外れスキル「ミニゲーム」の悪役モブ貴族、死にたくないので自ら辺境に追放される~スローライフ目指して自由に開拓した結果、居心地が良くなりすぎて僕を断罪する人たちに居候されています~

 父上たちは終焉原野を去った後、領地の騎士に付き添われてアンタレス領に帰還した。それから調査の報告書を宮殿から何度も貰っていたけど、僕に誓った通り彼らは全ての罪を自白したようだ。結果、彼らは男爵に降格となり、元アンタレス伯爵領は宮殿の監視下に置かれた。心を改めた三人は、領民のために率先して働いているとのこと。
 執務室で手紙を読み終わった僕は、自然と小さなため息が出た。
「父上たちは善の道に戻ったんだね。よかった……本当に」
「ええ、私も非常に嬉しい限りです」
『仲良しこよしは楽ちいね』
 一緒に手紙を読んでいたスピカとピピも笑顔で話す。アンタレス伯爵家の破滅が回避された。その事実は僕の心に安寧と喜びを与えた。
 これからは家族とも穏やかな関係が築けそうだと和やかな雰囲気が漂ったとき、ベテルギウスさんが慌てた様子で入ってきた。途端に、スピカが怪訝な声音で問いかける。
「またあなたですか。もっと静かに動けないものですかね」
「それえどころじゃないんだ! ティエリー氏、これまたすごい手紙が届いたぞ!」
「えー、そうなんですか。いったいどこから……」
 言い終わる前に、ベテルギウスさんは小さな手紙を僕に向かって突き出した。
「アストラ王国の王女様からだ!」
「ヴェあっ!」
 僕は大急ぎで手紙を確認する。読めば読むほど身体が震えてきてしまった。
 だって……だって……!
「僕たちの終焉原野に……王女様が視察に来たいって! ……ベガ様が視察に来たいって! 原作の最大のメインヒロインであるベガ様が!」
「ティエリー様、メインヒロインとは……」
「こっちの話!」
 これは大変だ! 非常に非常に大変だ!
 王女様のことはもちろん僕も知っている。夏の大三角の一角かつ七夕の織姫星の名を冠するほど超重要で、とてつもなく強力なキャラ。〔サガオブ〕で一番人気があった原作ヒロインだもの。冒険を進めながら原作主人公と恋仲となり、二人仲良く旅をする。
 衝撃によるためか、ゲームの情報が堰を切ったように流れ込んできた。
「長い銀髪はわずかな月明かりでも光り輝き、金色の瞳は宝石の如く美しい。王族に代々伝わる【星魔法】スキルはE級の魔法でさえ他の属性ではA級に匹敵する強さを誇る……あのベガ様が終焉原野に来る!」
「ははは、ティエリー氏は王女様に詳しいな。もはや立派なファンじゃないか」
「そうですね(くっ……やはり、王女のブランド力は凄まじい。私も気を抜けないぞ)」
 そして、当然のようにベガ様もアンタレス伯爵家及び僕(ティエリー)の断罪に加わり、【星魔法】スキルの強力な熱線を浴びせてくれるのだ。もう大丈夫だと思ったのに!
 いったい何をしに来るんだろう……いや、視察なのはわかっている。わかっているのだけど、何か予期せぬ出来事が発生しないか不安でしょうがない。できれば来ていただきたくはない……。
 王女様の視察って拒否できるのかな? ……そうだ、ベテルギウスさんに聞いてみよう。三大公爵家で王族に近しいから。
「あの、こういうのって断らない方がいいですかね? ワンチャン断っても……」
「嫌だったら断って構わないと思うぞ。一応アストラ王国にも不敬罪があって酷い場合は死刑になるが、優しい王女様はそんなこと気にしないだろう」
 やっぱり受け入れることにする。不本意ながら、その日から領地を挙げてのベガ様おもてなしの準備が始まった。

 □□□

 あっという間に時間が流れ、とうとう訪問の日が来た……来てしまった! 僕たち領民は入り口前に待機して、ベガ様の到着を待つ。予定では、あと五分ほどで来るはずだ。いやぁ、朝から緊張しすぎて倒れそうだね。ピピの頭を撫で撫でして気持ちを落ち着かせることしかできない。
『ティエリーしゃん、緊張してりゅの?』
「うん。相手はあのベガ様だからね。無礼を働いてしまわないか気が気じゃないよ。でも、ピピとスピカのおかげで平静を保てているんだ。本当にありがとう。僕の心の支えだよ」
「そうですね(びぎゃああああっ、私は……ティエリー様の心の支ええええ!)」
 領民はみんなどことなくそわそわしているのに、スピカはいつも通り冷静でさすがだ。彼女がいれば問題なく視察は終わりそうな気がする。今一度深呼吸したところで、遠方に砂埃とともに馬車の一団が見え始めた。ベガ様ご一行だ。
 僕は気合いを入れ直す。大丈夫、きちんと応対すれば大丈夫だ。
 僕たちの前に止まった馬車はいずれも夜空を思わせる藍色と星を模したであろう銀色が美しく、星空が地上に舞い降りたようだった。真ん中の馬車の扉を、ひっつめ髪の従者が丁寧に開く。降り立った女性の眩い銀髪は、それこそ月そのものといえるほどに輝いた。彼女の周りだけ明らかに纏う空気が違う。
 これが〔サガオブ〕最大のヒロイン――ベガ様か。彼女は非常に上品な所作で僕の前に来る。
「初めまして、ティエリー君。アストラ王国の王女、ベガよ」
「は、初めまして、ベガ様。ここ終焉原野の領主、ティエリー・アンタレスです。ようこそおいでくださいました」
 高いのに低い独特な声だ。不思議と耳がくすぐったくなる。
 ベガ様は周囲を見渡すと、満足げな表情で深呼吸した。
「ここは素晴らしく美しい土地ね。空気が爽やか~。降り立っただけで感動しちゃった。あの瘴気を浄化して、終焉原野を発展させたティエリー君の功績は宮殿でも有名なのよ」
「いえいえ、領地の発展は領民のみんなのおかげです。僕なんて本当に微々たる力しかありませんので」
「あなたはまだ子どもなのに、私より人間ができているんじゃない?」
 返答に困るのですが……。不敬罪が頭にチラついて、おいそれとは答えられない。
「と、ところで、終焉原野の噂は仔犬商会経由で広がっていたんでしょうか。なんだか恐縮ですね~」
 話題を変えたら、ベガ様はふふっと笑った。
「あら、違うわよ。あなたの活躍は全て……このティエリー新聞に書いてくれていたじゃない」
 彼女が懐から取り出した文書に、僕の目が奪われる。
「な、に、こ、れ……」
『ティエリーしゃんがいっぱい!』
 衝撃と驚きのあまり、僕は崩れ落ちそうだ。ベガ様が差し出した紙はまさしく前世で普及していた新聞そのもので、一面には呑気に笑う僕の写真が載る。
 その名はティエリー新聞、しかもカラー!
 ベガ様は続けて何枚もの新聞を出してくれた。目を皿のようにして内容を読む、終焉原野を訪れてからの領地開拓の日々が事細かく記されている。
 いつの間にこんなものが……!
 新聞自体はとても素晴らしい出来なのだけど、それよりも衝撃が凄まじい。呆然とする僕に、スピカがどことなく得意げな雰囲気で歩み出た。
「実は……新聞の製作は私の発案なのです」
「ス、ピ、カ、が……?」
「はい、ティエリー様の素晴らしさを世の中に伝えたいと思いまして……。新聞ならば王国中に伝えることができますから。ご報告が遅くなり申し訳ありません。製作が軌道に乗ってからお伝えしたかったのです」
 そういえば、終焉原野に来た日の夜、彼女はやりたいことが見つかったと話していた。新聞作りがそれだったのか!
 せっかくシナリオから避難したのに、ティエリーは終焉原野にいますよ~、ってアピールされていたってこと!? 原作キャラのみならず王国中に!? やたらと原作キャラが来るな~とは思っていたけど、そりゃ来るよ!
 ……ん?
「も、もしかして、紙とインクの進化を僕に頼んだのも……」
「新聞作りのためでございます。ティエリー様のおかげで消耗を気にせず、記事を執筆することができました。改めまして、深く感謝いたします」
 ……もう!
 僕は自分から新聞製作に寄与してしまったということじゃないか。紙とインクは何のために使うのか、先に聞いておけばよかった!
「ティエリー様、新聞社がすでに完成したのですが見ていただけますでしょうか」
「見せて! 今すぐ見せて! ……申し訳ありません、ベガ様。少し視察を待ってもらってもよろしいでしょうか」
「もちろんよ。むしろ、私も製作の現場を見てみたいわ」
 スピカは僕たち一行をティエリーハウスの隣の建物に案内する。
 扉の向こう側に現れた光景は……。
「な、な、な……なにこれぇ~!」
 もはや印刷所並みに設備の整った空間だった。僕の知らないところで作ったのか大量の印刷機が並び、次から次へと何枚もの新聞を刷っている。みんなに聞いたら、革命的な印刷魔導具なんだって。スピカ曰く、ミアさんやプロキオンさん、さらにはシリウスさんなどみんなの知恵を結集して作ったらしい。
【カメラアイ】で撮影した画像は紙に焼き付けることが可能で、当初は手書きによる製作を行い、印刷魔導具が開発されてからはより効率がアップして嬉しいとのこと。製作はたくさんの土ゴーレムや領民たちも手伝う。こんな大規模な設備が家の真横にあるのに、僕はなんで気づかなかったの……。
「ティエリー様の安眠を妨げてはいけませんので、この建物は防音機能にこだわりました。外に聞こえる作業音は一割にも届きません」
「なるほど、どうりで僕は気づかなかったわけだ」
 まさか、寝ている隣で新聞が作られていたなんて。もっと夜遅くまで起きていられれば……! 夜更かしできない十歳の身体が恨めしい!
 頭を抱える僕の横から、ベガ様が興味深そうに室内を覗き込む。
「へぇー、ここでティエリー新聞が製作されているのね。すごい……この印刷技術はぜひ宮殿にも持ち帰りたいわ。ねえ、どうやって設計したか教えてくれない?」
「それでしたら私がご説明を……」
 新聞社の中を、スピカがベガ様を案内する。これからもっと原作キャラが……僕を断罪するキャラが集まるのだろうか……。
 などと考えていたら、知らないうちにベガ様は建物の外にいた。領民のみんなが僕に向かって手を振る。
「ティエリー氏~、領地の案内を頼む~。ここはお前の領地だろ~」
 三大公爵家であるリシャール公爵家の令嬢で、《神閃の刃》というかっこいい二つ名まで持つ女騎士のベテルギウスさん。
「わっちらにはさすがに荷が重すぎるでありんす」
 出会うことすら難しく、非常に高度な魔導具製作の技術を持つ流浪の民のリーダー、ミアさん。
「君が来ないと始まらないよ。ボクたちの頼れる領主、ティエリー君」
 王国一の商会――仔犬商会の長を務め、各界とも繋がりの深いプロキオンさん。
「こっちにおいでー。みんなでお喋りしようよー」
 トカゲとの強固な絆で領地開拓を助けてくれるトカゲテイマーのソフィさん。
「ワシを待たせるとはいい度胸じゃな。わはは、お主は大物になるぞよ」
 国内最高峰の魔法大学で史上最年少の教授を務める、規格外に強い魔法使いのシリウスさん。
 そして……。
「ティエリー様、みなさんがお待ちです。参りましょう」
『いっちょに行こ?』
 狐人族のスピカとマンドラゴラのピピ。
 みんなの笑顔を見ていたら、自然と僕の心も明るくなった。
「……そうだね、行こう!」
 僕は勢いよく駆け出す。
 大丈夫、心配することは何もない。スピカやピピ、この土地にいるみんなの笑顔を見ればよくわかる。
 大好きなゲームの悪役モブ貴族に転生した僕。その新しい人生は始まったばかりなんだ!