、最高がSで最低がF。つまり、D級は下の上あたりの立ち位置だ。
『ティエリーしゃん、猪しゃんのおめめが光ってりゅ! 怖いよ!』
「大丈夫だよ、ピピ。僕にしっかり掴まっててね……スピカ、一緒に倒そう」
「そうですね(せっかくティエリー様とゆっくり過ごせると思ったのに……。邪魔しやがるとはマジ許さねえぞ)しかし、ここは私に任せてください。攻撃系の能力を使ってみましょう。……【レーザーアイ】」
『ギャアアアアアアアアッ!』
 スピカの目から青いレーザーが放たれ、インパクトボアに直撃する。一瞬でこんがりと焼けた巨体が地面に転がった。
 ……えっ、強っ。体力の多い種族だから倒すのはそこそこ面倒なのに。というか、発動条件が前髪を上げるだけってチートすぎない? さすがはゲームに五人しかいない隠しキャラの一人だ。
「ありがとう、スピカ! おかげで助かったよ!」
『青い光がかっこよかっちゃ!』
「そうですね(ティエリー様を守ったぞおおおおお! いいとこ見せたいからインパクトボアもっと出てこいやああああ!)」
 淡々と話す一方で、スピカの尻尾は激しく揺れる。魔物を倒せて嬉しいみたいだ。
 危機は去ったので、ピピが造ってくれたお家にようやく入れた。出迎えてくれたのはログハウスみたいな内装だ。深呼吸すると身体の中に芳しい木の香りが満ちる。
「木の内装って落ち着くね」
「森の中にいるようでございます」
『わたちもしゅごくのんびりできるの』
 テーブルとか椅子、タンスなどの生活道具は全て揃っており、意外なことにキッチンなどの設備も整っていた。いずれも中世ヨーロッパ風なデザインで、ちょっといじると現代的な機能まで備えていることがわかった。窓にはちゃんとガラスが収まる。【植物魔法】なのにどうして?
 ……まぁ、いいや。きっと、キッチンの実だとかガラスの実だとか、僕の知らない原理があるんだろう。
 家の中を眺めていたら、どこからか良い匂いがすることに気づいた。
「なんかおいしそうな匂いがする」
「先ほどのインパクトボアですが、良い焼き加減になるよう火力を調整させていただきました」
「ええっ、すごっ。スピカは何でもできちゃうね」
「そうですね(あああああ! ティエリー様に褒められたあああああ!)」
 スピカは淡々と言いつつも尻尾を激しく揺らす。そのまま良い具合に焼けたインパクトボアを運び入れてくれ、その間に僕はピピと一緒に作物を収穫する。少し採るだけでキッチンがいっぱいになるくらい集まった。
「では、畑で採れたお野菜を調理いたしましょう」
「あっ、待って。僕も手伝……!」
 手伝うと言い終わる前に、スピカはものすごい速さで調理を開始する。瞬く間に白い湯気が立ち昇るいくつもの料理ができてしまった。
「すごいおいしそう! やっぱりスピカは料理が上手だなぁ」
「そうですね(にあああああ! ティエリー様が私の料理をおおおおお……食べるううううう!)」
「さっそくみんなで食べよう……いただきま〜す!」
『いただきましゅ!』
 ピピにはコップを渡し、僕とスピカは料理を楽しむ。
『川のお水、おいちおいち』
「どれもおいしいよ、スピカ。なんか天国に来たみたい。こんなにおいしい料理を作ってくれてありがとう」
「そうですね(ぬあああああ! 嬉しくて昇天するううううう!)」
〈コメット小麦〉と〈星豆〉のリゾットは一口食べただけで全身に力が漲(みなぎ)るのを感じるし、兎さんの形に切られた〈ルナアップル〉は爽やかな甘味から覗く仄(ほの)かな酸味が素晴らしい。どれを食べてもおいしいという感想しかなかった。アンタレス伯爵家にいるときよりずっと豪華な食事だ!
 楽しい食事が終わったところで、スピカが少なからず緊張した面持ちで話し出した。
「ティエリー様、せっかく新しい土地に来ましたので、私は何か新しいことを始めたいなと思っているのですがいかがでしょうか?」
「いいね! そういうことは絶対始めた方がいいよ!」
「ありがとうございます。ですが、領地の開拓に全力を注いだ方が良いのかと……」
 しょんぼりした声音とともに、スピカの尻尾は力なく垂れ下がる。彼女の開拓に対する熱意が伝わって嬉しいとともに、悲しい気持ちにもなってしまった。
「人生は長そうに見えて短いんだ。だから、やりたいことはやりたいときに好きなだけやってほしい。これは領主としての僕の願いでもあるよ。特に、アンタレス伯爵家ではずいぶんと抑圧的な生活を強いてしまったから」
 前世の僕は、やりたいことの半分もできずに死んでしまった。スピカは元より、他の誰にもそんな辛い思いはしてほしくない。
 そんなことを思っていたら、ふと領地経営の方向性が定まった。
「……うん、決めた。ここに住む人はやりたいことを好きなだけやれる土地にしよう。もちろん、悪いことはダメだけどね」
『みんな楽しいのが一番なの!』
 スピカはしばし悩んでいる様子だったけど、やがてポンっと手を叩いた。
「そうですね、仰るとお[I7.1]通りです(そうだ、新聞社を始めよう! ティエリー様のすごさや人徳を世の中に伝えないのは、あまりにももったいなさすぎる!)ティエリー様、今お話ししたおかげで、さっそくやりたいことが決まりました」
「いいねいいね、どんどんやって。好きなだけやって頂戴。僕も全力で応援するから」
「ありがとうございます。そうですね、いっそのこと思う存分やった方がいいですね(ティエリー様には、新聞社の規模が大きくなってからお伝えしよう。サプライズ報告の方が喜んでくれるかもしれない)」
 スピカのやりたいことが決まったみたいでよかった。さっそく彼女は鞄をごそごそする。
「ティエリー様、お手数ですがこちらの紙とインクを進化していただけませんか?」
「わかった。どんな風に進化する?」
「消耗がなくなるようにしていただけたら幸いです」
「はーい、ちょっと待ってね」
 絵でも描くのかな? 進化した畑や土地の一角はとても美しいから、大変見事な風景画が描かれそうだ。
 ゲーム機を起動して、紙とインクのアイコンをタップ。今度のミニゲームは、『折り紙作り』と『お絵かき大作戦』だ。今のGPは425ptで、消費ptは二つ合わせて200ptと、水と土のときより少なくてよかった。
 僕たちはまたミニゲームの精霊と再会する。やっこさん、兜(かぶと)、鶴の折り紙を折り、お題に出された魔物の絵を三つ描き、どっちのミニゲームも無事にクリア。
 現実世界に戻ってゲーム機で進化させる。
「消耗しない紙とインクになって……【エヴォリューション】! ……はい、これで羊皮紙もインクも消費されることがなくなったよ。原理はよくわからないけど、使ったら自動で補給されるって」
「ありがとうございます、ティエリー様(これで無限に新聞が作れる!)」
 スピカも嬉しそうで何より。三人でわいわいと話しているうちに、夜は静かに更けていった。

 ◆◆◆

 ティエリーと彼に抱きつくピピが夢の世界に誘われた頃。スピカは一人、静かに物置部屋に籠もっていた。
「そうですね(いいか、スピカ。ティエリー様の素晴らしさを世の中に伝えろ!)そうですね(それがお前の使命だ!)そうですね(まずは国内から知らせるんだ!)」
 小声でそうですねと何度も呟きながら、せっせと何かを羊皮紙に書く。もちろんのこと、ティエリー新聞だ。
【ミニゲーム】スキルを使い誰一人浄化できなかった瘴気を浄化し、川と土が素晴らしい品質に改良され、マンドラゴラのピピが仲間になったこと……。
 終焉原野で起きたことを一言一句逃さず完璧に、わかりやすく且つ興味を引かれる文章で書く。
「うまく書けましたね。それでは……【プリントアイ】」
 スピカの目から弱いレーザーが放たれ、羊皮紙に昼間撮影した記念写真が焼き付けられた。精細なカラー写真であり、領地の発展具合は元よりティエリーの顔も鮮明にわかる。出来映えに満足した彼女はこれをサンプルとし、さらに何枚も量産を始めた。
(紙もインクもティエリー様に進化してもらったおかげで、消耗を気にせず書けて最高だ)
 狐人族の高度な身体能力を使いながら要領よく作業すること、およそ二時間。たった一人で軽く五千通のティエリー新聞を完成させた。
 スピカは満足げだったものの、すぐにとある問題にぶつかる。
「しかし、どうやって世の中に届けましょうか。終焉原野は辺境にありますし……っ!」
 しばし悩んだスピカは脳裏に閃(せん)光(こう)が煌めいた。ティエリー新聞を手際よく折りたたみ、ある形を作っていく。
 ――紙飛行機。
〔サーガ・オブ・アストラ〕の世界に飛行機はないが、間近で『折り紙作り』を見た彼女の類い希な発想力と、ティエリーに対する熱い想いが新発明をもたらした。屋敷の外に出たスピカは地理関係や風の流れを緻密に計算し、国内全土に満遍なく行き渡るよう飛ばしまくる。
「そうですね(飛べ飛べ飛べ飛べえええええ!)そうですね(ティエリー様の素晴らしさを!)そうですね(全世界に伝えたもう!)」
 満天の空を紙飛行機は優雅に飛ぶ。原作キャラがティエリー新聞を読み、興味を抱くのは時間の問題なのであった。